第10話『D・S・B━ドローン・スマート・ボム』
「DSB、放出!」
B-21レイダー戦略爆撃機は、基本的にB-2スピリット戦略爆撃機と同じフォルムをしている。
つまり、空を飛ぶ巨大な漆黒のブーメランであり、全翼機と呼ばれる世界でもきわめて珍しい形状の機体である。
『上部爆撃口、オープン。DSBの放出を開始します』
そして、B-2がそうであるようにB-21もまた、絶対的ステルス爆撃機である。
絶対的というのは、その低観測性の度合いを示す。
ステルス機と名乗るには、まずレーダーによる探知が難しくなければならない。赤外線でも簡単には見つけられない。もちろん高高度を行くその黒塗りの機体は、東京を空襲したB-29がキラキラと太陽に反射していた場合と異なり、目視でも確認しにくい。
その低観測性がきわめてゼロに近い━━つまり、自分の頭上に爆弾が降ってくる、あるいは自分の戦闘機にミサイルが命中する、そのタイミングまで敵の姿を確認できないほどの低観測性。
それを絶対的ステルスと2035年では呼んでいる。
『レーダー波による捕捉の兆候なし』
『対地・対空RCSの増大なし』
マモラ中尉の鼓膜には、次々と異常なしのナビゲーションが響く。
そして、B-21のような絶対的ステルス性に対して、多くの機体は相対的ステルス性を備えている。
たとえば、大型爆撃機であれば、せいぜい小型プロペラ機程度に見えるという程度。あるいは、戦闘機であれば一人乗りグライダー程度にレーダーへ反射するという程度。
これを2035年では相対的ステルスと呼ぶ。
あらゆる旧世代機、たとえばF-2支援戦闘機やSu-27戦闘機はこの相対的ステルスである。
━━では、B-21レイダー爆撃機がなにゆえに最新鋭の絶対的ステルス機であるか?
(一番の泣き所も安心なのは、いいもんだな……)
それは前世代、そして前々世代にあたるB-2スピリット、F-117ナイトホークと異なり、爆撃を行うまさにその瞬間ですら、絶対的ステルス性を維持していることによる。
マモラ中尉の座る360度球体コクピット。
その後方から、俵型のDSBが次々と放出されていく。
しかしそれは断じて投下ではない。あえて言うなら投上であり、機体の上面に開いた爆撃口から、わずかに浮かす形で放り投げられているのである。
「何しろ……下に穴を開くと、たちまち見つかるからな」
B-2やF-117のような絶対的ステルス機にとって、爆撃のまさにその瞬間、無数のレーダー波が飛び交う地上へ向けて穴を開ける爆弾庫はアキレス腱であった。
時速300kmでも快適な走行を保証する、サーキットの路面に突然大穴が開いたようなもので、どんなステルス性も爆弾庫のオープンは台無しにしてしまう。
たとえば2020年代には、撃墜にこそ至らなかったものの、対武装組織作戦に従事していたB-2スピリットが、まさに爆撃の瞬間を狙い澄ましたように照射されたロシア製レーダーによってロックオンされている。
『爆撃終了まであと15秒』
『放出プロセスに問題なし』
爆撃。その単語がイメージする光景とは異なって、B-21から繰り出されるDSBは、機体の上面からぽいぽいと後方へアームを使って放り出されていく。
尾翼が存在しない全翼機ならではの爆撃とはいえ、どんなSF映画ですらこのように迫力のない攻撃シーンは採用しないだろうと思えてくる。
(今のこいつを見つけることが出来るとすれば……)
高度20000メートル超からルックダウンで見張るような、破天荒な早期警戒機。
あるいは、衛星軌道上からのレーダー探知。
しかし2035年にそんな兵器が実用化されているという情報を、マモラ中尉はまったく知らない。
『爆撃終了』
淡々とした美女のアナウンスヴォイスと共に、マモラ中尉の任務は半分が終了した。
このナビゲーションボイスに、東洋の島国はアニメの声優を使っているというのは本当なのだろうかと思う。ならば、自分もいつかはFEITO-CHANの声で飛んでみたいものだ。
ゆっくりと操縦桿を引く。尾翼を持たない空飛ぶブーメランは、巨像が体を起こすようにのっそりと上昇、僅かに速度を落とした。
そして、マモラ中尉のB-21レイダーが飛んでいたスペースを、後方に続くQB-21無人戦略爆撃機が埋める。この無愛想でかわいいフォロワーたちが爆撃を終えるまで、彼の任務は完了しないのである。