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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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80.行こう、その地獄の先に安寧があるのなら

「コウの料理はかなりうまいな、そこらの料理店じゃお目にかかれないほどだ」


「ありがと、ミスティ家でもいろいろ教えてもらったから」


 嬉しそうにコウはそう笑った。

 そういえば王都を出る時、コック長がわざわざコウに挨拶しにきていた気がする。

 もしかして名目上だけでも免許皆伝とか言われてたりしたのだろうか。実際プロ……それも貴族お抱えの人間にどれほど見込まれていたのかは少し気になる。


「お前さん達二人が料理している様子見たことないが、女としてはどうなんだ?」


「煮たり焼くのは得意だよ」


 煽るようなカンナギの言葉をルゥは軽く流し、自然に視線がこちらへ集まってしまう。

 料理の腕が負けていることが女の矜持に関わるのだとしたら、そもそも僕は男の記憶がある辺りその辺はどうなるのだろうか。


「……焼くのは、得意かも?」


 もう少し解答に時間がかかるか、肩でも竦めて見せたらこんな冗談すぐに流れただろうに、余計なことを考えてしまったせいで僕は一瞬どもり一番悪いタイミングでとても微妙な反応をしてしまった。


「わたしより酷いね」


 ルゥの適当な返事に少し込み上げてくるものがある。


「待って、言い訳させて。ルゥよりももっと、そう、コウは生まれたときから傍にいたの。なら仕方ないと思わない?」


 ルゥとも幼馴染と呼べる関係だが、コウに至ってはほぼ同時期に産まれて常に隣に居る状態だ。

 よくベソをかいて僕の後ろにちょこちょこ付いてきていた時点でも、既に彼は家事に精通し僕の出る幕は無かった。


「それ、アメが火を怖がってたからじゃない」


 予想外にも僕の言い訳を蹴り飛ばしたのはコウ。

 そういえばそうだった。焼け死んだ影響で僕が火に苦手意識を持っていたのを見て、率先してコウが料理を手伝っていた……のだったっけ。

 僕が苦手だからコウが得意になったのか、コウが得意だから僕が苦手になったのか。うむ、わからん。


「火、苦手だったのか? まるでそうは見えないが、どう克服したんだ?」


 カンナギが疑問そうに尋ねる様子に、ルゥは心底おもしろそうに口を開く。


「初めて狩りに行った時ね、ウェストハウンドに食い殺されそうになってアメ、自分の腕燃やしてから時間を稼いでいたんだよ」


「……死にそうだからって、自分の腕燃やすやつがあるか!」


 一瞬ルゥが何を言っているのかを把握するのに遅れ、カンナギはとんでもないものを見ているように僕に視線をやる。


「じゃあ、ルゥはどうなのさ。結構コウが居ない間料理する機会あったみたいだけど」


 この話題は面倒だと思い、話を逸らしたルゥに矛先を向ける。


「言ったじゃん、焼くのと煮るのは得意」


「なら明日からその担当はルゥね」


 野営する時に必要な作業は分担し、コウが基本的に料理をする分僕達は他の事で労力を分け合っている。

 それでも僕やルゥが料理をする機会は度々あるし、その時ルゥが焼いたり煮る料理はそれなりに美味しいことは事実だ。まぁ僕よりは上手いというだけで、コウに及ぶわけは無いのだが。


