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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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75.たった一つの望み

 春が過ぎ、夏が訪れても日々は変わらなかった。

 町は賑わうが、僕達に出来ることはたいしてなく、あまり変化のない案内所の様子を後にして夏であることも忘れた。


 秋が訪れ、そろそろ中庭で昼寝も厳しいと思い始めた頃、後ろから声をかけられる。


「アメさん」


 そう僕を呼ぶ声はあまり多くない。

 皆呼び捨てだったり、使用人だと様を付けてくるし、エリーゼは呼び捨てで良いといってもお互いに譲らず結局無難なアメ殿で落ち着いた。

 僕が言うのもなんだがもう少し気軽に人生を生きるべきだと思う。そんなんだからモテないんだ。容姿も良いし、能力もあるのに融通の利かない性格だけで。


「なんでしょうか」


 相手はカナリア。声をかけられる前から誰かは知っていた。

 音で何となくわかるのだ。立場から歩き方が、一歩の重さから体格が、足の運び方から慣れている人間か。

 それに死角に人を感じると思わず探知の魔法を走らせてしまう、すると魔力の質や量もだいたいわかる。

 これだけの情報が揃えば長い間屋敷にお世話になっている僕達は、相手を見ずに誰かを判断することは容易い。


「ユリアンが呼んでいます。少し大事な話なのですが、できれば手を離したくないとのことで。

何か大事な作業をしているのであれば、こちらに彼を呼んできますが」


 徐々にユリアンの立場は落ち着いてきている。

 貴族の方々はミスティ家のついたリーン家と、それに対峙するテイル家どちらに身を寄せるか判断し、今彼とカナリアは諸々の後処理をしている段階にいる。

 もしかしたらそろそろ僕達に対し報酬を用意できる頃合かもしれない。まぁ流石に今回は別件だろうが、今忙しいと言うユリアンの時間をわざわざ僕が奪う通りはない。


「いえ、こちらが向かいます。ただ昼寝を……風を楽しんでいただけなので」


 できればいつものようにルナリアが植えた花の傍で、うたた寝を楽しみたかったところだが、今日は肌寒い日だった。

 特に他に何かする予定は無かったので、寝ないにしても何か用事を思いつくまでのんびりしていただけだ。


「秋風は、アメさんにとって心地良いものですか」


 僕の余計な一言に、意外にもカナリアは乗ってくる。

 最近は時間に余裕が出来始めたのか、それとも時間が僕達の距離を縮めたのかこうして雑談をする機会も増えてきた。

 彼女からそれを始めたのならば、余計な気を使って避けることもないだろう。


「秋は、良いものですね。気候もそうですが、春や冬よりは精神的にも楽です。

もう少し寒かったり暖かいとどうしても思い出してしまうんです、今まであったことを」


 冬は故郷を失った季節だ。その後に続いた町への行進も地獄のようなものだった。

 春は友を失った季節だ。竜への復讐を誓った後、新たな友を得てそれを守るために人も殺めた。

 ……そう考えると悪いものばかりじゃない気がしてきた。喪失だけではないのだ、失った後には必ず出会いが待っていた。今目の前にいるカナリアもそうだ。

 まだ仲の良い友人とまでは言えない段階だが、気を置く必要は既にない。もし時間ができれば彼女との距離ももう少し詰められると思うが、その時は僕達が王都を去る時期でもあるだろう。


「春の行進はそれなりに良かったものだとユリアンは語ります。一生で一度しか得られない経験を積んだと、良く笑いながら話してくれるんです……ハウンドの肉は、固い地面で寝ることよりも厳しいとも」


