84.そこが少女の心象世界
夢を見ていた。
前世の夢。
まだまだ世間的にはオタク趣味が少数派な時代で、上手く仲間も見つけられず、夜に一人こそこそサブカルチャーに触れていた。
一緒に遊んだり、感じたことを共有できる仲間が傍にいなかったことは少し寂しかったが、ネットにはそこそこ知り合いができたし、一人でのんびり作品に触れるのはそれはそれでおもしろかった。
対して今の僕は真逆だなぁ。
人の目は気にしないし、竜退治なんて誰もやらないことを目指している。
竜退治といえば、一人でやる携帯ゲーム機版の竜を狩るゲームは難しかった。
複数人でプレイすることを想定された難易度に対し装備を限界まで強化し、相手の行動パターンを把握して、それでも何十回も挑戦してようやく勝てるような。
今は仲間が居るけれど、現実の竜を倒すってことはあれの何十倍、何百倍も難しいことだと思う。今のままだと何百死んで、ようやく一度倒せるかどうか、そんな確率。
……もちろんこの世界の竜が規格外だったり、僕達がまだまだ子供で未熟なこともあると思うけれど。
でも、やめない。やめられない。
あいつを殺さなきゃいけない理由が今の僕にはある。これ以上誰かを殺されないために、絶対に。
- そこが少女の心象世界 始まり -
僕達はお祭りを楽しんでいた。
浴衣なんてないし、前世で感じるようなお祭りらしい要素もあまり無かったけれど、町は普段と変わった賑わい方をしており、連日三人でいろいろな物を食べて、見て、町を練り歩いていた。
流石に飽きることは無いだろうと思っていたそれも三日目となるとどこか慣れてしまって、いつまでも続くものだと錯覚してしまったその喧騒も気づけば最終日。
祭りの締めである文化なのか自分なりの想いを込めたキャンドルを買い、何となく桃色を選んだそれに明かりをつけて手のひらサイズの船に乗せて川の上流から流す。
夜の帳に街灯と同様に明るく光るそれを、結構流れの速い川の水に流され、すぐにどれが自分のものかわからなくなってしまった現実に少し寂しさを覚えながら、川の中流辺りで食事を取ることにする。
突出している足場に引っかかった一つのキャンドルを、中々水の流れに戻れないことにもどかしさを感じたのかそっと手で押して戻してあげるコウ。
彼がそのまま壁にもたれて地面に座るのを見て、僕は壁ではなくコウの体に背中を任せ屋台で買っていた料理を広げる。
それを確認し、今度はルゥが僕の膝に上半身を乗せるのを受け止めながら思わず感想を漏らしてしまった。
「ルゥ、小さいね」
気づけばルゥの身長は僕より小さくなっていた。
高々数センチ程度だろうが、スタイルや体格が違うせいでどうしても等身大以上に小さく見える。
「うるさい、寄越せ」
そんなことを言いながら僕の胸を持ち上げるよう左手で掴んでくるルゥ。
「やめなさい」
別に掴む力が強いわけでも、いやらしいわけでもないので特に物理的に問題があるわけではないが、他の人の目や、背中を預けているため角度的に見えないだろうがコウが近くにいる。精神的にはあまり良いものではない。
「スタイルはわりとどうでも良いんだけどさ、やっぱり身長や筋肉は足りなくて困ることが多いね」
「本当に困っているなら昔から鍛えておけばよかったのに」
「伸びないものは伸びないし、付かない物は付かないんだよ」
「そうでもないと思うけど」
事実僕とコウの体格は同年代の子供たちと比べ優れている。
以前ルゥにも訓練に参加させた時、あまり成長が見られなかったのは短期的に見たせいかもしれない。
長期的に見れば着実に力となる、もしくは波のようなものに乗り人並みに成長していく可能性も十分ある。
「……アメもいつか体付きで悩む呪いをかけてやる」
「そうだね、叶うと良いね」
ルゥの呪詛におざなりに答えつつ、僕は口に運ぼうとしていたたこ焼きもどきを彼女の口に運ぶ。
何の躊躇いも無く差し出された食べ物を口に入れるルゥを見て、何か動物にエサをあげているような気分になる。
