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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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97.選ばず歩んだ成れの果て

 夜の歓楽街。

 娼婦のお姉さんや、ホストのキャッチが景気良く道行く人々を捕まえている中、僕は一人、人ごみの中をぶつからず、目立たないよう気をつけながら歩く。

 当然ながらあまり幼い少女が歩くような場所、時間帯ではない。人目を惹いて起きる出来事もまず良いものはないだろう。


「よう嬢ちゃん! 暇なのかい」


「ごめんなさい、仕事へ向かう途中です」


 そういう目的で声をかけたのか、単に酔っていて冷やかそうとしたのかは酒で赤くなった顔でよくわからないが、それだけを告げると頑張ってなと男性は去って行く。

 まぁ背中や肩は大きく開き、スカートも短いので僕もそんな風に見えるのだろう。仕方の無いことというか、当然というか。

 周りを見渡しても僕とそう変わらない幼い少女が僅かだが客を集めている辺り、世界が違う、いや国が違うだけというのを否応にも実感する。


 その視線をそのまま辺りへ。

 こういった場所に慣れていない青年が周りの目を気にしながら歩いていたり、酔っ払いの介護をしている気さくな化粧の濃いおばさん。

 何か不穏な動きが起きないよう睨みを利かせているその筋の人や、仕事帰りか着崩した格好で居酒屋に入っていく警備隊の人々。


 ――あぁ、いいな。

 幼い女の身であるし、こういった場所は平和な前世のお国柄苦手意識があったが、人々がこうして醜くも必死で生きている様はとても心打たれる何かがそこにある。

 ただ要である仕事相手が見当たらない辺り、すっぽかされてしまったのか。

 まぁ今日がダメでも別の機会にでも、と、目立たないよう街並みに馴染んでいると目的の人物を見つけ踊りそうになる心を落ち着かせる。


「ねぇ、お兄さん。今お暇?」


 動かしていた足を止め、都合のいい場所でもたれさせていた背中を壁から離し我ながら気持ちの悪い声音でその人物へと声をかける。


「ん? いや別に暇だが、今はそんな気分では無くてな」


「そんなつれないこと言わないでくださいよ。僕頑張りますからっ」


 袖を引き、なるべく上目遣いで呼びかける。男の中に存在する獣へと呼びかける、庇護欲のその先にあるものへと。

 物理的に引き止められようやく僕を直視した男性は、少しだけ周りを見渡すと返答をする。


「そうだな……そこまで言うのなら構わないか」


 誰も僕達に特筆するほどの興味を見せていないからか、男は渋々といった様子で気を変える。


「ありがとうございます! すぐ近くの裏路地に僕の家があるので、そこまで行きましょうか」


 どこからともなく舌なめずりが聞こえた気がした。

 その源を無視しつつ、僕が若干先導する形で裏路地へと。

 一歩踏み出すたびに膨れ上がる欲求、どの程度が臨界点かわからないそれに若干ヒヤヒヤしつつも、一箇所大通りから角を曲がった場所で別の男の声が聞こえる。


「おい、そこに誰かいるのか?」


 陰になっていて顔つきはわからなかったがその体格に言葉、それを発する声。持っている大きな袋に確認をしたところで僕の仕事相手が返事をする。


「あぁ、悪いが――」


 言葉は続かない。

 僕が後ろから飛びつき首を捻じ切ったからだ。

 男臭い吐息が、ぼきっと骨を一つ砕くたびにその感触とともに消えていき、瞬く間に呼吸など鼓動と共に消えている。

 不自然な方向へと歪んだ頭、それに倒れ行く体を声をかけてきた男性が近づき持っていた袋へ無言で詰め込み始める。

 僕も間接部を曲げるのを手伝い、最後に上手く丸められなかったのか引っかかった体を無理やり押し入れるために足で死体を押して完了。


 男性は裏路地の奥へ、僕は表通りへと出て次の目的地へと向かった。



- 選ばず歩んだ成れの果て 始まり -



「乾杯」


「乾杯、です。お疲れ様でした」


 次の目的地である居酒屋の隅で僕とアレンさんはコップを擦り合わせる。

 木製のコップの中で白い液体が踊る。別にこの国で未成年に飲酒や喫煙が法律で規制されているわけではないが、そもそも成人の年齢すら違うこの世界で僕は特にお酒を楽しむ趣味は無かった。

