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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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91.帰郷

 僕とコウは、もう動かない二人の間でずっと呆然としていた。

 僕達の肩に、そして死体に雪が大分積もった頃、このままでは気温が低いとはいえ死体が痛み始めることを思い出す。


「コウ、お墓作ろう」


「二人分?」


「うん」


 僕はルゥを殺した男をどうしても憎むことは出来なかった。

 確かに僕達から大切な人を奪ったのに、そもそもルゥが彼の妻を殺さなければ、僕達が負けなければ。

 そして僕は僕を彼に重ねてしまう。大切なもののために命を奪うための存在に自分を重ねる。


「わかった」


 コウは僕の気持ちを汲んでか、もしくは僕と同じように自分を重ねてか、男をルゥと同等に弔うことを拒否しなかった。


「どれぐらい距離を空けよう……?」


 何か動きづらいと思ったら、未だに抜いていなかった肩に刺さった投げナイフを抜き出しつつ少し考える。

 二人を埋める穴を掘ることは容易い。普段土で攻撃すると同じように土を掘削し、あとは丁寧かつ魔力を多く使うだけだ。

 ただ、その穴の位置を、近くするか遠くするか少し考える。

 ルゥは別に気にしないだろう。ただ、男は妻の仇が隣で眠ることに、嫌悪感を感じたりするのだろうか。


「近くで、いいか」


 男も死ぬ間際、あの世で会おうと言っていた。

 骨を埋める場所を近くすることで死後同じ場所へ行けるとは思わないが、逆を言えば死体が何を思うわけでもないし、わざわざ遠くに穴を二つ用意する必要もないだろう。

 ただ同じ穴に入れはせず、一つ木の下、二歩程度離れた距離に二人を埋める。それぞれに刺さった短剣を、所有者の穴に一緒に入れつつ土を被せる。


「るぅ、と」


 冬の寒さに負け葉を散らした木に、自分の短剣で幼馴染の名前を刻む。

 もうこの名前が、彼女の耳に入ることは二度とないと思うと寂しかった。


「男の人どうしようか。名前聞いていなかったね」


「奥さんの名前は言っていたよね」


 確かにそうだった。

 本人の名前は良いとして、適当に伝言を託された身としては子供達の名前も聞いておきたかったが、その子供達を放り出しながら今はいない妻の仇を一年近く追いかけていた辺り、死の瀬戸際に彼女の名前以外が口にされなかったのは必然かもしれない。


