86.大切だから殺し尽くすんだ
「竜を……」
「……殺す?」
ユズの呟きに、ベルガが続く。
エターナーは何も言わなかった。ただ無言で頷いただけだった。
「頼んでいた本、見つかりましたか?」
思い浮かべるのは竜に関連する書籍。もしくはそれに繋がる何かが書かれたもの。
ずっとエターナーに頼んでいて、もし彼女がそれを覚えているのだとしたら、用意されているかもしれない竜に対する武器の一つ。
「一つだけ、見つかりました。以前お渡しした御伽噺のような竜の生態について書かれていた本、その続編です。
夢物語のような内容から、比較的現実的な記述には変わっていましたが……それでも弱点のような、切り札になるような情報は書かれていませんでした」
「いえ、それだけで構いません。切り札は自分たちの手にあるので」
僕の雷に、コウの炎を食らう竜鋼で作られた魔砲剣。存在自体が理外に位置する魂鋼でできた変形槍。
もし新しい情報により生態が知れて、その上でこれらを効果的に叩き込めるイメージが掴めるのならそれは一歩前進したと言っても良いだろう。
「なるほど。別次元の鉱石……ですか。眉唾物ですが、聞いた話が事実なら十分それらもありえそうですね」
ベルガとユズはもう宿の仕事に戻り、僕達は部屋を借りた後エターナーと雑談をしていた。
その中で魂鋼に興味を惹かれたエターナーに、この世界を三次元と称するのなら、魂鋼は四次元の存在では無いかと冗談半分で伝えてみたら意外にも笑わずまともに受け止めてくれた。
「魂鋼という鉱石は名前しか聞いたことがありませんでしたが、前時代の人々は時間や、それ以上の何かを平気で操る技術を有していたと想像されています。もしその変形槍が一種の遺物と呼べるものなのならば、竜に対し十分効果を発揮するかもしれませんね」
時間を操る。その言葉に今度は僕が鼻で笑いそうになったが、実際探索することになってしまった遺跡は三次元という括りで見るとそれはもう好き放題されていた。
破壊されず見逃されていた娯楽施設。そう思うと竜や調律者にとってあの遺跡は大したものではなく、前時代はもっと常識外れな技術を有していただろうことを考えると笑うに笑えなかった。
幸いなのが敵視している炎竜が、今のところ物理学に魔法をあわせた生態しか見せていないことか。
時間をも操る人々を相手に、数で劣る竜が勝利を掴んだというのなら炎竜どころか時間竜、因果竜なんて呼べるふざけた存在もどこかにいるかもしれない。
今はエターナーから与えられる本を確認し、あの炎竜がそういった能力を隠していないことを祈るばかりだ。
「御伽噺といえばアメ、物語を殺せることは知っていますか?」
どこか嬉しそうに意味のわからない単語を繋げるエターナー。
僕も魂鋼が四次元以上の存在だと語った時はあんな表情をしていたのだろうか。
「なんですか、それ」
「そうですね、今回は本に限定しましょうか。アメが言った通り、本を否定、もしくは改変することで物語は原形を無くし破壊することができます。
それ以外にも、そうポジティブな方向に物語を人は殺せます。あまりにも感情移入をしすぎて、最後の一ページを捲るのも名残惜しいほどに本を愛し、本を閉じる。
読者に残るのは大きな喪失感です。もうこの物語に触れることはできない、触れたとしてもそれは過去の記憶をなぞるようなものだ。私はそれを物語を殺す、と称しています」
言われて脳裏を過ぎったのはいくつかの作品。
この世界では未だ出会ったことは無いが、前世では数えられる程度そういった喪失感を覚えた物語があった。
コンテンツを消化し、胸にぽっかりと空いてしまった穴。
何度再度触れてもそれは埋まらず、どんなにレビューを読んでも満たされることはなく、似たような作品をいくつも穴に当てはめてみようとするが空いた穴は歪に広がるばかり。
こうなってしまっては手遅れだ。人の死のように、その痛みを忘れてしまうまで堪えるしかない。人が蘇ることはないように、死んでしまった物語が蘇ることもまた、無い。
