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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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89.代弁者の意思

 何とか日が暮れる前に距離を稼ぎ、曇り空が赤く染まり始めた頃には偽竜の気配は感じない場所まで移動できた……と思う。

 正直以前戦った時と、さっき倒した三匹以外出会っていないので気配もクソもない。距離は実際に稼げたし、あとは探知魔法を絶やすことなく夜を凌ぐ他無いだろう。


「晩御飯、何がいい?」


「温かい物」


「わかるけど」


 コウの問いかけに、ルゥは間髪入れず反応。

 既に火を焚きそれを囲んでいるが、まだ温かい物を体内に入れたいという気持ちはわからないでもない。

 まぁそれが難しいのが一番の問題なのだが。

 木か石でも掘り、それを元にお皿を作りスープを取ろうとしても、今手持ちにある材料は質素なものばかりだ。

 干し肉スープの再来とも言えるが、暖を取るためにはそれも仕方ないのだろうか。


「アメもそれでいいなら、何とかしてみるけど」


「うん」


 なんとかできるものなのだろうか。

 対面にいるルゥは満足そうに頷き、コウは隣で頼もしいことを言ってくれる。

 一体何ができるのだろうと楽しみにしつつ、僕は探知魔法を走らせて周囲の安全を確かめるのだった。



- 代弁者の意思 始まり -



 始まりはストンッという感覚だった。

 体に何かが当たった気がする、遅れて後ろの肩から伝わる鋭い痛みと、そこからジンワリと広がる鈍い感触。

 それが何であるかを確かめる前に、僕は思わず迫ってくる地面から自分を守ろうと片手を突き出す。


 その片手も、まるで力が入らずそのまま自分の体重に押しつぶされて僕は頬を少し雪の溜まった地面にぶつける。

 視界に映ったのは同様に倒れていくコウと、僕達の後ろから飛んできた何かを斜め後ろへ飛び跳ねつつ避けるルゥだった。


 何が起きたのか、それを把握しようとして体を起こせないことに気づく。

 それに気づけば、自然と肩に刺さる痛みも意識し――それがすぐに無くなっていることにも気づく。

 全身を包む穏やかな感覚。

 それは睡魔のように体に回り、全ての部位に活動を停止させようと命令している。

 これは、マズイ。眠ってはいけない場所まで眠らせようとしている。

 筋肉が、肺が、心臓が。

 徐々に鼓動を緩やかに、零へと向かっていく。


 その怠慢を魔力で阻止する、眠っている場合じゃないと。こんな眠り方をしてしまったら、二度と目が覚めなくなってしまうと。

 初めは抗えないと思っていた。けれど徐々に体に回るその進行を抑え、回復へ向かっていく兆しが見える。


「ったく。肝心な奴が避けるなんてついていない」


 聞こえる男の声は聞きなれないもの。

 コウはもちろんのこと、親しい知り合いの誰のものにも記憶が無い。


「避けさせた、の間違いじゃなくて?」


 ルゥの声が聞こえる。

 僕達の見えない場所で、誰かもわからず、見えないその男に問いかける。


「そうだとしたら、ホントままならないものだ」


 そう言いながら、声の主は恐らく魔砲剣を抜き取り、その持ち主であるコウの首筋に当てる。


"やめろ"


