79.その空白を、僕らは可能性と呼んだ
「お前さん達、何してるんだ?」
「あ、ごめんなさい。うるさかったですよね」
休憩中。
勝手に火を舞わせたり、雷を爆ぜさせているのが流石に気になったのか、カンナギが声をかけてくる。
「いや、休憩するたびにそううるさくされたらたまらないが、この程度なら構わないさ。訓練……じゃないよな」
「はい。えっと、武器、というかその素材の性質を調べているんです」
そこでようやく僕達が持っている武器が気になったのか、構えているコウとルゥの武器を注視する。
少しそれらが何であるかを考え、気づいたのかはっと息を呑み口を開くカンナギ。
「もしかして、それ竜鋼か?」
「うん、そうだよ。ルゥが持っているが魂鋼」
魂鋼が何かを知らなかったのか、曖昧な反応をしているカンナギを前にもう一度炎をコウに向けて放つ。
あるがままに燃えていた炎球は、剣に触れた途端まるで掃除機に吸い込まれるようにコウに向かって動いていた方向性、絶えず燃え続けようと塵や魔力を食らいながら外側から内側へ循環していた流れを全て無視し剣に吸い込まれ消えた。
「ほー実際に炎を食らう鉱石ってのは始めて見たな。そっちの魂鋼って奴は珍しい鉱石なのか?」
「一応竜鋼より凄いって言われているらしいんですけど、少し性質が変なんですよね」
「どんな風に」
新しいものを見る子供のようにか、珍しい芸を見る大人のようにか……それとも金になりそうな情報を少しでも得ようとする商人の気質か。
まぁ何にせよカンナギは興味深そうに相槌を打つ。
「コウ、渡してみて」
「うん」
渡された魔砲剣を興味深そうに眺めるカンナギの注意をこちらに戻しつつ、これから何をするのかを伝えて剣を前に構えさせる。
熱心な観客にはその芸を体感してもらうのが早い、それに何より芸を見せる側……でも無いけれど、まぁ興味を示してくれたのならこちらとしてもやりがいと言うものがあるものだ。
「少しビリっとしますよー」
「あぁ」
そう口にして僕は閃電を放つ。
と言っても大したことのない威力だ、冬場にドアノブを触った時にピリッとしてしまうようなその程度の威力。
刃に当てた雷から、竜鋼性の柄まで伝わったそれに若干の不快感を示したのか、柄を握っていた手を離し何度か手のひらを開いたり閉じたりしているカンナギに、今度はルゥの変形槍を渡す。
間髪容れず閃電。
今度はバシュっと音がなるほどの威力を何の合図も無く撃つ。
「うぉっ……って、あれ?」
「変でしょう?」
「そうだな」
竜鋼は鉄よりも導電率が良い。恐らく不純な素材が少なく電気が通りやすい性質でも持っているのだと思う。
対して魂鋼は導電率はゼロだ。徐々に威力を上げていって、最終的には人が即死するほどの威力まで上げて見たが魂鋼が電気を通すことは一切無かった。
「雷だけじゃないんですよ」
変形槍をもう少し眺めていたいと名残惜しそうにルゥに返すカンナギに今まで試してきた成果を説明をする。
長時間炎で炙ってみたが、焦げたり溶ける、そういった要素どころか炎によって熱しられたはずだろう変形槍自体の変化するはずの温度は感じられなかった。直接炎が当たっていた場所を触っても、だ。
逆に冷水につけたりして温度を下げてみても同様の結果が得られた。少なくとも今持ちうる知識や材料で、温度変化や物理的損傷を与えられる材料は思いつかなかった。
竜鋼でできた魔砲剣で、コウが何度も全力で同じ箇所を寸分違わず全力で斬りつけたのなら、もしかすると傷ぐらいは付けられるかも知れないが十中八九その前に魔砲剣が折れる。
「なんというか名前負けしていない鉱石なんだな。本当にこの世界に存在しているものなの、か、どうか」
僕も同じことを考えていた。
カナリアは希少さから魂の名を冠していると説明していた。けれどこうしてみるとこの世界に存在していないのではないか、ただそこにあるように見えるだけで、実体は別の場所に有るのではないか。そんなことを真剣に考えてしまう。
