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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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67.等身大の

 ガチャリと、着替え中自室のドアが開けられる音に反応し、僕は慌てて今から着ようとしていた上着を体に当てて肌を隠す。

 視線を入り口に移すと立っていたのはルゥだった。


「ノックぐらいしてよ」


「わたしに肌を見られて困るの?」


「困らないけど、他の人はみんなちゃんとノックするよ? 心臓に悪いから最低限のマナーは守ろう」


「ならノックせずにドアが開けられた時はわたししか居ないから大丈夫だね……次から気をつけるよ」


 とんでも理論を掲げたルゥを睨むと大人しく彼女は折れて謝罪をした。


「見て見て、マント新調したんだ」


 かと思いきやすぐにそう言いながら屋内で着ているマントを見せびらかせる。

 いつも着ているそれよりは生地が厚く装飾も豪華で、また耐久度や収納スペースといった機能美も兼ね備えているように見える。


「何一人で買い物行ってるの、しかも服はいつも通りじゃん」


 身だしなみを整え、チェック。

 それを終えてから自慢してきたルゥに難癖をつける。

 似たようなデザインの服装を自作してまで愛用する彼女も、気軽に着替えられる環境の王都での生活や町へ来るまでに消耗してきた服の影響か他の服を着ることも多くなってきた。

 まぁ五割はいつもの服だし、今回は新調してきたマントをアピールするためにも見慣れた服をわざわざ選んだのだろう。

 最近同じ服を好むのはこだわりやお気に入りだけではなくて、惰性のような何かも見えてきている。そのくせ僕にはお洒落を強要する辺り酷い。


「いや、体質のせいでマント無いとわたしいろいろ面倒だから先に買っておいた」


「そう。じゃ洋服はたまにはいつものと違う物を今から買いに行こうか。僕の服もまだ買っていないし」


 ミスティ家から日々のお金として渡された金額は結構なものだった。少なくとも客人として迎えられている以上働く必要はないだろうし、遊び歩いても問題はないほどに。

 まぁ何もしないのもあれだし、渡されたお金全てを無駄遣いするつもりはないのだが。


「ねぇルゥ」


 それじゃ二人で服を見に行くか、そういう流れで部屋を出ようとした時にさっきまで自分の姿を見ていた鏡が視界に入る。

 そこに映るのは一人の少女。この異世界で偶然にも日本人に似た容姿をし、十一になった一人の女の子。


「ん?」


「あの日から、僕達は成長しているかな」


「……体つきも順調だし、技術や知識もしっかりしているでしょ」


「心は?」


 僕の言葉にルゥは少し黙り、慎重に口を開いた。


「少しずつ成長はしていると思う」


 でも、と少女は言う。

 もうのびしろがほとんどない、たった二つ上の少女が。


「二人共、あの日に心の大部分を置いたまま。たまにこっち(いま)に帰ってくることはあるけれど、ずっとあの日を見ているから戻ってこれはしない」


 ただ故郷を失っただけならば、僕達は今という日々を全力で生きることができたかもしれない。徐々に慣れて、痛みを忘れるように新しい故郷を見つけて。

 でも、竜が二度目降ってきた時に全てが変わった。

 死んでしまったスイとジェイドに僕は誓ったのだ。必ず、と。


「なら殺さなきゃ、竜を殺さなきゃ。そうしないと、僕は鏡に映る自分にずっと違和感を抱きながら生きていくことになる」


 性別については徐々に慣れ始めている実感がある。

 だから違和感の正体は見た目の年齢だ、僕の中で僕は八歳のまま。

 竜を殺さなければあの日から進むことはできない、進まないと決めたのだ。


「アメが望むのなら、わたしもどこまでも付き合うよ」



 わかりきっていたルゥの言葉に僕は安堵し、ようやく姿見から視線を逸らして部屋を出た。



- 等身大の 始まり -



「思っていたより治安は良くないんだね」


 まだ少し出番のある夏服や、日々を生活する上で必要な物を買い足し岐路に着く。

 レイニスの人口密度が低い場所とは違い、人が住んでいるのにもかかわらず誰も道を歩きたくないような場所……いわゆるスラム街や、酔っ払いに扇情的な服を着た女性、それに怖い人がちらほら昼間から見えている色街も所々存在していた。

 一度普通の街中で、生まれて初めて財布を掏られそうになったが、財布に手が触れた瞬間スリの子供を蹴り飛ばしたので難を逃れた。憲兵に突き出すのも面倒だし、突き出したところで飢えている子供の人生が更生できるわけでもないし、そもそも財布に手が触れただけでこちらが暴力を振るったので誤解を受ける可能性やそもそも誤解だった可能性もある。

