96.生壊術
一度変わった同居人がベッドに寝るわけでもなく横たわっているのを尻目に、僕は午後の訓練に向けて部屋を出る。
ここに来てしばらく経つが、まだまだ疲れが溜まり仕方のない頃合だろう。まぁもっとも疲れを感じなくなった時は、心が壊れ奴隷という存在に作り変えられたことを意味する。
痛みを痛みと認識する彼女と、そうなってしまった存在のどちらが楽かは知らない。
ただ言える事は、痛みを痛みと知ってなお受け入れ進むことのできる人間のほうが人として強く、痛みを痛みと認識せず苦難に立ち向かえる人間のほうが楽ということだ。
まぁ同居人のこと等どうでもいいのだが。
「ん? あぁ、アメか。今日もご苦労なことで」
入り口のほうから外に出ようとすると、今の時間帯を見張っているザザと顔を合わせる。
表と裏にそれぞれ外へ出られる場所があるのだが、基本的に裏は鍵をかけられており魔法を扱えない子供たちを閉じ込めるのに役立ち、表はこうして代わる代わる大人の誰かが見張りに座っていて、特別な事情を持たず外へ出ようとする子供を捕まえるのが役目だ。
そんな中大人達と同様に顔パスで通れるの子供が唯一僕。本来子供が外へ出る用事があるのならば大人が見張りに連れ添うのがルールだが、アレンさんと訓練に勤しむ日々の中で気づけば一人で外を出ることも許されていた。
アレンさんがなにかしら口を利いているのか、必ず帰って来て学校内でも逆らわない僕に大人達が手間を省いたのかは暗闇の中だ。
「お疲れ様です。今日も夕食頃には帰って来ると思うので」
「あいよー」
そう適当に返事をするザザは既にソファーの腰かけに足を乗せて、視線をこちらに向けすらせずうたた寝に戻ったようだ。
暴力も愚痴一つすらもない彼の機嫌に、今日は何か良い日だと感じるのは僕も相当歪んでいる証拠か。
- 生壊術 始まり -
別の仕事をこなしていたアレンさんと郊外で合流する僕の髪の毛は短い。
体を動かしてすぐに気づいたが、流石に腰辺りまで伸びているそれはなびく度邪魔だとしか感じず、すぐにいつも通り肩にかからない程度の長さに切る事にした。
アレンさんに頼んだのだが『女子の髪を切り揃えられる自信がない』とのことで、一人この世界で初めて床屋に行った。美容室なんてお洒落なモノのない世界、村に居た頃は母親、町にいるときはルゥやユズに切ってもらったり切ってあげたりしていたので、ある程度見て呉れが整ってさえ居れば誰でも切れるものかと思ったがそうでもないらしい。
よくよく考えるとルゥはあの癖っ毛を断固として処理しなかったし、ユズも何だかんだ鏡を見て指示したり、まぁ僕自身も気になる箇所は時間をかけてでも直して貰っていた。僕も男だった時は異性の髪の毛なんてよくわかっていなかったし、性差によるそういった部分の意識は大きいものなのか。
「既にいろいろ教えているが、今日はより私の武術の核心的な部分に触れる」
僕の体はここ数ヶ月でしっかりと鍛え上げた。
……鍛えたといっても本当に最低限だ。前の体を思うとどうしても寂しいほど貧弱で、これから頑張ってもあの肉体に追いつけないかと考えてしまうと少し怖い。
まぁそうして作り上げた体に、体を休めている間学ぶ様々な技術、あとは馴染むまで上手く動かすだけである程度素手や武器を扱い戦えるようになってきた段階だ。素手でハウンドを殴り倒せと言われれば容易いが、ウェストハウンドは武器が無いと厳しい、そんな状態。次へとステップアップするには頃合か。
「あの、前々から一つ気になっていたんですがいいですか?」
「なんだ」
新しい、それも核心的な内容と言えばあの氷柱等の魔法を破壊していた技術のことだろう。未知で、それも実用的ともなれば心踊らないわけがないのだが、そうした部分に触れるためには何事も手順が必要だと僕は思う。
「アレンさんの武術、名前とか無いんですか?」
「うむ、無いな」
「なるほど、無いんですね……無いの!?」
あまりにも自然に返答されたため反応が一瞬遅れる。
「私が復讐のために編み出した独自のものだからな。あまり他者に情報を与えたくなかったし、こうして誰かと共有する事態など想像もしていなかった」
「なら何か名前を付けてみてはどうでしょうか。これからも固有の名称がないと不便に思うかもしれませんし」
「ふむ……」