 やめるんだ。それだけはやめてくれ。

 そう言った気がした、でも声は出せない。

 よく物も見えない、そんな暇があれば血液を回し、筋肉を動かし、体内に入っただろう神経毒を分解し、少しでも生に縋りつくべきだ。


 そして剣は突きたてられる。

 僕と、コウの間の地面にそびえ立つ。


「人質?」


 ルゥの声。

 少し笑い声のように聞こえるのは気のせいか。


「そうだな、お前が逃げるようならそれでもいい」


 その言葉に釣られるように、僕達の前にあった足はルゥの方向へと歩いて行く。


「……大切な人を奪われた復讐なら、その相手の大切な人間を殺しても満足できると思うのだけれど」


 少女の言葉の意味が、一瞬わからなかった。

 どうしてその言葉が吐き出されるか、常識が自分の思考に当てはめようとして拒絶。

 何故今一瞬だけとはいえ見逃されたコウの命を、再び天秤に掛けかねない挑発をするのか。

 わからない……わからない。復讐? ルゥを狙った? じゃあ、相手は誰なんだ。


「それも考えたさ。でもこういう立場になって、長い間考えてしまう時間を手に入れるとな、ある種達観した考えも出てくる。

お前達のことは徹底的に調べた、そして俺と同じように復讐者だった。そして直接あいつを殺した人間は一人、なら死ぬべき人間も一人でいいか、ってな」


「いいよ、自分語りは。ようはわたしを殺したんでしょ? 早くしないとその子達すぐに動けるようになるよ」


「あぁ、そうだな。俺はお前を殺したい、それだけだ」


 散々煽られているにもかかわらず、男の声に怒気は混ざらない。

 そして、殺意もまた消えることは無かった。


 三つ、金属の擦れる音がした。

 二つは軽い音。多分抜いた二本の短剣が、鞘の金属部分に擦れた音。

 もう一つは多少重い、けれど澄んだ音。聞きなれた変形槍の、展開する音。

 ……どうして、どうして時間を稼がないんだ。

 ルゥ自身言ったように、僕達が復帰するまで粘ればいい。どんな相手かは知らないが、相手は一人。

 多少動きが鈍くとも、自分達の足で立てるようになるまで会話でも何でもいいから時間を稼ぐのが正解。


 なんとか視界を僅かにだが動かすことができた。

 目に映るのは一人の男と、一人の少女。


「あなたはわたしに勝てない」


 ルゥは少し寂しそうに、けれど戦いを避ける様子はなく宣言する。


「お前達は歳に似合わないほど異様なんだよ」


 男は独り言のように言葉を吐き出す。

 長い、長い間溜まっていたそれを、ようやく体外に出せることに安堵しながら。


「わたしはあなたに勝てない」


 少女は言う。先の宣言とは矛盾したことを、自らの敗北宣言を。

 でも、その瞳は笑っていた。


「欠点の見当たらない少年に、掴みどころの無い不気味な白いお前」


 あの男は誰だろう。片目だけでも焦点を合わせ、少しでも情報を得ようとするが見覚えが無い。

 でも、彼は僕達のことを良く知っているようだ。


「わたしは死ぬ」


 ルゥは楽しそうに敗北宣言をし、続いて嬉しそうに死亡宣告もした。


「一番人間味溢れるのが、感情を表に出しやすいあの少女とはどういうことだ。

にもかかわらず、その少女も歳には似合わない"片腕の"と呼ばれるほどの能力を持っている」


 相変わらずかみ合わない。

 二人共、お互いに向けて言葉を発しているはずなのに、誰もが誰も別の何かを見て言葉を吐き出している。


「でもあの子達は死なない」


 そこでルゥは初めて、男と対峙し初めて怒りのような感情を言葉に乗せたのは僕の希望的観測か。


