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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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99.シンを蝕む

「ぐっ……づっ、あ゛あ゛あああぁぁぁ!!」


 左腕に噛み付いて放さないハウンドの鼻っ面を右腕で殴り、歯が腕から離れた瞬間を見計らい右脚で顎を蹴り上げ破壊魔法。

 頭部の中身をぐちゃぐちゃにされ、体液を撒き散らしながら死に逝くそれを確かめながら体勢を整える。


 訓練のため六匹のハウンドの群れへ入れられて残り五匹。

 破壊魔法以外の攻撃魔法を禁止された上、短剣や棒切れ一本の武器すらもない。純粋に正面から殴り合えるようになるための訓練。

 一匹欠けようが残り五匹の犬風情が殺気を収めるわけもなく、むしろ仲間をやられた恨みで殺意は膨れ上がり群れの数が減った分だけ僕の肉を食らおうと歯を光らせる。

 寄って集って上に乗り、はらわたをむき出しにされてようやく助けてもらえるかな。でもそんな失敗は嫌だし、さっき腕に噛み付かれた痛みでも十分痛くて泣きそうだ。


 二匹先んじて再びこちらに駆け寄ってくるハウンド。

 ウェストハウンドより体格が劣るとはいえ大型犬程度はあるので十分気迫が凄い。

 遠隔魔法でばかり戦ってきたのでこうして間近で命のやり取りをするのは個人的に避けたいのだが、それに慣れるための訓練でもある。改めて歯を食いしばり、迫り来るハウンドの顔面目がけて拳を振りかぶる。


「――っ!」


 僕とハウンドの双方に衝撃が発生するかと備えていたが現実は空振りだった。

 さっきまで見せていた気迫は嘘のようで、一匹目のハウンドは進路をずらしまわり込む様に弧を描く。

 その動きに気をつけながら、二匹目のハウンドを見ると既に涎の垂れる口内が間近に存在していた。


「ほらっ! これが欲しかったんだろう!!」


 囮とはやるではないか。

 一度戦況がそちらに揺らいだら、僕としてはリスクを取って動かなければならない。

 自ら腕をその口に突っ込み、歯が降りる前に再び破壊魔法。流石に柔らかい口内へと不意に手を入れられれば防御など間に合わないらしく、一匹目と同様に頭部をぐちゃぐちゃにされ絶命するハウンド。