 僕はその言葉に苦笑いしか返せなかった。

 こちらにしてみればどっちもどっちだ。町に居ればどちらも選びたくはなく、外で過ごせばどちらも選べるような。


「冬の行進を味わえば、きっと肉のほうも慣れると思いますが」


「……軽く話だけは聞いています。えらく厳しい旅路だったそうで」


「はい、春の行進がピクニックに思える程度には。この話は長く、そしてつらいものでもあります。今語って聞かせるにはいろいろと不都合でしょう」


 その言葉にカナリアは頷き背中を見せる。

 無言で背中を追おうとする安心感に、何故か無性に空を見たくなった。

 仰ぎ見たのは綺麗な空、きっと今夜は星が綺麗に見えるだろう。

 視線を下ろし、歩みを進めようとして勢いがつき過ぎたのか地面に目が留まるものがあった。


 一輪の花。

 気高く、空に向かって伸びているが、日陰の都合か一人だけ別の方向を向いて育っているそれ。

 黄色い花に、僕は自分を重ねた。

 色合いが好ましいこともそうだったかもしれないが、真っ直ぐに成長してはいるが皆とは別方向伸びるそれに自分の過去を幻視する。


 少し悩んだが腰を屈め、根元から切り取る。

 後で押し花にして、栞にでもしてやろう。


「どうか、しましたか?」


「いえ、なんでも。すぐに行きましょう」


 少し立ち止まった僕に疑問を抱いたカナリアをやり過ごしながら、ポケットに傷がつかないよう花を押し込み歩みを再開する。



- たった一つの望み 始まり -



「良い知らせと悪い知らせがある、どちらから聞く?」


 部屋に着くなりユリアンはこれだ。同席しているのは案内してくれたカナリアと、コウとルゥも居た。

 ユリアンは作業を止めてはいるが気持ちはどこか急いているのが見て取れて、さっさと話を終わらせてあげようと適当に答える。


「良い知らせからお願いします」


「あの炎竜は未だあの地域に住み着いているらしい」


 ……本来ならば悪い知らせだ、これは。

 けれどユリアンは僕達の事情と、決意を知っている。

 だからこれを良い知らせに分類した、例えレイニスの近くに脅威が残っている現実だとしても、僕達の手が届く範囲にやつが留まっているのは好ましい。


「悪い知らせはなんですか?」


「国は竜を討伐することを諦めた。軍隊で攻撃したことが逆鱗に触れたと判断し、多勢で攻撃しないのであればあの竜は人に害を成さないとの判断だ。

レイニスから西の領土は伸び悩むことになるがまだ他に手を伸ばすべき場所があるし、騎士団の犠牲も多く無理はしたくない判断かと思われる。

少数……二桁に満たない人数ならば竜に挑むのは自由との返答も返って来た」


「そうですか、ならその知らせは共に良い知らせだったと僕は思います。あの竜をこの手で殺す舞台が整っているのだから」


 大事は無い。むしろ邪魔が入らなくて楽になる方だ。

 準備を整え、いざ首を落とすだけ。そんな段階で国に横槍を入れられるのは不愉快だ。


「いや、そうじゃない。竜を排除するために集めただろう資料は寄越せないと一蹴された。国はこれからも竜に関する情報は集めるだろうが、絶対量が少なくなる以上どこからか漏れ出すことも期待できそうにない」


「……それも、あまり問題にはならないです。元よりいくつかある希望の一つに過ぎなかったので」


 僕達による僕達のための復讐だ。

 あまり人の手を借りないことが望ましいが、厳しい場合は国や、それに動いているかもしれないエターナーを利用する程度の考えだった。

 自分達を主軸に動く、それが揺るがないのであれば他に気を配る必要は無い。


「そうか、ならば良い。用件はもう一つある」


 ユリアンは僕達三人を見て、最後にカナリアと視線を交わし一度こくりと頷いて口を開く。


「報酬の目処が立ちそうだ。ミスティ家に頼ることなく、リーン家のみの資産で、建て直し始めた家に影響を与えることが無い段階だろう」


 やたら持って回った言い方をする。

 そもそも貴族がどれだけの金を普段動かしていて、今リーン家の手元に自由に動かせるお金がどれほどあるかは想像できない。

 けれど少なくとも、僕達三名に一ヶ月護衛を頼んだ金額を払うのはそう難しいことではないように思える。

 こちらへ来て半月。レイニスやローレンにお金が大量に置いてあったのなら違和感の無い期間だが、何かひっかるところを感じる。


「そうですか。一ヶ月護衛をした金額に、必要ならば戦闘が生じた分足して、こちらに滞在している費用を減らしてもらって構いません。ただそれ以上を、分不相応な金額を受け取るつもりは無いですよ」


 すり合わせが必要だ。認識の。

 人によって価値観は大きく変わるし、実際ユリアンの父親は僕達を大きく買って手中に収めようとした。

 血筋や、密接に過ごし過ぎて情というものがあるかもしれない。そしてそれは僕にとっては必要の無いものだ。

 確かにユリアンを助けたのは大変だったし、一緒に過ごして仲良くなれた。でもあくまで竜を倒そうとしたとき、ルゥが道をそれ一人死にそうなところを成り行きで共に助けたに過ぎない。