「いや、コウの料理が食べられる状況ならわたしは作らない」


 それを自覚してかルゥは堂々と平べったい胸を張る。

 あまりにも不遜な態度に何か一言いってやろうかと、口を開こうとした時カンナギが言葉を挟む。


「俺も食べるならコウの料理が良いな。いや、ルゥの料理がどうとは言わないが、わざわざ料理の上手いやつから他の人間に変える理由は無いだろう」


「……僕もだ」


 ルゥへの言葉を飲み込み、代わりに出てきた素直な言葉を吐き出す。

 僕達を見てコウが一つ頷いたのを確認し、これからも基本的には料理を頼み、それ以外の部分で頑張ろう、そう思った。



 今日の教訓。

 女の矜持で美味い物は食べられない。



- 行こう、その地獄の先に安寧があるのなら 始まり -



「ローレンってどんな場所なんだろう……?」


 ふと歩きながら思った疑問を口にする。

 海に隣接した商業都市。王都の南東にある港と船で物資をやり取りしていたり、リルガニアとレイニスを繋ぐ架け橋として重要な都市。

 一応知識としては最低限持っているつもりだが、王都より商業面で栄えていながら、三都市の中間を保持する人口の町というのはあまりイメージが湧かない。

 村からレイニスへ行った時はこの世界の町というものそのものが初めてだったし、リルガニアは人間という敵の存在でそれを考えている余裕はほとんどなかった。

 ただ今は違う。食料は十分あるし、街道は整えられている。商人達は外敵を避けるために群れて移動することを好むし、あまり戦闘という面で僕達が必要とされることはなかった。まぁかかしのようなものだ。


「水と暮らす町、って言ったらイメージつく?」


 ルゥが少し悩んでそう告げる。


「……?」


 なんだろう、水と暮らすって。

 日本で言うとうどんやメロン、りんごといった特産品のようにその地域を象徴するものなのだろうか。

 ただそういった有名なものだとしても、県毎に生活に張り付いているイメージはあまりない。


 ……前世の知識に翻弄されている気がする。思考を切り替える。

 レイニスは、発展都市と冠されるように可能性の塊だった。目まぐるしく町並みは変わるし、良くも悪くも人の流れも激しかった。

 植物で言えば種のようなものだ。町のそこら中に種が植えられていて、気づけば成長し花を咲かせたり枯れてしまっている。


 リルガニアは王都に相応しく完成されていた。

 可能性が無い、とも言える。もちろん変化は常にあるのだが、レイニスのように日常的なものではなく、緩やかで、もしくは何か新しい技術や文明が開発された時に激動するような。

 十二分に町として完成しているが故に、冒険者のような半端者は肩身が狭い。何でもしますといっても既に専門の人間で席が埋まっていることが多く、拒絶されているわけでもないが出番が出番を与えられる機会が無いのだ。

