87.今は遠い理想
「む~」
僕が放った水球がコウの炎球に内側から食われ、そして更に内側から水が炎を食らう。そんな様子を見て思わず唸る。
秋風が寒くなる中、僕達は町の復興作業を手伝いながら思いついたことをいろいろ試してここまでこれた。
今の炎と水のやり取りが以前思い描いていたビジョン通りではあるのだが、実際に研究を進めてみて二つ問題が出てきた。
一つは魔法に与える命令数に上限が無く、また行使者によって与えられる上限が変わること。
具体的には炎と水が互いを食い合うように魔法をぶつけ合うと、僕とルゥは同じ理論で魔法を展開しているのに一度までしか魔法を蘇らせることができない。
対してコウは二度。例えば先のやり取りは、本来コウがもう一段階魔法に細工をしていたら炎が結局勝っていたということだ。
こうして個人個人で与えられる命令の実質上限が異なる原因はわからず、ぶっちゃけ才能の一言で片付けて忘れてしまいたいほどだ。
一つの魔法に与える魔力も同じ、炎と水の役割を変えても同じ、魔法に走らせているプログラムのような命令の理論も同じ、詠唱でブーストしても上限に変動は無し。ぶっちゃけ勘弁して欲しい。
何故コウに一度僕達より多く命令を施すことができるのかを尋ねてもわからないとしか返って来ず、個人個人の才能やら性質やらで与えられる命令数が変わってしまうのなら、竜が三回以上炎を蘇らせることができてしまえば魔力量で勝る相手が正面から魔法をぶつけ合ったら勝ってしまうのは想像に難くない。
もう一つの問題は、魔力自体を炎や水といった元素に変換しているという新事実。
……まぁ魔力というものが可視化できたり、摩擦で電気を発生させられたり、何となく近くにある水分量より多く水を集められるなぁと思っていたが、いろいろ試してみると案の定だった。
変換効率こそ悪いものの魔力そのものを物質に変換できるのであれば、もし竜がそれを行うのなら直接魔法で戦うのは不利極まりない。
今のところ炎は物理的に回避し、いつも通り獣や人間を相手にするよう接近戦を挑む前提で準備をしたほうがマシだというのが現状だ。
変換した魔力は一定時間経つと魔力に戻るようで、肉体強化には一時的にアドレナリンを出すなど使い捨てる栄養に使うしかなく、筋肉や傷を塞ぐための脂肪に変える事は現実的ではないというのが現時点での判断。
更に追い討ちというか、エターナーから渡された本にはいくつか興味を惹かれる情報があった。
曰く炎竜の炎は人間を追尾する。曰く竜は翼を斬り落としても即座に魔力で再生する。曰く腕などを生やすなど変形できる。
勘弁してほしい。現実的ではないがあの存在ならやりかねない。もしこれが実際にできるのであれば、その接近戦ですら予想以上に不利な展開になるのではないだろうか。
まぁ今のところ見てきた竜は、そのような様子を見せていないことが唯一の救いか。
ちなみに本には、そんな突飛も無い想像から、竜がどうやって空を飛ぶことが可能なのか、そういった現実的な話も書かれていた。
この話を読んだ時、コウは空を飛ぶことの何がおかしいの? と尋ねてきたので、重力の説明から、あの竜のような体躯は自分の体重に押しつぶされること、そして無論空を飛ぶなんて現実的じゃない、といった説明を彼が理解するまで少しの時間説明することになった。
その際やたら重力に関して興味を惹かれていた様子だが、一体彼が何に魅力を感じたのかは想像すらできなかった。今のところ日々の魔力訓練に、怪しい動きが見て取れるが大事は無いので無視をする。
アメは報告しないと不機嫌になるから。と、だいぶ不名誉な感想を漏らしていたが、何か新しいことをできるようになったら報告してくれる意思表示だと思い一発チョップをするだけで済ませておいた。
- 今は遠い理想 始まり -
「よーしっ! ここいらでいいぞー!」
現場監督の声が響く。
復興作業の一環、それも吹き飛ばされた地域の家を建てるという直接的な仕事がまた一つ今終わった。
