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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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65.陽光へ純真に

 僕は、人を殺した。


 でもその事実自体にはあまり動揺することはなかった。

 申し訳ない気持ちはあったので、殺めた男性の瞼を閉じ少しだけ姿勢や身なりを整えさせて客観的な視点で戸惑う。


 この二つの遺体はどうしたものか。

 もう少し町から離れていれば適当に埋葬してもよかったのだが、如何せん町を視認できる距離というのは問題がある。

 この状況で遺体を埋めに森へ行ったら死体遺棄で捕まるのではないか。まぁだからと言って町へ二つの遺体を持っていっても揉める事になりそうだが。


「誰か来るね」


 ルゥの呟きに町へ視線を向けると、武装した集団がこちらへ近づいてくる。

 爆発音に晴れている中発生する雷鳴、誰かが原因を探りに訪れるのは必然だろう。まぁもっともこちらが期待しているよりは遅かったのだが。できれば戦闘が終わる前に介入し、安全に事を終わらせる役目を担って欲しかった。

 警備隊か騎士団か、どちらにせよもう見つかってしまっているので僕達には武器をしまい敵意を見せず成り行きに身を任せることしか許されていない。

 もしテイル家の私兵だったら一巻の終わりだが、戦力差を考えるだけ無駄だと思ったので無視する。


「我らリーン家直属の者! そちらの所属を名乗れ!」


 相手の対応に任せる、内心そう判断したのにも関わらずユリアンは先手を打ち近寄ってくる集団に声を張り上げる。

 十名を超える武装した集団に物怖じした様子は見せず、長剣を鞘にしまいながらも気迫は抑えずに真っ向から対峙して見せた。


「我らミスティ家の私兵なり! こちらに戦闘の意思は非ず、貴殿らも戦闘の意思がないのあれば対話を望み近寄りたく思う!」


 ミスティ……ミスティ? どこかで聞いた名だ。

 ユリアンはユリアン=リーンで、対立している家はテイル家で。あと一つ聞いた貴族の家名は、あぁそうだ。対立するきっかけになったのがミスティ家の長女を庇ったからだっけ。

 偶然にしてはなんと都合のいい相手か。まぁ本当にミスティ家の人間ならの話だが、警戒はしているもののすぐに襲い掛かってきたり、問答無用で人殺しと拘束される様子はないようなので杞憂か。

 相手の言葉に臨戦態勢を崩し、互いに会話が行いやすく、また相手の顔が見える位置まで距離を詰める。


「リーン家の家紋はあるだろうか」


 凛とした女性が代表として会話を続ける。

 大人びた姿に、戦う人間にしては長く整えられた髪の毛。本人が貴族と言われても納得するような容姿だが、その体つきと身のこなしから紛れもなく戦いに身を置く人間だということが見て取れる。


「済まないがレイニスを離れる際に一切の私物は持ち出せていない。無礼を承知で頼むが、そちらが持っているだろうミスティ家の家紋を見せては貰えないだろうか」


 ユリアンの言葉に女性は一つのペンダントを掲げる。

 彼はそれを認め口を開く。


「確認した、我々に一切の害意は存在しない。可能であればそちらに保護されたいのだがそれは可能だろうか。必要であれば全ての武具を渡しても構わない」


 その言葉に女性は他の人間と少し相談をし、一つの提案を投げてくる。


「我々の目的はリーン家の助力だ。あなたがもしユリアン様本人であるならば双方共に好ましい事実だが、ただ申し訳ないことに貴殿の顔を記憶している人間がこの場には存在しない。

詳しく身分を調べるためにも身柄を確保させて頂きたいが、最低限の保障としてそちらの遺体が私兵のものであるのなら、どの家の人間か証明するものがあればそれを提示して欲しい」


 武装した人々は未だ距離を保ったままだ。

 臨戦態勢を崩し、敵意を見せては居ないものの内心警戒している様子が見て取れる。

 僕とユリアンはその人達を視界に収めながら、後ろでコウとルゥが遺体の荷物を漁り同様にペンダントの形をした家紋を見つけそれを掲げる。


「確認しました。これからあなた方を保護し、ミスティ家へ案内します。武装はそのままで構わないのでついて来ていただけますか」


 敵の敵は味方……とは言わずとも、少なくともテイル家の人間と戦った僕達が、ミスティ家の人間である自分達にすぐ害をなす存在ではない証明になったのだろう。

 女性の言葉にユリアンは僕を見る。

 相手の言動に偽りを混ぜる空間は存在しない、人数差にこちらは二人の敵を排除し消耗している段階。もし相手が僕達の敵ならば情報が集まった今すぐにでも襲い掛かってきていいだろう。

 行動理念も一貫しているように見え、また対応も非常に丁寧だ。町の近く、身分を証明できるものがない子供達が返り血を大量に浴びたまま人を殺めている。そんな状況を鑑みればこの対応は奇跡的とっていもいいだろう。

