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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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77.何よりも頑強なモノ

 夢、というか寝ている中で僕は記憶をなぞっていた。

 たくさんの命と出会い、そしてその多くの命が奪われている様子を。

 僕と戦ったウェストハウンドがいた、僕が殺した。

 竜が降ってきて、故郷を殺した。

 いろいろな生き物を殺して、腹に収めたり金銭に変えて生きる中一つの兄妹と出会った。

 兄妹と仲良くなり、開拓の仕事をしている最中いろいろな人が偽竜に殺されていた、その偽竜も僕達は殺した。

 町に竜が下りてきて、大切な二人と共に名前も知らない多くの人々の命を奪った。

 人の死から逃げるように離れた場所で、ユリアンと出会った。

 彼を守るために、人と争い、そして僕は殺めた。

 ようやくたどり着いた王都で、再び僕達はいろいろな人々と出会う。もしかしたらまた竜が空から降りてくるのかもしれない。


 でもそれが日常だ。

 この世界の常だ。

 納得なんて出来ない、理解なんてしたくない。

 でも命を奪って奪われて、そんな世界に僕は慣れているのだ。



 目が覚める。

 夢のようで少し違うそれは頭からまだ出て行く様子は無く、体が冷え切っている気がして僕は自分の体を抱きしめる。

 一人一人個室、それにベッドを与えられている現状ルゥが隣で寝ている理由なんてなく、また個室全てに暖を取れる物品が置かれる余裕も流石に貴族には無い。

 体を起こし、掛け布団から逃れていく熱に少し名残を感じながら窓を見る。


 雪が、降っていた。

 以前降った雪が、ようやく溶け始め大地が見えていたのに、それを包み隠すように少しずつだが白いものが空から舞い降りる。寒いわけだ。

 今日は魔砲剣の弾に魔力を込め終え試射してみる日。とてもじゃないが街中、屋敷の中で出来る行為ではない。その威力がどれほどのものか想像できないからだ。


 雪が強くなる前にさっさと済ませてしまおう。

 そして帰ってきたら外套が被った雪を払い、乾かしながら僕はお風呂に入るんだ。



- 何よりも頑強なモノ 始まり -



「ルゥ、起きて……起きろ!」


 布団から出ようとしないルゥを僕は叱責する。

 意識が既にあるのはわかっている、ただ布団を放し寒い空間に身を投げるのが嫌なだけだ。


「……春は死んだんだ、冬の寒さに勝てなかったんだよ。今年からはもう春は二度と来ない。凍え死んで雪に埋もれているの、その体を腐敗させてしまうこともなく」


「はいはい、詩的なことを言ってもルゥが寒さに抵抗できないわけじゃないでしょ。そんな様子だと二人で出発するよ」


 暑いよりは寒いほうが好きだと言っていたルゥに、周りに調和するよう動きたくなる言葉を送る。


「行く、行くから少し待って」


 その言葉を確かに聞き、僕は外で待っているコウと合流する。


「ルゥ、起きた?」


 彼の姿は完全武装だ。

 コートを羽織り、厚着。

 手にはいつかルゥから貰っていた指貫グローブに、腰には魔砲剣。

 左腕には盾を持ち、その内側には一つだけ魔砲剣の弾が添えられていた。もう一発は既に装填済みだろう。


「うん、何とかね」


 対して僕の姿も珍しく仕事着だ。

 コウのように重装ではないがポーチに道具一式を詰め込み、取りやすい腰の場所に短剣をぶら下げている。

 これから一ヶ月野営しろ、と言われても大丈夫だ。まぁ寒いのでしたくないし、郊外に出るので一応装備は十分にしているだけで。


「おまたせ」


「ほんとだよ、廊下は室内より寒いんだからね」


 ようやく支度を終えたのか出てきたルゥも重装備。

 いつも通り寒いと言いつつもミニスカートを穿き、ラフな格好に見える上着にマント。

 ただ腰にはユリアンに用意してもらった変形槍と、二本の短剣を備えている。

 やたら重鈍になびくそのマントの内側にどんな物を仕込んでいるかは僕達も知らず。


「行こうか」


 朝食前、いつも通り訓練に行くように僕達は郊外へ向かう。

 ルゥは何故かいつも跳ねている癖毛を、本気で直そうとは思わずおまじないかただの癖かで撫でていた。



 西の郊外。

 十分人気が無くなり、辛うじて獣が襲ってこないような中途半端な位置で僕達はそれぞれ武器を試すことにした。


 まずは変形槍。

 思い槍……既に本来の名前を思い出せないそれをルゥは気の向くまま振り回す。

 突いて、薙いで、柄を振り上げて、気づいたら鎌に変形しているそれを今度は地面に溜まっている雪を散らしながら斬り下ろし、体を回転させながら大振りに二度バツを描くよう斬り結んだら満足したのか収納しやすい形態に戻してしまおうとする。