「自分でページを開いて物語を産んだようなものなのに、ページを閉じて殺したのも自分で喪失感に苦しむのも自分。
人間ってどうしようもないよね。忘れるしかない、それかいっその事出会わないほうが幸せだったのに」
ククッっと笑うルゥは心底楽しそうだ。
そのジレンマを知っていながら、自分はそれを味わうのだと、何度だって喪失の可能性を知りながら新しい物語に手を伸ばすのだと。
- 大切だから殺し尽くすんだ 始まり -
「やっぱ高いねー」
本は後日会った時に渡せるようにすると言ったエターナーと別れ、レイニスに来るまでに消耗した日常品を補充する。
ただ一般的な食料が以前より安いのに対し、レーションや干し肉といった保存食はかなり値上がりしていた。
前者は国の援助によって手が届きやすくしているのに対し、後者はいつかまた竜が襲ってきた時にでも、いざという時に食べられることを考えた人々がこぞって買っているのだろうか。もしくは町から離れる人々が多いのか。
「自分達で作る?」
コウの言葉に少し悩む。
干し肉はもちろん、数種類の穀物を砕いてスティック状に固める程度の保存食ならば村で作っていた経験があるので作れる。
ただ材料費に作成する時間、それとそれを作るスペースを考えると自分達で作る気分にはなれなかった。それなりに時間をかけて作るので、宿の厨房や空いているスペースで干し肉を作っていたらいい迷惑だ。なら作るために必要な時間働き、そのお金で買ってしまったほうが面倒が少ない。
「買っちゃおうか。過度に節約する意味はないし」
適当に清算し、店を出る。
他に何か買い足す必要はあったかと思いながら、適当に町をぶらぶらしていると見知った顔が目に入る。
向こうもこちらを認識したようで、一瞬驚いた顔をして近づいてきた。
「お前ら、生きていたのかっ……! ったくそうなら連絡の一つぐらい寄越せって言うんだ」
レイノアと、シン。
懐かしい顔だ。成人している二人なのでそうそう一年で様子が変わるわけでもなく、いつも通り二人で活動をしている様子だった。
「ごめんなさい。さっき宿でも怒られてきました」
「だろうな。にしてもお前達は二度アイツ相手に生き延びたのか、ほんとタフな奴らだな」
エターナーから竜に出会う直前の行動を聞いていたのか、そう笑うレイノアに僕は苦笑するしかない。
一度目は見逃されたといっても過言ではないが、二度目は本当に良く生きていたものだ。というかコウとルゥの判断が遅ければ僕は間違いなく死んでいた気がする。
「……あの二人はどうした」
隣に兄妹がいないことを、そして僕達が黙って首を振るのを見てレイノアは仕方ないと一つ頷いただけだった。
「まぁなんにせよ三人でも生きていたのなら行幸だ……そっちの白い奴は殺しても死にそうにないがな」
レイノアはルゥを見て軽口を叩く。
「あ?」
「あ?」
それに対し不遜な態度でルゥは対応し、傍から見たら険呑にも見える様子で二人は睨み合う。
「っく、はははっ……!」
「あはは」
すぐに破顔。
睨めっこでもしていたかの様子だ。
「俺達はもうしばらくここにいる予定だ、時間が合えば飯でも食おう。
……あぁそれと、わかっているとは思うが他に挨拶していない人間が居るのなら早めに声をかけておくんだな」
背中を見せ片手をプラプラと振るレイノア。
仕事の最中だったのか、そうして適当に去って行く彼に続くよう、シンは一度満足気に僕の肩を一度叩き、久しぶりの再会だというのに無言で去っていった。
あと誰か知り合い居たっけ……と考えると一人やたら筋肉質な神父が脳裏を過ぎる。
何故か気が重いが、一応後で会いに行こうか。
ちなみにクエイクは、僕の顔を見た途端。
「俺の神は蘇った!」
と叫んだ。
次に初めて会った人を助けるため、王都まで野営してきたと言ったら。
「神は慈悲深過ぎる!」
と叫ばれた。
僕は細かい誤解を修正する気にもなれず、次クエイクに会うときは、あまり親しく無さそうだけどコウとルゥも連れて来よう。そう心に決めた。
- 大切だから殺し尽くすんだ 終わり -




