76.追憶する想い
秋が過ぎ、冬が訪れた。
寒さに動きたくない欲求が高まり、自主訓練を行う時間は減っていったが親衛隊に混ざり行う訓練は当然減らなかった。
まぁ大した問題じゃない。
発展都市や、寒空の下に比べたらこの屋敷は天国だ。
流石に個室一つ一つに暖房を置く余裕は無いけれど、応接室や食堂にはストーブや暖炉が置かれており身を温めることができる。
そして何より、お風呂。
普段入るお風呂も格別だが、冬に入るお風呂は更に素晴らしい。
最近では湯を沸かすための水を自分で汲み、魔法では流石に沸かしきれない大量の水を熱するための薪は自分で取ってくることもあった。
ただのタダ飯食らいではないのだ、お風呂当番も出来る凄い客人。
……そろそろこの屋敷ともお別れと考えると少し寂しい。いや、決してお風呂のことだけではないのだけれど。
- 追憶する想い 始まり -
「それで前回の訓練でも、アメはエリーゼに蹴り飛ばされていたんだよね」
嫌な話題をふるのはルゥ。
ルナリアとのお茶会の中、コウも交えて四人で会話するとルゥとルナリアの微妙な相性の悪さも見えなくなる。
最悪三人でもルゥをいつも通り表に出さないようにすれば何も問題は起きないのだけれど。
「それ、以前もアメの口から聞いたね。なんだい、もしかして親衛隊の中では蹴りがトレンドなのかい? それともアメかエリーゼにそんな趣味があるのかい?」
ルゥの言葉にルナリアは乗り、僕をいじめるようにからかい出す。
まぁ、なんというかもう慣れた。
「魔法がある以上どうしても体重の価値が減ってしまうんです。蹴り飛ばす……まぁ同体格の相手ならば投げ飛ばすのはかなり有効な戦術なんですよ」
実際エリーゼや他の親衛隊の人と実戦形式の訓練を行った際、僕が柔道の技を用いて彼らを投げ飛ばすことも少なくは無かった。
もし出来るであれば、翼の無い人間を空中に浮かし続けて攻撃するのは戦法として到達点の一つでは無いだろうか。格闘ゲームは真理だった?
「というか僕の魔法抜きでの戦闘力を笑うのなら、ルゥとコウが勝負をした時のこともネタにするべきじゃないかな」
矛先を向けられたルゥは紅茶に逃げる。
名前を出されたコウは一瞬こちらに視線を向けたが、食べている菓子が余程美味しいのかだらしなくソファーに姿勢を崩しながら咀嚼を再開した。
今更ながら女三人の中男一人は居心地悪いものではないのだろうか? ……まぁそれこそ今更か。普段女二人男一人で活動しているし。
「何があったんだい?」
「一撃で気絶したんですよ」
興味深そうに尋ねたルナリアに、一言で告げると思わず彼女は笑い声を上げた。
「あはっ、あははははっ……いや、失礼。日頃の鍛錬の差こそあれど、そう容易く気絶なんてするものなのかい?」
視線はルゥへ。
「被告。ほら説明しなさい」
受けられた視線をルゥは更にコウへ向けた。
「……いや、直前にエリーゼと訓練した後でね。その頭に血が上っていたというか、冷静じゃなくて加減を間違えたというか」
エリーゼはミスティ家が抱える私兵の中でもかなり精鋭な人間だ。
そんな相手に激戦を繰り広げ……倒した直後ルゥを相手したコウは尋常じゃない。
「裁判長、判決は?」
ルナリアは僕にオチを求める。
言葉は既に決まっていた。
「ルゥが、悪い。もっと体を良く鍛えましょう」
二重丸、丸、三角の評価ならば迷わず三角だ。
「やだやだ! わたしは悪くない!
冷静に考えて? わたしは最低限体を鍛えてるの、アメみたいに際限なく体を鍛え続ける必要は普通ないの!
