81.国内一美しい町!!
「じゃじゃじゃん! わたしの歯ブラシは、歯に引っかからない程度の返しをつけた、清潔になりやすい! っぽい気持ちに慣れる歯ブラシです」
ルゥがそう言って掲げるのは木製の歯ブラシ。
歩きながら見せているのでかなり見づらいが、魔力で視力を強化すれば動く獣の動きよりは容易く見て取れる。
「俺のは逆に角を減らしてみた歯ブラシ。魔法で融通効く分、感触を優しくしようと思った」
コウもお手製の歯ブラシを皆に見えるように差し出す。
そして二人が僕に視線をやる。
「……僕のは、なんと! メインコンセプトは原点回帰!」
胸を張ってひっぱりだしたのは一本の棒。
普段郊外で歯を磨く際、木を切り出して適当に加工したものと同じ。
「……飽きたの?」
一瞬冷えた空気を確かめ、そう尋ねてきたルゥに向かって僕は歯ブラシを投げ捨てる。
「飽きたよ!」
「歯ブラシ作って遊ぼうって言ったの、アメじゃないか……」
呆れたように呟くコウの声。
ルゥは僕の歯ブラシ避けながら、コウと共に作った歯ブラシを荷物にしまった。
歩みを進めるたび……町が近づくたびに獣が襲ってくる頻度は激減し、退屈を紛らわそうと歯ブラシを作って遊ぼうと僕が提案したのが数日前。
最初はそれなりにおもしろかったが流石に飽きた。何本作ったかは考えたくない。
「もう人でもいいから襲ってこいよぉ!!」
心の底から声を捻り出す。
血が見たい。お手製歯ブラシなんていいから血が見たい、暇だ。
「物騒なこと言わないでよ……」
さらに呆れを深くした様子でコウが肩を下ろす。
彼自身も退屈に苦しんでいるだろうに、僕の不満をぶつけられて可哀想だ。
ちなみにルゥはそんなやり取りすらも見て楽しんでいた。
「おい、護衛失格連中」
前からカンナギの声が聞こえる。
「はいっ! ごめんなさい、減給だけは……いや、別にお金に困っているわけじゃないし、減給されても気にならないか。
ならそもそもどうせ退屈なら、馬車借りてさっさと移動したほうが精神衛生上よかったんじゃ……。
となると無理に護衛する必要なくない? 体力つけるための訓練がてら走る、もしくは途中で馬車見つけて今か乗っても遅く……」
「なに不穏なこと言ってやがる。退屈で頭がおかしくなるのは理解できるが、せめて町まで仕事を遂行してもらわなければこちらとしては命に関わるもんでな。
まぁなんでもいい、前を見ろ。望みのものが見えるぞ」
その言葉にもう考えることすら放棄した体は勝手に前方に視界をやる。
見えたのは人工の壁。おそらく町を守るために、人々が建てた、それ。
「あれが、ローレン……」
なんとなく雰囲気を出したくて呟いてみたが、地形の関係上レイニスやリルガニアと違い外から街並みが一望できるわけでもなく、ただ無骨に立ち塞がる壁だけが見て取れた。
今までと違い感慨はあまり無いが、とりあえずこの気が狂いそうな退屈が終わることだけは理解できる。
地平線は……えっと、何キロまで見えるんだっけ。よく思い出せない。
まぁいいや、魔力を使って走ればすぐにつく程度の距離。少なくとも今まで二週間近く歩き続けてきた時間を考えると、馬車を護衛しながら歩くことを考えても一瞬に等しい。
ふと思い出した僕達を紹介したミスティ家の名誉ためにも、何とかその時間だけは我慢しよう。
- 国内一美しい町!! 始まり -
「ほら報酬だ」
「ここでいいんですか?」
お金が入っているだろう袋を受け取るのは外壁の外。まだ街中には入れていない。
「あぁ、俺は関税の手続きがあるからな。そう時間がかかるものでもないが、もうここまできたら安全だ。わざわざお前さん達を付き合わせるほどのものでもないさ」
視線の先にはいくつか並んでいる商人や国関連の馬車。
それぞれ身分の確認や、持ち込む商品を確かめ税を取るのだろう。
「わかりました……確かに、それではまた機会があれば」
一応事前に確認していた報酬額と差異がない事を三人で確かめつつ、軽く挨拶を済ませる。
「俺はここと、王都を往復して稼いでいるからな。あまりお前さん達と関わることは無いだろうが、もし機会があれば是非雇わせてくれ。
しばらくはローレンに滞在する予定だから、良ければ一度ぐらい食事にでも行こうか……まぁコウの料理には叶わないだろうがな、お前達との旅は悪くなかったよ」
「うん」
まるで友達感覚のように手を振っているコウの隣で、改めて深くお辞儀をしながら僕達は街中へ入る。
一応雇い主だったのだからもう少し下手に出ろというか、貴族相手にでも隣に居る二人は一切態度を改める様子が無いので内心冷や汗をかいている事が多い。