 僕達は蹴られた箇所を庇うように痛みに堪える子供を見て見ぬ振りをすることに決めて、とっとと若干注目を集めているその場所から逃げることにした。子供よ、次は相手を選んで掏るんだ。もしくは冒険者になろう、かなり死亡率が高いがまともな生活は辛うじて送れる筈だ。

 ……あれ、そう考えると何故僕達は冒険者をやっているのか疑問を覚える。常日頃死に飲み込まれそうな瞬間を自覚しているし、竜を倒したら安定した職でも探そうかな。


「人が多いといろんな人が集まるからね、それに帰属意識ってわかるかな?」


「うん、多分」


 社会や組織に属している自覚、ってやつだ。

 責任や安心感、そして自分達が確かに集団へ影響しているという実感。この場合は社会に属していることを指すのだろう。


「レイニスは人口が少なく、町にしてみれば人間一人一人の価値が相対的に高いんだ。対してリルガニアは人口が多く……うん、人口の数だけレイニスと比べて三倍は人間の価値が減り、帰属意識もまた薄れてしまう。

この世界の支配者は竜で、わたし達人間は酷く脆弱な存在なんだよ。レイニスだとそれを実感できる環境や、周りの人々が顔を知っていることも多いからあまり悪いことをする人は目立たないけど、安全な位置に町があり人が多いリルガニアだとそれを忘れてしまう。

強者が弱者を食い物にするだけじゃない、弱者もまた弱者を食い散らかすんだ……まぁ戦争二百年後で、この文明レベルだとこうしてある程度の治安を維持できていることは奇跡的だと思うんだけどね」


 三つの町という狭い空間、その中で共に食らい合うような状況だと人間という種は長くは持たない。

 でも私利私欲のためにそれを忘れてしまう人達が確かに存在する、誰かを傷つけることが将来自分が傷つけることを知らずに。

 容易く伸ばせる領土はなく、今は竜の襲撃によりレイニスの復興が行われ尚更経済や人々の心に余裕がない時期なのだろう。

 ……まぁ日本が平和なだけだったか。人通りが多い場所限定とはいえ、夜間の女性の一人歩きができる国なんて滅多にない。更に帰属意識は低く、積極的運用のできる軍隊を持っていない国があそこまで治安が良かったのは今思えば奇跡だったのではないだろうか。僕含め全員の頭にお花でも咲いていたのだろう、悪い人含めそんな奇跡が常識だったのであれば犯罪率は勝手に抑えられる。


「でも警備隊に騎士団、それに怖い人達が見張っているのならスリなんて早々無いと思うんだけど」


「警備隊はルーチン化しすぎて穴を抜けやすく、騎士団は国民内を調停するよりも国外に向けての戦力、守れたとしても貴族までが限界じゃないかな。怖い人達はお金を払っている人間しか守らないだろうし、それにアメは忘れてるよ」


「ん?」


「わたし達は女で子供。相手がどれだけ戦えるかもわからない人間には、両手いっぱいに荷物を持った少女二人はお金を持っているだろうカモでしかないんだよ」


 まぁそりゃそうか。

 街灯があるとはいえレイニス同様夜間外出は控えて、昼間も武装するなりコウを連れるなりしよう。




「おかえり、どこに行っていたの? 気づいたら二人共いないしさ、黙って置いていくのは酷いよ」


 屋敷に帰ると待ちかねたようにコウが入り口付近で待っていた。


「一緒に洋服見たかった?」


 僕の言葉にコウは一瞬黙る。

 まぁ気持ちはわかる。前世ではランジェリーショップの近くを歩くだけで、どうしても居心地の悪さを覚えていたものだ。


「悪かったよ。次からは声をかけるか誰かに行き先を伝えて出かけるようにする」


 そもそもレイニスではこの辺の連絡は適当だった。朝にちょろっと今日何するかを報告するぐらいで、コウに至っては勝手に予定とは違うことをしていることも多かった。

 ここに来てまだ数日、この反応は異郷の地で慣れないから寂しかっただけだろう。適応力の高い彼だ、すぐに僕達が振り回される側にまわることになる。


 ミスティ家では決められた時間に皆で食事を取る習慣はないらしい、というか元々は朝と夜に集まっていたのだが、レイニスの襲撃に関連する処理で一家全員が慌しく動いておりそれどころじゃないらしい。

