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第14話『ブリュッセル・データセンター』

「ちっ、なんだこれは」


 ブリュッセルDC(データセンター)で深夜シフトに入ってから数時間。そろそろ休憩が回ってこようかというその時になって、突然、画面を埋め尽くした警告アラートにサロン主任は表情を歪めた。


 彼はこの時間帯の監視を任されているチームの一員である。


 ブリュッセルDC(データセンター)はベルギーのみならず、E連合の中でも指折りの大規模データセンターであり、無数の企業システムが、そして個人データの保存されたサーバー群が、実に数十万ノードも稼働している。


 物理的には半地下式の巨大ビルであり、市内を流れる水路から冷却水を取り入れ集中的な廃熱を行っていることでも、その環境性能をアピールしている。


「最上位スイッチがオールダウン……だと?」

『主任、なんですかこれは』

「ああ、アラートシステムの誤報だな」


 ピーピーという耳障りな警報音に眉をひそめながら、サロン主任はそう断じた。


 誤報。それはサーバーの世界ではありふれたことだった。

 個人用の機器と異なり、サーバーやそれに接続される機器は、きわめて強力な自己診断機能を備えている。


 しかし、逆にその自己診断機能自体に問題が発生したり、バグの類いが残っていると、ありもしないエラーを報告したり、また、あり得ないような巨大トラブルを検知してしまう。


(誤報・誤検知はデータセンターじゃよくあることだが……こいつはひどいな)


 彼ら監視チームの仕事は、そもそも、自己診断機能のアラートに従って、顧客へ連絡することである。


 それだけに、彼らは本来の異常のみならず、誤報にも慣れきっている。メーカーはいつも言う。「バージョンアップで改修されます」「互換性リストにない機器を使ったせいです」「ファームウェアのバグです」と……一体、何十年前から同じセリフを繰り返すつもりなのか。実際に故障するわけではないのだから、誤報くらい良いではないかと言わんばかりの開発姿勢だ。


(こいつはさすがにひどすぎるぜ……)


 ボスに強く進言して、メーカーへクレームをあげてもらわなければ。


 やるせない怒りと共に、サロン主任とチームの仲間たちは腰を上げると、ネットワークルータ・スイッチ群の確認に向かう。


 一般消費者向けの機器と異なり、こうしたネットワークインフラを担うネットワークルータ・スイッチは、ケーブルとランプの化け物である。だが、このランプのおかげで、ほんの一瞬、目視するだけでも故障状態を把握することができる。


 最上位ネットワークルータ・スイッチ群が収容されているマシンルームの扉を開ける。轟然たる冷却ファンの回転音と、秋の夜ほどに冷たい空気が肌に吹き付けた。


『どうやら問題ないですね!!』

「ああ、そうだな!!」


 爆音一歩手前の音響の中で、サロン主任と監視チームの仲間達は言葉を交わした。


 そう、まさにほんの一瞬、目視すれば分かった。2メートルを超える高さのラックに整然とマウントされた、最上位ネットワークルータ・スイッチ群のランプはすべて『緑』である。


 警告ならば通常『オレンジ』であり、重篤な故障が起こっている場合は『赤』で点灯するのが、メーカー問わず通例であった。


(一番迷惑なパターンだ……)


 サロン主任の胸にはますます怒りと不満が渦巻く。盛大に誤報をまき散らすくせに、実際は何の問題もない。彼のようなデータセンターの監視員をもっとも患わせるタイプのバグである。


「目視確認、異常なし! ひとまず、さっきの誤報は無視するぞ! 一応、ログは取っておけ!! C社のサポートチームに送りつける!」

『こんな時間に無駄足食わされましたね!!』

「こういうのも仕事のうちだけどな」


 ばたん、と重々しくマシンルームの扉を閉めつつ、サロン主任はいつもの声量に戻っていた。恐ろしく寒く、冷却ファンの轟音がうずまくマシンルームと、静寂で暖かいこの廊下。耳にも肌にも、あまりに違いすぎる環境である。


「レポートの作成は俺がやっておく。お前ら、そろそろ仮眠時間だろ。少し休んでおけ」

『了解』


 眠い目をこすりながら、自分自身の仮眠時間は取れそうにないな、などとサロン主任は思う。


(まったく腹が立つぜ)


 やり場のない怒りにサロン主任は拳を握りしめた。こんなことで奪われる時間は不条理だと思った。


 だが、彼は知らなかった。気づくはずもなかった。


(本当にひどい誤報だよな……)


 それが誤報でも何でもないことを。


 アラートシステムは正常に動作しており、彼が目視で確認した『緑』のLEDこそが誤りであることを。


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