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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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62.歪んだ歯車が導き出した今

 町を離れ三週間。

 ユリアンが予想以上の能力を見せていることや、目立った獣や人による妨害、地形や天候による足踏みもほとんどなく、整備されていない道のりを歩くにしてはかなり順調な速度だ。

 今まで当たることのなかった川もよく見るようになっただけではなく、湿地帯も多く見るようになったので地形の変化を体感できるようになった。

 それは精神的にも多く影響してくれる。体力は加速度的に消耗が増えているが精神的には環境の変化で着実に距離を稼いでいる実感、馴染み始めている四人での空気、食べることができる食料の選択肢増加。

 追われているかもしれないと、大切な人達を失った悲しみで歩き始めた時よりはむしろ良いだろう。無論その二つは常に頭のどこかにあるし、長い野営に町が恋しくはなるが。


「今日はこの辺で休む?」


 虫が踊り、尖った枝を持つ藪を掻き分けて僕は皆に尋ねる。

 目の前には起伏が激しく、また草木が多かった今日歩いてきた地形の中、奇跡的に安らぐことができそうな開けた地形だった。

 木々の間から見える太陽は少し傾き、しばらくするとオレンジ色に移ろい始めるだろうが、日が落ちきる前にこのような地形を再び見つけられる自信はない。

 無理をして距離を稼ぐよりも、今日は明日のためと割り切りこの場で体力を温存したほうがいいだろう。


「うん、いいんじゃない」


 コウの答えに休むことを決める。ルゥは周りに合わせ何も言わないし、ユリアンは慣れない事ばかりで意見を言えるほど知識や経験があるわけでもない。

 彼の声と、僕の号令にそれぞれペアに別れる。流石に一人一人分かれて作業はできないが、二人ずつ程度なら野営する準備を早めるため分担して動いても大事はないだろう。

 リスク回避は大切だが、必要ない部分にリソースを払い本来全力を出すべき場所で最善を尽くせないのも問題だ。このあたりは柔軟に適応するのがいい。


「こうして見るといろいろな物が食べられるんだな」


 一緒に食べ物を探し、見つけた蔓を引っ張り芋を引きずり出したユリアンが感心した様子で一人頷く。


「まぁ最悪こんな草も食べらますしね」


 僕は無造作に生えていた草を千切り、口に運びながら一つユリアンへと手渡す。


「ん、食べられなくはないな」


 ようするに不味い部類だ、少なくとも食用として市に並ぶことはまずないだろう。

 でもウェストハウンドの味や、飢えに苦しむよりは遥かにいい。


「でも栄養はあるんですよ……まぁこれがある以上無理に食べなくていいんですけど」


 足元にある芋は小ぶりながらもそれなりに実をつけていた。

 この程度のサイズだとパリッと焼いてスナック感覚で戴くのがいいだろう、油や即席で作れる調理器具以外まともな物がないが、そこはコウの腕の見せ所だ。

 むしろ立ちはだかる難題に嬉々として挑んでくれるはず。僕は大人しく木を魔法で加工し作った新鮮な味のするフォークを手に持って、出来上がるのを楽しみに待つだけ。


「これは食べられるのか?」


 芋さえあればあとはコウ達が見つけてくるだろう食料、それに昨日の残りを足せば十分だろう。

 そう思い野営地に決めた場所へ向かう途中、ユリアンが木の根元に生えているキノコを見つける。


「よく見つけましたね。取っていきましょうか、僕には食べられるかわからないので食料になるかは二人に聞いてからになりますが」


「アメはこういった方面の知識は疎いのか?」


 何が食べられるか、食べられないか。

 サバイバルの基礎的な知識や戦うための術は知っているものの、少し踏み込むと僕には未開の地だ。

 誇れるものといえば雷の魔法にあとは前世の知識か。後者は無意識に使ってしまうものでもこの世界では十分に特筆する知識になる。

 そう考えると僕はこの世界でも広く浅い人生を歩んでいるのか……まぁなるようにしかならないだろう。

 その性質が天性のものだったのなら仕方のないことだし、竜を倒すために捻じ曲げる必要が出るのなら何か突出した技術を得て自分という枠を壊す。簡単な話だ。


「何分二人が優れている上、ずっと一緒にいるもので……結構甘えてしまうんですよね」


 特に料理が顕著だ。

 コウが料理に興味無ければ、僕はもう少し学んでいたかもしれない。

 いや、それとも僕が炎に恐怖を抱いて家事を避けていたせいで、コウがそういった方面に手を伸ばしたのか。


「それは羨ましいことだ。何か運命の歯車が違えば、私もその中に入りたかったものだ」


 今こうして旅をしているのも一過性のものだ。

 ユリアンの興味は冒険者に注がれているものの、彼の最優先事項はあくまでリーン家の血筋を絶やさないこと。

 無事に町へ着けば僕達との同じような生活はもう二度と送れないだろう。少し寂しいが仕方のないことだ、ユリアンには譲れないものがあるし、僕にも冒険者という生活、そして竜を倒す目標は譲れない。


「もし生活が安定して、僕達が近くに居るようならピクニックというのもありかもしれませんね」


「ピクニック?」


「日帰りでサバイバルをして、平穏な生活に危険という彩りを与えることです。たまには不味い食事や、地べたに座る生活もいいものだと思いますよ」


 いつかルゥが言った出任せに少し手を加えて貴族であるユリアンに伝える。

 これでもし貴族間でピクニックとやらが流行ってしまうのだとしたら、僕達が嘘をついた事実はどこかへ消えてしまう。もっとも嘘を告げた人達はもうコウしか残っていないのだけれど。


