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第27話『α連合国が戴く擬神』

「国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』はα連合国が造り上げた究極の知能。

 現在の人類に可能な、極限の知性。

 脳の模倣を超えた、もっとも新しくもっとも優秀な人造の擬神なのよ」

「……擬神(・・)? 偽神じゃなくて?」

「ニセモノではないわ。あくまでなぞらえているだけ。たとえているだけ。

 だって、神は唯一だもの。α連合国にはブッディストも儒者もいるけれど、多くの国民は一神教を信仰しているわ。

 そんな国で『偽』の神を認めるわけにはいかないでしょう」


 くすくすと笑いながら、パーティは言葉を続ける。


「はじめ、人工知能は単なるパターンだったわ。

 その研究が一気に加速したのは21世紀になってから。ディープ・ラーニングによるニューラル・ネットワークの構築という手法が発明されてから。

 けれど、これはただのコンピューター技術ではないのよ。医療技術、脳の研究が進んで、その構造が明らかになってきたからなの」

「……脳の研究が進んだ分、コンピューターが真似しやすくなったと?」

「まあ、そんなところね。

 言うなれば、窓を閉じた状態で見たままを真似していた段階から、窓を開けて中に入って……その成果まで含めて、真似することができるようになった。

 人工知能が本当の意味で『知能』に値する働きを見せ始めたのは、この時からだったわ」


 パーティは朗々と聖書の一節を唱えるかのように、数々の人工知能の業績を口にしてみせた。

 囲碁の世界王者打破。小説のコンテスト入賞。建築図面の完全自動制作。翻訳の劇的な精度向上……。


「けれど、その光と共に影も生まれたわ」

「………………」

「かつて、ワープロがタイピストを駆逐したように。表計算ソフトが会計を追放したように。自動販売機が売り子を解雇したように。

 タクシードライバーが。通訳が。コールセンターのオペレーターが。

 調理師が。販売員が。秘書が。事務員が。清掃員が。建築作業員が。

 それまでヒトの知性が絶対に必要だと思われていた、無数の職業が……人工知能によって任されるようになったわ」


 ━━その時代。


 川野コウはまだ幼子であったが、世界的にかなりの混乱があったと聞く。


(そういえば、ニュースでやっていたのを……見たような気がするな……)


 果たしてテレビだったか、どうかも覚えていないほど幼い頃だったが、外国で革命があったとか。

 どこかの国で政権が倒れたとか。解雇に怒った人々がテロへ走ったとか。


 そんなニュースをコウも覚えている。


「あなたの日本はまだマシだったのよ」

「……そうなのかい? すごい不景気があったっていうけど」

「そうね、確かに労働者がかなり解雇されて、経営が合理化━━まあ誰かの給料を削るということだけど。

 とにかく、企業は人工知能のおかげで助かったけど、収入がなくなってしまったヒトがたくさん出たわ。

 当然、モノは売れなくなった。サービスを安く提供できても、そもそも支払うお金がなかった」

「……ひどい話だ」

「けれど、それは世界各国共通の話だったのよ。でも、日本の場合は独特の事情があったわ。

 日本は超高齢化社会で労働人口が減る一方だった。そもそも働けるヒトの総数がどんどん減っていたの」


 ベッドの上で足を崩したまま、パーティはよぼよぼと杖をついて歩く老人のような仕草をしてみせた。


「だから、日本の労働市場は慢性的な人手不足状態にあったわ。

 それでいて、移民の受け入れは頑として拒んでいた……ここがもっとも特殊なところね。減る一方の労働人口を増やそうとはしなかった。

 ここまで話せば分かるかしら?」

「つまり……もともと人手が足りていなかったんだから、人工知能に職を奪われても困らなかった?」

「困らないというほどではないけれど、ダメージは少なかったわね。

 他にも日本人が過剰なほどのサービス品質を求めるせいで、どうしても人工知能で肩代わりできない仕事も多かったわね。

 でも、他国はそうではなかったわけ」


 パーティは具体的な数字を出してみせた。人工知能の普及による雇用不安で政権が倒れた国の数。社会不安で損失した経済利益。戦乱にまで至った国……貧困によって死んでいった人間の数……それらはぞっとするような数値であった。