今僕達が生きている世界を三次元と称するのなら、御伽噺などで創作された世界は二次元。逆に僕達の世界を創ったような世界、または単純に関連性などなく時間すらも自由に操れるような上位存在である世界が存在すると仮定する。
その前提ならば僕達三次元の住人は、二次元の世界を滅茶苦茶にできる。伝聞で聞くような御伽噺ならば、自分で着色し世界そのものを改変することができる。最悪世界に一つしかない書物が気に入らなければ、燃やして捨ててしまえばいずれ全ての人々の記憶からも忘れ去られて存在自体がなかったことになるだろう。
そう仮定すると、二次元の世界からは三次元へ直接干渉することはできない。また三次元から四次元へ干渉することも不可能、だ。
魂鋼はそんな存在、僕達とは別の世界からやってきた鉱石。決して干渉することはできず、魂鋼をもって他の存在に干渉することはできる。
……魂って、あるのだろうか。あるとしたら、どこにあるのか。そんな不安の混じった疑問が、ぼんやりと思考を包み込む。
僕は一度死んだ。そして別の世界から、別の体に記憶をほとんど残したまま移されている。でもその原理や、手段は一切記憶にない。
まぁ考えても仕方ない。既に何度も考え、これからも考えてしまうのだろうけれど。
僕は、僕だ。
別に記憶の男と魂的な部分まで同一な存在かどうかなんてどうでもいいし、この世界に来てからすっかり変わってしまった性格に悩む必要もない。
ただ少し特殊な記憶を持っていて、性別に少し悩んでしまう一人の人間だ。
ルゥがしまう青白い変形槍を見ながらそれでも疑問を覚えてしまう。
あれ、どうやって加工したんだろう……今度ユリアンかカナリアに会えたら聞けるのかなと。青白い、そう、魔力の色や遺跡を構成していた基本的な素材の色を思い出しながら。
- その空白を、僕らは可能性と呼んだ 始まり -
夜。
近くに居た他の商人たちと簡易的な拠点を作り、焚き火を囲みながら警備担当ではない時間ゆっくりと体を休ませる。
僕達の雇い主であるカンナギは他の大人と交流を深めに行き、三人全員休憩で、他に子供が見当たらない僕達は大人からもたいして興味を示されず、ただぼんやりとすることを許されていた。もちろん時間が来たら睡眠を中断してでも獣や野盗相手に警戒任務をしなければならないのだけれど。
「ルゥってさ」
「んー?」
僕の呼びかけに背中から声が来る。
木を挟んで斜め後ろ辺りに僕と同じようにもたれかかっているので当然だ。コウは焚き火でひたすらウインナーを一本ずつ焼いて、丁度良い火加減を探して遊んでいる。
「どこ出身なの?」
「……どしたの、突然。今まで一切聞いてこなかったのに」
驚く彼女、まぁそれはそうだが。
初めて村であった時ルゥは十歳。王都に着いた時に滞在していた経験があるような物言い、それにエターナーやレイノアとある程度交流をしている様子だった。
いろいろとおかしいが、そのおかしいは置いておいて、十三という年月をどういった経緯で生きてきたのかを今更ながら気になってきたのだ。
「孤児でさ、イオセム教や竜信仰なんかの大きい場所じゃなくほんとマイナーな王都にある教会で育てられてね」
それを伝えるとルゥはそう語り始め、僕は適当にうん、と相槌を打つ。
コウは耳を傾ける様子はなく、少し焦げ目の付いたウインナーを頬張り満足そうな顔をした。
既に一度尋ねていた事柄のか、ルゥという人間が大した情報を語らないのを知っていてか、それとも彼女の過去は会心の出来だったウインナーに負けたか。
「まー数年は良かったんだけど、流石に教会のお手伝いってのはわたしには合わなくて飽きてさ、六歳ぐらいだったかな。冒険者として働き始めたんだよ」
「……一人?」
「うん」
なんて無茶な。
