第11話『D・S・Bは落ちていく。人工知能シーカーは起動する』
マモラ中尉が任務の半分を果たしたポイント。
すなわち、フランス・ノルマンディー地区から、パリに向かっておよそ50kmほどの上空。
空中を真っ黒な俵が舞っていた。
それはわずかに突き出た安定翼によって姿勢を保ちつつ、高高度から灯りのきらめくフランスの大地へと落ちていく。
それは断じて兵器である。さらに言うならば、ボムである。
だが……破壊の象徴、核爆弾。いかなる防御も突き破るバンカー・バスター。広範囲に散らばるクラスター爆弾。
それら有名な爆弾とそのルックスは微妙に異なっている。
すべての光を吸い込むようなマットブラック塗装。そして、先端には起爆のために必要な信管がついていない。尾部を見ても、誘導ユニットらしき可動フィンも存在しないのだ。
明らかに既存の航空爆弾とは違う。
見た目からして何かが違うそれは、高度1000メートルで突如、砕け散った。
ステルス性を付与するために、CMCを大量に埋め込んだ、非鉄素材の外殻がバラバラになって宙へ舞った。
そして、粉塵のごとき黒の渦から、プラスチックで出来た棒状の何かが現れた。
棒状の何かは落下を続けながら、自動的に起動する。
四つ足が十字状に展開された。足の先にはモーターとプロペラが備わっている。その姿を見て、趣味人ならばすぐにある物体を連想したであろう。
すなわち、クアッド・ローター式のドローン・ユニット。
そしてこれが、DSB。
それは極小の破壊力を最大の効率で叩き込むために生み出された、新世代爆弾である。
なお、SDBでなくDSBである理由は、既にSDBの名を持つ兵器が存在しているという単純な事情に過ぎない。
マモラ中尉のB-21から投下されたDSBは、高度1000メートルで自動的に外殻を爆砕すると、1発あたり10機のドローンユニットを吐き出した。
その軽量と空気抵抗によって、ドローンユニットは時速130kmまで自然減速を行う。続いて、高度500メートルを切ったあたりで、クアッド・ローターを始動させると、ゆっくりと姿勢を傾かせて、緩降下飛行にうつった。
垂直落下姿勢のままローターの力で減速しないのは、ヘリコプターが垂直上昇でなく、前へ進みながら離陸することと同じ理由である。
重力に引かれるエネルギーを、まず前方へ進むエネルギーへと転換する。『↓』へ向かう力を『斜め下』の力へ転換する。
垂直落下から緩降下への遷移。これはひとえにエネルギーをなるべくゆっくりと殺していくためである。
時速130kmまで垂直降下中に空気抵抗で減速し、緩降下への遷移で時速80kmまで、DSBはスピードを落とす。
さらに180度旋回を数回。ここまでの機動を経て、ようやくDSBはそのクアッド・ローターで自由自在に機動できるほどの、低速へと至った。
━━とはいえ、この減速自体が爆弾の常識に反している。
なぜならば、爆弾とはより高速度でぶつけるのが遠い昔から正道である。言うまでもなく、速度の二乗はエネルギーである。1トン爆弾を時速100kmでぶつけた方が2トン爆弾を時速50kmでぶつけるよりも、遙かに強力なのだ。
だが、その秘密こそがDSBが頭のいい爆弾であるゆえんだった。
町の灯りがほんのりと届く程度の高度で、鳥あるいは蝙蝠にも似た速度でひらひらと舞うDSBは内蔵された人工知能シーカーが起動させる。
むろん、今は夜である。視覚、つまり光学情報は頼りにならず、このような状況下での誘導は赤外線センサーや地上要員によるレーザー照射、そしてGPSに頼ることとなる。
だが、DSBは極小の破壊力を最大の効率で叩き込むために生み出された、新世代爆弾である。
むろん、DSBはあらゆるセンサーを使う。GPS誘導も併用する。しかし、センサーによって、収集された画像をはじめとする無数の情報から、人工知能によって目標を特定する段階を踏むのが既存爆弾との決定的な違いである。
あらかじめ収集された目標周辺のあらゆる画像を、ディープ・ラーニング技術によってDSBの人工知能シーカーは学習済みである。
動物学者にまさるとも劣らぬレベルで、犬種を判定する時のように。あるいは『この画像に類似した画像はこれです』と提示する検索エンジンのように。
DSBは各種センサーから渡された画像、音声、位置、温度……無数の情報を素材として、正確無比のターゲッティングを行うのだ。
その精度は、もはや着弾半径何センチや何メートルという単位ではない。
すなわわち、目標となる物体における任意の『部位』。
DSBはそれを狙う。仮に人間が目標であれば、耳、鼻、右手、左手といったレベルで狙うことができるkのだ。
━━今、人工知能シーカーはある送電鉄塔に、狙いを定めていた。