 好みかどうかで言えばレイニスのほうが好きだ。ただ王都も悪い場所ではなかった。豊富な施設に人々、心や体に余裕がある人々が住まうその都は安心感を覚える。


「怖い?」


 ルゥが僕の顔を覗き込むように尋ねる。被っているフードが少しずれ、いつも跳ねている髪の毛の束が揺られて踊った。


「怖くなんか……」


 思わず反論しようとして、少し留まる。


「怖い、ってのは少し違うかな。不安、なんだと思う」


 状況が変わるということは仮想敵が変化することでもある。

 飢えや獣、人間から今は訪れる町そのものに少し警戒を抱いている。

 どんな場所だろう。過ごしやすいかな? 良さそうな宿は見つけられるかな、そこの人間は気の良い人かな。

 命に関わるようなことはまず無いだろう。でもぼんやりとした不安は消えない。


「成長ってね、痛みが伴うものなんだ」


 そう呟いたルゥを見ると、彼女は天気の良い空を見上げて歩みを進めていた。


「筋肉痛然り。安穏とした世界……さなぎの中から飛び出す行為然り。卵の殻を内側から砕けず力尽きる雛鳥然り」


 言われて見ればそうだ。筋肉は一度壊れ、次壊れないよう備えて成長していく。

 昆虫や鳥の比較とは次元が違うかもしれないが、向いている方向は一緒だ。

 人間だけじゃない。生きるもの全てが変化することを怯える、痛みを乗り越える必要があるのだから。


「それに人間」


 ルゥはそこで一度目を細める。

 見上げる蒼空が眩し過ぎるように。


「価値観を変えるって言うのは、今まで信じてきたものを唾棄するように捨てて、過去の自分を殺すに等しい」


 成長するってことは、過去の自分を否定して……塗り替えて、ようやく実現するものだと少女は言う。


「成長は素晴らしい生き物全ての生態だ。けれど、それを選べない事をわたしは責めるつもりにはなれないな」


「……ルゥは、どうするの?」


「ん?」


 逸れた話の本題がなんだったかも忘れ、僕は思わずルゥに尋ねた。


「前に進むって人が居たら、ルゥはどうするの?」


 竜を倒すことを彼女は賛同した。

 もし倒せたとしたら、それからをルゥは僕達とどう歩むつもりなのだろう。

 吹かれるままの風のように、流れるままの水のように。そんな生き方をしている彼女は、気づいたら僕達から離れてしまい、僕達もルゥという存在を忘れてしまうんじゃないか。そう、懸念が込み上げてきた。


「わたしはその人と手を繋ぐだけ。その人が望むがままに、わたしが望むように」


 そんな心配を見て取ったのか、それとも彼女が貫く生き方が初めからその形だったのか。

 僕にはわからないけれどルゥはそう言った。


「たとえその先が崖だって、行きたいっていうのならわたしは一緒に行ってあげる。

落ちて痛みに苦しんでも、やっぱり怖いって進むのを止めても、一人落ちたのに元気にしているその様子を見てもわたしは楽しみながら。笑うんだ」


 ルゥはそう言って手を伸ばしてきた。

 僕は迷わずそれを掴もうとし、手の主が発した言葉に腕を止めた。


「一切の希望を捨てよ」


「……ぷっ」


 恐ろしいことを言われた……が、すぐにどこかの門に書かれている言葉だと思い出して吹き出しながらも手を繋ぐ。


「この場合希望を捨てるのはどっち?」


「アメだね。足手纏いを連れて行かないといけないんだから」


 その言葉に僕はこう返す。


「ならルゥだね。町に着いたら、最低限訓練には付き合ってもらうから」


「……最低限はね」


 そう言って目を逸らし、手を繋いだまま歩いている僕達を、参加はしないにしても話は聞いていたコウが見つめる。

 視線の先は繋がれた手。僕とルゥはそのコウを認識し、彼がすぐに視線を逸らす前に口を開く。


「コウは」


 優しく名前を呼んだのはルゥ。


「どっちと」


 残酷にも片方を選べというのは僕。


「「手を繋ぎたい?」」


 そして僕達は二人で手のひらを差し出す。

 その様子にコウは困ったように前髪を弄り、ポツリと呟いた。


「……最近アメ、ルゥに似てきているよ」


 今更だ。思考や好みは長い付き合いで、口調すらも出会う前から似ていた。僕の口語を真似したり参考していたコウも似たようなものだ。

 他に同年代の友人……スイやジェイドと仲良くなればそれも変わっていくのだと思っていたが、結局そのままだったのは僕達に備えられた本質のせいか、それとも時間が足りなかったのか。


「それで希望なんてまるで見えない相手に挑むアメさん、今のところ思いついている戦い方とかあるの?」


 何時までも困っているコウをいじめるほど趣味は悪くない。

 ルゥがさっさと手を離し、僕にそう尋ねた。


「攻撃には二発しかないとはいえ必殺だろうコウの魔砲剣に、ルゥの魂鋼で出来ている変形槍で弱点でも突けたら結構効果的だと思ってる。

僕は雷、かなぁ? 正直竜相手に雷が有効かまるで想像がつかない……そういえば竜鋼ってさ、何で竜って名前付けられているか聞いてる?」


 炎を吸収する性質ならば炎竜鋼。色で区別するなら風の竜が緑色の体色をしていることが多いらしいので風竜鋼とでも名付ければよかったはずだ。

 僕の問いに答えたのはコウだ。


「竜が石を食べる生態があるみたいで、食べられた鉱物が体内で蓄積してそれが何らかの形で体外に出たものが竜鋼って呼ばれているみたい」


 体調管理のため石を食べる動物がいるというのは知識にある。

 恐らく竜も何らかの理由で鉱物を齧り、排泄、嘔吐、死亡などにより、莫大、もしくは独特の魔力を保有している竜の体内で様々な鉱石が混ざり合い……といった具合か。

 なんにせよあまり有効では無さそうな情報だ。竜鋼の伝導率は極めて良好で、もしかしたら竜の甲殻なども雷に弱いのではないかと期待したが、流石にそう楽観しできるほどの情報では無いか。