「ふるーとの夫、と……それじゃ、もう暗くなってきたし、焚き火に薪を入れようか」


「あ、待って。ルゥの武器忘れてた」


 あぁ、そういえばそうだった。

 最後は二人共双剣で戦っていたので、すっかり途中投げ捨てられた変形槍を忘れていた。

 取ってきて、無言で差し出されるその武器を手に取る。

 長い間雪に触れていたのにも関わらず、その青白い武器は冷たくも、温かくもなかった。


「ルゥ、この武器気に入っていたよね」


 希少な素材で出来た武器だ。

 商人が名前すら聞いたこともなく、僕達がどの町でも目にすることもなく。

 その魂鋼で出来ている展開されたままの変形槍を、僕はゆっくりと両の手で構え刃の部分を下に振り下ろす。

 まるでチーズのように割けて行く地面を進みながら、その刃がルゥの体に届けばいいのに。そんなことを考えながら深く突き刺さったのを確認して背を向ける。


 恐らくその素材は経年劣化などしないだろう。

 もしかしたらここまで来た誰かに引き抜かれたり、自然現象でどこかへ消えてしまうかもしれないが別に構わないと思った。

 ルゥの好きな武器、名前はなんて言っていたっけ。思い槍、結局彼女も変形槍や、そう呼ぶことが多くてはじめに付けられた名前なんて覚えていない。

 僕達より心を許していたかもしれないそれは、きっと彼女の墓標に相応しい。



- 帰郷 始まり -



 焚き火の温もりと、コウの温もりを右半身で感じつつ、食事を取るわけでもなくただ呆然と時が流れるのがわかる。

 獣を警戒するための探知魔法が走ることもなく、体を預けあうコウが何かを言うわけでもなく、ただ。


 そんな漫然と進む時間の中で、この体に触れている温もりに全てを委ねたくなる。

 今までいろいろと悩んできたのにもかかわらず、今何も考えていない頭を無視して、寂しさを覚える体が一人の人間を受け入れたがっている。

 滅茶苦茶にされたら、何も苦しいことはわからなくなるのかな。

 滅茶苦茶にしたら、ルゥとは違って想いあっていることがわかるのかな。

 僕は君が大切で、君は僕が大切で。

 目指す場所は同じで、歩く道筋は同一で、感じる気持ちは一緒で。

 自身の死に望むものなどなく、僕の死よりも君の死のほうが恐ろしく、それを避けるために戦いの手の内もお互いに知っている仲で。


 僕の気持ちは重かったのかな?

 何もかも知りたい、そんなつもりはなかった。けれど、せめて死を避けてこれからも隣を歩いてくれることだけはしてほしかった。今までと同じように、これからも。

 思わず体が、今まで守ってきた一線を超えようとする度、能動的ではなく意識的に頭が働き、その動きを未然に防ぐ。

 ルゥの死を理由にしたくなかった、しっかり自分で考えて結果を出したかった――いや、ただ単に、彼女に否定されたよう彼に否定されるのも怖かっただけか。


 結果、体重を預けあう以上のことは何も起こらず、無為な時間を過ごすだけだった。


 ただただ、虚しかったのだ。

 大切なものが、三つものが二つになってしまったことが。三つだったものが、二つだけだったのではないかと想像してしまったら。

 復讐者がそれを成し遂げた後に浮かべた表情が、言葉が、最期が。

 復讐者を復讐者たらしめたのは、死んだ少女が先に殺したからで。

 両者が争うきっかけは一人の男の蛮行で、その蛮行を律するための歪んだ信念がきっかけで。

 その信念に同調し、殺しあう覚悟を決めたのは僕達で。

 二人は間抜けにも毒で動けなくなってしまい、残された一人を助けるためには動けず喪失し。


 何が、悪かったのだろうか。

 何も、悪くなかったはずだ。

 それぞれが自分の信じるもののために動き、その結果がこれだ。

 不意打ちは食い止められた? 不意打ちできないようならまた次の機会まで待てばいい。

 長い間男は機会を伺ったはずだ。僕達のことを調べながら、いつかルゥを殺める機会を得るために。

 ……思い返せば、ルゥは何かに着けられている事実を把握していた節がある。コウもまた、追跡されている違和感をローレンで感じている様子だった。

 対して僕は何も感じなかった。人を殺めることがどんなことかを感じず、遺族が何かを思うかも想像せず、追跡されているなんて微塵も頭に思い浮かばず、ただ男がエターナーに依頼しただろう偽者の依頼を自分達を信用したものだと、盲目的に信じて動いた結果がこの様だ。

 けれど、今のところこれ以上何かをできたのか僕には想像がつかない。少なくとも僕とコウは今自分たちに出来る最善を尽くしたはずだ、それとも麻痺毒をもつキノコがレイニスの近くに生息していることを知った時点で、麻痺毒に対する耐性でもつけておくべきだったか。


 虚しかった。

 悲しみはあった。けれど憎悪や怒りといった感情はルゥを殺した男だけじゃなく、理解できないまま死んでいったルゥにも向けられていて、そういった負の感情は全て、僕達自身にも向けているせいでどういった感情をこの時抱けばいいのか具体的に思いつかなかった。

 理解していたつもりのルゥを理解できていなかった現実。心を開かせることが出来なかった僕達の人間性に、察することも出来なかった能力。人殺しの報復に備えることも出来なければ、想像すらもしていなかった自分達の限界。

