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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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60.雨雲の向こう側

 行進二週間目。

 僕達は小さな洞窟で止まない雨が降り止むのを待っていた。


 寒い地域とはいえ春となると雨はそれなりに多く、雨が強いときに無理をし進んでも体力の消耗を増すだけであまり効果的ではないと判断。

 追っ手がいたとしてもそちら側も、いるかもわからない僕達相手に雨の間も進み距離を詰めるとは思わなかったので、僕達も無理はしないことにしている。


 ただ洞窟の中で一時の休息に体を休めるのみ、とはいかない。

 ユリアンには自衛のための術を手に入れてもらうべく皆でいろいろ教えていた。追っ手を意識しているのもあるが、何より獣達が怖い。

 現状最高戦力であるコウも、ウェストハウンド二匹となると少し手間を取るし、僕とルゥは一匹相手に勝利を掴むのが精々だ。

 その状況下でお荷物が一人でもいたらその荷物を守れる可能性は急激に減っていく。なのでせめて時間を稼ぐ力でも身につけて欲しく、僕達は休憩時にも残っている体力や精神力が危険な域に入らない程度に訓練に勤しんでいた。


「なるほど、複合させることでより効果的に扱えるのだな」


 初日から身も心も危険な域に入っているだろうユリアンは、僕達が教える爆発や雷の原理を知りそう感想を漏らした。

 命が懸かっているのだ、本人には多少の無理も押し通してもらわなければならない。


「原理はわかっているんだよね……でもできないか」


 コウがそう言いながら覗くユリアンの手の中には炎と風の塊がある。

 爆発をさせようとしているのはわかるが、とてもじゃないがその域に至る様子は見えない。ただ炎と風が踊って遊んでいるだけだ。


「まぁ習い始めてここまでできたらわたし達の顔が立たないっていうか、当然だよね」


 ルゥの言うことは正しい。

 しっかりと魔法を扱い始めてまだ二週間。

 原理は恐らく正しく把握できているのだろうが、上手く魔力を扱えていないように見える。

 単純に経験の差だ。どれだけ物事を吸収することに長けていても、吸収したそれを出力ことは上手くいかないようだ。

 徐々に慣れていけばいいと慰めれば良いのか、その天才肌を賞賛したら良いのかよくわからない。

 魔法だけではなく体の使い方も教えているし、覚えた事柄を全て短期間で自分のものとして行使できるようになれというのは酷ではないか。


「休みましょうか。そろそろ雨も止むようだし、少し休憩してから万全の状態で歩き始めましょう」


 まだ日は落ちておらず、その太陽は遠くで少し顔を覗かせている。

 僕達の上にある雨雲が晴れるのも時間の問題だろう。何をもって万全とするかは判断に困るが、これから再び歩き続ける必要があるので少しでも休めるのならば休むべきだ。


「あぁそうそう、最後にもう一つ教えておくよ。アメとコウも知らないことだと思うから、まぁ気楽に聞いてよ」


「……?」


 いざ休息を、という時にルゥがそう言う。

 何を考えているのかわからない。ここで無理をして学習する必要はないだろうし、また僕達が知らないことを今この時点で教えようと思った理由も知らない。

 ただ、まぁ納得はした。ルゥがわけのわからないことをするのはいつものことで、僕達は彼女が何を教えてくれるのかを期待も呆れも覚えず待つにした。



- 雨雲の向こう側 始まり -



「詠唱ってあるよね、これ細分化できるの」


 ルゥはそれだけを言って実際にやってみせる。


《雨に負けず、火を灯せ》


 言葉に答え魔法陣が展開される。

 言葉の始まりと共に炎が集まり始め、終わった段階で炎の威力は最大に達したようで、しばらくして魔力の注入を止めたのか魔法陣は手のひらへ吸収されるよう炎と共に消えていく。