「攻撃面は今のところそれだけかな。魔砲剣は二発しか撃てないし、雷が効かないとなると攻撃できる機会が一気に減ると思うから何か考えないといけない。防御はコウなら物理的なものを防げそう?」


「多分現状でも大丈夫だと思う。ただそう何度も凌げたり、誰かを庇い続けるってのは厳しい。上手く受け流さないと体がバラバラになるだろうから」


 僕はその言葉に頷く。

 十分だ。そもそもあれは体格の優れた大人でも、力勝負でどうにかなる次元の生き物じゃない。


「基本的に間合いに入らないのが大切だと思う。僕とルゥじゃ一回ですら受け流せそうにないからね」


 実際一度程度ならどうにかなるかもしれないが、人が剣を振り下ろしたらすぐ斬り上げられるように、竜だって連続して攻撃できることは想像に難くない。

 その事実は流れ弾ならどうにかなるが、一気に狙われてしまったらどうにもならないことを意味する。


「それなら……」


 僕の言葉にルゥは指摘しようと口を開く。


「わかってる。距離を開けたら炎が飛んでくるはず」


 炎竜撃は論外だが、初めて相対した時に撃たれた炎球ですら脅威だ。生半可な水じゃ防げそうに無い。


「何度も防げる水は無いと思うよ」


 あくまで現実を突き出し続けるルゥに考えてることを伝える。


「今考えているのは雪か、雨が降っているタイミングで挑むのが一番良いと思う」


「へぇ……」


 そう呟いたルゥの声は感嘆か溜息のせいか。


「ようは散っている水分を集めて防御に使えるようにする時間と魔力、それに戦っている空間に存在する水分の絶対値が問題なわけだから、天候を利用したら大分楽になる、と思ってる。

あの時僕の水が炎に内側から食われたのは、そういう魔法だったと思うから逆にこっちも余分に魔力を使って、防御に使う水に魔法で対策すればなんとかなる、といいな」


 魔法を行使する際、物質にはいくつかの命令を与えている。

 炎の魔法を飛ばすのであれば、燃やす、維持する、移動する。だいたいこの三つだ。

 竜はそれに"生き返る"という命令を付与していた可能性が高い。水に消されても、再び燃え上がり初めからプロセスをなぞるような。

 これにはコウと以前から目をつけていて、自分達の魔法でも実現して見せようと何度か試しているけれど、未だ成果は得られていないのが一番の問題だが。

 まだ知らない魔法の扱い方か、魔力量や体の性質といった、才能の一言で一蹴できるような要因が関与しているとは思うが特定するにはしばらく時間がかかりそうだ。


「へぇ、そんな発想できるんだ」


「……なにそれ、煽り?」


 ルゥの言葉に僕は睨んで尋ねる。


「いや、素直に賞賛しているよ。発想も良いし、現段階で想定できるものとしたら十分考えられているんじゃないかな」


 僕はその言葉に、まだ竜を討伐する現実が見えてくるのは大分先、と締めくくり逸れきった本題に話を戻す。


「それでローレンってどんな場所なの?」


「秘密。もう数日で着くだろうし、直接目にするの待っても良いんじゃない」


 ルゥはそう笑って話は終わりと、前を歩いていたカンナギに追いつきいくつか言葉を交わし始めた。

 まったく、いつもこれだ。

 竜に関してもそう、僕とコウはいろいろ考えているつもりだがルゥからのアイディアはほとんどない。

 ローレンに関しては……まぁいいか。知りたいのならカンナギや、他に歩く人々にでも聞けば良いが、予定通りならあと数日でたどり着ける。

 竜と違い命にすぐ関わるようなことはないだろうし、直接目にする感動を楽しむのも悪くは無いだろう。



- 行こう、その地獄の先に安寧があるのなら 終わり -

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