「本当に、不気味だ」


 男が双剣を構える。

 構えたといっても力を抜いてリラックスした様子だ。

 でも僕は知っている、戦闘において緩急をつけるのは大切だと。今は所謂、嵐の前の静けさだ。


「確信なんてどこにもない、保証なんて誰もしてくれない。

でもわたしはやるよ、成せぬ事を成す為に、成せば成るのだから」


 最後にルゥは、何の感情を込めずにそう宣言し、見慣れた三日月を口に浮かばせた。


「死ねよ、イレギュラー」


 男が走る。

 ルゥも遅れて移動を始めた。


 出遅れたわけじゃない。

 槍の利点はリーチだ。

 相手の動きを制御しやすくするために、自分はあえて距離を操りやすくするため余裕を持たせて動く。


 二度突いて、男はその双方を凌ぎつつ距離を詰める。

 三度目が来る前に、手が届きそうな場所に男が来て、ルゥは柄で迎撃をする。

 思ったよりいい当たり方をしていたのか、ルゥが入れる力を見誤ったのか、男は短剣で衝撃を殺しつつも僅かに浮く。


 隙を見せた瞬間、ルゥの追撃。

 槍に重さを乗せ、全力で叩き斬る。

 だが二度目は無い。男はそれを難なく防ぎ……きれていない。

 振り下ろされたのは槍ではなく鎌。咄嗟にそれを把握し、何とか遠い柄ではなく刃を短剣で押さえようとするが、僅かに遅れたのか肩に刃が沈むのが見える。

 鎌を振りほどきつつ、後ろへ跳ぶ男。


「いいの? 傷を治している時間も無いと思うよ?」


《土は海なり》


 男は返事を詠唱で返した。

 片足を上げ、足首を中心に魔法陣が展開されたと同時に地面に下ろす。

 すぐさま魔法陣が消えたことを見るに、今ルゥの足元からはすぐに土魔法による攻撃でも近づいているのだろう。


 それとは別に、一瞬だけ傷のついた肩を反射的に押さえたのか――それともそう見せただけなのか。

 短剣を再び構える際に、かまいたちが飛んで行ったのがわかる。

 風よりも早く飛ぶそれをルゥは見逃しておらず、魔法による干渉を受けない変形槍をクルリと一回転させ無効化させた直後、迫り来る土魔法を避けるために横へ跳ぶ。


《雨雲を割く光》


 今度の詠唱はルゥの番。

 少し前まで居た場所へ飛び出してくる石の槍などには目もくれず、宙を移動しながら片手を突き出し魔法陣による軌跡を残しながら詠唱をする。

 男はそれを見逃さない。翼を持たない人間が、しばらくの間とはいえ宙に浮いている隙を見逃しはしない。


《宙は大地で》


 跳躍。そして、一歩で何メートルも空いた距離を詰める。

 コウがやるような縮地。

 男は迷わなかった。自身も宙に浮くリスクを選び取る時間を必要としなかった。

 けれどルゥのほうが少し早い。魔力は形取り、命を刈り取る閃光を放つ。


 閃電。

 寒空の下。夕暮れに、雪が僅かに降り続けている中雷が落ちる。

 でも男は止まらなかった。ただ跳んだ勢いが、意識を失うあるいは命を喪失しても消えなかっただけじゃない。


 男に直撃する前に、雷が一瞬妙な動きをした気がする。

 恐らく魔力によって、手ごろな標的に誘導されたのだろう。両の手に持つ、短剣のどちらかに。

 生まれた距離は男の距離。長柄武器であるルゥは取り回しが利かず、前世でいう薙刀対刀の、薙刀が唯一負ける距離に入られた形。


 でもルゥは諦めなかった。いや、初めからその距離に入られることすら想像していた気もする。

 現に最大の武器である変形槍は後ろ手に投げられており、腰にある二本の短剣を取り出す時間は無くとも片手はマントの懐から薄い刃物を二本指の隙間に、もう片手はスカートの内側から一つの皮袋を取り出していた。