 いくつか話が何段階か飛ばしテンポ良く進む不自然さはあるが、こちらにもこちらしか知らない情報があるように、向こうも同様と考えるならば大して不自然さも無いか。僕はユリアンに黙って頷く。

 相対する存在が敵だとは思えなかったし、何より町にさえ入ってしまえば人目が多く、ほぼユリアンの町までの護送という目的は達成できたようなものだ。


 ミスティ家の私兵と合流し、肌を濡れタオルで拭いて汚れを落とし、服に付き取れない血液を隠すように外套を着る。

 ルゥは以前の戦闘で既に外套を失って僕のものを日よけに使っていたし、コウもユリアンに外套を渡していたため二人で私兵の方から借りて羽織る。


「あの者達を弔ってはもらえないだろうか」


 いざ待ち望んだ町へ向かうだけ、そんな状況でユリアンが口を開く。

 視線の先には二つの男性の遺体。確かに彼らは僕の敵だった、明確な殺意を持って刃を振るい傷つけあった存在。

 でも、それでも人間なのだ。

 意思疎通ができ、感情を持つ僕達と同じ存在。初めて接敵した時も理知的なほうだったと言えるだろう。今となってはもう真意を確かめることはできないが、多少なりとも幼い僕達に対し何か思うところはあったはずだ。少なくとも、そう、少なくとも相手の善意か油断に付け込み、戦力差を誤認している中で攻勢に打って出た僕達よりは。

 争うことは避けられなかった。もし時間が巻き戻り同じ体験をしたとしても、僕はもう一度対峙した男性をこの手で殺しただろう。

 けれど殺すことと、殺したあとでその存在を無下に扱うことは同列ではない。命を奪ったとしても、最低限の対応を僕達はまだできるはずだ。人間性を維持したまま、獣のように人を殺めた僕達でも。


「えぇ、もちろんです。必ず適切な対応を行い、彼らを待つ人々の下へ送り届けます」


 それはテイル家へ直接連絡をするということなのだろうか。

 表面上は死んでいたところを確保したと連絡しつつ、裏では双方殺しあうような関係。

 もしくは国や、それに類する機関を介し穏便に処理を済ませるのか。


 歪だ。そう思った。

 家同士の関係も、人が死ぬのが当たり前な世界も。


 人を殺した僕達が、特筆すべき感慨も抱いていないことも。



- 陽光へ純真に 始まり -



 武装した人達に囲まれながら王都リルガニアへ入る。

 重役が護衛されているようにも見えるが、まだ不確定要素を抱えた僕達を捕らえている意味もあるのだろう。

 どちらにせよ不審な言動さえしなければ私兵が手を出してくる様子はなく、僕とコウは初めて訪れる王都の景観を楽しんでいた。


 外から見た感想に実際中から見た経験で、王城を中心にレイニスを四つ並べたような町といった評価が正しいことを知る。

 ただ脇道でも人が多く賑やかだったり、所々街灯が備えられていたり、そもそも発展都市とは大きく変わり王都らしく整えられた街並み等大きく印象は変わる。

 ある程度人通りのある道は石畳で整えられ、一部の金がある建物以外は木造だったレイニスに比べここは石造りの家が相当多い。

 酷く住みやすそうな町だが、冒険者なんていう不安定な職を生業をしている僕からしてみればどちらかというとレイニスのほうが住み易そうだった。

 もっともまだ町に来て数分の第一印象で抱いた感想だし、整えられた街並みは前世の都会を思い出し少し懐かしい。住めば都、そう言える日も滞在するのであれば大して時間は必要ないのではないだろうか。


「申し遅れました。私、ミスティ家親衛隊隊長を勤めさせていただいているエリーゼと言います」


「私はユリアン=リーンだ」


 そう自己紹介したユリアンはご丁寧にも僕達にも視線を向けたので、一応名前だけ告げ自己紹介をしておく。

 ただ最後にルゥが名前を告げた後、続いて誰かが発言をすることはなかった。

 相手としてはまだ確認の取れていない重役とその供と言った認識で、これ以上何かを話題にし不用意に情報を与えることはできず、また僕達も変に警戒をされたくなかったので口を開くことは避けた。

 二名の遺体へ対応するため少し減ったほかの私兵の方々ともたまに目が会うが、すぐに相手から視線を逸らされるため大人しく町並みを見て楽しむことにする。


「ここで少々お待ちを」


 そうエリーゼに言われて待つのは王城から離れた豪勢な建物が並ぶ場所。

 目の前にある屋敷がミスティ家の家なのだろうか。庭もあり随分と立派な建物だが、城の近くに居を構えられていない辺り家の歴史がある貴族とそうでない貴族の間には薄くない壁が存在しているらしい。

 世界が生まれ変わって二百年、何が歴史だとユリアンが笑っていたことを思い出す。戦争に負けた後、すぐに声を大きくして人々を導いた人間の血筋を持つ子孫が今の所謂名誉も持っている貴族だ。ここ数十年で金の力を持って王政に介入できるほど成り上がったところで、二百という少ない母数を盾に揶揄される所以はどこにも無いと思うのだけれど。