「冒険者になっても、リルガニアって冒険者っぽい仕事少ないじゃん? 街の中の雑用やら、あっても小さいハウンド退治とか。そういうのがつまらなくて、適当な商団に張り付いて町から町を移動していたら気づけばレイニスに居た感じ」
その言葉を最後に、僕達の間には沈黙が下りる。
コウは相変わらずウインナーで遊んでいた。今は持っている調味料を組み合わせたり、その辺で取っていた香草を組み合わせて段階が進んでいたけれど。
あまり無駄遣いはしないでほしい、できるのであれば香辛料は勝手に襲ってくる犬どもの肉に使いたい。
そんな彼の様子を確かめながら、頭の中で勝手に数えてしまった数字が、三十を示した時に堪らず僕は口を開いた。
「……終わり? 端折りすぎじゃない?」
「いやでも、特段楽しい話なんてないし」
「どうやって僕達の村に来たとか」
ふむ、とルゥは一つ声を区切りに思案するような沈黙を見せ口を開く。
「いろいろあってレイノアと仲良くなってさ、西に村があることを知って何か楽しいものでもないかなーと観光気分で連れてってもらった。
そうして行った村になんだか興味深い子達がいるし、村は居心地良いしでしばらくはここで過ごそうかなーみたいな?」
そのいろいろあっての、いろいろを時間つぶしにでも詳しく話して欲しいのだが、どうやら口調からその意図をわかっていながら掘り下げるつもりは無いという気が知れる。
ルゥはやたら自分自身というものを語りたくないというか、主張したくない様子を貫いている。まぁその気持ちは僕にも何となくわかるし、今こうして話題を振った目的は別にある。
「……じゃあルゥはさ、竜を倒すことについてはどう思うの?」
「……?」
そこで初めてルゥがこちらに視線を向けてきているのがわかった。
僕は、振り向けなかった。
「気まぐれで教会を飛び出して、なんとなくレイニスまで来て、思いつきで村に来て、偶然に運命を見て村に滞在して。
……村が滅んで成り行きで町での生活をサポートしてくれて、また竜が降って来たあと、竜を倒すことに賛同してくれたのにユリアンさんを助けるってすぐに心変わりして」
「アメ?」
「また、気まぐれで僕達から離れようとするの?」
自分自身喋っていて、自分が止められなくなっていくのはよく理解していた。
でも言葉を口にすればするほど、今まで漠然と抱いてきた不安感が押し寄せてくるのだ。
ルゥが、僕達に刻み込んだことはあまりにも少ない。
人としては人並みだろうが、ルゥとして僕達に影響を与えたことはほとんどないんだ。
戦い方も魔法も教えてくれた。いつも背中を支えてくれて、たまに意地悪なことをしてきたりもした。
でも、戦い方は僕の父親達の労力を肩代わりした程度で、基礎的なことを……村にある知識だけを教えてくれただけ。
いつも支えてくれた。でも彼女が僕達の手を引くなんて皆無に等しく、慣れない町でのサポートもその辺で聞いたり調べたらすぐにわかるようなことだけ。
魔法は確かに凄かった。父親達は安全に狩りをできる可能性を増やしたし、僕達に手を一本増やしてくれたようなものだ。
村は少しずつだが繁栄し、村人は楽になった分村の外へ意識を向けることができた。
……でも、それすらも、魔法が使える人間なら別にルゥ以外の誰でもよかったんじゃないかって、ふと思ってしまうんだ。
本でも何でも良い、村に来てくれる外の人間のレイノアかシンが魔法を教えられる知識を持っていても良かった。
そう考えてしまうと、珍しく主張し……かなりターニングポイントだっただろうユリアンへの助力。今度はそれが頭から離れない。
ただルゥはどれほど竜退治にやる気があるの? それを確かめたかっただけだ。それが気づけば、ずれて、ずれて。当て付けの様な問いかけに変わってしまっていた。
「ノンノン。アメは軽視ししすぎだよ」
僕を茶化すように/慰めるように/嬲るように/誤魔化すようにルゥは笑った。
「流れる風にも色はあるよ。どこから来てどこへ行くのか、見た目はほとんど変わらないけれど、香りは全然違っているんだ。