 いろいろな感情がごちゃ混ぜになって、残ったのは今までやってきたことに対する徒労感と、これからも何かをしても全て無駄じゃないのかという諦念の心。


「確かめたい」


 ただ一つ、知りたいという気持ちは芽生えた。


「何を」


「僕達もあんな表情を浮かべるのかを」


 復讐を遂げた時、僕達は何を想うのか。

 いろいろな知りたいを言葉には出さず、恐らく一番大きいだろうそれだけを見て。


「アメが、望むのなら」


 僕の言葉にコウは答えた。

 今はもういない少女の口癖で。


 そっと片手を握る。

 彼も、握り返してくれた。

 言葉にしなくてもわかる。故郷へ行こう、そして、竜を殺すんだ。



 町には思っていたより早く帰れた。

 ただ昨日とは違う夜が僕を襲い、雪は降り積もり、昨日を隠す。

 ルゥの荷物と、偽竜の素材を全て捨て、体力のある僕達だけで行進することはこんなにも効率的で、虚しいものだと思う。


 誰にも会うつもりは無かった。

 ガラスにチラリと映る僕達の顔は酷いもので、そんな状態で誰かにルゥがいないことを指摘されたら、なんて返したらいいのか想像もつかなかったから。


「あ、みんなおかえり。早かったね」


 だからユズと、保存食を買い足している時に出会った時は本当に運命を呪った。


「うん、運が良くて少し楽できたんだ。あとで宿に寄らせてもらうよ」


 まるでさっきまで暗い顔をしていたコウが、嘘のように虚ろな言葉を投げる。

 未だ仮面を被れていない僕を自然とユズの視界から遮りながら。


「そっかそっか……あれ、ルゥちゃんは? 別行動?」


「今は別なんだ。ごめん、急ぐからさ」


 もう再会する事もないだろうけれど。


「うん、引き止めてごめんね」


 そう言いながら、こちらの事情を考慮してくれたユズと迅速すれ違う。

 コウが先に歩き、僕もあとから続き、その時でもまだいつものような笑顔の描かれた仮面は被れていなかった。


「……アメちゃん、どうしたの?」


「少し、体調が悪くて」


 寒い中野営を続けていたのだ、この言葉自体は嘘じゃない。


「帰ってくるよね?」


 まるで見当違いで……的を射る言葉。


「はい。帰りますよ」


 いつもレイニスで帰ると言ったらあの宿だった。

 けれど、今頭に思い浮かべたのはもう跡形もない村。僕とコウしか長年住んでいなくて、レイノアとシンぐらいしかどんな人々がいたのかも覚えていない村。


「……っ! 待って!」


 言葉は思いつかなかったのだろうが、何かを察してしまったユズが咄嗟に手を伸ばしてくる。

 その優しさを背中で拒絶しながら、食糧を買い足した僕達はそのまま西門を目指した。





『ここが私の庭。窓からあなた達が帰ってくるのを、いつも待っていたんだよ』


 何もない更地。

 母親の声が聞こえるが無視。少し前からこれだ、寝ているときに今はもういない人々に囲まれていたが、その人達は現実にまで侵食してきた。

 たまにしか聞こえない幻聴に、幻覚。それが幻だとわかっていれば対応もできるもので、人という種の適応能力には我ながら驚く。流石環境を破壊してまで生き延びようとする種族だ。


『コウ、お帰りなさい』


 それがただの願望だとわかっていても、コウにはコウの母親が見えていて欲しかったというのは甘えだろうか。

 僕の家があった場所に行き、次にコウの家に行くとコロネがそう迎えてくれて少しだけ奥歯を噛んだ。


「もう、行こうか」


 哀愁でも覚えるかと思ったが、今はもう何もなく、雑草が生えている地面に何かを感じるほうが難しいものだった。


「うん」


 コウも同じだったようで、二人で竜がいるという洞窟に向かう。

 雪は小降り。辺りにもある程度降り積もり、想定していた条件としては中々なものだ。

 戦闘地域での水分確保に困ることは無いだろう。


 道中での戦闘も最小限に、一度はウェストハウンドの群れに当たってしまったが二人で逃げ出すと案外簡単に振り切れた。

 傷はもちろんなく、武具に損傷もほとんどない。魔砲剣の弾も二発充填し終えていて、戦う状態としては理想的なものだ。


 実質一ヶ月以上まともな環境で寝ていないが、不思議と疲れは感じないもので、いつか三人で大きな鳥を倒しに家を抜け出した道を思い出しながら更地を辿る。

 村から離れれば離れるほど自然は増えていき、洞窟にたどり着いた時にはもういつもの森のような景色に戻っていた。

 コウの二歩後ろを歩きながら、少しずつ感情を魔法で増幅させながら雷を充電する。


『私達の仇を取ってくれ!』


 そう言うのはおしゃべりが大好きなディーア。

 声には怒りと、そして僕達に向けられる希望を感じた。


『竜を倒した時、君達は何を思うのだろうね』


 掴みどころのないケンが、ルゥのように問いかける。

 それを僕達は確かめに来たんだ。


 幻影と知りながら、それを現実のものだと思い、今まで死んでいたような心に薪をくべるよう感情を高ぶらせる。

 怒りを。故郷を滅ぼした諸悪の根源を、この手で刈り取るだけの怒りを。

 どうして皆は死ななければならなかった、どうしてスイとジェイドも、ルゥも死ぬことになってしまったんだ。細かいことは考えない、あふれ出る感情に身を委ね、どうにかなりそうな気持ちをそのまま魔力に変えていく。