まだまだ外殻だけのようなものだが、十分人は住めるし家具を整えていくことで人の気配も徐々に見せることだろう。
「おつかれさんっ」
「はい、お疲れ様でした」
クエイクが近寄ってきて、拳を突き出してきたので僕も同じように腕を伸ばし拳をぶつけ合う。
イオセム教の皆さん……というか、クエイクの冒険者仲間も今回は一緒に働いており、見知った人がいるという安心感からか仕事はいつもより順調に進んだ。
「にしても慣れてたな。開拓の時学んだのか?」
「それもありますけど、村で手伝っていたこともありますね」
「そうか」
僕の返答に、クエイクは故郷が滅んでいたことを思い出したのかそれだけの返事で済ませた。
建築に関して詳しいことは流石にわからないが、指示されたことを円滑に遂行できる自信はある。
前世の学校で学んだ知識もいろいろと役にはたっているが、日々生活する中で使う技術には村などで実際に汗を流し学んだことのほうが使う機会が多い……まぁこの世界で学んだことを、この世界で使う頻度が高いことは何もおかしいことではないのだけれど。
「どうだ、打ち上げ行くか?」
見れば今回の仕事に関わった皆で打ち上げに行こうという話に変わっている。
特に断る理由は無かったので、頷こうとすると先にコウが口を開いた。
「うん、行く行くっ」
ニッと笑い歩き出すクエイクと、それに着いていくコウ。
僕は遅れて仕方ないなぁと内心思いつつ、ルゥに急かされながら慌てて皆の後を追うのだった。
「「 乾杯!! 」」
何の因果か、それとも僕達が慣れ親しんでいることを考慮してくれたのか打ち上げ会場に選ばれたのは宿「雛鳥の巣」だった。
本来少ない客を扱う宿に大勢が入りきるわけも無く、ベルガの顔が利く他のお店から人なり食材なり、テーブルやイスを集め、宿の前の道にまで溢れ出る有様だ……ただ不思議と見慣れたもので、こうしてここがお祭り騒ぎになることは少なくない。
気づけばコウは勝手知ったるや厨房に手伝いに入り、代わりにどこから聞きつけて来たのかレイノアにシン、そしてエターナーも集まって皆でワイワイしていた。
流石に中央で大人と混じりワイワイする気分にはなれず、隅っこでルゥと二人のんびりその空間を楽しんでいたのだが、気づけば知り合いに周りを囲まれ、彼、彼女らが知らない空白の一年を語ることを強請られていた。
ただどれだけ求められようとも、人と争い……そして殺めたことは胸を張って語れる冒険譚ではない。この世界での倫理観や、法律そのもののような貴族間による争いによって奪われた命がどう扱われるかは未だに良くわかっていない。
話題に出したいものでもないし、一度無理してユリアン達に遠まわしにだが尋ねてみたのだが、言葉を濁される……もしくは暗黙の了解的な触れられさえしなければ黙認されるような用件なのかもしれない。
もっともユリアンは、自分達に全ての責任があることを強調していたので、こちらが気に病む必要は無いと気を回していただけかもしれないが。
「王都にはおもしろいものがたくさんありましたよ」
そう思い無難な話題で場を繋ぎ続けているのだが、少々語りすぎたのか消極的に語られない空白の部分に何が起きたのかを察しられた空気が漂い始めた。
誰を守ったのか、どうして無事に王都までたどり着けたのか、何故対人戦闘技術を学ぶことになったのか。
寄付してしまったことによる余裕のある懐事情、コウの持つ竜鋼でできた魔砲剣、ルゥの持つ魂鋼でできた変形槍。ここまで来れば子供にだって理解できる。
「誰かを守るためにやってしまったことだ、人の命の価値なんて人が決めるものでもないが、個人個人が天秤に掛けることはしかたない。相手もプロだ。相応の覚悟を持ってきているのだから、気にするものじゃないさ」
そう僕達の頭をガシガシ撫で……叩くのはクエイク。
少々刺激が強いが、その手が触れた部分からは温かいものが伝わってくる気がした。
「国としては表沙汰にさえならなければ、そんな面倒なことは無視するでしょう。無視できなかった場合は、無視できる不思議な方法があるみたいですよ」