 嬉しい時も、悲しい時もティールで。

 何時かユズが言っていた言葉を思い出す。人を殺めた直後のこの気分はどちらに分類されるのだろうか。


「何も疲れることなど無かったさ。私は後始末だけで、アメが全てやってくれたようなもの。上も喜んでいたぞ、仕事が早くて助かると」


「そうですか、それはよかったです」


 本来ならば何日かに渡り仕事の遂行を見越していた。

 必ずしもあの場所を通る保障も無かったし、何か一つでも違えば、そう、人目が少し集中したり、人の流れが間違うだけで途中で中断せねばならなかった。


「……何もアメが手を下す必要は無かったんだぞ」


 そう言うアレンさんはまだゆっくりと薄い酒を舌で転がしている。

 本来仕留める人間はどちらに限ったわけでもなかった。僕の仕事の基本はあくまで誘導、人目のつかない場所まで男を動かすこと。


「あそこまで無防備だと、やってくれって言われているのかと」


 僕もそれに合わせコップに唇をつける。

 あの状況で僕がわざわざ手を下す必要は無かった。少し隙を作るだけで、男は騒ぐ間もなくアレンさんが始末してくれただろう。


「負担に思う必要は無い、アイツは相応のことをしたまでだ。国に代わり組織が、組織の人間として私が、私の代わりにアメが手を貸してくれただけだ」


 三段階に渡り示唆犯は自分達だと強調するアレンさん。

 男が無辜な女性や子供を嬲って殺す趣味を持つ組織の人間で、国が看過できないほどの犯行を行い、組織へと圧力を掛けてきて汚れ仕事担当のアレンさんにその役目が回ってきたのが事の始まり。

 故に、僕を存在しない家まで我慢できずに、裏路地で殺しかねなかった男性を殺めたことを重荷に感じる必要は無いとアレンさんは言っているのだ。

 犯罪者を裁く犯罪から目を背けているわけではなく、そもそも別に僕は人を殺めたことに罪悪感をあまり感じていない。


「大丈夫ですよ、慣れているので」


 それだけを告げると僕はフォークを動かし始める。今日は珍しく外食で、それも仕事後となれば豪勢なもの。

 未だ料理を口に運ばなかったのは別に食欲が無くなっていたわけではない。まだ酒を楽しんでいるアレンさんよりも先へ手をつけるのが悪いかなと思ったからだ。

 ただその気遣いも無用、寧ろ気を使わせるぐらいならさっさと僕は一人飛び掛ることにした。


「そうか」


 人を殺したのは二人目か。二人共顔を忘れられそうにはない。

 けれどそれよりも多くの大切な人々を失ってきたし、顔の見分けもつかない獣達も殺して僕は生きて来た。

 あぁ悪いことをしちゃったな、程度には思っているが、どんな人生を歩んできたかもわからない人間に死をもたらしたことよりも、守れず実質僕が殺したような人々の死のほうが心にしこりを残す。


「……何も、聞かないんですね」


 出会ってから半年ほど。

 彼は一度も聞かない。僕の過去を何も聞かない。

 未知を未知のままに、未知を恐怖と知りながらそれを解き明かそうとせず、手放すことも無く。


「信じているからな」


「それを人は妄信と呼ぶんです」


「そうかもしれない。けれど相棒が聞かれたくないと思う過去を掘り起こす行為を私は望まない」


 その言葉に僕の心は揺れる。

 でもこれは人に見せたくなく、精一杯表情には出さずに言葉を繋げる。


「……それがパンドラの箱だったとしてもですか」


「そこには希望も入っている。それが出てくる前に災禍で私が滅ぼされようとも、私はお前を恨んだりなどしない。

信じるとはそういうことだ。裏切られることを毛頭に入れないとは訳が違う、たとえ裏切られても後悔しないことこそが信じるということだ。私はまだ覚えているぞ、あの日お前に賭けると誓った心をな。人は皆それを忘れてしまうけれど」


