58.だから選んだんだ傷つけることを
議論……の域に達してなど無く、理解しようとしていない僕の説得も終わり、少し一人でぼんやりしているとユリアンが喋りかけてくる。
「どうして、選んだんだ?」
「何がですか?」
コウやルゥならまだしも、今日あったばかりのユリアンに内容無く疑問をぶつけられても何のことかまるでわかるわけがない。
相手もそれを承知、というか会話のきっかけだっただけだろう。自分に僕の意識が向いているのを確認し、本題に入るユリアン。
「コウと会話している時、最後に折れたのではなく、自らの意思でこの道を選んだように見えた。
あれほど様々な論点で抵抗していたのに、何を理由に主義を変えられたのかが気になったのだ」
胸中に渦巻くのは様々な感情。
でもそれは一言で言い表せられるものだった。
「そのほうが三人の、みんなの幸せに繋がると思ったから」
ルゥはユリアンを助けたい。
僕は皆を守りたい、命も、心も穢れるのなら共に。
そう考えたのなら答えはひとつしかなかった。
「そうか、お前は優しいのだな」
「……」
「人を傷つけることを嫌い、友人を失うことを嫌う。
お前が父上の立場なら、おそらく事の始まりは対話をもって解決することができたのだろう。もしくはそれを未然に防げたか。
この歳で冒険者を生業に出来る武力に、それを正しく扱える精神力。その希少で守られるべきであるそれらを危険に晒し、汚させることを申し訳なく思う。
でも今は手を貸してくれ、一息つけるときが来るのなら、全身全霊でその恩に報いよう」
「……優しくなんて、ないですよ」
優しくなんてない。
優しければ、生き物を殺し生活なんてしていなかったし、人の死に慣れることもなかった。まして人を殺す覚悟を決めるなど。
強さも、ない。
コウに導かれようやく僕は何を決めるべきなのか気づける程度だし、自身の正しさを証明する強さや、他者を躊躇いなく受け入れる強さも無い。
何より恩などいらなかった、僕は皆が幸せならばそれでいいのだ。
少女になり、戦えるようになって、死に慣れても。
届かない、周りのみんなに届かない、憧れていたあの人にも、届かない。
付き合っていた恋人ならば、もし僕の立場になっても迷わず行動できていただろう。
僕の弱さは死んでも直らないと彼女は言った、けれど僕は一度死に、何度大切な人を失ってもこうして悩み、迷い続けている。
何時になったら強くなれるのかな。
何もかも守り、受け入れるようになるなんて。
その時、隣には守ろうとしていたモノは残っているのかな。
- だから選んだんだ傷つけることを 始まり -
持ち物は僕の短剣一本に、ルゥの短剣二本。コウのロングソードに盾。
衣類は今着ている物と予備が一つずつ、ただコウの予備はユリアンに渡し、もともと着ていた目立つ服は燃やして捨てた。
保存食は数日分に、あとはいくつかの小物だけ。
目標はユリアンの護衛と、無事に王都リルガニアまでたどり着くこと。
道中はレイニスから南東へ向かう地図が作られていない地帯で、地形の悪さから直線距離でも三十日前後かかると予想される。
装備はどう考えても不十分だった。
けれど町に一旦戻り何らかの情報が流れたり、少しでも追っ手から距離を詰められるのを恐れ買い足すことはしなかった。
なに、季節が春なだけマシだ。
少なくとも冬に死に掛けながら進んだあの日々より遥かに楽だ。どこにいるかもわからない追っ手に怯えたり、大切な人を失った僕達の精神は既にボロボロだろうけど気づけば慣れるだろう。
「なるほど、魔力を高速で振動させるイメージか」
「はい、それであってます。ただ炎は扱いに気をつけてくださいね、他の魔法と違い燃え広がると大変なので」
「わかった」
道中黙々と進むわけには行かない。
ユリアンに戦術や魔法の使い方を教えたり、雑談で少しでも心の距離を詰めながら前へ進む。
幸いというか彼は教えたことを吸収する能力に長け、また貴族にしては身分を気にせず素直だったので生徒としては優秀だ。
……その姿はもういない人々を思い出させる。また仲良くなってもいつかは失うのだろう。でもせめて町までは、護り通したいというのが心からの気持ちだった。
「剣の振り方は知っているんですね」
ユリアンには僕の短剣を渡してある。
ルゥが二本持っているのだけれど、僕の短剣が活躍した記憶はないが、彼女の短剣は二本とも上手く扱えていた記憶はあるので僕のを最低限度の護身用に渡すことにした。