《絆の種》


 ルゥの詠唱と共に、皮袋は二人を巻き込みつつパンッと爆ぜる。

 男は咄嗟に衝撃に備え、ルゥは悠々と一つ二つと跳んで後ろへ下がり距離を開ける。その一歩一歩が踏みしめられる度に、手元から投げナイフが男へ向かって飛んでいく。

 爆ぜた皮袋が内包していたのはただの水だった。

 薄霧を残しながら、無害なそれを無視しつつ男はナイフを二つ避けながら一歩前に。


《芽生えるよ、それは》


 ルゥの詠唱、男の目には何も映らない――男の、目には。

 先ほど散った水分が、男の後方で明確な殺意を持って一つの氷柱と成る。

 たかが皮袋一つ分の水分、されどそれだけの量だ。

 本来魔力で防ぐ、治す、そういった前提があるからこそ、小さい刃物が脅威となることは無い。

 けれど完全に視覚の外から発生する攻撃は、どんな些細なものでも積み重ねれば問題になってしまう。


 魔力の距離による減衰。

 別の魔力に反発する性質。

 魔力について知れば知るほど、その後ろは死角になる。ルゥはそれを、二つの詠唱で乗り越え、たった小さな一つの氷柱を精製し飛ばすことだけに費やした。


 僕達の背中に刺さっているもののような、ルゥが投げた二本のナイフよりも僅かな攻撃。

 けれど男は背中からの攻撃に慌てて背後を確認する。

 そうだ。彼にしてみれば、後ろは僕達が居る場所。どんな些細な攻撃だったとしても、もし僕達が動き始めている証拠なのだとしたら確認せざるを得ない。

 無論僕は動けるわけがない。コウもまた同様だ。


 何事も無かったことを確認し慌てて正面を視線を移動する男。

 ルゥはその時間で、再び槍が活きる距離を取り戻し、投げ捨てた変形槍を拾って見せた。


 そのまま……そのままで居てくれ。

 時間さえ稼いでくれれば、僕達も見たことのないような小細工をこのまま重ねて、男が怯え錯覚したように実際に僕達が動けるまで堪えてくれれば。

 嘲笑うかのように願いは届かない、ルゥから攻勢に出たためだ。


《二つじゃ正しさなどわからない》


 既に詠唱された中、投げられる一つの皮袋。今度はマントの内側から出てきた。

 更に変形槍を片手で持ちながら、皮袋を出した反対側のスカートに手を入れて投げナイフを二本取り出すルゥ。


 男は少女と戦っている。けれど、もう一つ戦っているものがある、時間だ。

 僕達が動き出すことが、彼に定められた生命活動を止められるもう一つの敗北条件。

 その焦りが生み出したのだろう。投げ出された皮袋のリスクを考慮せず、二本のナイフを体を庇った腕に突き刺されながら前に進んだ。


 丁度男が近寄った時に皮袋が爆ぜる。

 今度の中身は赤かった。おそらく、香辛料。

 それを顔面に浴びながらルゥの前に躍り出た男は、既に鎌へ変形している変形槍にふとももから下を刈り取られる。

 ……ような事態はルゥの、僕の理想だったのか。

 視界を一瞬閉じ、呼吸も止めていたのだろう。香辛料を直撃した影響などまるで感じさせず、男は迷わず鎌の内側へ、柄が当たるようにルゥの近くへ。


 魂鋼の軽さが祟ったのか、意にも介さず男は進む。

 ルゥはマントを翻し、変形槍と共に投げ捨て、自分は転がるように後ろへ跳ぶ。

 再び視界を遮りに来たそれを、男は構わず片手で振り解きつつ前進。

 この世界の戦闘は、遠距離で殺しきれなかった場合そのまま近接戦闘で決着がつくまで戦いが続くことがほとんどだ。これは追う側が、追われる側より圧倒的有利な関係にあるためだ。

 追う側は走るよりも速い魔法を、相手を視認したまま放てる。逃げる側は、瞬時に移動する手段が縮地という身体の限界程度しかないため、とてもじゃないが相手を視界に収めたまま距離を離すことは叶わない。

 故に、どれだけ魔法が卓越していても、近づかれた時点で再び同じような状況を作れることは望めないのだ。


 それをルゥはこの戦闘で二度作り出した。

 一つ目は水の入った皮袋を投げたことで、二つ目はその中に入っていた水で攻撃したことで。

 その少女は今、一番の収納スペースを誇っていただろうマントを投げ捨て、生み出した距離を活かせる変形槍を手放し、腰につけていた二本の短剣を男と同じように構えて待っていた。

 まるで対比するかの如く、けれどあまりにもその体は小さくて。

 頼りになる小細工も、もはやスカートの中に存在していることは期待できず、頼りになる僕達も、彼女の頭から初めから消えていて。


 隣接し何度か攻防を繰り広げた時点で少女は一度斬られており、対して男は傷がついていない。

 腕に刺さっていた二つのナイフも、激しく体を動かす時点で抜けていたのか既に腕から離れており傷も治癒し終えている。

 火が小さくなってきた焚き火に四つの短剣が二十も煌く頃には、ルゥの傷は既に二倍以上になっていた。

 付けられた傷が治りきる前に、新しい傷が肌を撫でて鮮血を散らす。

 どちらかが防御に魔力を割いていれば、こんなにも血は出ないにもかかわらず、ルゥは動くたびに雪でまばらな地面を血で彩る。

 それは男も同じだった。防御に魔力を割かず――防御する意思も最低限に、ただ相手を殺すためだけに刃を振るう二人。


「お前されいなければっ――!!」


 男は怒りを刃に乗せてそれを振るう。

 刃はルゥの肉に沈み、彼女の瞳よりも深い赤をした雫が肌よりも白い雪の上に散る。


「――あなたが居てくれたからっ!」


 ルゥは歓び(・・)を乗せて刃を振るう。

 魔力の減ってきた今、生き残るつもりなど毛頭無くただ仇を殺すためだけに戦う男に傷をつけ、同じ色をした血液が雪を彩る。


 ルゥは、何と戦っているのだろうか。

 目の前の男と殺しあっていることはわかる。けれど彼女に見えているもの、見ているものは全然別で。


 無数の傷を増やしながら命を燃やし踊る二人に、赤だけではなく青い粒子が後を追う。

 粒子の元はルゥだった。初めからあれだけ詠唱を重ねていたのにもかかわらず、今詠唱をせず、単純に双剣で斬りあう勝負でルゥは体を魔力に変えながら動くための活力を手に入れていた。


