8.戦うために奇跡を詠おう
父親が狩人なんだから、そっちに頼むのが道理だろう。
ルゥの一言で、僕らはコウの家に移動した。
「おぉ! ついに家業を継ぐつもりになったか!」
事情を説明するとウォルフは物凄く喜んだ。
そして興奮で話の半分は忘れたのだろう、多分お宅の息子さん狩人じゃなく冒険者になりたいと思っていますよ。
まぁそう興奮するのも仕方ないだろう。
今の今まで息子は、前世で血なまぐささとは無縁の平和ボケした幼馴染の少女と一緒に行動していたのだから。
「違う、俺は……」
「まぁいいさ、どっちもたいして変わらんよ」
必死に説明するコウを適当にあしらうウォルフ。
きっとあれは冒険者と狩人の差を理解している。
理解した上でどちらでもいいのか、最終的には家業を継ぐと見越しているのだろう。
何にせよ、翌日から戦う術を学ぶことになった。
- 戦うために奇跡を詠おう 始まり -
「どうしてこんなことに……」
思わず愚痴が零れる。
僕も何故かコウと並んで体にあった剣を握らされていた。周りには僕達家族と、ルゥが見守っている。
父親ならきっと理解してくれる、そう思って顔を見るが感極まって泣きそうな顔をしていた。
あれは娘の成長を見つめる目だ、あかん、無理だこの空気。
男は敵を倒し、女は家を守る。
区別か差別かわからないそれは、この世界でも何となく通用すると思っていたがそうでもないらしい。
剣を握る手が震える。
普段から体を動かしている上、適切なサイズの剣なので十分持てるのだがそれでも震える。
重いのだ。
包丁とは違う、明確に命を奪うことだけを目的とした刃が。
既に加工された食品が出回る前世で、屠殺場見学で泣いていた同級生達に言ってやりたい。
このままじゃ僕、熊みたいな大きさの狼と殺し合いさせられる、と。
一方的に殺すだけじゃない、一方的に殺されると思う。
生きているウェストハウンドは見た事がない、だけど死んだばかりのそれが解体されるのを見たことはある。
あの爪や牙は、容易く僕の体を引き裂くだろう。
「ちょっと待って」
いざ本格的に剣の振り方を学ぶぞ、そういう流れになった時、その流れを断ち切る声が聞こえた。
「この子、わたしが面倒見てもいいかな」
魔法で戦えるように、得意分野をのばしたほうがいいと思う。
ルゥはそう大人達を説得し、まずはしばらく様子を見ることで話をつけた。
「知ってるって怖いよね」
素振りをするコウから少し離れた場所で二人きり、彼女はそう口を開いた。
言わんとしている事はわかる。
自身の手を汚さない怠惰、死が目に見えにくい平和。それを知っていたら怖いと彼女は言う。
未知は恐怖だ、けれど、時として既知も恐怖になりえる。
「知らなかったら、強くなれたかな……」
傷を痛いと知らなければ辛いとは思わない、盲目な人間は突然現れる暗闇でも普段通りに動ける。
「どうだろう。でも、忘れることはできない」
この世界で生きて八年、前世は十八年。
まだ半分にも届いていない、まだ、あの日々を忘れ去ることはできない。
「どうする? 教えているふりでもして、一緒に言い逃れる方法を考える?」
「……いいの?」
「望むなら」
望むなら。
ルゥは望まない、あくまで判断に従い協力すると。
じゃあ僕は?