「僕にも触らせて」


「はい」


 簡単に渡してくれたそれを手に持って確かめる。

 世界一凄い鉱石! と言われるような迫力は持っただけでは感じ取ることはできず、魔力を込めると槍の状態に変形する。


 ……僕には過ぎたものだ。

 正直普通のロングソードですら両手で持つのが一番扱いやすい。

 槍に至っては重い棒切れを必死に持ち上げる様だ、まぁこの武器はほとんど重さを意識しないほど軽いが、重量を無視しても長柄の武器というだけで扱いづらい。


 何度がぎこちなく振り回し再び変形。

 ……少し、少しだけ槍から鎌へ変形する武器に心惹かれながらも、更に扱いづらい現実に気後れする。

 槍の状態だと刃の部分全体に渡り重心が渡り、所謂先端に集まる重さがある程度は扱い安いものに収まっていた。

 けれど鎌の状態はそんな慈悲も無い。無慈悲にも先端に重さが偏り、あろうことかそこから縦ではなく横に刃が伸びる。

 鉄よりも軽い魂鋼でこれだ。大鎌とは言わず、こうした長柄武器を巧みに操る人々には心から尊敬の念が溢れる。


「撃って、みようか」


 コウも少しだけ変形槍を操り、それを終えたとき魔砲剣を取り出しながら宣言する。

 僅かに緊張を孕んでいたのも無理はないだろう、どれほどの威力が出るかわからないものを、たった二発しか今日は試すことしかできないのだ。

 二発撃ってしまえば、また空になった弾に寝る前余った魔力をコツコツと数日溜めるしかない。


 標的に選んだのは一本の木だった。

 生き物相手、もちろん僕達を標的にするのは論外。

 二十メートルほど離れた一本の木を狙い、コウは脚を広げて姿勢を整える。

 剣を構える腕はまっすぐ横に伸ばし、左腕は痛みを堪えるように腰で盾を握る。


「行くよ」


 そう言って放たれた一つの弾丸。

 弾頭なんて物も存在しない。弾に込められた魔力を、銃口が吐き出しただけだ。

 そこで僕はようやく魔砲剣なんて名前がつけられていることを理解する。

 これは銃なんて優しいものじゃない、文字通り大砲のようなものだ。

 ダン、どころかボンと形容するような鈍い音を立てて、可視化できるほどの魔力の塊が青白い軌跡をバシュンと歌いながら描く。


 瞬く間に木に着弾、そして木は……倒れない。

 弾は、発射された魔力は確かに木に触れたはずだ。現に着弾しただろう箇所が煙のように青白い粒子を舞わせているのがわかる。

 慌ててその木に近づいてみるが、ほんの少し丸く表面を抉られているだけで他に損傷は見当たらない。


 粗悪品を掴まされた? コウとユリアンが何度も調整を重ね、入念に選んだ職人達が?

