82.何時か笑い流せる日常で
「……もう? ルゥ」
北の郊外。
ローレンに来てから翌日に、僕達は体力をつけるためランニングをしていた。
していたのだが、すぐにルゥが体力の限界を訴え始め、今は日よけに被っているはずのフードもずれ落ち、それを整える余裕も無くクールダウンのため歩いている様だ。
「もぅ……だよっ……!」
息も絶え絶えにそう叫ぶのだがあまりにも。
「早い」
「おまえ、たちが体力お化けなんだっ! やっと一日中日々が歩き続ける日々が終わって町に着いたと思ったのに、翌日には全力で何十分も走り続けるってバカなの?」
そうだろうか。魔法を使えばこの程度大したことは無いと思うのだが。
「いいよ、もう休んでいて。まだしばらくは走るから、終わったら次のメニューに参加できるようにね」
「覚えてろっ……!」
恨み言を言いながら、少しでも体力を回復させるために大の字で倒れるルゥを見て僕達は訓練を再開する。
体力は僕の四割も……あったらいいな。まぁこうして訓練にも参加してくれるようになったのは大きな前進だろう。
- 何時か笑い流せる日常で 始まり -
「……っ!!」
次に顔を真っ赤にするのは僕の番だった。
汗を拭き、王都から持ってきた私服の一部に着替えて朝食を取っていると、ルゥが早めに水着を買っておこうと提案してきた。
そんなに急いて用意する必要はあるのだろうかと疑問に思っていたのが運の尽きか。硬直している僕を置いて悪いほうの幼馴染は早急に話を進め、戸惑う良いほうの幼馴染を丸め込み一緒に水着を買いに行くことを決めていた。
「覚えてたかっ!?」
どうやら訓練の時遠慮……というか配慮が足りなかったことを理不尽にも怨んでいるようで、コウの前で僕の水着を選ぶという羞恥プレイの始まりだ。
下着どころか服の上から合わせているだけだが、布地が少ない衣類をこうして合わせているのをコウに見られたり、実際ビーチに行った時肌を露出することを考えたら顔が火照ってしょうがない。
布地が少ない衣類で言えば下着は着慣れているが、それは誰かに見せない前提の衣類というのが頭のどこかに存在する。見せる前提の、肌を露出した衣類を異性の前で着せ替え人形のようにいろいろ組み合わせるのはそれはもう酷と言うものでは無いだろうか。
というかなんだ。男と女はそこまで違うというのを自分で体験してしまっている。
男だった時なんて水着の柄なんて気にせず、適当に選んで上半身は裸だったじゃないか。
けれど今は、上は隠す必要があるし、水着の形どころか細かいデザインも気になる。一体何をどうしたら良いのかを考える余裕を貰うためにも、とりあえずルゥは居ても良いとしてコウには離席してもらいたい。
「待ってっ! とりあえずセパレートは、ビキニはやめて!?」
ルゥに引っ切り無しに遊ばれているが、よくよく確認すると全てセパレートタイプだった。
そのことをようやく把握し、伝えるとルゥは間髪居れずに口を開く。
「うるさい。胸とかいう武器があるんだから、たまには有効利用するんだよ」
僕は何を言えばいいのだろう。
ルゥが本気で体型にコンプレックスを感じているのならその面で反論はしたくないし、そもそも生まれついた変える事の出来ない体を指摘されるのは理不尽だ。
「それか、こっちが良い?」
そう言って持ってきたのはワンピースタイプの水着。
ほっと胸を撫で下ろせる……わけがない。抽象的に表現するとデザインそのものは白スク水だ。
白は透ける上に、スク水といえるほど生地がしっかりしていない辺り論外に等しい。
「それは絶対いや……! せめてパレオ、パレオください」
上半身は諦めよう。でも最後の砦下半身だけは、隠すものが欲しい。
ボトムにフリルがついている物を選びたかったが、凄い剣幕のルゥにその選択肢はもはや無さそうだ。
ならオプションで何かを付けるしかない。
「ねぇ、コウの意見はある?」
「……っ」