コウの瞳を思い出す。
あの未知に、強敵に焦がれる瞳を。
きっと彼は一人でも旅立つだろう、もしくは僕が願えば留まってくれるかもしれない。
でも、それは。
それは、僕の願いのために、彼の願いを諦めろと言っているようなものだ。
そして村で何かあるたびに彼は僕を守ってくれるはずだ、自分は血を流して、安全な場所に居る僕を。
いつか、死ぬかもしれない。
その時僕は自分を許せるのか、殺したくない殺されたくない、その願いのために彼の隣に立たなかったばかりに、彼が死んでしまった時に僕は自分自身を許せるのか。
炎を幻視する。
これは、怒りだ。自分自身に対する怒りだ。
怒りが胸から溢れ、体を焦がす。血が踊り、神経が焼け切れる。
燃え尽きて死んでしまえ、この怒りが消えてしまう前に、さっさと燃え尽きて死んでしまえ。
「お願い」
「……」
「教えて欲しい」
「……」
「戦う術を、守るために」
「殺す力を?」
「うん、殺すよ。敵を殺す、自分を殺してでも」
二人きりになり、はじめて視線が合う。
彼女は嗤った。歪に壊れたおもちゃを眺め、それに満足するように。
「任せて、君が望むのなら」
僕も嗤っていたと思う。
それでいい、それが、いい。
「戦うためには前と後ろに分かれたほうがいい」
硬派なRPGゲームを思い出す。
前衛が壁になり、後衛が火力や補助を担当する。
「でもそれだと前にいる人が危険ですよね?」
「いや、そうでもないんだ。前にいる人は身を守るためや、身体強化に魔力を割く。
後ろにいる人は前の人が危険を引きつける分、敵を倒すためやサポートするために魔力を割けばいい」
「戦いは、リスクとリソースの管理」
前衛はリスクに晒される分、リソースをリスク軽減に回す。
後衛はリスクに晒されない分、リソースを相手のリソースを削るために使う。
合理的だ。役割を明確にすることで、咄嗟の判断を行う際に生じるリスクとリソースを削減する。
また日頃の時間の使い方、リソースの分配も効率化できる。
前衛は体を鍛え、身を守るために。後衛は魔法を上手く扱えるようにし、効果的に敵を削れるように。
日々そうした積み重ねと、戦闘が始まってからのリソースの奪い合い、これを効率的に行えたほうが最後に立っている。
「一つの真理だよ。でもそれだけじゃ生き残れない」
役割を果たせない時がある。
相性が悪いとか、隊列が崩れるとか、誰かが死ぬとか。
そんな時に、どう動けるかが重要だと彼女は言った。
「じゃあ結局満遍なく技術を学ぶことが最良ですか?」
「それも一つの真理」
ようは考え方の問題だ。
何を想定して、どう準備するか。
何を想定できず、後悔する覚悟をするか。
「納得できるほうを選んだらいいんだよ、話し合ってね」
こちらに駆け寄るコウを見て彼女は言った。
「コウは何のために戦いたいの?」
今日はもう終わりらしい。
まだ初日だし、徐々にやっていこうと。
大人達はもう解散し、僕達三人だけで自室で話していた。
「アメを守りたい」
「え? 冒険したいとかじゃなくて?」
ちょっと違うと彼は言う。
たどたどしい説明を聞いていると、徐々に考えていることがわかってくる。
まずいろんなものを一緒に見たりして楽しみたい、次にその冒険に必要な戦う力が欲しい。
強敵と戦いたいとかはあくまで二の次だそうだ。
目的を定めて、そこに至るための手順を決めていこう。
そう思っていたのに、極論彼の主張だと戦う必要はないらしい。
いろいろ覚悟したりしていたのに、どうしよう。
そう思いルゥを見ると、ニヤニヤ笑っていた。
はじめからこうなることがわかっていたのか、僕に対するまっすぐな好意で笑っているのかはわからないが、腹が立つので無視することに決めた。こんなやつ空気だ空気。
別に戦わなくてもいい、そんな選択肢が頭に浮かび、切り捨てる。
大人達の期待には答えたい、知識は欲しい、村を出る出ないにしても自衛のための力は必要だ。
最低限戦えるようになり、そこから自分達が何をしたいのか、どこまでできるのかを見極めよう。
判断を後回しにしている気がするが、堅実に一歩ずつ進む方針とも言いかえられる。
命のやり取りをするんだ、それぐらい臆病なほうがいいだろう。
- 戦うために奇跡を詠おう 終わり -