 眼球をポロリと地に落とすおぞましい光景を間近で見ることになってしまったが、そもそも僕が殺めたからこうなっているわけで。

 自業自得というか必然というか。そんな戦闘に不毛な思考を振り払いながら腕を口の中から唾液と共に引き抜いて、体重をかけてくる胴体を蹴り飛ばす。


 流石に六匹居て内二匹が殺られればハウンドも警戒するものらしく、距離を保ち四方へ距離を取る四匹。

 どうやら相手方はまだまだ殺る気を収めるつもりはないらしい。まぁ仕掛けたこちらとしては訓練のために文字通り最期まで逃げず立ち向かってもらわなければ困るのだが。


 大きな鍋程度の氷の塊を作りつつ、体勢整え終わったのか同時に飛び掛ってくる四匹を迎え撃つ。

 まず一匹にこちらから近づき、地面にめり込ませた靴で土を抉り取り蹴り上げ魔法で効率よく砂をばら撒く。

 即興の煙幕だ。少なくとも僕の位置を僅かにでも誤認できるほどの効果があればいい。

 二匹の間を縫うように他の一匹へ走り、双方の脚力が一瞬で距離を詰め衝突しようとする瞬間に斜め上へ側宙。足は空の方向だ。

 このまま裏を取っても十分かもしれないが、先ほど作った氷塊を使い無理やり進行方向を変更。

 足場として蹴り飛ばされた氷塊は役目を負え衝撃に粉々へ、対して僕はハウンドの斜め上から胴体目がけて突撃。

 二つの拳を固め強く振り下ろす。

 運動エネルギーに位置エネルギー、それに腕力を込めた全力の拳を視界外から振り下ろされたのなら背骨すら砕ける。

 キャンと、鼻で息を吸い鳴くような声を上げるハウンドの胴体にそのまま手刀を突き入れ胴体を破壊。ついでに手ごろな骨をへし折りながら引き抜く。


 ギリギリ追いついたのか、いやあちら側にしてはギリギリ追いつけなかったハウンドの追撃に、とがった骨で答える。

 今まで素手で戦っていた人間が、仲間の骨を刃物のように突き出す様に驚きながら顔面を裂かれるハウンド。

 噴出す血液を浴びながら即頭部を強打しつつ破壊。


 六対一、それもまともな外傷を負わせられていない人間相手に勝てないと思ったのか、逃げ出す二匹の片方になんとか追いつき共に位置関係を交代しあいながら地面を転がる。

 戦意を喪失しまともな抵抗を見せないハウンドが隙を見せるたび一撃、次に二撃目。三撃も与えればまともな抵抗も薄れ魔力をそこから中心に送り込み体内をぐちゃぐちゃにする。

