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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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78.空に願いを

「今日は、旅立つには良い日だ」


 ルゥの言葉に僕は新調した短剣の表面に自身を映し、刃こぼれをしていないことを確認するだけで済ませた。

 わざわざ口に出すまでもない。冬は季節の巡りに沿い去り、徐々に暖かくなってきた気温は長袖から涼しい風を潜り込ませ心地よい快感を全身に響かせる。


 見送りはそう多くない。

 未だ王都に残る必要のあるユリアンに、それを手助けするカナリア、そしてその姉であるルナリア。

 それなりに仲良くなったエリーゼや使用人、それとカナリアの両親は少し顔を見せるだけで済まし今ここに残っているのは王都を去る僕達三人と、その三人だけ。


「本当に世話になった、またいつか再会しよう」


「えぇ、近いうちに」


 ユリアンと再会できる日はそう遠くないだろう。

 半年以内には彼もレイニスへ移動するはずだ。僕達もそこを中心に活動していくと決めているので、再び同じ時を過ごすことになるだろう。

 今よりは少し通り距離感、でも手を伸ばせばいつでも届くような場所で。


「アメさん。必要ならば迷わないことですよ……私も決めましたから、共に頑張りましょう」


 コウはユリアンと、ルゥはルナリアと軽く別れの挨拶を交わしている中、皆に声が届かない大きさで喋りかけられるカナリアの言葉。

 少し含みを持たせたような物言いに曖昧に頷く。


「……? えぇ、わかっています。もう、迷うことは嫌ですから」


 頭に残るのはスイの未練。

 僕は今でも後悔するし、もしあの世なんてものがあるのならきっと長い間小言を言われるだろう……僕が同じ場所にいけるとは思えないが。


 ルナリアとも軽く挨拶をし、なにやら僕に感化されたと不穏な言葉を聞き流しながら僕達は屋敷を出る。

 向かうは北の門……ではなく、その近くで待ち合わせている商人だ。

 発展都市レイニスへ帰るにはまず商業都市ローレンを経由する必要があるのだが、それまでの道程を延々揺れる馬車に尻を痛めながら堪えるのは興が乗らなかった。

 そのことを告げると丁度ローレンへ向かうミスティ家に馴染み深い商人が居るそうで、護衛として雇われつつ、荷物やたまに自分達を荷台に乗せのんびり向かうことをカナリアから提案されたのでそれを喜んで承諾した。