そう呟き顎を撫でるアレンさんは恐らく思案中。僕も何か案が無いかと改めて学んできたことを確認する。
基本は己の体が武器、戦う術は肉体そのものだ。部位が欠損したことを考慮し、腕か足どちらにも頼らず頭や肩も必要ならば選択肢に入れる。
それにあらゆる武器。懐に隠し持てるサイズのナイフから、複数携帯できる小道具達。武器を携帯することを前提としていないが、その場にあったり敵や味方から得たそれを上手く利用できるためにあらゆる武器の扱いも再び学んでいる最中。
前世で言うならば中国武術に忍者を足したようなものか……あぁ、ダメだ。なんというかカオスにカオスを足して、その上で魔法というふざけた存在も加えるせいでどう言葉で形容したらいいのかわからない。
「仇を殺すための術、なんですよね……ん?」
何かとっかかりを得られないかと基本を口に出してみて、違和感を覚え留まる。
「……そう言われてみると何かおかしく感じるな」
仇を殺した武術、表現としてはそれが正しいのだが実際のところその部分はどうでもいい。
「仇を、殺す、ための、術……仇、殺す、ため、の術――殺す?」
一つ一つ口に出し、単語をなぞり引っかかる箇所を確かめるが気になった場所はそこだ。
殺す。殺した、にしても違和感は拭えない。
表現が物騒なのかと思い、倒すに変えたのならどこか本質から遠ざかった気すらある。
武とは何か。
そんな哲学的で、武術の極みに居る人間の大部分ですら明確な答えを示せないようなものを僕が答えられるわけも無く。一つ一つ普段から感じていることを辿るしか違和感の正体に気づく方法は他にない。
武とは、戦うための術だ。
敵を倒し、自身やその大切なものを守るために傷つけること。
守りたいなどの目的があって、武を持って戦うという過程の果てに傷つけたり殺めるという結果があって。
目的、過程、結果。この三つを並べてみても、違和感を抱き続けるのは結果だ。
殺すでも倒すでも適さないそれは。
「――壊す」
「言いえて妙、まさにそうだ」
そこに至る理由を僕達は言葉にする必要はない。
どの攻撃が相手の戦力を大きく削れるのか。弱点を衝き、脳を揺らし、肩を外し、足を潰し。
目的のために手段を選ばず、そこに目的を意識する余地など存在しない。逃げれないのであれば戦う、戦うのであれば殺すか再起不能まで痛めつける。
僕達が戦う際殺人マシーンと化すのであれば、その敵も人間や獣などではなく肉の衣を纏ったロボットでしかない。故に、壊す。
「生き物を壊すための術、私が扱う武術はそれだけを追求している」
「ならば名称は決まりですね」
「あぁ」
生壊術。
殺すわけでなく、ただ壊すだけ。結果、命を奪ってしまうわけで。
「生壊術。この武術の要は、対象を破壊する魔法が重要になる。私がアメの生成した魔法を壊したことは覚えているな?」
「はい」
「魔力は異なる源の魔力と反発する性質を持つ。それを利用し、対象の無数に集まった魔力の塊の隙間に、自身の魔力を注ぎ自ら対象の魔力達が離れるよう誘導する」
結果、自らの魔力でその存在は崩壊するのだ。
水滴を水球足らしめている魔力を反発させ自ら水滴に帰す。氷柱を固めている魔力を反発させ、まるで内部で小さな爆発が起こったかのように無数の破片へと散る。
「極至近距離、が条件ですか?」
「そうだ、理解が早いな」
魔力には反発する性質のほかに、距離で減衰する性質も備えている。
何十メートルともなれば魔力で生成し飛ばした炎は随分と小さくなり脆弱に、百メートルともなれば探知魔法のように魔力そのものを飛ばすだけでも精々。無論自身の手元から魔力で作られた何かはその距離では殺傷力はおろか形を保つことも難しい。反発の性質もあり敵を挟んで魔法を行使するなどルゥが詠唱を重ねて相手の背中に刺した、指二本分サイズの氷柱が限界だ。
魔力で自己強化はできる。リミッターを外すなり、筋力補助に魔力を使ったり、必要な成分を意図的に引き出したり。
けれど相手に直接働きかける魔法は存在しない。洗脳だとか、体を直接破壊したりする魔法は。自身という魔力の塊から、他者という魔力の塊に魔力を飛ばし干渉出来る余地等二つの要素からありえないと誰でもわかる。
だからこそ、熊の体内で爆発を行って見せたコウが僕には異常に見えたのだ。