それどころかコウって化け物じゃん。エリーゼ相手に戦って消耗どころか、手負いの獣状態。
わたし言ったよ? 言ったよね? たまには訓練しても良いけど、今のコウとだけは無理って。それをまぁまぁとか推したのはアメだからね」
そうだっけ?と記憶に無く首を傾げる僕に、ルゥはクッションを掲げてコウを叩き始めた。
このこの!と何度も打つルゥに、やめてって笑いながらそれを受け止めるコウはなんというか子供が大人にじゃれているレベルだ。
これも、いつもの日常。僕とルナリアはそれを微笑ましそうに見つめるだけ。
「なんだ、楽しそうじゃないか。今度は何がきっかけだ?」
そう言いながら応接室へ入ってきたユリアンとカナリア。
二人とも両手に収まりきらない丁寧に梱包された何かを大事そうに持っている。
「いや、またルゥがふざけてるだけですよ。今日も暇を作れたんですか?」
最近はこうしたお茶会に参加できる機会も増えてきた二人に僕はそう尋ねる。
「今回はもっと大事な用件だ。コウ、ルゥ。例の物が届いた」
名前を呼ばれた二人が続いていたじゃれあいを急遽止める。
まるで時間が止まったように、世界が切り替わったように真面目な顔になったかと思えば神妙に席を立つ。
例の、と言えば二人がユリアン達といろいろ動いていたアレだろう。僕もそれなりに興味があるので隣に並び立つ。
「まずはコウ。頼まれていた武器、魔砲剣だ」
差しだされる梱包されたそれを、ゆっくりと解き、鞘に収まったその剣を抜き取るコウ。
緑色の刀身に、強引に付けた様に見える銃口のようなものが印象的だった。
「材質は竜鋼、現在確認されている鉱物の中で二番目に頑強なものだ。比較的入手が容易だったことと、ある程度の重さに頑丈性を考慮してこの素材が最良だと判断した。非常に火に強い、いや火を食らうような特性も、炎竜と対峙する際何か役に立つかもしれない」
火を、食らう?
あえてその物言いに言い直したことを気に留めつつも、僕はコウがそれを片手で重さを確かめるよう振り回すのに見惚れていた。
刀身はロングソードよりも分厚く、また銃口が存在するため重さは普通の剣と比較にならないだろう。
けれどコウはそれを意に介さない。重ければ重い分だけ、軽ければ軽い分だけ彼はそれに合わせ動いてみせる。
「魔砲剣は騎士団に普及させようとして失敗した欠陥品だ。
量産できるほど安いものではないし、対集団戦を想定したのにもかかわらず発射には適切な体勢を取った上、短い有効射程が付きまとう。
弾も問題だ。発射する本人が込めた魔力を撃ち出す媒介だが、その弾が満ちるほど魔力を込めたら一日に二つしか弾を生成することは出来ないほど魔力を食らう……挙句、撃ち出す人間は魔力を込めた人間と同人物であることに限られる」
本来は兵器のように開発されたものなのだろう。
戦争で扱われる銃のように、そういった着想を基に作られたにも関わらず完成品はこの有様だ。
魔法という存在が世界にある以上、遠距離武器として実用足りえる威力を実現したらその威力以外全てを失ってしまったようなものだ。
射撃時の反動は酷く、弾に溜めた発射される魔力が銃口から放たれ、殺傷力を秘める距離もまた完成した段階では遠距離戦を想定するには短すぎた。
更に弾の性質。大量の魔力食らい、他者に充電行為を代替してもらうことも不可能。
「でも、それでも威力だけは最高峰だ」
ユリアンは告げる。
これならば竜の甲殻を容易く貫けるだろうと。
コウはその言葉を信用し、一度装填した弾を排出するためにレバーを引き、床へぽんと吐き出されたそれを仕方無さそうに笑いながら礼を告げる。
「ありがとう。望み通りだ」
欠陥品……けれど世界で数少なく竜に対し武器と扱えるそれを受け取ってコウは笑った。
弾は二発。使い回せるが拳ほどのそれはかさばるし、移動しながらの戦闘だと無造作に排出されるそれを回収することは難しいだろう。
「ルゥさんの物はこれです……武器と魔道具の職人の皆さんが苦笑いしていましたよ。これを考えた人間はよほど頭のネジが飛んでいるに違いない、と」
「わたしもそう思う……でもこうも言っていたんじゃない? いい経験になったと」
カナリアはその言葉に微笑みながら無言で頷く。
ルゥが梱包から出したそれは一見鈍器に見えた、もしくは肉切り包丁か。
青白い素材で構成された武器は、複雑な機構を強引にコンパクトに収められたようにどこがどうなっているかわからない。
けれどルゥは迷わず柄と思われる部分を掴み、魔力を込めたせいか人に当たらない場所でその武器が文字通り展開されていく。
生まれたのは槍だった。
薄く、鋭利で、それにルゥが扱うには丁度良さそうな長さの槍。