 ユリアンからの報酬、大分交渉し減らしたがそれでもまだ手に余るそれを手元や商会に置きつつも、やはり蓄えが増えるというのは安心感がある。

 誰かの護衛をするという機会はあまりなく、見識を広めるためにもその提案は非常にありがたいものだった。


 町を歩きながら少し記憶を探る。

 約一年、それなりに楽しい日々だった。



 ユリアン 草原 森林 争い 決意

 誤認 慈愛 カナリア 信念 愛情

 錯覚 奇抜 同調 対話 ルナリア



 エリーゼにもたくさん技術を学ばせてもらった。

 人と戦うための力、誰かを守るために力……それに、堅物がモテない反面教師にも。

 いっぱい蹴られて、その後訓練が終わった時いっぱい雑談して。


 コウとも思い出を増やせた。いろいろな人と関わるときに見せる僕には見せない顔。

 二人で遊んだことも楽しくて、彼が作ってくれる料理がどんどん上達することも嬉しくて。


 ルゥと一緒にいるのも楽しい、ルナリアとの微妙にかみ合わない様子は傍から見ていて楽しかった。

 いろんなことを、言葉を介さず伝えてくれようとするけれど、今の僕はまだ理解できなくて。でもいつかは理解できるはずで。



 一陣の風が僕を撫で、それが去ると同時に頭に思い浮かべていた記憶も奥底へしまわれる。


 幸福だ。

 そう思い、空を仰ぐ。


「どうしたの」


 そうコウが問いかけて、


「竜が降ってくる気がして」


 そんな答えしか返せない。

 知らなかった、竜が人を襲うものだなんて。

 忘れていた、幸福は竜が降って来て唐突に奪われるものだって。

 今は知っていて、それも覚えている。新たな出会いもあり、新しい旅路も始まる。

 もしかしたら、もしかしたらまた降って来るんじゃないかって、気づいたら空を見上げるのが癖になっていた。


「もしも神様なんてものがいて、僕が幸福に溺れて慢心、傲慢をした時に竜を差し向けるのだとしたら」


 僕はどの程度の幸福ならば赦されているのだろう。

 そんな言葉は出なかった。

 僕は一度目の死の生まれ変わった際、もし出会うのだとしたらそこでしか出会えなかっただろう神を少なくとも覚えていないから信じていないし、一番今近い宗教、イオセム教もやたら体格の良い神父が偶像である神を信じていないのでイメージもつかない。

 それに、言葉にしてしまったら、全てを言ってしまったら、知っていても忘れなくても、新しいほかの条件を満たして竜が迫ってくる気がして。


「そのときは」


 僕の言葉にコウが続く。

 僕ができない事を、彼は言うんだ。


「うん」


「竜と一緒に神様も倒さなきゃね」


 言葉は冗談だ。彼もまた神を信じていないから。

 でも、気持ちは冗談じゃない。神がいるのだとしたら、彼はきっとやってみせる。


 楽しそうに笑うルゥと共に、僕も少しだけ微笑んでみる。

 良いよ、もし必要があるのなら、神様でも何でも竜と一緒に殺して見せよう。

 僕一人じゃそこまでたどり着けないだろう、でも僕達は三人だ。

 僕ができない事をコウとルゥが、コウができないことを僕とルゥが、ルゥができないことを僕とコウで。

 それならきっとできるはず、今までと同じように、これからも。



- 空に願いを 始まり -



 そんな良い気分もすぐに損なわれた。

 ローレンへ向かう際の護衛としてついた商人はえらく無愛想な人だったのだ。

 よろしく。

 その一言だけで自己紹介も、契約の話も何もない。

 当然仕事の段取りや、雑談の一言もなく無言で馬を歩き始める背中を僕達は慌てて追う。


 開拓時の再来だ。いや、それ以上だ。

 レイノアの護衛を勤める無言なシンとは違い、露骨に喋れるけど喋らない、そんな空気を感じる。

 開拓時絡んできた作業員達はまだ良いほうだ。相手の嫌悪感こそあれどコミュニケーションは成立していた、そのやり取りできる環境さえあればどうにかなったかもしれない。

 好意の反対は無関心だ。誰かが言った言葉を思い出す。全くもって同意する、できれば身をもって知りたくはなかったが。


 一日、二日。

 休息時の「止まる」という言葉と、それをやめる「動く」という言葉しか彼からは発せられず、僕達三人の会話も自然と減っていき無言になる時間は徐々に増えてきた。

 関係改善の希望は無い、相手にその意思が無いからだ。目処もまた無い、ミスティ家から紹介された他に彼という人間を把握する材料、それに僕達との間に何かが生まれる余地はなかったからだ。


 僕の頭に浮かぶものはもう日にちだけ。

 もう王都を離れて何日経ったか、リルガニアからローレンまでこのペースだとどれほど掛かるか。

 地図を思い浮かべ、位置関係を把握し、伝聞で聞いた目安に自分達の移動量を当てはめる。

 ……だいたい十四日ほどか、二週間。今歩いていた日数は二日、それもまだ夕方で一日が終わっていない。あと十二日、それに十時間前後。勘弁して欲しい。


「……急げ」


 パシンッと音がした。

 商人の一言と、それに続くよう鳴らされた鞭の音。

 急かされた馬は飼い主が求めるままに足を早々に、積荷を背負って重いだろうに必死で足を動かす。


 唐突にどうしたのだろう?