 むしろそういった武器が無い中躍り出た実力のほうが国にとって希少……いや、だからこそ成り上がりの貴族は、名しか持たない貴族に無意識に恐れられ迫害されるのか。自分達の居場所を奪われないためにも。


「お嬢様っ! お待ちください!!」


 ミスティ家の人間に相談か、誰かユリアンの顔を知っている人物を呼んでこようとしたのか建物へ向かっていたエリーゼが大声をあげているのがわかる。

 どうやらこちらへ急いで向かってきた少女を止めているようだが、口ぶりから相手の身分は高く、流石に物理行使は難しいのか言葉と進路を体で防ぐだけで精一杯のようだ。


 対峙している少女は薄い水色の髪を背中まで綺麗に整え、暖かくなってきた季節を楽しむかのように少し薄手のドレスを纏っていた。

 顔つきも大人しく見え、その容姿からは触れば折れてしまいそうな儚さを感じる。近くにいるエリーゼの体つきがしっかりしているせいもあるか、とてもじゃないが虫すら殺せないような少女だ。

 なんというか男性が幼い少女に求める欲求の多くを一人で満たせそうな存在だ。是非とも僕もあんな少女になってみたかったが、幼い頃から力仕事に慣れ日に肌を焼けさせた僕にはそんな可能性は微塵もなかった。残念。


「まだ彼らの素性は明らかになっていないです、あなたのような方が直接顔を合わせるのは危険が多すぎますっ」


 もっともだ。

 エリーゼの言うことは正しい、僕なんて元は男だったからな。一体何者なんだろう。


「待ちません。私が会うと決めたのです、雇用される人間がそれを止める権利があると思うのですか」


 あるだろう。雇用主の意思も大事だが命はもっと大切だ。

 というかあの少女第一印象を全て吹き飛ばすような言葉を口にしている。声量は決して大きくなく、口調こそ丁寧だが言葉に籠もる感情は間近に居なくとも力強いことがわかる。


「……っ! そもそも何故私達が呼びに来る前にお嬢様が出てきているのですか!?」


 そこで折れちゃ駄目だろう、エリーゼさん。そこで負けるともうあとは引きずられるままだ。


「何故? 信頼している部下達を、大切な方々の助力に向かわせ皆の身を案じて外を見ていればすぐに引き返してきた。

あなた達が不備を犯し引き返してきたのではないとなれば、何かあったと考えるのが必然」


「なればこそ、信頼する我々の報告を待ってからお嬢様自身が動いてください!」


 その言葉をきっかけにか、それとももはや堪え切れなかったのか少女が駆け出す。

 周りの私兵は警戒を強め僕達に注意を払い、僕達は隷属を示すため少女から距離を離す。


 そんな中、一人だけ動いていない人間が居た。

 ユリアンだ。

 駆け寄る少女に視線を奪われ、まるで張り付けられた様にその場から動けない。それどころかその一挙一動見逃すまいと、顔は動かせず、また瞬きを行うことすら躊躇っている様子だ。


「ユリアンっ!」


 皆が戸惑う中、少女は迷わずユリアンに飛びつきその体を抱きしめる。

 血に塗れ、長い間野外で過ごしたことが一目でわかるその少年に、少女は一切躊躇わなかった。

 飛びつく際になびいた水色の髪の中に、赤い瞳が対照的に光り僕の視線を釘付けにする。まるで血を見つけた獣のように。


「カナリア……なのか?」


「はい、そうです。カナリアです! "この花は君に似ている、とても美しくそして儚い"」


 戸惑うユリアンの言葉に、少女はまるで魔法を唱えるように一つの台詞を口にする。


「"そして何より、陽光に向かって真っ直ぐ伸びる所が、何より君らしいのだ" ……六年ぶりにあった異性に、迷わず飛びつくのは淑女とは言えないな」


 思わず吹き出しそうになった。

 子供とって六年という月日はとても大きなものだ。

 にもかかわらずカナリアは、初めからユリアンをユリアンと認識していた。徹頭徹尾彼から視線を逸らしてはいなかった、こちらには容姿の似通ったコウがいるというのに。

 それに思い入れのある言葉かは知らないが、当時二人の間で交わされただろう言葉を覚えていたのも驚愕に値する。


「望んだことを成せないのであれば、淑女など捨ててしまえ。あなたのお父様ならばそう仰ると思いますが」


 抱きしめる彼には見えない表情を、少し悪戯っぽく歪ませてそう言ったカナリアに、ユリアンは納得した(あきらめ  )。そしてようやく落ち着けたような様子で、レイニスを出てからずっと入っていた肩の力を抜いた。


 何か良いものを見た気がする。

 こういう出来事が好きそうなルゥもそうだが、コウもそれ以上にとても輝いた瞳でその光景を見ていたのが印象に残った。

 まるで、憧れるようなその瞳が。



- 陽光へ純真に 終わり -

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