――故に、わかった。その記憶があったからこそ、特定条件下ならば、相手という魔力の塊の内部で少しの魔法を扱える事実が。
魔力を予め秘めさせた刃を斬り入れる事で、魔力の塊である自身の腕が対象に触れることで、それが実現し得るのだと。
「実際に始めてみよう」
その言葉を皮切りに僕はあらゆるものを壊し始めた。
まずはアレンさんにより生成された水球。漂うそれに僕は指を入れ、水の流れを感じるように魔力の流れを感じ取る。
すぐに水球は爆ぜた。
理論さえ知ってしまえば簡単なものだった。流れ行くものを乱すように、川と川の隙間に岩を置くように。
科学的に解釈するのであれば磁石がわかりやすいだろうか。無数のプラスが存在する中に、僕の魔力というマイナスの磁石を押し入れる。一度入れてしまえば、後はこの突破点を中心に効率良くその和を乱すだけ。気づけばその流し入れた魔力だけで、プラス達は他のプラス達を押しのけてプラスの塊という存在を自ら崩壊させてしまう。
水球の次は土の塊。
これは氷柱と同じで、アレンさんが作り出した魔力で維持する固形物。
「水は液体故に容易かった、これはどうすればいいかわかるな」
僕はその言葉に何も答えず力任せに拳を突き、僅かにめり込んだそこから魔力を流し込む。
土塊は粉々に。ただ不和が僅かに存在するだけで和が自ら崩壊していく様は、混乱における民衆の脆弱さを見ているようで少し寂しかった。
「十二分だ。寧ろ何故今まで扱えなかったのかが不思議なほどに」
「気づけなかったので……」
考えたこともなかった。反発に距離減衰という二つの要因から他者の魔力を崩壊できるなど。気づきたくなかっただけかもしれないが。
「魔力をほとんど持たない木や土などは普段魔法を扱う要領で壊せばいい、この破壊魔法が必要な状況はそれらに魔力を込められて盾にされた時だけだろう」
土は容易く武器や盾として扱うために抉り取れるし、土より幾分魔力を持っている木は適当に切り倒せばいい。
「生きていない物はこんなものか、あとは何も教えずともアメ自身で技術を磨けるはずだ。次は生き物だな」
そう言ってアレンさんは布を地面に広げ、その上で自身の左腕を捲り僕に視線をやる。
「……どういうつもりですか?」
「私の腕で試すといい」
それは初めからわかっている。僕が言いたいのは、何故こんな危険な魔法を自らの体で試さなければならないのかだ。
水球は爆ぜた、土塊は砕けた、氷柱はバラバラに刻まれたように崩壊した。それを人の体で試すとなれば、一体どうなるかは想像に難くない。
筋肉組織を引きちぎられる、骨を粉砕される。その程度で済むか?――済まないと、アレンさん自身で思っているのだから下に落ちてくるものを受け止めるものを設置したのではないか。
「私なら大丈夫だ。他の人間で試すわけにもいかないし、私自身がその攻撃を受けることでより理解が深まり上手く教えることができるはずだ」
今更家畜を買って来たり、そのへんのハウンドをとっ捕まえて無力化するのは手間だ。
もし腕が他の存在と同様に崩壊したとしても、魔法がある限り全ての破片が揃えば腕を治すことも可能だ。
その、痛みさえ考慮しなければ、アレンさん相手に破壊魔法を試すというのは非常に合理的である。
「……」
「……」
言葉を出せない僕にアレンさんも何も言わない。
彼は信じているのだ、僕が正しい道を選ぶことを。故に、待つのみ。
「……失礼します」
「数センチ、指を沈めてみろ」
伸ばした手を、アレンさんの左腕に触れて、中指を言われたとおり食い込ませる。
指先に鋭く纏わせた魔力が、魔力で保護されていないその箇所だけ数センチ食い込み止る。
恐らくその部分だけ防御のための魔力、そして普段無意識に流れている魔力を意図的に退けたのだろう。
容易く、本当に容易に指は沈み、粘土のように抉れた腕が、僕が差し込んだ中指の隙間から血液を僅かに噴出す。
「いきます」
注射針の非じゃない痛みを感じているだろうに、アレンさんは堪える声すら漏らさずにただ成り行きを見守っている。
僕は望まれるがままに、突き刺した指先からアレンさんの体に流れる魔力を感じ取る。
触れただけではわからないほどの情報量がそこから流れ込み、血液のように循環する魔力が突き刺した指がこれ以上体を抉らないように集中して囲んでいること、肘を境に先へと影響が無い様しっかりと防壁を張っているのがわかる。