「なるほど、なかなかおもしろそうだな。落ち着けたら考えてみよう」


 何時になったら落ち着けるのかは僕にはわからない。

 無事に町に着いても、その首を狙う元凶がなくなるわけじゃない。

 敵対しているテイル家そのものや、禍根が残り続ける限り人目の少ない郊外に出ることはまずないだろう。


 でもいつか、いつかきっと、そんな平穏が訪れるはずだ。

 僕達が竜を討伐できるように、きっと。



- 歪んだ歯車が導き出した今 始まり -



「あーこれはダメ、前話したと思うけどヒメヅルダケっていう麻痺毒があるキノコ。薄い茶色に、ここ三日月に見えるように穴が空いてるのが特徴」


 ユリアンがせっかく見つけたキノコはルゥにアウト宣言をされた。


「これ虫が食ってるわけじゃないんだ」


 そんな名前のキノコは記憶にまだ残っている。

 ただ今手元にあるそれは偶然似たような色で、偶然似たような箇所に穴が空いているものだと思っていた。


「よくわからないなら、似たような色は避けたほうが無難かもね。

まぁ懲りずに次も見つけたら見せにきてよ、今回は運が悪かっただけだからさ」


「あぁ、わかった」


 そう呟くユリアンの顔に落胆はない。

 むしろキノコを見つけられた事実、そして毒キノコの知識を得た結果で満足しているのだろう。

 中々ポジティブな思考をできるらしい、僕には真似できそうにない。


「……火に入れていいの?」


 ルゥが適当に焚き火へ投げ入れたヒメヅルダケを見て僕は尋ねる。


「流石に密室した室内で気化したら倒れそうだけど、こんな屋外でだったら大丈夫でしょ」


 物言いが適当に感じる。

 実際にこの処理が適切か知らない可能性が高そうだ、念のため風上へ移動する。


「……何寄って来てるのさ、狭いから戻ってよ」


 風上、つまりルゥの隣へ移動すると彼女は太太しくもそう呟いた。

 良い度胸している、そう言う暇はなかった。風向きが変わり、こちら側へキノコを燃やした煙が流れてくるのを確認し僕は慌てて息を止めながら元の位置へ戻る。


「ルゥがそう望むのなら、仕方ないなぁ」


 たまには仕返しするべきだと、ニヤニヤしながら顔を覗き込む。

 喋っていたせいで直前に口を開いていたせいもあり、どうみても煙を吸い込んで固まっている。


「……大丈夫?」


 しばらくして硬直し続けるルゥの頬に一つ汗が流れたのを見てコウが尋ねる。


「だい、じょうぶ……物凄く心臓に悪かったけど、今のところ何もない」


 まぁ麻痺毒というぐらいだ、たとえ安定して座っていたとしても影響があるとしたら眩暈以上の何かが起きるだろう。

 上手いこと煙を避けたか、気化したものを取り込んでも大して影響はないのか。


「次から処分する時は火に入れないこと、いいね」


 一応僕は全員にそう告げつつも、視線はルゥのほうを向いたままだ。

 危険なキノコとわかっている人間が、適当な処理をした結果なので注意が必要なのは彼女だけだろう。

 僕の言葉にルゥはこくりと頷き、僕達三人が雑談を始めてもいつも通り聞きに徹していた。

 その心中は如何なるものか。たまには反省して少しでも堅実な生き方をする材料にして欲しいが、冒険者という仕事に就いている僕達もあまり人に注意をできる立場にはいなかった。





「あと、少しだね」


 雲の形でも見ながらコウと共に歩いていると、僕の幼馴染はそう呟く。

 視線を下ろすと僕達より少し前をルゥとユリアンが歩いており、談笑を楽しんでいるようだ。

 何かと波長が合うようで、異性としては共に意識はしていないものの会話をする度に他では得がたい経験を積めるのだと二人とも笑っていた。


「二週間、かからないのかな。何も無ければいいけど」


 何も無ければいい。

 口にして実感する、これから町に着くまで何も無ければいい。

 何かがあるときは異常事態だ、そして町の外で胸がときめくようなイベントが発生するとは思えず、大体誰かが危機に瀕するだろう。

 獣か、人か。どちらも襲ってこないでほしい、争うたびにその何かの命は失われるのだろうから。

 ……まぁでも戦いばかりの日々にも慣れてしまった。少なくともウェストハウンド程度ではそういった異常事態だとは思わなくなっている。流石に大きな群れに出会うとかあったら危ないだろうが、そろそろ町も近づいていることもあり出会うハウンドの体格は少しずつ控えめになっている。


