第20話『JP-229滑走路破壊爆弾』
JP-229滑走路破壊爆弾は、ディープラーニング技術を利用した人工知能シーカーを備えた、新世代の爆弾である。
『トマホーク2050』をはじめとするミサイルや航空機によって、空港上空まで運搬されたそれは、ステルス性を持つ繊維素材のパラシュートを広げると、空挺部隊が着地点を調整するように、ある条件に合致する目標を狙う。
むろん、狙うのは空港の滑走路である。しかし、ただそれだけではない。
JP-229滑走路破壊爆弾は、内蔵する人工知能シーカーによって、滑走路の『交差点』を最優先目標として識別する。
交差点がなくなった道路が機能を失うように、空港の滑走路もまた、往々にして交差点を持ち、その場所を破壊されると同時に複数本の滑走路が使用不可能となってしまうのだ。
画像識別・認識はディープラーニング技術を利用した、人工知能にとってもっとも得意な分野である。
事前に学習済みのニューラル・ネットワーク・ライブラリを持つJP-229滑走路破壊爆弾は、互いに通信し合う。
ある一弾は滑走路の交差点を狙い、またある一弾はまさに航空機がテイクオフするポイントを、そして着陸機がランディングするポイントを破壊する。
これらの複合によって、JP-229滑走路破壊爆弾に狙われた空港・空軍基地はきわめて効率よく、その機能を奪い去られることとなるのだ。
なお、当然のことであるが、その弾頭はアスファルトを、そしてコンクリートをえぐる成形炸薬弾頭と、穿った穴を大きく広げる高性能爆薬を二段構えで備えたタンデム弾頭でもある。
しかもハンブルグ空港をはじめとした、各地の航空拠点はJP-229滑走路破壊爆弾による、高効率の制圧に見舞われるだけではなかった。
ここでも多数のDSBが降り注いだのである。それは空港のアンテナを破壊した。レーダーを破壊した。
適切な技術者と補修パーツがあれば、半日もかからず復旧できるような破壊とはいえ、少なくとも現時点では使用不能になる損害を確実に与えた。
そして、DSBが最後に狙ったのはヘリコプターだった。言うまでもなく、ヘリコプターは滑走路が穴だらけであろうが、空に飛び立つことができる。
今、ある一発のDSBが露天駐機しているヘリコプターの一機へ狙いを定めた。
暗視センサーの画像と、ディープラーニング技術による識別アルゴリズムは、その一機をユーロ・コプータ社の汎用ヘリと正しく判定した。
そればかりか、僅かな機体構造の差異から、製造時期とバージョン名まで特定する。
そのDSBは、ひらひらと舞い降りる木の葉のような軽い動きで、ヘリコプターのローターハブへ取りついた。
ローターハブは、ヘリコプターのローター……つまり、ぐるぐると回る羽根の根元にあたる部分である。
猛烈に回転するローターは当然、凄まじい遠心力を生み、それに耐えつつも、ピッチ変更など様々なコントロールを司る、まさに最重要部位である。
たちまち手榴弾ほどの音を立てて、DSBは自爆した。
その自爆は純軍事的に見れば、ささやかなものだった。頑丈に作られたローターハブに大きな塗装剥げと、軽い亀裂を生じさせただけだった。
しかしこれだけで十分なのだ。
誰が見てもここで何かが爆発したことが分かる。近づいてみれば、ヒビが入っている。これだけで、このヘリコプターは修理待ちの役立たずである。
まさに最小威力最大効率の破壊を目的とする、DSBの面目躍如たる一撃であった。
このような破壊が、欧州全土の空港で行われた。
格納庫に収納されている機体ですらも例外ではなかった。なぜならば、各空港の所属ヘリコプターなど機密でもなんでもない。むしろ、空港運営会社や保有企業が誇らしげに公開している情報である。
DSBは、目的とするヘリコプターが見つからないとみるや、まずは戦術情報ネットワークを通して、欧州全域に投下された仲間達や、上空に遊弋するAWACS・電子戦機と通信する。
別地域でも目標が確認されていないのならば、それは格納庫の中にいるという証拠になる。
宿り木で休む小鳥のように、DSBは見晴らしのいい物陰をみつけると、そこに着陸。
ローターの駆動を停止して、電力を節約する。そして、スナイパーが目標を待つように、狙うヘリコプターが格納庫から出てくるところを待つのだ。
戦闘機のスクランブルとは異なり、ヘリコプターが格納庫から出て、離陸するまでの動きはゆったりとしたものである。
目標を見つけたあとは、同じことだ。飛行不能になる重要部分を狙って、DSBは恐るべき自爆攻撃を実行する。
━━結果として。
夜間帯のうちに欧州全域の空港に所属するヘリコプターのおよそ半数が。
そして、日が昇ったあと緊急事態を察知して飛び立とうとした、残りのヘリコプターが。
ごく僅かな例外を残して、すべて飛行不能になっていた。
パイロットも、整備員も、自分たちの愛機が重大な破壊に晒されているとは考えなかった。パーツが届いて、しっかり修理すれば、また飛べるはずだと考えていた。
だが、彼らの誰もが。
『パーツが届いて』『しっかり修理する』までに、すべてが終わってしまうことに、気づいていなかったのだ。




