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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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55.出会う驚き

「殺す。あの炎竜を、殺す」


 あいつが存在する限り僕達は何度でも仲間を失う。

 あいつが存在する限り、僕達はいつも空を怯えながら見上げなければいけない。


「アメ、失う覚悟はできていたんじゃないの?」


 コウが薪を抱え近くへ寄ってくる。

 彼が言っているのはスイ達を仲間にするときにした決意だろう。


「できていたよ、でも復讐をしない覚悟はできていなかった」


「はぁ……それで、どうするの?」


 僕の言葉にコウは呆れた、そして慣れた様子で薪を組み始める。

 動けないルゥは放っておき、僕はコウの手伝いをしながら話を続ける。


「遺物は頼れない。あれだけ探索してもよくわからないものばかりで、何の収穫も無かったから」


 ワープする扉を潜るたびに、実は命を天秤に掛けていたと思っている。

 にもかかわらず、持ち運べて、殺傷力のある武器やそれに類似するものは一切見つからなかった。

 戦うときあれば便利、程度にしか考えていなかったが、竜を倒すことよりも倒せる武器を見つけるほうが困難だと感じる節すらあったので、もう完全に選択肢から切る。


 現時代で、竜を倒すというのだ。

 前時代の遺物を使うのは例外に近い。未練も何も感じず忘れてしまおう。


「騎士団も頼れない」


 丁度僕達がお邪魔した時、大規模な部隊があの竜を倒すため現地に到着していたはずだ。

 にもかかわらず討伐されるはずの竜本人は無傷で、挙句狙い済ましたかのように騎士団の施設を襲撃したのだからギャグか何かだろう。

 それにあの爆発に間近で耐えられていたのは僕達と、騎士団員はジーンのみ。それに数名の冒険者らしい人間が咄嗟に対処できていただけだ。

 町全体を破壊できる可能性を持っているのにもかかわらず、五百メートル付近のみをまるで威嚇するかのように加減し爆発したことも気になる。


「竜は高度な知能を持っている」


 人間と同等か、それ以上の。

 騎士団と接敵した頃合に、騎士団の施設を襲撃し、威嚇のように威力を抑えた爆発で攻撃してきた。

 僕達が初めて相対した時も同様だ、まずは威嚇だった。それでも止まらない僕に、竜は炎を飛ばしてきて、逃げる僕達は決して追わなかった。

 次に騎士団の威力偵察、それも適当にあしらわれ、そして全員無事に帰ってきた。

 例外は一つだ。

 非交戦的のくせに、僕達の故郷は全力で吹き飛ばしたその時だけ。

 それ以外は一貫して積極的に人間と関わることを避けている。大規模で討伐に向かった部隊は怒りを買って全滅、そして人間に対し警告の意味を込めて町に来た、そんなところだろう。

 僕達や五人前後の人数で攻撃してもセーフ、五十名前後は町自体、いや人類に警告という形で報復。基準としては人数が二桁以上だとまた同じことが繰り返され、二桁未満だと鼻であしらわれる、か。


「まぁそうだよね」


「それなら付け入る隙はどこかにあるはず、ただの獣ではないのならどこかに」


「それで、何か思いつく?」


 竜の伝承に、炎竜について描かれた娯楽のような本。

 初めて村を襲撃した時に傷ついていた理由、その後は消極的に自己安全を優先して行動している。

 炎竜撃に、水では消せない火弾。翼に、長い尾。ジーンの一撃や、僕の土槍でも傷つかなかった甲殻。

 情報はかなり出揃っている、ただこちらの手札が足りないせいか、相手がまだ切っていないカードのせいで……


「……わからん! 今は!」


「ぷっ……あはは、そこで何かいいアイディア出せたらかっこいいのに」


 今まで黙っていたルゥが堪えきれずに笑う。


「まぁでもそこがアメらしいっていうか」


 コウもどこか笑みを浮かべ、薪を組み終えてから火を点ける。


「じゃあ大きな目標は竜を倒すことで、小さな目的……とりあえず明日からはどう動く?」


「明日、明日ねぇ……」


 スイとジェイドを守りきれなくて、宿に戻るのか。

 どんな顔で会えばいいのかわからない。というかそもそも他の人達は無事なのだろうか。

 今回竜が爆破したのは町の中央から東に行った場所。北には貴族街に、南は政府関連施設。


 政府関連施設と言っても、冒険者向けの案内所などは南西だ。

 宿「雛鳥の巣」はそこから北の町の北西寄り、少なくとも東で爆発しても知り合いが巻き込まれる可能性は低い。


「ジーンさんは……」


 口に出して疑問に思う。あの人は死ぬのだろうか?