そういえば動物園とかで直接動物達にエサをあげられるコーナーでは、エサの入った容器を手に持った瞬間、今まで人の目から隠れていた動物達が一斉に媚を売り始めるのはそれはそれでおもしろかったことを思い出す。
ルゥも……まぁ媚は売っていないが小動物的だ、一応年上のはずなのだけれど。こうして食べ物を与え続けたら、縦には伸びずとも横には伸びるのだろうか、そんなことを僕はぼんやり考えていた。
「心象風景って、アメにはある?」
「どうしたの、突然」
誰も喋らないまま街並みに溶け込み少しずつ料理を口に運ぶ。そんな無言の時間を過ごしていると、唐突にルゥがそう尋ねてくる。
心象風景といえば心の中に刻まれているものか。人によっては昔から良く見る夢だったり、現実にはありえないような幻想的な景色だったり。
まぁ様々だ。とにかく印象に残っているもの、そんなアバウトな認識で間違っていないと思う。ルゥがどういった意味合いでその言葉を使っているかはわからないが。
「わたしにはあるんだ。シンシンと降り続ける雪の中、わたしはその地面に倒れていてね、お腹から胸までいくつもの武器が突き立てられている。
もちろん血塗れで、わたしを中心に赤い模様が広がっていて、それを覆い隠すよう白い雪は降り続けて……」
なんというかそれは……それはあまりにも救いが無さ過ぎるのでは無いだろうか。
心象風景というともっとポジティブなものだと思っていた。そこに行きたくて堪らない、つらい時思い出して心の支えにできるような。
でもルゥの口から出たそれは、あまりにもそのイメージから乖離しているもので。
「その光景に居るわたしも、その光景を見ているわたしも"あぁ、よかった"そう思うんだ。
もちろん痛くて堪らない。死んでいてもおかしくない傷を受けながらも、残酷にも意識は保たれて、まだ死んでいなくて。
でも雪の冷たさが、悴んだ手のひらの感覚を鈍らせるようにその痛みを和らげてくれる。そしてその痛みをわたしは心地良いものだと感じてしまう。
周りには誰もいない……その武器達が誰のものかも考えたくない。
でも、いいんだ。それで良かったとわたしはいつでも思って、こうして心地の良い時間にその光景を思い出してしまう」
目を閉じて、僕も思い浮かべる。
この穏やかな時間に、それよりも穏やかに感じてしまう光景は、アメとして刻み込まれた根源は何か、と。
初めは故郷だった、優しい大人達に囲まれて。次にスイとジェイドが頭に過ぎった。僕は二人が好きだった、とてもとても好きだった。
それを自覚した時、一つの光景が紡がれる。
"灰の海の底"
空を見上げたら霧がかったような視界の悪い空から、太陽か何かもわからない若干の光源を源にか灰が落ちてくる。
それは雪のようで……雪よりも細かく、粉っぽく。
少しずつ降り続け、僕や何で出来ているかわからない、いや降っている灰が固まって地面になっているだろう床に徐々に積もる。
初めはまだその地面が見えるほどに。でも気づけばその灰は、入れた指先を隠してしまうほど深く、深く。
いつか僕は降り積もるその灰に溺れるのだろう。でも、どうしたらその灰を止める事ができるのだろう。
わからない。どうしたら灰を止める事ができるのか……どうして、その灰に危機感を覚えず、諦めきっているのか。
「僕には、無いかな」
目を開けて、嘘をついた。
それを僕の心象風景とは認めたくなくて、ルゥと似たようなものを、でもルゥとはまるで似ていない感想を否定したくて。
僕の嘘に、ルゥは何も言わずただ次のたこ焼もどきを口を開けねだっただけだった。
面倒で、二個三個まだ熱を持っているそれを押し込みつつ、流れて行く灯りたちを僕は見送る。
純粋に綺麗だと思った。
人々の願いを託され、それを明るくしながらどこかへ運ぶそれを。
けれど、それ以上に寂しさを僕は感じたんだ。
- そこが少女の心象世界 終わり -