「思えば長く生きてきたね」


「うん」


 僕の言葉にコウは最低限の相槌を打つだけ。

 何も十一年生きてきたことを指しているわけじゃない。故郷を出てから――とても長かった。

 町へ向かい、生活に慣れ、新しい出会いに喪失。竜を倒すことを決意したら、今度は珍しく主張を譲らない仲間を守るため貴族の護衛。

 いろいろなことがありとても長く感じたし、馬車ぐらいしか移動手段のないこの世界ではここから村だった場所までの距離自体もそれなりのものだ。


「コウは、怖くない?」


「ん?」


 無言で同じ思い出をなぞっていると、思わず疑問が口から零れてしまう。


「僕は怖いんだ、ずっと、ずっと怖い。

死ぬかもしれない、生きるために生き物を殺さなきゃいけない……もちろん冷静になったふと拍子にそう思うだけだけど。

そして今僕達は護衛をしている。ユリアンを守って、もしかしたら人と争わないといけないかもしれない。

そうなったら今までのハウンドを倒すようなこととは違う、虫と哺乳類の命が等価ではないと感じてしまうように、いやそれ以上に動物と人間の命の価値は違うんだ。

言葉の通じる存在を、言葉じゃどうしようもないから剣で傷つけ、とても手強い相手と命のやり取りをしなくちゃいけない」


 前世では想像もつかなかった生活を僕達は送っている。

 そして村を出てからも、人を能動的に殺す必要を選ぶとは思っていなかった。

 野盗に襲われたから思わず自衛のために殺めてしまった、それとは大きく事実が異なる。

 守るために、殺されないために自分達から殺すことを選んだ。


「俺も……怖いよ」


 その返答にふと安心する、あぁ彼も僕と同じなんだって。

 歳不相応な能力を秘めた少年が、外見相応な悩みを抱えている僕と同じ立場なんだって。

 でもコウの瞳を見てからそれが思い違いだったと知った、彼はいつまでも僕の知っている特別なコウだった。


「でも、アメ達失うかもって思ったら、自分や他人の命が危険に晒されることより何倍も怖い」


 僕は彼のその様子にも、何故か安心した。

 別方向の感じ方なのに、そのどちらにも安心感を覚えるなんてなんだか不思議だ。


「やっぱりコウは特別なんだね」


「俺は……特別じゃないよ。特別だとしたら、俺を特別にしてくれたアメも特別だ」


 曰く、僕は何もかもを彼に与えたそうだ。

 知識も、技術も、居場所や幸福すらも。もし特別……才能があるとするのなら、僕が居なければその花が開花することは無かったと。


「だから俺はアメが……その、大切だと思うんだ」


 本来言おうとしただろう言葉を飲み込んで、コウは僕に向ける感情をそう表現した。

 彼は決して僕を異性として見ない……いや、僕に彼を異性と意識させないように言動に気を払う。どこまで考えての行動かは知らないが、いつものようにその好意に甘えつつ会話を続ける。