「あぁ、学ぶべき最優先の項目は貴族としての仕事だったが、私自身武術には興味、そして自衛する手段が必要だったからな、最近学び始めていたんだ。
……残念なことに魔法を本腰入れて学ぶ前に今日という日が来てしまった、皆には手間を増やさせてすまないと思っている」
どちらかというと偶然僕達の場所へたどり着き、ルゥの興味を惹いてしまったことに謝罪が欲しい。
まぁもうやると決めたので、そんなもの今更貰っても必要ないが。
「冒険譚、とか好きでしたっけ」
「そうだが……あぁ、父上から聞いたのか。
開拓時アメが活躍したことは様々な人から耳に入っている、余裕があれば時間があるときにでも直接体験談を聞かせて欲しい」
いつまでも彼に敵意のような物を抱いていても仕方がない。
少しでも仲良くなれるのならそうするべきだ。
「あの時のことはどう話したらいいのかまだよくわかっていないので……そうですね、はじめて僕達が狩りをした時のことなんてどうでしょうか」
「是非とも。確か西にあった村で過ごしていたんだよな。今の私よりも幼い皆が、どうやってウェストハウンド達と渡り合っていたか興味がある」
「はい……あ、あちらの方角に何かいるのわかりますか?」
僕が指を指す方角に、さっそく覚えたての探知魔法を行使するユリアン。
「三、いや二匹か。こちらの様子を伺っているな」
「正解です。正確な数の答えあわせと、お昼ご飯の調達をしましょう」
僕はそれだけを言うとコウと共に走り出す。
ルゥを最小限の護衛において、あとは先手必勝だ。
「ほう、やはりこの牙や爪は脅威だな」
「これはハウンドですね。ウェストハウンドはもう二回りほど大きいので、襲われた場合頑張って時間稼いでくださいね」
好奇心からかもう死んでいるハウンドを眺めるユリアン。
動かないとはいえ涎塗れな口を開けさせ牙を覗いている辺り肝が据わっているのか。
「解体の方法も教えて欲しい、雑用からならばすぐに役に立てるかもしれないしな」
解体処理など本当に雑用なので、一瞬貴族である少年にそれらを教える必要があるのか悩む。
ただ立っているものは親でも使えと言うので、この状況下では役に立ってもらうことに決めた。
正直荷物持ちすら持つ荷物がないので務めることはできず、一ヶ月前後野外で暮らすとなればじきに体力は落ちきり十分について来れるかも怪しい。
けれど知識を増やすことには本人の吸収の早さも相まってそれほど手間ではなく、また気分転換に、そうユリアンが酷く個人的にいろいろなものを楽しんでみたいという気持ちがあふれて見えたのでそれを優先する。
「不味いな」
死体の処理を終え、少し早いが昼食にハウンドの肉を食べたらユリアンが一言そう呟いた。
解体は雑だった。獲物は二匹いたが片方を殺った時点でもう一匹は戦意喪失していたので見逃し、それでも四人分が食べるには量の多い肉。
犬肉でもまだ食べられる部分だけを切り取り、残りは埋めるのも面倒だったので放置。それを痕跡に追跡される可能性も考えたが、居たとしても追っ手がそれを見つける前に他の獣達が処理してくれるだろうというのが僕達の目論見だった。
「飢え死にしかけたら美味しくなるよ、ルゥが倒れたら合図だね」
コウが薄っすらと笑みを浮かべて笑う。
確かにあれはきつかった、そしてあれの経験を得ても上手いか不味いかで言えば犬肉は不味い。
「ウェストハウンドの干し肉はまだ残ってるよ。試してみる? お湯に浸しただけの干し肉がどれほど美味しいか」
ルゥがコウの言葉に乗りかかり、マントの内側から見慣れた干し肉の入っている皮袋を取り出しひらひらと揺らしながら軽口を叩く。
「いや、いい。食料を節約しなければいけないときが来たら頼む」
昼食の話題にあの行進を出したばかりだ。
それを語る僕達の様子が異常だったのか、珍しく引き気味に話を切るユリアン。
まぁ現状誰かが体調を崩す要因はないし、食料も向こうから勝手にやってくる。
春って偉大だ、まだ少し肌寒いが冬とかいうこの地域でふざけた存在に垢を煎じて飲ましてやりたい。
「町にたどり着いて、それからは何があったんだ?」
何があっただろう。
レイノアに助けられて、ベルガやユズのいる宿を拠点とし、エターナーに気に入られ、そして……。
「今はもう居ない、大切な仲間達に出会いました」
僕達は彼女達の死を乗り越えなければいけない。
それは決して無視するものではなく、悲しみと共に飲み下すものだ。
こうして死を受け入れたり、話題にすることをはそれに大切なことだと、僕は思ったのだ。
- だから選んだんだ傷つけることを 終わり -