『君達ならやってくれる』


『間に合わなかった私とは違い、これ以上の犠牲を防いでくれる』


 妻を失ったライトと、少女ではないもう一人のカナリアである女性が僕の耳をくすぐる。

 ほとんど喋ったこともない声が、鮮明に。今まで忘れていた名前たちを、明確に。

 思い出す名前の数だけ、つらくて目を背け続けていた現実に、悲しみを抱く。

 泣きたかった、叫びたかった、誰かに慰めて欲しかった。

 そういった欲求を全て抑え込み、抑えきれず溢れるだけ魔力は増えていく。


 コウが魔砲剣を抜き、それと同時に探知せずともわかる膨大な魔力を感じる。

 昼でも日が入りきらない洞窟の暗闇から、二つの眼光だけが光って見えた。


 どくんと心臓が跳ねた。

 恐怖ではない、興奮でもない。

 ただ自分でもわけのわからない感情が心を揺さぶる。なんだっていい、それがあいつを殺す力になるのなら。


 一つ、吼える声がした。

 勧告だ、次吼える時までに去っていなければ相応の対応をすると。

 三度目の相対。二度目も同じことをお前はしていたな、人間という種を見下して。


 吼えた後、ゆっくりと洞窟からそれが這い出してくる。

 体躯はそれほど大きいわけじゃない。

 体高は三メートルもいかず、尻尾を含めたって体長は十メートルも無い。

 赤い鱗に、甲殻を纏わせながら、大きな翼を広げて竜は僕達の前に姿を現した。


 どくんと心臓を跳ねさせる。

 感情の撃鉄を打ち鳴らせ。

 やってやるんだって心から叫べ。

 お前を殺るためにここまで来たんだって!

 ここまで、生きてきたんだって!!


 感情の楔を理性で捻じ切れ。

 怒りは溢れるまま身を焦がし、悲しみは涙が枯れ果てても尽きることは無い。

 焼ける感触で思い出せ。今までこの炎がどれほど大切なものを奪ってきたのか。

 流れるはずの無い涙に溺れろ。口腔を満たす虚無の意味を知れ。


――幸福を、忘れるな。


 大切なものがあった。

 失われたものはたくさんあった。

 今は失われていないものもまだある。

 それを失わないためにも、殺さなければ成らない存在が一つだけ在る。


 ウオオオォンと二度目の咆哮が上がった。

 勧告ではなく威嚇。明確な敵意を持ち、姿を見せても逃げることの無い子供二人への宣戦布告。


《――死ねよ!!》


 ウェストハウンドに撃つそれよりも十数倍はある威力のそれ。

 雷は竜の咆哮を遮るほど高く轟き、そして着弾。

 一撃で倒れはしない。けれど一瞬よろめいたのを僕は、僕達は見逃さなかった。


《初撃必殺》


 姿勢を整え、よろめいた直後の竜へと魔砲剣を撃つコウ。

 射出する衝撃だけで腕が破壊されるその威力をねじ伏せつつ、触れたもの全てを無に返す青白い砲弾が、身を翻し避けようとする竜の広げたままの翼を抉る。


 共に、効果的だ。

 そして即座に再生できるほどの特異な生命力は竜には備わっていない……!