 馬車に追走しながら周りを見渡し、探知魔法を走らせる。

 特に危険は見当たらない。獣も野盗も、そして今までは近くを動いていた他の商人等の人々も。


「どうしたのですか?」


 思わず尋ねる。

 無論商人の男から返事は無かった。ただ「マズイ」や「どうしてこんなことに」と言った独り言が聞こえてくるだけで。


 疑問を浮かべながら追走すること二十分近く。

 未だ人気の無い街道に、道を塞ぐよう立ち塞がっていた何名かの男達。

 馬で撥ねる訳にもいかず、立ち止まる馬車と僕達。

 雇い主である男の顔に浮かぶのは絶望、対して道を塞いでいた連中の顔には希望……あぁ野盗か。


「おっと、無駄な抵抗はやめてくれよ? 何も馬車ごと寄越せといったり、そっちの嬢ちゃん達を好きにしたいってわけでもないんだ。

ただ少し、ちょっとばかり荷物を分けてくれるだけで、お互い血を流さず円滑に交渉を終えられるんだ。そう悪い話じゃないだろう?」


 リーダー格だろうか。

 コウが前に出て、馬車を守ろうと抜刀しようとしたところでそう制止してくる。

 数は六名。それぞれしっかり武器を持っているし、こちらは商人を数に入れなければ僕達三名しか戦える人間はいない。人数差は、倍。


「どうすればいい?」


 コウはいつでも魔砲剣を抜けるようにした状態で、商人に尋ねる。


「……」


 それに対し商人は無言だった。

 何を考えているのかはわからない、ただ僕達に戦え、そう言うだけでいいのに。



 三対六。

 ……たかが倍程度じゃないか。

 野盗如きが、たとえ人数が増えてもテイル家の私兵やミスティ家親衛隊の人々のような技量を持っているとは思えない。


 そんな人々に約一年間鍛えられてきたのだ。

 無傷とはいかないだろう、そして相手の血を見ることを避けることもできないはず。

 流石にそこまでの戦力差は希望できない。けれど全力でかかれば多少傷つきはするだろうが負ける戦いではない。


 大きく呼吸をする。

 ゆっくり冷静さを吐き出し、興奮を呼吸で取り入れる。

 再び人を殺める時が来たようだ。雇われた人間の務めとして、仲間を守る僕として。

 躊躇う余地はどこにもない。無慈悲に、迷わず刃を振るう必要がある。その時に冷静さなどはいらない。


「おっとだんまりか。一度体にわからせてやったほうが手っ取り早いか?」


 次々と抜刀する野盗達。

 商人は未だに何も発言していない、時間の猶予はあまり無い。

 あの宣戦布告の声は呪詛だ、真新しく光る刃達は過度に輝く忌々しい太陽だ。


「少し落ち着いて」


 コウと野盗達を最前線に、馬車を挟んで後ろに居るルゥが同じく後方にいた僕の隣にふわりと近寄り囁く。


「どうして?」


「どうしても……まぁ説明している時間はないし、一つだけ聞いてくれたらいいよ。

閃電使うつもりでしょ? わたしも手伝うから、あのリーダー格の男に想定している五割を撃ち込んで」


 五割じゃまるで殺せない。

 そう言おうとした文句を飲み込む。これだけ聞けばいいらしいし、後は好きにさせてもらおう。

 ルゥの体を使い急速充電。

 何度かやっているが人と触れ合っている状態で閃電を撃つとき、魔力の反発を利用し夢幻舞踏ではなく閃電の威力補強に利用する。

 相手が雷魔法の性質を理解しているとなお良い。多少体は痺れるが、劇的な速度で必要な威力を用意することができる。


 充電に必要な魔力の動きを敵が察知した時にはもう遅い。

 一撃目の雷は既に着弾している、致死の五割の威力なら尚更だ。


 突然現れる光と音に周囲が動揺する中、雷を直撃した男は体を痺れさせゆっくりと膝をつく。

 ……膝をつく前に、注意がこちらへ逸れた瞬間コウは抜刀せず縮地。

 盾でリーダー格の隣にいた人間を何メートルも殴り飛ばすと、今更痺れ膝をつこうとしているリーダーを支えようとする男を真上に蹴り飛ばし、砕けた顎の音を確認しながら回し蹴り。気の毒にも今度は肩の骨を粉砕しながら茂みに飛ばされていった男。