「これが増幅詠唱の通常詠唱」


 感情を込めて威力を上昇させる目的で詠唱をするのが増幅詠唱。

 感情を乗せず、あくまで効率化を目的としたのが効率詠唱。

 正式に名前をふられていたり、分けられることはあまりないのだが名前を付けあえて二つに分けるのならこうだろう。

 ただその後の通常詠唱がなにを指して通常と呼称しているのかがよくわからない。


《炎よ》


 疑問に答えるようにルゥはもう一度別の詠唱をしてみせる。

 今度は僅かな言葉だけで詠唱をするルゥ、炎の大きさや魔法陣の動きは変わらない。消費した魔力や、最大威力に達する時間は変わるだろうが。


「これは簡易詠唱。所謂技名だけを呼んで、最低限の追加魔力と詠唱時間で効果を上げる」


 それも知っている。ユリアンにも教えたので彼も覚えたばかりの記憶をなぞるよう頷いているのがわかる。

 簡易詠唱の欠点は目立つことだ、それほど威力を増やすわけでもないのに青白い魔法陣が展開される。

 その色は自然界や街中にはあまり存在しない、どこで扱っても、どうしても目を引く。

 ただそれでも多くの状況でそれは役に立つ、数秒もかからない詠唱は味方への合図として役に立つのだ。

 無論敵にも対応する時間を与えることになるが、元々戦術を用意していたこちら側に有益な状況を与えることのほうが多い。

 詠唱をきっかけに連携する、もしくは最低限前衛が後衛のために射線を空ければそれだけで十分だ。


「分類としては詠唱を簡易化するかしないか、その次に効率を取るか威力を取るか」


 そこまでは知っている。


「実はもう一つ種類がある、というか強引を増やせるんだ」


「はやくはやく」


 コウは爛々とした瞳でルゥを急かす。

 喋るために吐いた分の息を吸うぐらいの時間は与えてもいいと思うのだが、好奇心を発揮した彼を止めるものは何もない。僕も止めたくない、引きずり回されるのは嫌だ。


祈りを(呪いを)


 詠唱された魔法は先ほどまでと同じ炎だった。

 魔法陣の動きも同じ。けれど一つだけ違うものがあった、言葉だ。

 まるで炎とは関係ない言葉、けれど彼女にとっては意味があったのだろう。

 語気からそれは感じ取れた、だからその詠唱が簡易的な増幅詠唱だということまではわかる。


 でもどうして声が重なって聞こえる?