まぁ少し前まで退屈過ぎてとんでもない事を僕自身言っていた気もするが、この世界では身分の上下であまり態度を変える文化は無いのだろうか。それともこの二人が相当肝が、いや頭が……まぁうん、明言こそ避けるが大方そっちだろう。
「宿からでいい?」
無言で頷く二人を確認しつつ、街並みも網膜に焼き付ける。
南から入ってきて、今は北上しているところだ。東は海で、西はレイニスへ続く場所。北は開拓されていない地域なので、郊外で訓練をするとなればそこだろうか。
まぁ少し歩いただけでは知識にあるそれを直接目にすることは叶わず、少しでも情報を得るために必死で視界を動かす。どういった町なのか、道はどうなっているのか。早く馴染めるためにもそれらは大切だ……まぁすぐにレイニスへ移る予定なのだが。
「……橋?」
歩いていると幅十メートルも無い水の流れを跨ぐように、石橋が置かれている。
水を覗き込むと下水などの汚れた水ではなく、川の上流から海へと続いている水をそのまま流しているようだ。
「ここはまだ小さいほう。もっと大きい場所だとね、大きな荷物を船で王都から持ってきてそのまま町全体に配れるよう水が入り組んでいたり、橋を定期的に上げたりする場所もあるよ」
ルゥの説明を聞きながら小さい船が人の手で漕がれ、数名の人々を乗せて上流へと向かっていくのが見える。観光用には見えなかったので、タクシーのようなものだろうか。
水と暮らす町……ここに来る途中ルゥが言っていた説明を思い出す。
定期的に橋を上げると言っていた。魔法か機械か、はたまた木製の歯車を必死に手動で回すのか知らないが、時折人じゃなく船を通すために橋を通れなくするのだろう。この世界ながらの横断歩道といったところか。
町の中心へ近づくほど人は増え、また街中を巡る水路も大きな木の枝のように、川の上流である西から東へ流れるものだけでなく、北へ南へと縦横無尽に増えていく。
釣りが許可されている場所であれば歩道よりも下に降りた場所に作られた、川に食い込むよう作られた人工の足場でのんびりと釣りを楽しんでいる人や、そのスペースで水を足に浸して涼んでいたり、小さな荷物を小船から移している様子が見て取れた。
「わぁ……」
町の中心。それも港が見える場所でコウがそう溜息を漏らし足を止める。
僕は予想通り魔法か、それを複合させた機械か何かで折りたためるようになっていた大きな橋を眺めていたので、彼の視線を追う。
たくさんの人々。海に住んでいる竜が襲ってこない程度の外海から魚を取ってきた漁師だったり、陸路ではなく海沿いを船で移動する商人だったり、そんな人々が港から入ってくる。
その源は船だ。いくつもの大きな船が港に並べられており、大きく広げられた帆もあり壮観さが素晴らしい。
でもコウの視線はそれらを見ていなかった。その、先。ただ青く、船や町なんかよりも大きく広い、海。
そっか、コウは海を見るのが初めてなんだった。どうなんだろう、初めて海を見た気持ちは。とてつもない感動を感じているのはわかるが、今の僕は前の世界で既にその初めてを味わってしまっている。少しでも彼と同じ気持ちを味わいたくて、初めて海に行ったときを思い出そうとしたけど流石に無理だった。
「泳げる場所とかあるの?」
僕はルゥにそう尋ねた。
軽く水に触れるだけなら街中でも十分だろうが、あの海そのものを直接味わうにはそれでは物足りないだろう。
「北の郊外にビーチがあるはず、いつか行ってみる?」
「うんっ」
ビーチが何かもわかっていないだろうに、コウは楽しそうに返事をした。
「とりあえず先に宿見つけて良い? 部屋が空いてなくて、渋々オンボロな宿に泊まるのは嫌だからさ」
感動も大切だが、現実的なものも大切だ。何より既に立ち止まってから五分以上経っている。
これはコウが海に見惚れていたからだけではなく、町の中心を分断するように渡っていた大きな橋が、船を通すために畳まれていたからだ。
どれだけ人々が急いでも、何十メートルもある橋を動かすには時間がかかる。もし次にすぐ船が通るようなら、町の北側へ行くには大分待たされることになりそうだ。
僕達と同様に橋が降りてくるのを待ち、塞き止められた川の流れが戻るよう溢れる人々がある程度収まった段階で北側へと歩き出す。ルゥがお勧めする宿はそちら側にあるので、とりあえずそこから見てみようという算段だ。
「少し、高いね」
無事二つ分の部屋を借り、荷物をそれぞれまとめた所でコウを自分達の部屋に呼んだら彼はそう呟いた。
まぁ、同意見だ。
かなりざっくりとした計算ならば、値段対質のコスパがレイニスを基準にするとリルガニアは五割増し、そしてここローレンは二倍に近い。
サービスも良く、経済が回っており建物もしっかりしている。そう考えても少しやりすぎな気がする。特別この宿が高いものなのだろうか?