 ユリアンが見つかってからは尚更だろう、勝手に僕達三人で集まって朝食を取るようにでもしたほうがいいのかも。


「午後はどうするの?」


 部屋に荷物を置きに向かう途中、コウがトコトコと着いて来ながら尋ねてくる。

 一歩が大きい彼なのだから、歩む感覚を空ければいいと思うのだが今は僕達の横に少しでも付きたいようで変な歩き方になっている。


「町を見て回ろうと思ってた。みんなで行こうか、コウの服も必要だろうしさ」


「わかった」


 その返答に感情の色がついているのが見て取れる。

 犬っぽい尻尾すら生えていそうな勢いだが、ルゥに食べられたりしないだろうか。

 こう、物理的に。




 西側の外壁に登り、王都全体を見渡す。

 初めて入ったときにも気づいていたが、西側だけは唯一関所が存在しない。東と南はリルガニアの南東にある、商業都市ローレンと物資を往復させている小さな港町のために関所が存在し、北は陸路でローレンに繋がる道があるためもっとも盛んになっているようだ。

 発展都市レイニスは十字に町を大通りで区切り、それぞれ居住区、貴族区、王政区、冒険者向けの施設が集まる四区画に分かれていた。それに対しリルガニアはどちらかというと雑だ。いや、雑という表現は正しくないかもしれない、歪か。

 北や西には冒険者向けの施設があり、南東側には港が近いこともあってか北よりは商会や競りに使われると思われるような大きな建物がいくつか見て取れる。中央には王城があり、その周りには名も金もあるような貴族が住んでいるだろう豪勢な屋敷がいくつも並んでいる。

 要所要所に必要な建物が需要を満たすように存在している、そう建前は感じるのだが僕が心の底から抱くそれは違う。


 中央に存在する名も金もあるような貴族の家、それ以外の箇所に存在する名か金しかないような貴族の家。

 裕福な人々が金を回す施設の近くに存在する、治安の悪そうな色街やスラム街。そしてそれを抑圧するように囲んでいる警備隊の詰め所や、騎士団の施設。

 まだこちらに来てから日の浅い僕の偏見かもしれないが、レイニスと比べて人間同士の格差が酷いように見える。少なくともあの町は、かなり生活水準の低い冒険者達で溢れており乞食になるようならば冒険者になってしまえばいいという風潮があった。

 結果飛びぬけて生活水準の低いような人々は目立たず……まぁその分ぽんぽん人が死んでいたのだろうだが、そういった冒険者を対応する政府関連者の心の距離もどこか近いと僕は感じていた。

 貴族の顔なんて知らないし、誰でも知るべきだろうレベルのリーン家の人間があの調子だったのもあるだろうが、確かに上下に存在する人間関係をそこまで意識する必要はなかった気がする。


 ミスティ家の屋敷は西よりの南側だ。

 外壁から降りた僕達は屋敷近くの施設を頭に入れるが、これがあまり役に立つことはないだろう。少なくともあの家に客として招かれている以上外に出る必要はない、全て使用人が必要なものは用意してくれる。

 だから僕達がやっているのはよく使う施設の把握ではなく、むしろ道に迷わず帰られるためだろう。日課の訓練を人が少ない西の郊外で行い、遊び歩いた後そこから上手く帰れるためだけの。


 案内所も見てみたが、ほとんど討伐の依頼はなく街中での雑用で占められていた。

 それも人が足りていないお店が短期の人員を募集しているようなものではなく、清掃業などの人が嫌がりそうな仕事ばかりで、こういった部分でもレイニスとは価値観が違うのだなぁと実感してしまう。

 あそこでは冒険者が一般人的な認識で、普通に接客業の手伝いをしていたこともあった。ただこちらではならず者という認識で間違いはないのだろう、まぁそれには僕も賛同するのだが。レイニスでは出会う人皆が皆低俗、というか適当さが溢れていたがこちらではしっかりとしたサービスを受けられる安心感があると思う、堅苦しいとも言うけれど。

 酒やタバコの臭いがしない案内所を後にしながら、僕はそんなことを考えていた。


「やっぱりレイニスが良い?」


 帰ってから三人でだらだらしていると、ルゥが尋ねてくる。


「さぁ? まだ時間経っていないし、そもそもどうでもいいかな」


 別にリルガニアには永住どころか長居するつもりもない。

 竜を殺すにはレイニスへ戻らないといけないし、その間の長くても一年程度の期間をここで過ごすのはなんの問題もない。

 暇ではあるが楽をさせて日々を暮らさせてもらっているし、それも自分達のことは自分達で率先して行ったり、暇を見つけては王都を楽しんだり訓練に勤しめばいいだろう。

 というか屋根にお風呂があるだけで僕は万々歳だ。一年不慣れな町で過ごすか、一年野外で過ごすかと考えたら僕は前者を選ぶ。ないよりはマシという考えは町に対して酷いかもしれないが、一ヶ月まるまる文明ある人間とは思えない生活を送っていたのでどうしてもそう考えてしまうのだ。



- 等身大の 終わり -

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