「……脳に直接語りかけられるの?」


「まぁ結果としてそうなるね。ただその特性を便利には使えないと思う、声が聞こえる範囲にしか直接もう一つの言葉は届かないから」


 内緒話には使えないのか。

 声の届く範囲の相手に聞こえてしまうのなら意味がない。


「ねっねっ! どうやるの!?それ!」


 コウがルゥに詰め寄る。

 完全に新しいオモチャを見つけた子供のそれだ。珍しくルゥが精神的に引いているが、物理的には背中が壁に当たりもう引く場所がない。

 珍しいが少し可哀想だし、これで話が進まなくても困る。コウの手を引き元の位置まで引き戻す。


「魔法陣は詠唱してできる、詠唱は言葉を発してできる」


 わかる。

 魔法陣は効果や発揮する人間によってのみ形が変わるわけではない、詠唱の語句や込めた感情によって複雑に形を変えて効果を発揮するのだ。

 言わば魔法陣は言葉と魔力を組み合わせ。

 言葉に魔力が答え、魔法という作品を作り上げるために魔法陣というプログラムが走る。

 本来自身の内に秘めて済まされるそれは、体外でいくつものソースを組み合わせ魔法を構成していく。

 結果を求め、過程を根源から読み取り従来より多くの魔力に手順、それに時間を掛けて複雑な模様を描き視覚化できる様になったそれらが魔法へと昇華する。


「だから言葉は、魔法で作れる」


 わからない。

 A=Bである、B=Cである。そしてその言葉はC=Aであると言っているようなものだが、どうしてもそこが理解できない。


「そんなに難しいことじゃないよ、実際にコウもやったことあるしね」


 いつだ、と思いコウのほうを向くが彼の頭にも疑問符が浮かんでいた。

 おそらく自覚はなかったのだろう、ルゥはその反応に少し気まずさを覚えながら説明する。


「……偽竜と戦う直前、みんなを鼓舞するために叫んだ時に声が半分耳じゃなくて脳に響いていた」


「あっ」


 確かにあった。

 やけに澄んで聞こえるなぁと思っていたが、無意識下で言葉を魔法化していたのだろう。


「それで効果は?」


 僕はルゥに尋ねた。

 ルゥは僕に答えた。


「ない」


「ないの!?」


 ノータイムで返事が返ってきて、ノータイムでツッコんでしまった。

 これだけ不思議な技術みたいな雰囲気出しているのに何も無いのかい。


「声出さない理由はないし、特別な効果が発揮されるわけでもない。

むしろ声を魔法に変えるために意識や魔力を余分に使ってデメリットしかないぐらい」


「声出せない状況になっている時に使えないの? 喉や肺が潰されていたり、水中にいるとか」


 コウが使い道を見出す。


「そんな状況だと使えると思うけど、前者なら治癒に魔力を回す必要があるし、そんな命の危機に詠唱をしている余裕や、適切に魔法の扱い方を思いつくとは思えない」


 ルゥが言うにはそもそもそんな状況に陥っている時点で手遅れ、もしくは間違いだと。

 普通の魔法を、詠唱一つで強化したところでそんな絶望的な状況が変わるとは思えないと。


「複数の魔法を詠唱したい時はどうだ?」


 ユリアンも思いついただろうことを口にする。


「それもダメ」


 ルゥは一蹴する。

 確かに複数の魔法を同時に詠唱する場合、口が一つしかない以上その口を増やせるのは有用に思える。

 ただ一体の相手に集中するのでも厳しいのに、複数の相手を補足したうえ、それぞれ適切な魔法を判断、二つの魔法を詠唱するために、魔法で言葉を作る。

 とてもじゃないが実用には足らない。

 コウなら死ぬ前にいずれ一度ぐらいは使えるようになった上で必要な状況に出会うだろうが、僕はそもそも雷の魔法一つで精一杯だ。

 雷だけでも複数同時に行使するのはかなり難しい、普通の魔法ならできるだろうが詠唱したといっても劇的に効果が変わるわけではない。


 つまるところ使い道がないというのは正しくない。

 正確には使う場所、使える人間がどこにもないのだろう。


「……で、なんでそれ教えたの?」


 僕は他に使い道が思いつかず、二人とは違いそもそもの根本的な質問をする。

 休憩時間を削ってまで話題に挙げた理由はなんだろうか。


「気楽に聞いてってはじめに言ったじゃん、ただの雑談だよ」


 殴ってやろうか。

 そう思ったがコウとユリアンは興味深い話が聞けて良かったという顔をしているので我慢した。


「それに、何かの役に立つかも知れないから」


 それ立たないフラグだから。





「父上は以前から、自分だけは選んだ道を後悔しないようにと言っていた」


 休憩中、一人ぼんやりと降っている雨を眺めていたユリアンに近づくと彼はそう言った。

 視線の先には天使の梯子。雨雲から陽光が差し込み、雨の終わりを告げているようだった。


「この世に何もかも正しい選択は存在しない、けれど選んだ選択を後悔しない事はできる、と」


 それは、それは僕も似たような感情、信条を抱いていた。


「……例の件の前から言っていたんですか?」


「あぁ。だから父上は迷わなかったのだろう」


 正しくなくとも、間違っていなくとも、常にそれを抱き続けると。僕も思っている。

 でも途端に怖くなる、他人の命を奪ったり、自分や仲間の命が失われるかもしれない。

 そう考えると揺らいでしまう、どうしても怖くてたまらない。


「とても強いお方だったんですね」


「竜には勝てなかったがな」


 たとえ竜には勝てなくとも想いは残っている。

 残った想いを受け継いだ息子は、少し寂しげに雨雲を眺めるがそれでも家族の死を冗談のように笑えている。

 それはとても強いこと。

 僕達は故郷や、スイ達のことを話題に出すことはできる。けれど率先して、その思い出を話す気分にはなれない。

 ユリアンにとって家族の死は既に過去のことなのかもしれない。

 父親が選んだ選択に、一家全員でレイニスへ移動したら竜に皆殺しにされてしまった。

 彼はそれを受け入れている、少なくとも表面上は自分たちが信じて行った結果死んでしまったのだと納得している。


 僕は、無理だ。

 あの日からコウは泣かなくなってしまった、僕は妄執を抱き続けている。

 僕達が前に進むためにはきっかけが必要なのだ、竜を殺すという、きっかけが。


「そろそろ出発するか」


 そう言ってユリアンは立ち上がる。

 誰よりも疲れているだろうに、最悪僕達に見捨てられなす術もなく死んでしまう可能性も頭から離れていないだろうに。

 子でもここまで強いのだ、一度しか会話していないが父親は本当に強い人だったのかもしれない。それが善い意味か悪い意味かはわからないが。

 ……食事ぐらいはお邪魔してもよかったかもしれない。ユリアンと先に面識があったら、そんな強い人々、彼の家族と会話する機会があったら、何か変わっていたのだろうか。


 ユリアンの傍にいたら、竜を殺す以外にあの日を乗り越えるの選択肢が見つかるのだろうか。

 それを確かめる意味でも、仲間を守るためにでも僕は立ち上がる。

 この旅路にどんな結末が待ち構えているかわからない、それでも立ち止まってはいられないのだ。



- 雨雲の向こう側 終わり -

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