 もう再起不能なのを確認し慌てて身を起こして逃げ行くもう一匹を確認するが、既に距離は開ききり加速も十分。流石にあの速度に人の身では追いつけないか……。


「上出来だ。後は人と正面からぶつかり合える技術を磨けばほぼ完了したようなものだ」


 土の槍が一匹逃げるハウンドの胴体を貫き高く掲げアレンさんがこちらへ寄って来る。

 既に不意を打ち獣や人相手に戦う術は最低限磨き終わっている。あとは機さえ合えばそう遠くないタイミングでこの生活とは別れるのだろうか。


「ごめんなさい、一匹逃しました」


「気にするな。経過と戦果、それを考えたのなら十分だ」


「けれど縮地を使えたのなら、この条件下でも一人で全滅させることは可能だったはずです……」


 八十点ではダメなのだ。この身を考えて百点に収まっても許せない。

 限界を超えねば、アレンさんを必要な場所へ送り届けることは難しいだろう。今もなお貴族の門を叩き、潜れた人間は確認されていないのだから。


「そう焦るな。少し仕事を押し付けられ忙しくてな、時間はまだ余裕がある。その期間で得られるものは確かにアメの役に立つはずだ」


 珍しく僕の頭を撫でながら、そう告げてくるアレンさんに僕は閉口するしかない。



- シンを蝕む 始まり -



「うぉっ……なんだその格好!?」


「……え、あぁごめんなさい。全部乾いていて汚したりはしないので大丈夫です」


 学校へ帰るとザザが玄関に居て血塗れの姿を見つかってしまった。

 外套で誤魔化しているし、最近は施設内へ入るとき誰かに気づかれることも少ないのだが今日は考え事をしていたせいか失敗してしまったようだ。


「いや、そういう問題じゃなくてな……まぁいい。さっさと着替えて来い」


「はい、お疲れ様です」


 軽く頭だけを下げて通り過ぎる。

 気が弛んでいる証拠だし、縮地の修得も未だ見通しが立たない。このままではアレンさんが求めるものにはほど遠い。


「いや、ちょっと待て」


「……?」


 気でも変わったのかと黙って振り向くが、こちらを見るザザの視線は珍しく真摯なものだった。


「あの人は、アレンさんはお前に一体何をさせようとしているんだ?」


 疑惑、決意、憤り。

 色々な感情を込められたそれに僕は口を開けない。


「一年以上一人の子供がここに居るなんて今までになかった。それにその姿。一人、一体程度の血じゃないだろう? お前自身に目立った外傷がある様子もない」


「ごめんなさい、僕からは何も……」


 何も言えない。

 何も言うつもりはない。

 どれだけ疑惑の目を向けられようとも、ザザ一人に何ができるわけでもないし、僕達が決定的な情報を漏らす懸念も存在しない。

 僕の瞳を見つめ、ザザは一瞬いつものように衝動へ身を委ねるかと思ったがどうにかそれを堪え拳を固く握るだけで済ませた。

 僕への疑惑や、それに付随する暴力は上司であるアレンさんへの反抗に等しい。その程度はどうにか理解してくれたようだ。


「……もう、いい。面倒にならないことだけは、願っているさ」


 その言葉に僕は一礼だけで済ませ今度こそその場を離れて自室へ向かう。

 もし目論見が上手くいけば最高に面倒ごとをザザ当人へと押し付けることになるが知ったことではない。


 それよりも目下の問題は縮地の修得だ。

 まるで取っ掛かりが見つからないのは非常にマズイ、そしてあの技術は対人戦を想定するとどうしても欲しくなる。

 勝敗を分かつほど必須、とまでは言わないが、選択肢が多いことに越したことはないし、できなかったが故に取り返しのつかない自体は避けたい。

 何とかしなければならない、けれど何をどうしたらいいのかわからない。そう思いながらドアノブを捻り自室へと入った。


「アメさん……!? 大丈夫ですか!?」


「おい、お前その格好どうしたんだよ! 全身血塗れじゃねえか!」


 声をかけてくるのは同居人とやたら威勢の良い少年。他にも動揺している様子の子供が数名部屋に集まっていた。

 同居人に僕が居ないとき部屋を好きにしていいとは言ったが、こうして談笑している最中に遭遇してしまうことは初めてだった。

 僕が絡まれることを疎ましく思っていることを知っているからか、単純に得体の知れない存在に近寄りたくないからは知らないが、何にせよ今日はハウンドを蹴散らしすぐに帰宅するだけで午後の訓練時間は普段よりも短かったことが原因か……いや、そもそも部屋の前に立った時点で気づいたはずだ、室内から話し声が聞こえると。また思考に溺れたせいでのミスか、とりあえず悩むのは後回しにしよう。


「……大丈夫、ほとんどハウンドの血だから。トイレで着替えてくる。部屋、好きに使っていていいよ」


 そそくさと部屋着を取り、入ってきたばかりの扉から廊下へと戻りトイレへ。

 着替えるついでに運動服へこびり付いた血液を魔法で飛ばそうかと思ったが、もう修繕で誤魔化せないほどボロボロな服を、注目を浴び洗うことなく綺麗にすることはいささか不自然かと思いこれを機に新しい物へと代えてもらう事にし捨てることに決めた。

 そのまま自室、ではなく明かりの点いていない食堂の隅で、僕は気配を消し外套に包んだ衣類から漂う血の臭いを嗅ぎながら体を休めることにした。

 半分といえど自室の主であるのだから子供達を別の部屋へ追い出しても良かったのだが、あの同居人は血塗れの姿を見てしまった以上それをきっかけに使い僕に絡んでくる可能性が高い。

 そうなれば自室が安らげる場所では無くなるのは当然で、別件で帰るのが遅いアレンさんの部屋で休むことも叶わず大人しくこうして誰にも邪魔をかけない場所でのんびり過ごす事にした。


「なんで来るかなぁ……」


 だから彼女が視認出来ていない僕に対し、真っ直ぐ進んで来た時思わずそう零してしまった。


「アメさん、こんな場所にいたんですか」


 気配を殺しているにもかかわらず、魔法を使った様子無く僕を見つける。

 実際一度職員が部屋に入ってきたが、僕に気づくことなくそのまま出て行った。

 故に何故、だ。何故僕に気づけて、何故僕を探していたのか。


「何か用? ゆっくり休みたいんだけど」


「もう他の子は解散しましたよ、休むなら部屋で休みましょう」


「そう、なら後で戻るから。わざわざ呼びかけてくれてありがとうね」


 決して相手を否定することなく、決して会話を続けるきっかけを与えず。

 薄闇の中僕はそうして同居人を拒絶する。


「……寂しくは、ないんですか」


 そんな僕に同居人は、嫌悪感も憐憫も見せず、ただ全てを包み込むためにそう尋ねてきた。


「何が、どうして、僕が寂しさを覚える必要があるの?」


「頑なに私を拒絶して……いいえ、今まで近寄ってきた子供達から全部離れて」


「もしそれが正しいのだとしたら、僕にはアレンさんが居るからだと思う。わかっているとは思うけど僕はあの人に特別扱いされていて、凄く、嬉しいんだ。他には何もいらないぐらいね」


