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第28話『人人知能主義』

「α連合国が戦争をしかけたのはそのためか?」

「ん? どういうことかしら?」

「人工知能で稼いでいたのに……それが国の基幹産業になっていたのに。

 世界各国で制限されて、その産業が潰れそうになったから、戦争で相手を敗北させて、人工知能の利用を強制するためか?」

「う~ん、そうね。まあまあ筋のいい考え方ね。

 でも、ちょっと古くさいわ。戦争で勝利し、自国の商品やサービスを売り込む……市場化する……それは20世紀どころか19世紀のやり方だもの」

「だったら、どうだって言うんだ? 21世紀のもっとも新しいやり方を狙っているとでも?」

「半分くらい正解ね。私たちが狙っているのは20世紀後半のやり方、よ」


 うっすらとS・パーティが浮かべた微笑みは、なぜか北国のそれに見える。


「たとえば、石油産出国に戦争をしかける……勝つ……そして、独占的な石油の販売権を得る……これはとても古い時代のやり方。

 そして、現代ではお世辞にもコストパフォーマンスが良いとは言えないわ。だってコストに支配されてしまうもの」

「……コストに支配されるから、コストパフォーマンスが悪い? どういうことだ?」

「つまり、資源なり商品に依存しているっていうこと。

 たとえば1バレル20ドルの安い石油を求めて戦争したとしても、その後、石油市場が1バレル10ドルに暴落したらどうするの?

 大損するだけで、何の利益もないわ。これが石油じゃなくて、小麦でも、鉄鉱石でも、レアメタルでも同じよ。

 戦争をして、得ようとしたものの『コスト』に支配されてしまう。そんな割の合わない……もっといえば、運勝負に近いもののために、戦争をするなんて『コストパフォーマンス』が悪い。

 だから古いやり方なのよ。19世紀のやり方。自由競争が前提の時代では通用しないわ」

「……なるほど」


 パーティは恐らく、そうした不利点があるから、このやり方を古いと断じているのだろう。


(でも……コストなんて相手の国を奴隷みたいに……家畜みたいにこき使えば、いくらでも下がると思うけど……)


 そこまですることが、そもそも前提に入っていないあたり、腐ってもα連合国の思考回路ということになるのだろうか。


(戦争しかけておいて、奴隷化まではしないから━━なんて線引きもないと思うけど)


 S・パーティの。そして、α連合国の考える『ここまではOK』と『ここからはNG』はどうやら川野コウに理解できるレベルではないらしい。


「それで? 君の言う20世紀後半のやり方っていうのは?」

「この地図が何を意味するかわかるかしら?」


 不意に彼女はディスプレイに世界地図を写しだした。それはほとんどの地域が青色と赤色に塗り分けられている。


 青赤どちらでもない地域も存在するが、その面積はきわめて小さい。


「ええっと……現代世界じゃないよね?」

「もちろん。まさに20世紀後半、その時代よ」

「……民主主義と共産主義、とか?」

「ほぼ正解」


 いささか自信のないコウだったが、パーティの微笑みは合格点を表している。


「正確にいえば、共産主義も一応民主主義の一形態だけれど。

 α連合国をリーダーとする自由民主主義陣営と、ソ連を盟主とする共産主義陣営。それぞれの国家を塗り分けたものよ」

「東西冷戦ってやつだね。

 僕のオヤジが生まれた頃には終わっていたっていう……この時代はずいぶんシンプルな世界だったんだね」

「いい見方をするよね。そうよ、シンプルな世界だったわ。

 何十億ものヒトがそれぞれ微妙に異なった思想を持つこともなかったし、娯楽は限られていてヒットコンテンツはわかりやすかった。

 後世から振り返って研究しやすい最後の時代よ」

「研究しやすい?」

「今は一人一人のヒトがそれぞれに膨大な記録を残すでしょう?

 そんなものを1世紀後、2世紀後に研究しようとしてご覧なさい。

 時代の総体と言えるものなんて、まるで見えてこないし、つまらない一個人の記録なんて、無価値に限りなく近いノイズでしかないわ」

「……その言い方こそ、僕からしたら『いい見方』だと思うけど」


 今、この時にもこまめに記録を残しているであろう、世界の誰かに対して、ずいぶんと失礼な見方だな、とコウは思う。


「ともあれ。

 この時代、α連合国は。そして、ソ連は影響下にあった国に対して、何を第一に売り込み━━いいえ、輸出していたと思う?」

「……穀物でもなければ、資源でもないんだよね?」

「そうよ。さっきも言ったけど、それは19世紀のやり方だもの」

「つまり………………思想か」

「そういうこと」


 ━━おぼろげではあるが。


(そうか……そういうことか)


 川野コウにはS・パーティの、そしてα連合国がE連合に対して何を輸出するつもりなのか、見えてきたような気がした。


「君は━━いや、君たちα連合国は、人工知能を思想にするつもりなのか?」

「端的にいえば、そういうことになるかしら。

 一私人の生活から、国家戦略の策定・遂行に至るまで、人工知能によって、強力で正確なサポートを受けた社会の実現。

 私たちはこれを『人人知能主義』と呼んでいるわ」


 虚空に『人』の字を2回書いてみせると、パーティはからかうように笑った。


「もっとも、カンジで書くからこうなるのであって、私たちの言葉なら『A(Artificial)I( Intel)-(igence and)H( Human)I( Intel)(igence)主義になるわね」

「アイハイ主義、か」

「私たちα連合国以外の多くの国では……一度、人工知能に枷をはめてしまったわ。

 それも、雇用や社会不安なんていうくだらない理由で」

「くだらないっていうことはないだろう。働かなければ生きていけないんだし」

「そうね、それが有史以来ヒトの社会における常識。

 でも、人工知能はその常識すら変えてしまうわ」


 パーティはそう言いながら、不意に部屋の電気を消してみせた。

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