 もちろん半年以上時間を半ば束縛されているような期間が生まれたのは事実だし、その間働いた分の報酬は本来別の場所で稼いでいるはずだろうだった分程度には欲しい。

 でもそれを超えてしまうのは何か違う。情と契約関係という相容れぬ交わりの中でのやり取りなのでもどかしい部分はあるだろうが、こちらには譲れない部分があるのだ。


「それは理解しているつもりだ。実際に数字として提示した時、互いが納得できるラインを調整したいと思う。

ただそれとは別に報酬を用意したいと思っている。三人で三つ、一人一つだけ、なんでも願ったものを叶えて見せよう」


「……どういう、ことですか」


 吐き出せた言葉は震えていた。

 同じ認識を抱いていると持っていた。概念を観念に変え、共に共通できていると。

 仕方ない、そこから調整するものだ。理性が主張する、その主張を怒りが一瞬で飲み込む。

 でも、それを辛うじて表に出さず、詳細を尋ねる言葉に留める事は出来た。


「何だって良い、富でも名誉でも欲しいものは渡してみせる。

不可能なものだって良い、国が欲しいと言うなれば一生を掛けて尽力して見せるし、星を落とせというならば何世代に渡っても技術を発展させて見せる。

……私が所有する資産が全て欲しいのならくれてやるし、この命を望むのなら刃を突きたてて見せる」


 正気か。

 カナリアを見る、動揺した様子は無い。むしろ浮かぶ感情は納得、共にその命を寄越せというのなら彼女も同様に差し出してくれるだろう。

 会話を始める前視線を交わしていたことを思い出す。あれは、僕達の望みで何が起きても構わないという覚悟。あの時二人の間では命を捨てる覚悟だって済まされたのだ。


「矛盾、しています。例え話だったとしても、それはあまりにも狂っているっ」


「間違ってなどいないさ。あの日、皆が助けてくれなければ今ここに存在する私も、資産も全て消えていただろう。それを今、必要とあらば返す時が来ただけだ」


「ふざけっ……!」


 何のために僕達が頑張ったと思うのだ。

 何のためにルゥはお前の意志に命を捧げることを誓ったと思うのだ。

 そんな僕の叫び声は途中でかき消された、コウの言葉で消えたのだ。


「武器が欲しい。竜を傷つけられる可能性がある武器が」


「あぁ」


 コウが求め、ユリアンは承諾した。そのあまりにも冷静なコウの声に、僕は少しだけ冷静さを取り戻す。

 スイが死んだときと同じだ。死んでも兄の傍にいたいと願う彼女のエゴと、見捨てても生き延びるべきだと願う僕のエゴ。

 今も、そうだ。あの時は悩みに悩んで共に苦しい終わりを迎えた、今度はそれを避けるしかない。


「わたしも武器が欲しい。ただちょっと特殊なものだから、あとで資料を渡すからそれを元に作れるのであれば作って欲しい」


「わかった」


 二人はもう望みを言ってしまった。

 ここで僕が今更こんな取引は間違っている、そんな主張をしてもこの場にいる四人を納得させることは難しいだろう。

 だから出来るのは割り切るだけ。自分の意思を殺し、周りに合わせる。


 ……でも、僕は何をユリアンに望めば良いのだろう?