満を持してと言うべきか。
着せ替え人形である僕には残酷な言葉、そして男であるコウにも残酷な言葉をルゥは発した。
今まで居心地の悪そうにそこにいただろうコウに視線を向ける……が、目的の人物は傍にはいなかった。
というかよくよく思い出してみると、僕が遊ばれている最中言葉を発しなかったどころかあまり傍にいないで店内を一人ウロウロしていた気がする。
「アメにはこれが似合うんじゃない?」
気を抜かれたように二人でどこにコウがいるのかをキョロキョロ見ていたら、コウは何の気負いも無く二つの水着を持って帰って来た。
渡されるがまま受け取ったのは青を基調としたビキニ。清楚なイメージで、鏡に映った自分が着てみたら結構良いのではないかと思わず自負してしまうような好みと見た目にあったものだった。
しっかり露出が無いことを懸念しているのに気づいていたのか、パレオもついている。
「ルゥはこれ。基本日陰でしょ? 上着も着るだろうし、水着そのものはこのぐらい肌見えているほうが丁度良いと思うんだけど」
もう一つ持っていたのはルゥ用だったのか。受け取った僕の反応が悪くなかったことを確認し、ルゥに手渡すコウ。
これまたセパレートタイプだがネグリジェのお腹の部分にある布を取り払っただけのような僕のよりも可愛らしいデザインで、背中の部分は結構開いているものの赤をメインにしながらフリルが多くスタイルにあまり注意を惹かない可愛いデザインになっている。
少し子供から大人へ足を踏み出しつつあるような水着は素直にルゥが着ると似合うだろうな、そう思った。
「ふむ」
散々僕で楽しんでいたルゥはそんな過去を忘れた様子で、今度は鏡に自分を映し渡された水着を試している。
「いいじゃん。アメはどう? 大丈夫なら会計行こうか」
「え、あ、うん……」
すっかりスイッチの切り替わったルゥに戸惑いつつも、散らかした水着を元の場所へ戻しつつ店員の元へ向かい会計を済ます。
「ねぇコウ、一つ聞いて良いかな」
「ん?」
お店を出て、いろいろと言いたい事があったが一つに絞り僕は尋ねる。
「何でサイズわかるの?」
ルゥのもそうだが、丁度良いサイズをコウは持ってきていた。
あまり過ぎるわけでもなく、窮屈なわけでもなく。ぴったりな感じで。
普段体のラインが出るような服は着ていないし、明確にサイズを測った記憶も無ければ普段着ている服をじっくり見る機会も彼には無かったはずだ。
僕の疑問にコウは少し時間をかけ、口を開く。
「……わからないものなんだ。これから気をつけるよ」
わからねえよ。
普段傍に居ると言っても、コウは人の体をジロジロと見る人間ではない……いや、ジロジロ見たってわからねえよ。
「うへー怖い怖い。隠していることでも、コウには隠しているかどうかもわからないでばれている可能性があるんだ」
ルゥが茶化しながら先行するのに続こうとして、立ち止まっているコウに気づき後ろを振り向く。
意外にも僕と視線は合わず、何故かコウは僕に背中を向けてどこか別の方向を見ていた。
「どうしたの?」
少し近づき声をかけた。
ルゥは僕達が近づいてきていないのを気づいてか、少し歩みを緩めながら近くのお店を眺めている。
「よく同じものを見る、ような。よく見られる……? ような。見ているのを……見ている?」
「なにそれ」
まるでルゥが僕を迷わせて遊ぶような言葉の使い方に思わず思考を停止し言葉が出る。
「ごめん、上手く違和感を言葉にできないや。気のせいだと思う、行こう」
僕はそんなコウの様子を、いつか見たような気がしつつも思い出せず、まぁよくあることかと考えながら隣に並ぶ。
手には水着の入った袋。町全体は昨日の時点で巡ったし、今日は何をしようか。
買い足す物があれば荷物を増やしつつ、無ければ一度宿に荷物を置いてからかな。そんなことだけを、思いながら。
- 何時か笑い流せる日常で 終わり -