 レバーを引き、空になった弾を排出しながら新しい弾丸を魔砲剣に積めるコウ。

 僅かに時間を必要とするが、その間竜は動かない、いや動けない。

 想定外の損傷を開幕で負い、咄嗟に近づけるほど竜だって万能じゃない。開かれた口内に魔力と周囲の熱が集まるのがわかる。

 炎竜撃ではないようだ、炎球か。


《僕があなたを想うように、あなたも僕を想っていますように》


 そう判断し、実際に形を成してこちらに飛んでくる前に対応を練る。

 周囲の雪をそのままに、氷の盾を一枚作る。


《あなたが僕を想っているのだとしたら、相応の想いを僕が想えていますように》


 詠唱し、二枚目の盾。炎球は既に放たれ、僕達を焼き殺さんと迫り狂う。

 一つ目の盾が霧散し……もう一度水の盾として抵抗。炎を食らうも、案の定消えた炎は復活しこちらへ迫る。

 願うはコウの防衛。別に今彼が動けないわけではないが、次の行動を彼には万全に動いてもらう必要がある。弾を込め、次の行動に移りやすくなるように。


《あなたはあなたを想っていた》


 ルゥを思い出し、そのルゥが氷の盾になるよう幻覚が吸われて行き三枚目を作り上げる。

 二枚目の盾が一枚目と同様に散り、それでも炎は止まらない。


《僕も、僕を想えているでしょうか》


 ルゥが……いや、ルゥで作った気になっていた盾も再び爆ぜる。

 炎は大分弱っており、四枚目の盾で防ぎきれるだろう。


『お姉さまと私達と同じ。気づいていないだけで、向かっている場所は見えているところとは違う』


『人は誰しも弱さを内包する。それが悪いなんてことはない、自覚できないことこそが、人の弱さだ』


 スイとジェイドが、繋ぐことのできなかった手を繋ぎながら四枚目の盾に吸い込まれていく。


 待ってくれ、どういう意味だ。

 手を伸ばした時にはもう遅く、既に四枚目の盾は火球に触れていた。

 触れて、それでも炎を消せず、霧散した水分が事前に与えられた命令をこなす為炎を食らう。

 食いつき、捻じ切り、租借し。ようやく、四枚目の盾で炎球を消しきる。

 役目を終えた氷の盾は……スイとジェイドは、言葉の意味を教えてくれることも無く気化して消えた。


 呆然としていた僕の隣で、コウは詠唱を終える。


《我らは奪われた者。故に、我ら復讐者。

我らは奪われた者。失った者の価値を知る者、失われてはならない事を知る者。

我ら奪われる痛みを知る者――故に、奪い方を知っている者》


 魔力の反発を利用し、僕の体に触れて急速に充電。

 如何に竜とて、雷は避けれもしなければ、防げもしない。

 時間が足りず、僕が撃ったものより少し威力の弱いそれは直撃し、再びダメージを与える。


 距離を空けたままだと不味いと感じたのだろう。

 一、二歩目を感電の影響か手間取りながらもこちらへ駆けて来る竜。

 相当速いが、こちらの攻撃を準備するほうが速い。

 次によろめいたが最後。僕の雷の後に、距離の近づいた魔砲剣は竜の急所を捉えるだろう。

 避けられる道理は、無い。


『避けろアメ! 跳んで来るぞ!』


 充電しながらも、感情魔法で感覚を強化しているとコウの父親、ウォルフの叫び声が聞こえた。

 何故避けなければならないかも思考せず、僕達は転がりながらその場を離れる。


 ……形振りを構わなくてよかった。

 振り向いた僕達が居た場所には、既に跳躍した竜が地面へと食らいついていた。

 溜めていた雷もほとんど消えてしまったし、コウが傍にいるとはいえ今からでは間に合わないか?


「アメ!」


 跳びながら魔力を溜めていたのだろう。

 立ち上がったばかりの僕を狙い、先ほど放たれた炎球よりも遥かに弱い、けれど僕達が扱うそれより何倍も強い炎が飛んで来る。

 それをコウは、庇うため炎を食らう竜鋼で出来た魔砲剣を突き刺す。


 一瞬僕達が試したように、炎を剣が食らうような挙動を見せたが、それもすぐに消えてなくなるのを見て僕は慌てて竜とコウから距離を離す場所へ走り出す。

 それを確認しコウは、炎と拮抗状態にあった剣をなぎ払うように後ろへ。

 炎は流れるように、けれど威力はそのままで僕の少し横を飛んで行く。


 雷を準備しながら歯を食いしばる。

 竜鋼は確かに炎を食らうだろう。

 けれど、もしそれが炎竜の体内で生成された鉱石ならば?

 あいつの体内で炎が渦巻いているとは思わないが、炎を扱う性質を鉱物の体質に宿すことは十分考えられる。

 同調や増幅する効果はあるとしても、竜鋼が竜の扱う炎に勝る可能性は低い……!