僕達の疑問を汲み取ったのか、ルゥが答えをくれた。
「それはね、家を建てるのが他の町より難しいからだよ」
「二都市の間に位置するから?」
「まぁそれもあるけど、街の中見て何か気づかなかった?」
少し僕が思案したところで、コウが先に答えを見つけたのか声を上げる。
「水が綺麗だから?」
「うん。生活排水の処理が少し面倒でね、見えている水を汚したくなかったら大きな工事が度々必要になるの。
町のイメージがレイニスだと適当に、リルガニアだと綺麗に。とイメージしているならここは美しく、かな? 流れる水は綺麗に、建物の外観も乱雑に並べたり、機能美ばかり重視するわけでなく、ね」
なるほど。
美しいという理想を目指す、そのためにどうするかという工事の現実的な側面と、それを可能にする他都市より多く使われるお金。
それを消費者から少しでも回収するのだろう。目まぐるしく回り続ける商品や、こうして高い金を払って立てた施設の利用者から。
悪くはない。他の町から来たばかりの人からしてみれば物価の高さは大変だろうが、定住すれば皆金払いの良い連中ばかりだろう。どんな仕事をしても生活に困ることは無いだろうし、贅沢をするのなら少なくともレイニスより、もしかするとはリルガニアよりも選択肢が多くて助かるはずだ。
三都市それぞれに特色がある。小さな村は他にもあるし、戦争の痕跡が未だ消えていない小さな世界だが居場所は十分見つけられるだろう。
「それでどの程度滞在する?」
ルゥの言葉に少し考える。
僕達はあくまでレイニスに定住する予定だ。竜を倒すためにも、初めて馴染んだ町にもあの場所は必要だから。
なのでローレンはあくまでレイニスへ向かう途中の中継点。観光程度はする予定だったが、旅の疲れを癒すことを考えても一ヶ月前後もいるつもりはなかった。
「居て、二週間ぐらいかなぁ。ただビーチに行くって決めたし、ここに来るまでによく聞こえてたお祭りって単語も気になる」
街中で聞こえる声を適当に集めていただけなので詳しいことはわからないが、どうも宗教や何か記念を祝うための祭りではなく商業祭とでも言うのだろうか。経済をより回すために、定期的に行われている祭りがそろそろ近いようだ。
「祭りって宴を町全体でやるようなものだよね?」
「うん。いっぱいその時にしか出ないお店とか、芸者の人が見れるはず。
……そうだね。町と海を楽しんで、それに祭りを体験してからレイニスへは向かおうか」
目を爛々と輝かせるコウにそう告げると、彼は放心し想像の世界に飛んでいってしまった。
別に特段急ぐ必要は無い。最悪数ヶ月ここに滞在したからと言って、竜を倒せる倒せないの話になる可能性はそもそも低い。
むしろ生き抜きついでに、ローレンで何か新しい情報を探すほうが竜退治には繋がるのではないか。
それなりに柔らかいベッドから腰を上げ、窓際に近寄り空を見上げる。
竜は、どこにもいない。
居たとしてもあまりにも次元が違い過ぎて、どれだけ努力を重ねても準備をしていないタイミングでアイツが気まぐれに降って来たら台無しだ。
途方も無い相手に挑むことはわかっている。でもだからこそ、小さな積み重ねよりも日々を楽しむ余裕や、何か特別な一つを持って挑むのが最善と思うのは言い訳なのだろうか。
竜の居ない空を見て僕は否という答えを見つけた。
日々の鍛錬こそ忘れないものの、後が無いよう駆り立てるように動くよりも大切なものがあると。
- 国内一美しい町!! 終わり -