 もはや僕に紡ぐ言葉は出なかった、必要も無かった。

 パスタを絡めとり、口に運んだ後ようやくメインに進もうかと思ったときにアレンさんが頼んだ魚のフライが気になる。

 その視線に気づいたのか、アレンさんは珍しく口角を上げながら綺麗にナイフで切り分けて僕のお皿に移してくれた。

 お返しに、と僕のチキンも切って移す。

 両方美味しかった――そう、共に良いものだったんだ。

 どちらも間違いではなかった。僕が頼んだ料理も、アレンさんが頼んだ料理も。選んだ道も、選らばなかった道も。絶望も、希望も。唯一の過ちは、己が選択した過去を悔いることで。




 学校に帰り、アレンさんの部屋を借りて服を着替える。

 異性といえど八歳児が着替えるのを丁寧にも外で待ってくれているため、なるべく手早く済ませたいが慣れない服に手間取るどころか、面倒な箇所がいくつかある。

 娼婦か踊り子のようにやたら露出が高く日常生活では着たくないそれを脱ぎ去り、腰に付いている皮製のガーターベルトのようなものを、そこから伸びて両脚に巻きつけてある革のベルトを外したあとに取る。

 右脚の外側には短剣、左脚には四本の投げナイフ。それぞれが確かに欠けていない事を確認しつつ棚の上へ置く。

 投げナイフには二種類、それぞれ二つずつに毒が塗ってある。痛みをもたらすものと、体の動きを奪う神経毒……何時か身を持って味わったヒメヅルダケの毒だ。

 丁度スカートに隠れる位置で身を潜めるそれらは今回不要だったものの、しっかりと扱える僕の武器。鞘にちゃんと収められているものの不用意に扱えるものではないことに代わりはない。

 投擲武器など魔法があれば不要かと思われるが毒があれば使い道は生まれる。貴族とやらが求める武力にこういった暗殺術が必要かといえばよくわからないが、無いよりはマシだろう。

 何にせよ右利きから両利きへ慣れる訓練よりも、ナイフを上手く投げられるようになる技術のほうが簡単だったので大した問題ではなかった。流石に三十年以上右利きだったものを今更変えるのは骨が折れた。


 それなりの期間アレンさんの武術……生壊術を学んでいるがまだ網羅できる段階かといえばそうでもない。

 僕は中身がどうであれ八歳の少女でしかなく、挙句よくよく確認してみると体格は同年代でも劣っていて訓練しても上手く筋肉がつかない。

 もう少し先にある成長期に入れば変わるかもしれないが、そこまでのんびりと待っていられるほどアレンさんの立場は安定しておらず、とりあえずこうした暗器を扱ったり息を潜め敵の認識外から戦うための術を優先して身につけた。

 これならば肉体のハンデもある程度誤魔化せるし、何より破壊魔法を叩き込む強いきっかけを得られる。まぁ訓練ばかりで実際に扱う事はほとんど無かったのだけれど。


 ただそうした日々ももう少しで終わり。

 今日もアレンさんは汚れ仕事を押し付けられたわけだが、こうした仕事の頻度が増えているわけでもないらしく、まだ焦り貴族の下へ行く必要は無いと判断。そろそろ僕の訓練は正面から殴りあっても勝てるようなものに移る頃合だろう。

 貴族のほうも俄然動きは無く、誰かが採用されている様子もまた無い。当然減りつつある応募に、貴族側は一体何を考え、求めているのだろうかと僕達は不安な想像を膨らませるしか許されていない。


「おまたせしました」


 いろいろと考えている間に着替えは終わり、僕はボロボロな服に着替え仕える男性へと声をかけて自室へ。

 同居人が寝ている間に部屋に入っても、怯えさせることが無くなったのは訓練の賜物か。

 睡眠も短く浅くとも十分回復できるようになったし、戦うための術がこうして日々の生活で役に立つのは喜ばしいと僕は思う。



- 選ばず歩んだ成れの果て 終わり -

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