 今更気づいた現実に後悔しても遅いことは理解していても、感情を増幅させ魔力や身体能力を補っている僕は、死角からの攻撃に反応することが難しい。

 故に、後方で起きた爆発の衝撃に、耐える事はできず前方に吹き飛んでしまう。


 くそっ。

 炎が誘導するかもしれない知識は本で得ていた。けれど、そこから放たれた炎球が、爆発することは想定していない。

 どうにか受身を取るが、顔を上げた場所はコウの隣。随分と前に飛ばされ、前衛と後衛が崩れてしまう。

 隙を見せたからか、それとも初めから僕を先に仕留めようと意識していたのか、竜は迷わずコウではなくこちらへと突進してくる。


 流石にあの体躯の一撃を、盾も無しに、いや盾があっても受けられるとは思っていない。

 再び避けなければならない。そう思いながら体勢を整えるが反応は遅く、竜はもうすぐそこに、そして竜とは別の衝撃が僕を襲う。

 コウが僕を弾き飛ばしたのか、気づけば僕が居た場所に彼は居て、自身は竜の攻撃を盾でどうにか往なしていた。


 僕とルゥは竜の攻撃を一度耐えられるかも怪しい。

 けれどコウも、何度連続して防ぐことも難しいだろう。


 そんな推測を思い出しながらも、二度と邪魔にならないよう距離を取るか、コウを援護するためにこの場で雷の準備をするか悩む。


『アメさん、悩まないで!!』


 スイの声が聞こえ、そこに案内されているものだと思い振り向く。

 そして、固まってしまった。

 お姉さま、そう呼ばない時点で気づくべきだった。声の主は、雪の上重量を感じさせず、片腕だけを残して消えていた。

 僕が迷ったせいで、未熟だったせいで、互いが苦しむことになってしまったその証。今でも思い出す、後悔の残滓。


「くっ!」


 二度三度、攻撃を防ぐ音が後方から聞こえる。

 それでもまだ、僕は動けないで居た。


「アメ! お願いだから頑張って!!」


 僕を動かしたのは、今生きていて、僕を庇うためその重い一撃を何度も退かずに受け続けるコウ。

 慌てて位置を調整しながら雷を充電。コウはそれを確認し、一度体制を整えるため後方、こちら側へ跳んだ。



 跳んで、飛ばされたのがわかる。



 僕の斜め後ろへ跳んでいくコウを、あぁ竜が一回転しその場を動かず尻尾で攻撃したんだな。

 そんなどうでもいい事を考えながら、今どういう状況かも忘れてゆっくりと後方を振り返る。


 コウが居た。

 体が上と下、二つに別れてしまったコウが居た。

 まるで腸でその二つを繋ぎとめているように、体の中から伸びるそれは地面に積もった雪を赤く染めながら。

 随分と長くなってしまった胴体のように下半身を置いていき、上半身は一メートルほど離れた場所で僕を虚ろな瞳で見ていた。



 心が、軋んでいたんだ。

 あの日、一度目の命を失ってから、二度目の故郷を失ってから、三度目に兄妹を失ってから、四度目幼馴染を失って、

 ずっとずっと流れ続けてきた汗が、涙が、血が、心を満たし錆付かせ、

 今、心が心であるために、歯車が回り続けているが故に、軋んでいた。

 それが目の前で燃え尽きて行く彼の命を見た瞬間、一線を超えた。


「ああっ!! ああああああああーー!! アアアアアアアアアッッッ」


 もはや悲鳴ですらない、ただの音。

 歯車だった、心だったそれはもう錆の塊で、それらが動こうとするたび酷く耳障りな音を鳴らし、それが喉を通って漏れ出しているに過ぎない。


 僕は膝をつき、ただ嗚咽を涙と共に溢れさせる。

 今まで堪えてきたもの、それら全てをまとめて清算するように、それでもまだ現実を受け入れたくなくて、もう瞳に光を灯していないコウに片腕を伸ばすのだけれど、当然コウはその手を掴んではくれなくて。


 この世界で始めて流す涙を頬に感じながら、僕は燃え狂う竜の炎球に身を焼かれて。



 死んだんだ。



- 帰郷 終わり -

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