いつも持っているグレイブと同じだ、突くだけでなく先端部分で叩ききる事も出来るような。
けれどそんなことをしたら折れてしまいそうなその薄い武器は、未だ無駄な部分が存在している。
刃の部分、そこに最低限ではない部位が存在しているのを注目していると、再度ルゥが魔力を込めたのかそこを起点に武器が変形する。
無駄だと思っていた部分は変形機構で……刃を支える根元だった。縦に伸びていた刃は今はもう横に寝ており、その姿は農具、いや鎌だった。
「……その形体、使い物になるの?」
声を震わせながら思わず尋ねる。
笑わないので必死だった、変形武器に、鎌。あとワイヤーでもどこからか射出できるのであれば思春期が大好きなものを全て詰め込んだ武器の完成だ。
そのルゥらしいロマンを詰め込んだ武器は嫌いじゃない、けれど似合いすぎて笑いが込み上げてきそうだったし、背中を預けて良い武器なのかだけは判断したかったので問いかけた。
「一応、ね。獣相手じゃ無理だけど、人間相手ならそれなりに出番はあると思う。
同じ突くでも槍とは全然勝手が違うから防ぎ方を変えないといけないし、振り回している最中変形すれば、相手が対応できないのなら首を刎ねるなんて容易い。まぁでも趣味だよ……うん」
最後らへんの言葉はルゥも苦笑いだった。
槍そのものでも剣とはかなり扱うには勝手が異なる。質量が同じだとしても長さが変わってしまうと、途端に人はそれを持て余してしまう。
重心が先に移っているグレイブなら尚更、更に重くなったハルバート等はより酷く。大鎌がどれほど扱い難いかは触っていない僕にも容易く想像できた。
ルゥは梱包されていた中に含まれていた大きなベルトを私服に巻きつけ、腰の後ろのほうに槍に変形する前……持ち運びの容易い大きさでしまいその重さを確かめ満足そうに頷いた。
そこは本来ならば双剣の片方がしまわれるスペースだ。もし今までと同じように短剣も持ち運ぶのなら違う箇所のベルトに差す他ないだろう。
と思い注視してみればちゃっかりオーダーメイドであるだろうベルトにもそのスペースは用意されていた。
「素材は魂鋼、世界で一番優れていると称される鉱石です。
ルゥさんの望むものは複雑な機構を戦闘で壊されないほどの強靭さと、まだ幼い体が扱える軽さを兼ね備えている鉱石を求められていました。魂鋼はその両方を満たす唯一の鉱石、偶然入手できたのは運が良かったです」
「やっぱり高いんだ」
ルナリアが解説する妹に向けて笑いかける。
「いえ、そうでもないんですよね。この鉱石はあまりにも珍しい……珍しすぎて、価値を理解している人間もあまりいないんです。
今回も売っているのを見つけるのには時間がかかりましたが、提示されている値段は"よくわからないけどちょっと凄い"程度の物でした」
カナリアが囀る様に笑う様子で、僕は物好きな雑貨屋がいろいろな品を売っている光景を容易に想像してしまった。
きっとその中にあったのだろう。よくわからないガラクタを大量に売っている中、どこから入手したのかも忘れてしまった鉱石かそれで作られた物品に適当な値段を付けて。
「名前の由来ってあるんですか?」
僕は気になって尋ねる。
魂と呼ばれる鋼、そしてその青白い色合いが妙に頭に残る。
「……どこで採れるかも未だわかっていないんです」
あぁ、だから魂なのか。
どこから来たのかもわからない鉱物、存在したとしても非常に希少で、こうして手元にあっても本当にそこにあるのかを疑ってしまう。
なるほど、魂鋼と名付けた人はそれなりに皮肉と言うものを理解しているようだ。
「名前は、あるんですか?」
今度の質問はカナリアからだった。
きっと武器の名称。コウが持っている剣は魔砲剣。じゃあルゥが持っている武器はなんなんだろう、と。
槍でもない、鎌でもない。そのどちらでもなく、どちらでもある新しい武器を彼女がどんな名前で呼ぶのかを楽しみに耳を澄ませる。
「群としての名前は無いよ……あったんだろうけど、忘れちゃった。ただこの武器にわたしは名前を付けようと思う、個としてこう呼んであげよう」
"追憶する想い"
「……その心は?」
本来の意味は見つけられなかった。
けれど見えているオチをつけるために僕は尋ねた。
「思い槍ってね」
しょうもないネーミングに、僕達は誰から始まったのかわからない笑い声に包まれる。
きっとあれだ、絶対にあれだ。思い槍ってみんなが、ルゥが呼んでしまって、本当の名前なんてすぐに忘れさられちゃうパターンだ。間違いない。
結局ルゥの槍は、武器種としては変形槍と呼ばれることになった。
多分これを作ったくれた職人の皆さんが二個目を作ることは……ない。
- 追憶する想い 終わり -