無慈悲に、けれど僕達が気負いすぎないよう国の立場から笑って見せるのはエターナー。
多少顔が引きつっているのは、上手く感情表現することに慣れていないと信じたい。
「……ん? あぁ大丈夫だ。シンはいつも平気でやる」
先の二人に視線で促され、俺も何か言わなければならないのかという気配を隠すこともなくレイノアは適当に言ってのけ、その隣でシンは無言で二度頷いただけだった。
エターナーからは睨まれ、クエイクはからは小突かれるがレイノアはこれ以上付き合っていられないとそっぽを向いてコップを傾ける。
その変わらない様子に僕は少し肩の力を抜いて笑い、エターナーとクエイクはそれを見てどこかほっと胸を撫で下ろしている様子だった。
……別に人を殺めたことを後悔はしていない。どころか一度すら、今まで後ろめたさも感じてはいなかった。
我ながら酷いものだが、肩に力が入っていたことは親しい人達に糾弾されたり、法律等のルールで面倒なことにならないかを杞憂してだった。
わざわざそれを口にする理由もなく、黙って大人達の温もりに甘えることにした。ルゥは僕の内心を知ってか、皆が口を開くたびに僕にしか見えないよう口を三日月に歪めていたが。
レイノアがあまり乗り気ではなかったのもそれが理由かもしれない。大人の中では一番付き合いが長く、僕達というものを深く理解しまるで負い目を感じていないことを理解した上で声をかける必要がないと判断したのか。まぁいつも通り面倒事を避ける癖が出ただけかもしれないが何となくそんな気がするのは少々楽観視が過ぎるか。
「魔力ってなんだろうね」
人の集まりも収まり、残っている人間はちびちび飲み物を楽しみながらツマミを楽しんでいる中、ようやく手伝いが終わりあまり物をかき集め口に入れているコウの隣僕は呟く。
「どうしたの?」
「レイニスに来てから魔力の保有量……最大値っていうのかな。以前ここに居た時より増えていない?」
日々保有できる容量は基本的に増えているのだが、初めてレイニスに向かった冬の行進、そして王都にユリアンと向かった春の行進。その双方とも大分使える魔力が減っていた。
ルゥが魔力は気持ち、魔法は第三の手と教えてくれたので、大切な人達を失った直後の喪失感による影響かと思っていたが、保有量が下がる理屈はそれであっているとしても増える理屈がよくわからない。
王都やローレンで過ごす日々はそれこそ心の傷が徐々に回復する、もしくは体が成長していくような緩やかなものだった。
ただここに、レイニスに帰ってきてから一度、物凄く保有量が増えた期間があった。もしこの期間にあった要因を洗い出し、魔力の保有量を能動的に増やすことが可能ならばそれは竜に対する武器の一つになるのではないか。
「……なんだろう?」
「……」
コウは僕と共に考え、ルゥは聞いているだろうに無言を貫く。
理屈を知っているのか、知らないのか。それとも僕達だけで見つけることができないのなら、それは知らないで良いことだと思ってでもいるのか。正直わからない。
思い返す。王都であったこと、ローレンの思い出。そしてレイニスに待っていたもの。
「レイニス以外も悪くなかったね」
「うん」
わからなくて、わからなくて。
思わず漏れた言葉は思い出を巡り、ここまでたどり着いた素直な感想だった。
三都市どこで永住するかと聞かれたらレイニスだが、まぁ残り二箇所で暮らすのも悪くない。
それぞれに特徴があり、僕とコウにはここがあっていたというだけだ。
……ルゥは、わからない。本人曰くレイニスや、僕達の故郷がよかったと同じ感想を主張しているが、よくよく考えてみると僕達に同調したり、そもそも彼女はどこでも平気で暮らしていけそうな気がする。
居場所、か。
世界中どこへでも行けて、どんな場所があるとしたら僕は、一体どこを自分の一番の居場所だと思うのだろう。
ここじゃない気がする。
もうそんな言葉は出てこない。ただ"たられば"が、アルコールを摂取していなくとも場の空気に酔っている頭の隙間に入ってきてしまっただけだ。
- 今は遠い理想 終わり -