 そこでようやく攻撃されたのだと理解した野盗にコウはゆっくりと抜刀して尋ねる。


「これで三対四。今手を引くのなら、三対三になる前に円滑な交渉を済ませられるのだけれど、どう?」


 抜き身の剣が添えられているのは痺れている男の首。

 未だ武器を使われていない現実は理解したのか、それに対し野盗達は慌てて武器をしまいながら負傷した仲間たちを引きずりながら逃げていった。


「ほら、やっぱり五割の威力じゃ殺せなかったじゃん」


 僕は次弾用にと溜めてた雷を散らせながらルゥに愚痴る。

 その言葉にルゥは朗らかに笑った。


「殺す必要なんてどこにもないよ。相手は私兵じゃなく訓練もしていないだろうただの野盗、獣相手に冒険者家業で稼ぐことを選べなかった連中は適当にびびらせれば大抵逃げてくれる」


「殺さなくて良いの? 町まで拘束して憲兵に突き出す余裕は僕達には無い、そしてこうやって逃がした野盗は誰かを傷つけるかもしれない」


「相手は子供が多いわたし達を狙った小物の上、その子供相手に逃げ出す程度だよ。その程度の野盗が他の大人であろう人々に勝てる確率、子供達に適当にあしらわれ内部分裂、もしくは改心してまともに働く確率。全部が全部最悪な可能性を引く確率を、冷静になった時で良いから計算してみてて。無理に人を殺める必要なんて、ないんだよ」


 その言葉に僕はようやく、大きく深呼吸をする。

 興奮を吐き出し、冷静さを吸い込んだつもり……でも、まだ戦闘後に落ち着けた気分にはならなかったから、考えるのはあとにしよう、そう思ったのだ。





「いやー驚いた驚いた。お前さん達本当に腕がたつんだったんだな」


 夜。四人で焚き火を囲む中、商人……ようやくカンナギと名乗った彼は今までの態度とは打って変わり明るい様子を見せていた。


「ミスティ家のやつら、貴族になる前からの付き合いだって言うのにいきなり子供のお守りなんて押し付けてきて、情を忘れてしまったのかと憤っていたが全部俺の勘違いだったんだな。

お前達にも今まで冷たい態度を取って悪いことをしたな、あまり多くはないが商品に美味いものがある。それを今日は皆で食べよう」


 ようは誤解していたのだ。

 ミスティ家がどれだけ僕達の技量を報告していても直接戦っている姿をカンナギが見ていた記憶は無い。故に信頼していたと思っていた相手から、護衛役という名目で子供三人を押し付けられたことを邪推……というか当たり前にどういうことなのか考えてしまい、実際野盗に襲われた時に何も話せなかったのは子供達に戦わせる残酷な選択に悩んでいたのか、それとも僕達を囮にでもしようと考えてしまったのか、はたまた連続して続く不条理な現実にただ言葉を無くしていただけなのか。

 まぁ何だって良い。僕が彼の立場なら同じ考えをしてしまうだろうし、こうして誤解が解け和解することにも成功した。まだ商業都市ローレンまでは道程があるし、気まずさに消沈することも無いはずだ。

 ……それに何より美味しいものが食べられている。道中携帯に優れた糧食しか食べられない覚悟をしていたので、こうして予想外に嗜好品を楽しめる現実は喜ばしい。


 星空を見上げる。

 焚き火はパチパチと音を鳴らしながら、その音と演奏するように皆が会話をする。

 甘い香りのする菓子に口腔を満たされながら、五感は今幸福だと叫んでいた。

 その声に僕は尋ねる、あの野盗達はどうなるの? と。声は答えなかった、でも僕は知っている。

 ボロボロになりながらも、この辺りにいる小さいハウンドには勝てるだろう。でも体勢を整えた後、改心なんてする確率など皆無に等しく、また誰か美味しそうな獲物を見つけて襲い掛かる。


 そして死ぬんだ。

 襲われた人々か、返り討ちにあう野盗か。

 僕達が彼らを見逃したのは、自分達の近くで血を流さなかった醜い行為にしか思えなかった。


 でも、それでも。

 千に一の確率でもあるのなら、その一を引いてどうか彼らが真っ当な生き方をしますように。

 既に人の血で汚れた手で、僕は星空にそう願った。



- 空に願いを 終わり -

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