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第16話『サロン主任は首をかしげ続ける』

『主任、さっきから電話が使えないんですが』

「……俺もだ。おかしいな」


 その頃、ブリュッセルDC(データセンター)では、サロン主任たちが首をかしげていた。


 ネットワークルータ・スイッチから取得したログに異常らしきものは見られなかった。しかし、どうにも嫌な予感がわき上がってくる。

 電話が使えないのである。それどころか彼ら監視チームの持つすべての通信機器が、『通信不能』を表示していた。当然、メールの一本も送れない。


「こりゃあ……ユーロ・テレコムも同じアラートシステムを使っているんじゃないか?」

『先ほどのような誤報の影響を受けていると?』

「実際は問題ないのに、慌ててシステムを落としてしまって、通信網が広域ダウンしているとか……な。そのくらいはあり得る」

『そいつは大事ですね』


 サロン主任と監視チームは、的外れながらも甚大な影響度の真実には迫っていた。

 そこまではさすがプロと言えた。無数の通信が集中するブリュッセルDC(データセンター)で働くプロフェッショナルとしての知識と経験と、そして『体感』がインフラとして通信ネットワークがどれだけ重要か、彼らに教えていたのである。


『……っ、と! 今度は停電ですよ』

「おいおい、いよいよ大変じゃないか……あのアラートシステムつくった会社は倒産だな」


 僅かに室内の照明が暗くなり、しかしすぐに復帰する。


 電力供給異常を示すコントロールパネルを見つめるサロン主任は笑っていたが、内心は冷や汗ものだった。

 これはひどいことになりそうだ。何時間残業することになるやら、とても先が読めないな、と思っていた。


「しかしまあ……自家発電設備の正常動作テストは出来たな」

『モニタリングも問題なし。最大で三日間は稼働を維持できる見込みです』

「朝までには復旧するだろうが……今、眠りこけている奴らは停電があったことにすら気づかないんだろうな……」

『インフラの復旧なんてそんなもんですよ。報われませんね』

「まったくだな」


 肩をすくめて溜息をつきながら、サロン主任は中・下位層のネットワークルータ・スイッチも、大量の警告アラートを出していることに気づいた。


(まあ……当然さ)


 最上位システムが誤報アラートを出しているのだ。

 中・下位層のシステムは何をするにも上位システムにアクセスするわけだから、その影響を受けているのだろう。


(本当にひどい一日になりそうだ)


 サロン主任は嘆いていた。

 しかし遠からず復旧が完了し、自分は面倒な後始末に追われて、それで終わるのだろうと思っていた。


 そして、E連合全域で。

 DC(データセンター)で。ネットワーク事業者で。大企業のシステムセンターで。およそ通信に関わるあらゆる施設で。


 つながらない電話。使えないメール。鳴り続けるアラート。

 それらに直面した運用担当者たちが、上司達への連絡(エスカレーション)手段を絶たれたまま、サロン主任と同じように嘆いていた。


 彼らはみんな思っていた。ひどい夜に仕事をしていたものだと。

 悪いくじを引いてしまったと。

 そう考えることが、もっとも合理的だった。


(……せめてきっちり始末をつけて、ボーナス査定をプラスにしたいもんだ)


 サロン主任が不幸な己を慰める材料として見つけたのは、それだった。


 だが、彼はまだ知らなかった。


 自分たちは戦争の『第一波攻撃』に直面しており、そして朝までには戦いの勝敗自体が決まってしまうことを。


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