 しかし、恐らくは川野コウが高校生や中学生の頃に起こった歴史的数字であり、遠い昔の戦争における死者数のように、おぞましくもどこか現実感がなかった。


「人工知能の普及による雇用と社会不安に対して、日本は相対的にマシな国だった。これは理解してもらえたかしら?」

「……ああ、わかった」

「けれど、日本よりもさらにマシな国がありました。

 その国だけは人工知能の普及をむしろプラスに活用し、さらなる飛躍を遂げたわ。

 さあ、どこのなんという国でしょう?」


 満面の笑顔でS・パーティは言った。考えずとも、推測せずとも。その誇らしげな笑顔だけで、コウには答えがわかってしまった。


「……α連合国」

「そう! 私の国! この愛すべきα連合国(ディキシーランド)

 α連合国だけは人工知能の普及をむしろ力に変えたわ。

 なぜなら、その基幹技術の大半を抑えていたから。コンピューターのそれと同じようにね。

 世界に人工知能が普及すればするほど。その国でヒトの雇用が代替されればするほど。むしろ、私たちα連合国の仕事は増えたわ」

「10人の仕事がなくなっても、君たちα連合国人の1人に仕事ができれば、プラスになるっていうことか」

「まあ、そんなところね。

 けれど、ロンドンの鉄道やT型フォードが乗合馬車の仕事を奪ったときから話は変わらないわ。

 ━━旧来の仕事が消え失せようとも。それで何人の雇用が失われようとも。

 代替となるものの技術を押さえている者にとっては、またとない機会なのよ」


 平然と言ってのける目の前の少女に、川野コウはぞっとするような悪寒を覚える。


(そんなふうに言い切って……平気なのか)


 けれど、それでは切り捨てられる者達はどうなるのだ。


 1人のα連合国人が人工知能関連の職を得たとしても。

 それで解雇される10人もの見知らぬ国の人たちは。


「知ったことではないわ」


 またしても、S・パーティはコウの思考を読んだようだった。もっとも、表情にありありと映し出される戦慄をみれば、決して難しくはなかったのかもしれない。


「単なる実力主義というものよ。

 それにこの国では、職を得ることと失うことは日常のうちだわ。

 いえ……びっくりするほど雇用が安定している日本人の感覚がおかしいだけね」

「……そんなものなのか?」

「あなたが知らないだけよ。この星でヒトが紡いできた歴史を振り返ってご覧なさい。

 一生安定した職業……同じ仕事を、クビになることもなく続けられて……そして老いて、死んでいく。

 そんな異常な環境は、ごくごく稀にしか出現しないわ。

 たとえば、ここ数世紀の日本のような、ね」


 パーティは追い打ちをかけるように『異常』という単語にアクセントを込めてみせる。


「言うなれば、日本の雇用環境は『安定の異常』」

「異常だけど……安定だって言うのか?」

「つまり、世界の標準からすると、安定しすぎているっていうことね。

 それだけに変化には弱いし、イノベーションが起こりにくい。もっとも、社会不安も起こらないけれど」

「……じゃあ、人工知能によって職を奪われた国はどうなんだ?」

「それは『不安定の異常』。つまり、もともと職業なんていうものは不安定なもの。

 だけど、人工知能の普及がそれを極端に加速したわ。

『不安定の正常』から『不安定の異常』へと変わったわけ」

「……α連合国は?」

「まったく新しい時代の勝者に、古い枠組みに当てはめた表現はふさわしくないわ」

「傲慢なんだな」

「実情に素直なだけよ。

 とにかく……人工知能の普及によって、そんな雇用環境の激変があったのが、ここ十年ほどの間。

 もちろん同じ時期に大陸(チャイナ)が分裂・内戦に陥ったり、半島(チョソン)が統一されたり、いろいろとあったけれど。

 そして、雇用環境の巻き戻しがあったのもここ十年の間よ。嫌になっちゃうわね」


 至極残念そうに肩を落とすパーティの表情を見ながら、川野コウは高校生の頃に見たニュースの見だしを思い出していた。


(そうだ……その頃に確か、人工知能を……くそっ、詳しく読んでおけば……とにかく、利用を制限する法律が作られたんだった)


 珍しいことに与野党の全会一致に近い状態で法案が通り、そのスムーズさ自体が報じられていたような記憶がある。


(あれは……つまり、その頃海外でも同じ事があったからなんだろうな……)


 そして、日本とは比較にならないレベルで、α連合国を除く海外では人工知能の普及による雇用環境の激変と、社会不安が発生し。


(きっと、次々と人工知能の利用制限がされるようになっていった……それが世界のスタンダードになっていった時代だった……)


 幸せなことにその頃の川野コウはすぐに就職情勢を考えなくてもいい、単なる一高校生で。


(僕が高校を出て、大学に入る頃には……世界は一気に変わっていたんだな……)


 今更ながらに、世界の情勢について何の興味も持たなかった過去の自分が恨めしくなる。


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