肘から指先までの魔力へ意識を戻す。おそらくこれは普段人が日常で生活している時に張り巡らしているものと何ら変わらないだろう。臨戦状態に入れば傷口の周辺や肘のように、魔力を展開し攻撃の衝撃へと身を守るはずだ。
――それを、乱す。
「ふむ、腕全体に切れ目を入れられたような状態だな。酷い筋肉痛のようなものか。
いいぞ、もっと想像してみるんだ。破壊するという曖昧なイメージだけではなく、普段魔法を行使するようにどういう過程を得てそこに辿り着くのかを」
手応えはあった。無茶苦茶にかき乱そうと送り込んだ魔力は、アレンさんの魔力を押しやりぐちゃぐちゃに肉体も傷つける。
ただ外から見てわかるほど決定的な損傷には至れていない。指先から感じる壊れた腕も、今アレンさんが魔法で治しきったのがわかる。
想像しろと言われて思い浮かんだのは前世で学んだ人体構造。
内臓の位置、肉の付き方、皮膚の役割、骨の構造。
おそらくこれはこの世界でも同じもの。耳の位置が違ったり、尻尾がついている人間は流石に見た記憶が無く、普段人々が生活する様子からも前世の人体構造と大きく差異が無い事を教えてくれる。
それに今僕の体に流れている魔力。体のどこをどう巡って、この部分が薄い、今意識している指先には多くの魔力が集まっている。
心臓は不測の事態から守るようにいつも多めに魔力が纏っているし、脳は考え事をする時はより魔力を要求する。
昼食を溶かしている胃はより良い活動に魔力を必要としているのか気持ち多めに魔力が向かって、腸はこれから来る仕事に備えて静かに佇む。
腕を意識する。
今から壊そうとしているアレンさんと同じ腕を、僕の腕を見つめる。
血液と共に流れるよう魔力は体を巡り、骨は腕を支え、筋肉に伝う回路を感じ取る。
あぁ、簡単じゃないか。
意識した。壊れよ、と。
皮膚は毛穴から魔力が出入りするように、肉を覆う血管は根元から断ち切り。
骨の脆弱な間接部を断ち切るために魔力を押入れ、アレンさんの魔力自身がそれらを行うように誘導。
腕が、爆ぜた。
壊れていく。鏡を拳で殴りつけたかのように、腕全てがガラスの破片みたいに。
「――ぐっ!」
「あわわわわわ、ごめんにゃ……ごめんなさい!」
慌てて零れていく肉片や骨片を掴み取ろうとするが、指と指の間から抜け出すほど細かく千切られたそれらは僕の手を赤く染めるだけでまともに受け止めることも難しい。
少し勢いがついて壊れた骨片が広げていた布からはみ出て汚れをつけたり、肉片が跳ねて地面へと宿していた血液を染み込ませるのを見て僕は取り返しのつかない事をしてしまったと慌てるばかり。
そんなはずじゃなかった、こんなつもりじゃなかった。こんな壊し方をするつもりだったが、もう少し各部位が大きく刻まれるようなイメージで……なんか犯罪者の供述みたいになってる、しかも言い訳できていないし。
「素晴らしい、最高だアメ」
痛みを表に出さず珍しく明る気な表情でアレンさんはまだ残っている右腕を僕の頭に伸ばし……一度何かに気づいてか進路を変更して肩にぽんと手を置いてそう言った。
「本来は長い日々を掛けて教えていこうと思っていたが、どうやらすぐにコツを掴めたようだな。本当に、良い相棒に出会えた」
「いえ世辞とかいいので早く腕を治しましょう!?」
魔法で止血しているとはいえ無くなった肘から先の腕だったものたちは、今もこうして地面や布に血液を染み込ませている。
痛みや傷を保護する魔力で肉体は消耗するし、治すにしても早いほうが新鮮な肉塊を体に戻すには都合が良い。
「あぁそうだったな、とりあえず治してから会話をするか」
思い出したかのように身を屈めるアレンさんに続き、二十分ほど掛けてようやくバラバラだった左腕を元に戻すことが叶う。
血液以外に喪失した箇所は無いと思うが、だいぶ魔力と栄養を使ったはずだ。少なくとも今日一日郊外でこれ以上無茶をするべきではない。
「大丈夫ですか? ちゃんと動きますか?」
「あぁ、大丈夫だからそう心配するな。ほら」
そう言って動かすアレンさんの左腕に不自然な部分は存在しない。
正直ここまで酷い傷を見たのは初めてなので、上手く治るものかと心配だったのだが魔法と環境が整えばどうにかなるものらしい。人って逞しい。