 そこまで情報が行き渡っているということは、恐らく僕が今ここにいる子供達の中で最古参であるということもばれているだろう。

 当然ここへ来た時に居た子供達など一年も経てば誰も居らず、詳しい情報なんて誰も持っていない。

 けれど顔の変わらない職員達がぽろっと漏らしてしまったり、コロコロ変わる子供達の中で僕という存在が話題として途切れることなく、まるで伝言リレーで伝わる伝聞のように今ここまでやってきたのだろう。

 今ここに居て思い出せる子供達の顔を片っ端から頭に浮かべ、今まで限度を超え困っていた場合は少し助力したのが間違いだったと確認。代わりに脳内で一発ずつ殴っておくことにする。


「――ならどうして、そんなアレンさんと居る時もアメさんはずっと寂しそうな顔をしているんですか?」


 今、殴られる子供の番は僕だった。

 睨み付けるが同居人に敵意は無く、ただあるのは純然たる疑問と想いだけ。


「アレンさんも同じです。二人が揃えば多少その感情もマシに見えますがそれはあくまで相対的な問題。二人とも焼け狂う地獄の中で、僅かな互いという水滴に――」


「キミはさ、世界に一人しか人間が居ないのだとしたら、その人は寂しいと思う?」


 それ以上言わせたくなくて聞きたくなくて、僕は思わずそう尋ねた。


「……はい」


「生まれたときから、存在した時から独りぼっちでも?」


「……?」


 僕には生まれたときから誰も居なかった。コウもルゥも、スイ達も失ったままだった。

 そんな感情を、まるで別の話に乗せて僕は舌を動かす。


「今まで誰も居た事が無かったから、その人は自分が寂しいかどうかすらわからない」


「そうでしょうか? 一人には違いないのだから、何時か感じるはずです。何かが足りないって」


「モノを考えるだけの知能はその人にあってもいいよ。

でも知識はない。自分が独りぼっちだって言う証明をする記憶は、今孤独だと感じる感情は、自分が男か女かもわからないその人間には、わからないんだよ」


 世界にただ一人いる人物が男性ならば、女性というものを知らないせいで性別という観念がそもそも存在していない。

 これはたとえ人数が増えても、同性しか増えないのであれば孤独が発生し、その孤独が満たされても性別という概念は死んだまま。

 ――思わず歯を食いしばる。ただ相手を黙らせるためだけの中身のない作り話に、現実味を持たせるため例に出した性別がわからないという言葉が自分に刺さり、その愚かさに自身を恨む。


「アメさんが何を考えているのか、何を言いたいのかは頭の悪い私にはよくわかりません」


 しばしの空白の後、少女はそう胸から声を絞り出すようにそう呟く。


「――けれど」


 どうして僕よりつらそうな表情をしているのだろう、僕もそこまで酷い顔をしているのだろうか。

 どうして、そんな感情を抱けるのか。僕はキミに何もしていないのに。


「私は今、ここに居ますから」


 その温もりのなんと業腹なことか。

 熱く、痛く、明るすぎて、煩わしく。

 何度も何度も僕の身を焼き、二度も命を奪ったその炎にそれはとても似ていた。


「戻れ」


「失礼します」


 なんとか搾り出せたその冷静な言葉に、彼女はこれ以上は無理だと察してかそれだけを告げて背中を見せる。

 その姿が完全に視界から消え、気配も無くなったところで、僕は血塗れの衣服を胸に抱き寄せその温もりから堪える。

 鼻に突き刺さる鉄の臭いが、守れなかった人々の香りを思い出せてくれた。



- シンを蝕む 終わり -

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