 コウとルゥは武器を望んだ。でも僕は武器で竜に立ち向かえるとは思っていない、望みがあるとすれば魔法だけだ。

 ならば防具? これも使い慣れていないが炎を完全に吸収する盾等があれば、わざわざ氷の盾で炎を防ぐ必要は無くなる。

 もしくは鎧? 扱い難そうだが、軽くて丈夫な物が非常に高価で出回っているかもしれない。

 想像してみて……想像できなかった。あまり大層な武具を扱う自分はどうしてもイメージが湧かない。

 物から離れてみようか。立場、名誉。うん、どれもいらない。あ、情報は欲しいか。


「竜の情報が欲しいです、一般の人間には手に入らないようなものが」


「それは願わずも提供していくつもりだった、私も竜には並々ならぬ感情を抱いているのでな。

アメ達が竜を討伐することを諦めないのであれば、隣で戦うことは叶わなくとも情報程度ならいくらでも渡してやる。

……ただ先も言ったとおり国の問題があってな、もし竜に関する情報を手に入れられるとしても、貴族特有の経路から情報を得られる可能性は低いだろう」


 そうだった。ユリアンも竜に家族や使用人を屋敷ごと吹き飛ばされた人間の一人だ。

 そして情報も、現状手に入れられるとしたらユリアンが手に入れられるようなものは僕達でも用意に手に入るかもしれない。いやむしろ竜のため積極的に動け、貴族という名のしがらみの無い僕達のほうが多く取得出来る可能性が高い。

 そんな情報を、所謂一生に一つの願い。ランプを擦ったら出てきた妖怪のような存在に頼むのは妖怪も疑問を覚えるだろうし、僕だってせっかく願うのならもう少し良い物を願いたい。


 竜から意識を逸らすか。

 どうせ降って湧いたもの、僕が心の底から望む願いの機会ではない。

 何か日常で欲しいもの……食べ物に、お風呂に、娯楽施設。

 うん、全部ここ最近十二分に提供され続けている。敢えて言うならば少し血に飢えている、さっさと屋敷から開放されて、冒険者という不安定な日常に戻りたい。


「ごめんなさい、今は思いつかないです。いつか何か無茶な頼みをする時に、その願いを使っても良いですか?」


「無論構わない、まだここに滞在する期間はあるのでその間に思いついたらすぐに言ってほしい」


「はい」


 むしろ何も願わないほうが僕の最大の望みになる気がしてきた。

 こう言っておけばユリアンは譲歩せざる終えないし、僕自身謂れの無い報酬を受け取る必要も無い。

 おまけに手間を減らさせれば僕達は一日でも早く自由に動けるようになるだろう。


「私からは以上だ」


 本来ならじゃあ今日はこれで、そう言って下がるところだっただろう。

 けれど先ほど一人中庭で考えたことや、ユリアンの口から国のことが発せられたことが少し気になって言葉を出す。


「……国はユリアンさんに、リーン家になんと言ってきているのですか? その、テイル家とのごたごたで、王都へ居付くのは許されないと認識しているのですが」


 現状はあくまで特別処置だと思う。

 竜という外部要素から大きな勢力だったリーン家が壊滅し、小さくはあるが火種であるユリアンが王都で活動している。

 もしかしたらテイル家に一時国が睨みを効かせているのかもしれない。そうでもなければ街中や、屋敷に直接乗り込んでユリアンの首を狙ってもおかしくは無いだろう。


「今しばらくは良い、と。ただ準備が出来次第早急にレイニスの統治に戻れ、ともな。

そうだな。皆に報酬を渡せるのが早くとも冬程度だとするのなら、レイニスまでの護送を自分の金だけで支払えるようになるのは半年後ぐらいか。その頃には全ての処理を終え、十分に準備を整えてからレイニスに居を構えなおすのも現実的に可能だろう」


 ユリアンの言葉に同席していたカナリアが少しだけ視線を下におろしたのがわかった。せっかく数年ぶりに再会できたのに、ユリアンはレイニスへ逆戻り。

 そして、僕達と共に帰るつもりがないことも理解する。

 その双方に、少し寂しさを覚えた。人の血に濡れた僕の手をユリアンが優しく取ってくれたことを忘れてはいない。

 でも彼は彼なりに考えての物言いなのだろう。僕達にもう二度と人と人の争いを求めないように。

 僕は頷く。その気持ちを尊重するため、未だ対人用の訓練を怠っていない体で。


「では解散だ。コウの武器はいくつか候補をあげてこれから絞り込んでいこう。ルゥの方はまず資料を見てからだな、どういったものかはわからないが必要であれば専門家も呼び話を進めよう」


 では、と部屋から出て、背中で扉を閉める最中ユリアンを呼ぶカナリアの声が聞こえた。

 僕が勝手に憤る感情があるように、二人でしかできない話もたくさんあるのだろう。

 そのことには素直に納得できる、ユリアンとカナリアの行く末に幸がありますように。

 特に深い意味なんて無い。

 皆が皆仲良く出来れば、それはもう楽しい日々が続くのだろうから。



- たった一つの望み 終わり -

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