「とりあえず破壊魔法の技術はこれで基礎部分終了だ。特筆する応用があるわけでもないが、戦闘時にこれを発揮するためには条件がいる」
極至近距離という条件に、実際に魔法を扱ってみての感想。
導き出される答えは明確だ。
「意識の空白から、あるいは魔法で抵抗できないほど痛めつける必要性」
「そうだ。対象が生き物ならそうだが、魔法生成物相手ならばもう少し条件は簡単になる。対象に特別な対策命令が施されていないことと、破壊するために必要な時間……まぁ言ってしまえば、あまりにも早い速度で飛んで来たり、こちらの不意を衝き撃たれた魔法にはこの魔法で対抗できないというわけだな」
対生物相手には、濃厚な魔力が問題になる。
それを覆すためには不意を撃ち、魔力で防御できない状態で魔法を行使するか、強い一撃を入れた後に怯んだ魔力防御の薄い瞬間を狙う。
対魔法構成物相手には、竜が行使した炎が消えても再度燃え上がるように、もしくはそれに対抗するため僕達が水を再び予め集積するように施した命令のように、この魔法に対し独自の対策を命令されていなければ破壊は容易い。
まずアレンさんと僕以外知らない原理だろうし、戦闘中扱っても魔法が壊される原理を理解される可能性が低い辺りここは気にしなくとも良い。
もう一つ、破壊する時間が必要な場合は、雷相手でもなければ不意を衝かれさえしないのであればなんとかなるだろう。実際アレンさんは高速で飛ぶ氷柱を破壊して見せたのだし。
「えっと……その腕はこれとは関係ないんですよね」
僕は今学んだことをきっかけに、青白い模様で包まれているアレンさんの右腕を見る。
破壊魔法と、氷の盾を力ずくで壊したその右腕は関係していない裏付けが取れた。
「あぁ、これか?」
そう言って袖を捲り右腕を露出させるアレンさん。
恐らく肩辺りから枝分かれするように、何度も急な曲がり方をさせながらその模様は走る。
模様という表現は正しくないかもしれない、刻印だ。体に刻まれ、埋め込まれた刻印。
魔力を込められた際は光るし、日常生活でも人体に存在するには不自然、けれど魔法陣を展開すると普通に見れるその色合いは尋常ならざるものを感じさせる。
「魔刻化、と言ってな、腕の存在そのものを一部魔力に代えてある。肉体的燃費は僅かながらよくなるし、平時でも耐久性は向上。アメの盾を砕いた時のように、魔力を込めればその能力は飛躍して向上する」
「デメリットはなんですか?」
「栄養の代わりに魔力を僅かに消費し続けるせいで魔力の回復量が落ちること、魔力を流し込んだ時はそれなりに食われるので多様はできない。それと見た目ぐらいか」
「それにしてはあまり見ない技術ですね」
デメリットより遥かにメリットのほうが上回っている気がする。
身体強化の魔法を、よりラグ無く効率的に行うものだろう。他の部位を魔刻化すれば、例えば感覚器ならばそれ相応の効果を得られるはずだ。
にしては体を魔刻化させている人間を見るのはアレンさんが初めてだ。その異常な肉体の色、街中で目にすれば間違いなく注目を惹く筈。
僕の疑問にアレンさんはニヒルに笑い答えた。
「痛みがな、酷いんだよ。いや、今は痛まないんだが、これを初めて魔刻化する時にはそれはもう酷い痛みだった。
神経を直接魔力で炙られるような感覚、といってもあまり伝わらないか。体を新しく正常に作りかえるための工程だ、意識が瞬時に飛ぶような痛みに、長い時間を堪えなければこれは成しえない。
まぁどんな拷問よりも恐ろしい、その程度に考えておけばいい。私がこうして右腕を露出させないのもこれを知っている人間に脅威と思われないためだ」
先ほど左腕が徹底的に壊される常人が地べたを転がりまわって堪えるような感覚に、歯を食いしばることだけで堪えた人間の言葉だ。
魔刻化という能力そのものの脅威、それにそれを行えた人間の精神力に対する畏怖。もし敵がこの情報を知っているのであれば、それだけ魔刻化された人間に警戒を抱く。
あまり知られていないのも無理はない。酷い痛みを伴うのであれば、自然とそれを教えていく人々も減っていく。
「まぁこの技術は必要ないだろう。覆せない力量差を魔刻化一つでどうにかできるわけでもない。それに仇を討つためには、ここまでする必要などなかった。結果論だがな」
先ほどまでとは違う乾いた笑いを慰める方法を、僕は知らない。
- 生壊術 終わり -