 息を呑む。

 これじゃもうルゥは長くは持たない、その事実もあった。

 けれど、コウが身を起こそうと体に力を入れられている現実に何よりも息を呑みたかった。

 でも、僕は、未だ自身の肺を正常に動かすことはできず、足りない酸素を魔法で注ぎ込みながら体を巡る毒を追い出している段階だ。

 体が動いたとしても、こうして視界を得るため体の一部を僅かに動かせるだけか、それ以上のことをすると生命維持に問題が出てしまう。


 コウと一瞬目が合う。

 彼は悩んだ。僕が復帰するのを手伝うか、ルゥの助力を僅かにでもするか――自分の体調改善など元より頭になどなく。

 瞬きすら覚束ない目で僕は喋った、頼むからルゥを助けてくれと。

 コウは把握した。頷く暇もなく、ただ魔力を別のことに使うだけでつらいだろうに、もう一人の幼馴染を助けるために一つの水球を作った。


 何度も位置を変えながら戦う二人で、今こちらを視界に入れられるのはルゥだった。

 ルゥは見ていた。コウが、自分が初めて僕達に教えた魔法で自身を助けようとしているところを。

 水球は飛ぶ。

 殺傷力など無い。けれど意志はある、今この状況下でルゥの敵を妨害しようと意志を持って水球は飛ぶ。

 コウが少し持ち上げた体を再び地面に戻す。僅かな音を立てることも無く、ただそれだけの位置を維持することも難しいことを全身で叫びならもコウは水球を見つめる。



 二度三度、再び攻防を繰り広げた後、ルゥは移動した。


 踏み込んで、男と位置を交代した。



 そこまで質量の無いそれの直撃にルゥは体を揺らしながら、嗤った。

 男も嗤った。存外双剣同士の争いで粘り、これ以上ないチャンスを手に入れて嗤った。


 ルゥの左肩に短剣が深く突き立てられる。

 彼女は右腕で反撃のため強く斬り上げ、男はそこで慢心せずに空いている左の短剣で防ごうとした。


 少女の腕が舞う。

 短剣を持ったまま、傷口から青い粒子を血液代わりに撒き散らして。


 男の剣など触れても居ない。

 ルゥの右腕は、肘を魔力に変えながら真上へ飛んでいく。


 男は落胆か、安堵か、達成感か、一つ溜息をついて、両手の使えなくなったルゥに短剣を捻じ込む。

 少女の腹から男の腕が入り、背中から、短剣を持った手が出てきた。

 引き抜くと、これまでの非じゃないほどの血液を垂らす……いや、まとめて吐き出しながらルゥは膝をつく。


 顔は俯き、全身と、腹から大量の血を流しながら、間接部に短剣を刺され上がらなくなった左腕と、右肘から青白い粒子を未だ噴出しているルゥ。

 その少女を、男は嗤うわけでもなくただ見ていた。





 青白い粒子が、右肘から上を食らう。

 肩まで食らい、その分だけルゥは力を取り戻して、立ち上がる。

 咄嗟の動きに男は反応できない。いや戦う術をもう持たない少女に反応する理由は無い。

 体を魔力変えて何が出来るのか。その僅かに立ち上がるための力を、殺傷力のある魔法に変えればよかったのにもかかわらず。


 少女は口を開いた。

 言葉は出なかった。

 ただ真上から落ちてきた短剣を掴み取り(くわ)えていた。

 目の前で魔力に変わる右肘から先の腕だった青白い粒子の中を突っ切り、少女は目の前に居る男の胸に刃を突きたてる。


 自分の心臓に生えているそれを信じられない物だと見つつ男が後ろへ倒れるのを見て、ルゥも同様に後方へ倒れた。



 コウが動けるようになる一分後まで、その場では誰ももう動かなかった。



- 代弁者の意思 終わり -

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