流れる水にも色はあるよ。淡水か海水か、それとも流れを忘れた水溜りか。味はもちろん、見た目も様々。どうしてそこにあるのか、なんてものも千差万別」
色即是空、空即是色。
そこにある実体を見ずに、何かが残している結果だけを見よ。
僅かにでも残った痕跡/思い出/風を見よ。
今ここにあるルゥ/何か/水に価値を見出せ。
「それにさ」
今までの声音と違い、とても優しい声。
全てを包み込むようなその温かさに、納得できそうだった内心も合わさり顔をルゥに向ける。
彼女は微笑んでいた。笑みを浮かべる行為に意味なんかなかったのかもしれない。けれど僕は、その表情に安心感を覚えた。
「わたしだってあの村は故郷だと思っているんだよ。みんな大切だった、スイやジェイドも。今隣で生きているアメがあれを倒すって言うのなら、もちろん力を貸すよ」
僕はルゥを、信じようと思った。
きっと隣に居てくれる、きっと同じ場所を目指して歩いてくれる。
「でもまたユリアンの時みたいに、特別な何かがあったら平気でそっち優先するんでしょ?」
コウが、普段ルゥが浮かべるような悪い笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。
手にはウインナー……だったもの、気づけばチーズと野菜が混ざり合い、見ただけで目からとろけそうな香りが入ってきそうな料理を手に持っていた。
「……なるべく、頑張る。一度わがまま言った分、すぐには浮気しない、うん」
目を逸らし、三人でお皿を囲めるように移動してきたルゥ。
先ほどまで抱いていた信頼が全て吹き飛び……いつも感じる程度のものに落ち着く。
「訓練も頑張らないんでしょ?」
僕もルゥを弄るために口を開きながら、コウの美味しい料理を詰めて今度は閉じる。
思わぬ初撃と、思わぬ追撃にルゥは本気で慌てたように僕達二人を交互に見る。
「ちょ、ちょっとは、がんばるよ。どれだけ頑張ってもすぐに限界が来ると思うから、あまり期待はしないでほしいんだけどね?
足手纏いにはならない程度には……うん、体力の底上げぐらいは頑張るからさ、ほんと。いや、その、精神的に負担がかからない程度、だけどさ」
しどろもどろに何とかそれだけ言うと、色素が薄く人よりも更に上気したことを考慮しても、より紅い顔を隠すように日が沈んでから脱いでいたマントのフードを目深く被るルゥ。
僕とコウはその様子に堪えきれず少しだけ声を零して笑い、それ以上は追求せずに三人でコウが作った料理を楽しむことにした。
「ねぇコウ」
「ん?」
無邪気そうにこちらを見る少年。
恐らくは料理を褒められるか、批判されるとでも思っているのだろう。こうしたらもっと美味しくなる、そんな言葉を待つコウに僕は冷酷に尋ねる。
「綺麗なおままごとだね。何時食べる予定の材料使っちゃったの?」
僕の言葉にコウは明後日の方向を向くことで答えた。
既に僕達は夕食を終えている。
二週間ほどかけてローレンへ移動するため、一応日帰りのポーチに収まる装備ではなくリュックも持っているのだが、そこまで食料に割けるスペースは無い。
というか馬車に荷物を置かせてもらい、リルガニアで過ごしていた時に使っていた私物を大分処分した上で、道中の獣や山菜を取り食べる前提の荷物事情だ。
当然間食など以ての外。粗末な旅食ではなく、それもウインナーにチーズ。野菜は取ったばかりのものを使っているようだが、一食分のおかずが無くなってしまったことには変わりない。
まぁ、今日ぐらいはいいか。
ルゥの普段とは違う様子も見れたし、長い間もやもやしていたかもしれないことも少し整理できた。
何より美味しいとなれば何時か食べるはずだっただろう将来の食事はあまり気にはならない。
明日美味しい料理を食べるつもりだった。そう思いながら獣に食われて死ぬのは嫌だ。
- その空白を、僕らは可能性と呼んだ 終わり -