「なるほど、どっちが大切かを考えたら結果どっちが怖いか理解すると」


 比較したところで納得できるかといえば普通できないだろう。

 そんな特別なコウの中で、僕やルゥ、ユリアンともういない兄妹、それに世界中全てのものを比較したら僕の価値はどれほどのものだろう。

 少し考えるのが怖い。僕ほどじゃないがルゥも彼にしてみれば幼馴染の一人だろう。彼女が僕と比べてどんな価値を定められているのか、確かめる勇気は無かった。


「人を傷つけるって、怖い?」


 もやっとした不安感を抱いていると、コウが新しい話題としてか尋ねてくる。

 それに僕は迷わず答えた。


「うん」


「何故?」


 何故でもない、人を殺めるのは恐ろしいことだ。

 可能性を奪い、誰かにとって大切なそれを、自分の手で生き物から肉の塊に変える行為。

 恐ろしくない理由がないだろう。


「アメが本当に怖いのは、人を傷つけたときに周りからどう見られるか……違う?」


 ……。

 ……違わない。

 僕は、何よりも自分の手を汚すのが怖いんだ。

 その人の大切な命を奪う?誰かにとって大切な存在を消す?

 そんなものより怖いものがある。自分がそうしてしまった事実、そしてそんな行為を犯してしまったと周りの親しい人々から見咎められることが怖いんだ。


「アメはさ、良くも悪くも甘いんだ。結果的にだけど戦う相手のことも考えてしまう、仲間の気持ちも考えてしまう。もちろん自分の気持ちが一番大切なんだけどそれにはいつも気づいていない」


「その評価は酷くない? 僕は甘ちゃんで、能力もない。挙句自己中心的ってこと?」


 ルゥでも言わないような毒舌がコウから出てきたことに驚いて思わず責めてしまう。

 それに対しコウは、誤解を解くように落ち着いた様子で喋る。


「そうじゃない、それでいいんだよ。俺達ができないことはアメがやるし、アメができないことは他の人が……他の人と、ぷっつんしたアメがやるから」


「……酷い」


 なんだそのぷっつんした僕って。いや意味はわかるけど。

 わかってしまう自分自身が少し憎い、たまに熱くなる……許せない事を意識してしまうと暴走している自分がよくいることは知っている。スイとジェイドを助けた時のような、偽竜と対峙した時のような。

 あと一年したら一応中身は三十歳か。精神年齢ほど冷静になりたいなんてわがままは言わないが、もう少しだけでいいので自分をコントロールできるようにはなりたい。


 空を見上げ、ふぅと息を吐く。

 まだ日は高く、星は出ていないので天に何かを願うことはできない。僕のことは僕のことで変えて、叶えていかないといけないんだ。

 明日もきっと晴れだ。雲の様子を確かめて僕はそう思ったのだ。



- 歪んだ歯車が導き出した今 終わり -

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