 ありえない、ユリアンの言う一生に一度の願いがそんなミスを犯すはすがない。

 二十メートル、その距離をコウの隣へ戻りながらいろいろな想像が頭を過ぎり、その全てが間違いだったことをすぐに知った。


「木は、少しだけ……」


 僕の報告にコウが言葉を重ねる。


「腕、折れた……」


 んな馬鹿な。

 腕をだらんと提げたまま呆然と立っていたのは威力が期待に副わなかったからじゃない、ただ負ってしまった傷に堪えていたからだ。


「多分次は全力で制御したら折れないと思う。でも移動しながらとかだと、どうしても発射した反動で骨にヒビとかは入ってしまうかな」


 銃は走りながら撃ってはいけないと聞く。まるで目標に向かわず、ただの弾の無駄だからだ。

 魔砲剣も走りながら、いや移動しながら撃ってはいけない。目標には当たるだろう、でも腕が壊れる。


「じゃあ失敗作って線は無いのか」


 反動は確かに存在する。

 レバーを引き、無造作に雪に落ちる空になった弾も仕様通りだ。

 これで威力だけ、その一点のみを見て失敗作だとは言えない。何かが間違っているんだ。


「至近距離で撃ってみたら? 一メートル先にある木を撃つ感じで、できれば二本三本距離を開けて巻き込めたら良いと思う」


 ルゥの提案にコウは初めからそこに至っていたように頷き、移動。

 既に治りきっているだろう右腕の調子を振ったり、手を握ることで確かめて左手で持っていた魔砲剣を再度右手で構える。

 三本、だ。

 一メートル先に一本、次に五メートル、最後に十二メートル。

 それだけ巻きこめる位置を見つけ、再び構える。


 短い合図に、発射時の轟音。

 それから遅れて軌跡を僕達は認識する、その軌跡が木に触れるたび、魔力の塊はまるで水の中を泳ぐように、空気を掻き分けるように木を通り抜けた。

 一本、その身のままの空間を抉り二本目。体積を減らしながらも三本目へ到達……そして、消えた。

 その様子を確認したかのように木が一本倒れ始める。木の葉が地面に全て触れるまで待って、三人でそれぞれの木に歩み寄る。


 一つ目の木。唯一抉れた体積が多すぎて自重を支えきれず倒れたもの。

 傷口はあまりにも綺麗過ぎた。

 本来なんらかの形で木を切り倒すと、どうしても木埃や傷口にささくれが生まれてしまう。

 でも魔砲剣で撃たれた木にそのどちらも存在しなかった、もともと木があったという事も忘れてしまうほどに、木という存在を奪っていた。


 二つ目の木。

 どうにか貫通することはできたのだろう。でも魔力を全て保持したままその弾が通り抜けることできず、濃度の強い中心部分が最後まで残って通り過ぎたように傷口は反対側へ向かうほど細く鋭くなっている。

 三つ目は想像通りだ。

 魔力のほとんどなくなった魔力弾は、はじめに二十メートル先の木を狙った時のように表面に少し傷を残しているだけ。


 魔力の距離減衰だ。

 魔力が外的要因でその量を減らす理由は主に二つ、距離による減衰と、他者の魔力に反発し削られてしまうこと。

 この魔砲剣の一撃は、その前者の性質を強く受けてしまうのだ。

 本来魔力は炎や風などに宿し、その自然的な要素に指示を出しながら徐々に力を失っていく。

 でも魔砲剣は純粋に魔力を飛ばす。外敵を排除する、その純粋な目的のためだけに、魔力そのものを発射し対象を貫くのだ。

 

 シンプルが故にそれ以外を知らない。

 射程距離も、過剰な威力も、複数を貫ける持続性も。

 その剣、純粋が故にそれ以外を見ない。

 使い手への反動も、弾を用意する面倒さも。

 まるで祈りだ。穢れを知らず、純白すぎる願い。

 ただそれだけを求める、対象の死を求め、それ以外を一切考慮しない。

 ――この剣は、砲撃は貫けないものを知らない。


「……遠距離武器じゃないね、これ」


 コウが呟く。

 僕は答える。


「凄く長い槍だ、威力も凄い……たくさんの条件付で」


 声に混じっていた感情は感嘆か、それとも諦めか。



 二つの武器を試すのは次の段階へ移った。

 というかもう今日は魔砲剣を撃てないので、数日コウが寝る前に余った魔力をゆっくり込め終わるのを待つしかない。


 試すのは強度。

 世界一優れていると称される魂鋼でできた変形槍に、二番目に優れていると言われている竜鋼でできた魔砲剣はどれほど硬いのか。

 試す手段は簡単だ、まず哀れな使い古された僕の短剣を置く。そこにコウが魔砲剣を振り下ろす……短剣は真っ二つ。


「あ゛~~! 結構気に入っていたのにー!!」


 長い付き合いだった。

 開拓から帰ってきて買いなおしたのが最後か。

 それまで幾つもの死線をともに潜り抜けてきた中だ……主にユリアンの手の中で。


「ごめんっ……ここまで柔らかいとは思っていなくて!」


「まぁ……いいよ」


 ともあれコウが全力で無防備な短剣に振り下ろしたら、たとえ合金だったとしても金属を断ち切れるのか。

 次は魔砲剣を地において、先の一件があったため慎重に力を調整しながら槍で叩きつけるルゥ。


「これ以上は傷つけるかも」


 何度か打ちつけ、ある程度の段階でストップ。

 様子を見るにルゥが全力で斬ると、竜鋼を傷つけてしまう、程度の質の差があるのだろう。

 逆に言えば魂鋼でできた槍をどれだけ振るおうと、ルゥには竜鋼を両断することはできない。

 コウが槍を持ったら話は変わるだろう、おそらく全力を出せば竜鋼を断ち切れる。


 ただこれが戦闘となると話は別だ。

 最良の状態でいつでも攻撃できるわけじゃないし、相手も無防備に攻撃を受ける道理は無い。当然武具に込められた魔力のおかげで、竜鋼も魂鋼も、他の物質全てを無条件で断ち切るなど不可能に等しい。

 コウとルゥのような技量の差も関係してくる、対人戦で決定的なカードにはならないし、竜を相手に容易く傷をつけることも無理だろう。

 けれど、だ。コウは二発といえどまさに必殺の弾丸を持っているし、ルゥだって会心の一撃を叩き込めるチャンスがあるのであれば刃を振るうだけで竜にダメージを与えられるはずだ。


 希望的過ぎる……かもしれないが、それだけのものを感じてしまうほど魂鋼と竜鋼という鋼は驚異的な力を秘めていたのだ。



- 何よりも頑強なモノ 終わり -

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