 僕達はルゥの体を一時的に犠牲にしたうえ、三人がかりの魔力でようやく生き延びた。

 それを彼は単身、しかも間近で耐えた上、あの竜に挑む余力すら残っていた。


「大丈夫だろうね」


「うん」


 竜はすぐに飛び立ったらしいし、警告という目的を終え飛び去るまで彼が耐えていた可能性は高い。

 無論激しい抵抗をしていたことで竜に脅威と感じられ、殺されていることは十分考えられるが。


「レイノアさん達が偶然通りかかってしまったということはない?」


 東側は商業都市ローレンからの入り口だ。詳しく確かめては居ないが、レイノアはローレンとレイニスを往復して稼いでいるはずだ。

 あの場に偶然鉢合わせ、爆発に巻き込まれてしまったかもしれない。


「いや、それはない。この前そろそろ町を離れるって言ってたから、ローレンに入ることはあってもレイニスに入ってくるタイミングはないはず」


 ルゥが誰かから聞いていたのだろうかそう口を挟んでくる。

 なら大丈夫か、その程度の可能性ならば他の知り合い全員も危なくなる。


「エターナーは? アメどこに住んでるか知らないの?」


「あーどこだろう、聞いたことない」


 もしかしたら危ない、けれど貴族街に住んでいるよりも案内所でまだ仕事をしていた可能性が高いだろう。


「ならあとはリーン卿ぐらいか」


 ルゥの言葉に、


「あ、お風呂」


 思わず口から余計なものが飛び出し、


「……お風呂?」


 コウが僕の発言に不信そうに尋ねる。


「いや、なんでもない。少し別のことに意識を取られてた」


 本人の心配よりも、お風呂が存在する可能性が消えたことを心配してしまった。

 そんな本心は口が裂けても言えない。


 リーン卿は高確率で亡くなっている位置だろう、自宅に居ればだが。

 ただお風呂が先に出てくる辺りわりと本人の生死はどうでもいい。


 右手を見る。

 なら僕が気にするのはこの二人だけだ。

 スイとジェイド。

 スイは僕をお姉さまと慕ってくれて、ジェイドは年下の女である僕を頼ってくれた。

 大切な仲間だった、友人だった、家族だった。


 右手を胸に当てる。今はまだ痛いと感じる。

 失った痛みは確かにそこにある。でもいずれ故郷を失った時のように鈍くなる。

 新しい出会いに、幸せな空間で、失った痛みがどんどん鈍くなっていく。


 忘れはしないだろう、でも思い出そうとしなければ意識に出てくることはなくなる。

 だからまだ失った痛みを感じている今に、復讐を遂げる誓いと共に胸を爪で引掻く。

 どうか少しでも痛みますように、どうかすこしでも傷みを鮮明に覚えていますように。



 徐々に人の死に慣れていっているのがわかる。

 でもそれに比例してか、竜への憎しみは募っていく。

 なんて、不毛なんだ。失った幸福の大切さを忘れていくくせに、失った事実だけをもとに剣を振るなんて。


「明日のことは明日考えようか。少なくとも今町に戻って人助けなんて気分ではないし……少し、疲れた」


 時間が欲しい。

 考える時間が、整理する時間が。


「じゃあ今日は野営で」


 僕の言葉にコウが賛同する。

 走ればすぐに入れる町に、僕達は、少なくとも僕は堂々と入れる勇気を今はなかった。

 仲間を守れず、苦しむ人々の間を走りぬけたのだから。



- 出会う驚き 始まり -



「誰か来るね」


 コウの言葉に顔を上げ、視線の先に探知の魔法を向けつつ仮眠しているルゥを起こす。

 日は既に落ちきっており、暗闇の中から近寄ってきている人物を目視することは叶わない。


 魔力の大きさは個人差が激しく大人か子供か判別できないが、この距離だと流石に人数ぐらいはわかる。

 一人で、魔力を抑え奇襲する気配も無くこちらに近づく人間。

 野盗か何かかと思ったが、どうやらその心配はいらなそうだ。


「あぁ、よかった。人が居てくれて助かった。すまないが一晩だけでいいから世話になっても構わないだろうか?」


 コウとおそらく同年代ほどか。

 容姿も似通っておりブロンドの髪に、瞳だけはルゥと同じで赤い色をしていたが。

 体つきや身のこなしから冒険者とはとても思えず、また洋服が何か上質なもので作られているようで、少し高貴さを感じさせた口調から貴族のようなイメージを植え付けられる。


 コウは僕に判断を委ねるとこちらを見ており、ルゥは目覚めた直後で欠伸をしながら現状を把握している。

 特に拒絶する理由はない。少なくとも暗闇の中彷徨ってしまう、か弱い子供をその不条理に押し戻す意味はない。


「ええ、いいですよ。好きなところをどうぞ」


「ありがとう。助かる」


 それだけを言うと、少年は僕達と同じように焚き火の近くへ腰を下ろす。

 憔悴しきってしまった様子で一息つく彼の外套が少しふわりと浮く。どうやら武器になるようなものも持っていなさそうだ。

 そして視界を確保する魔法や、探知を行っていた様子、こちらの探知に反応した様子もなかった。

 ただ暗闇の中彷徨い、偶然見つけた光源に向かって歩いてきたのだろう。

 今僕達が焚き火を囲んでいる場所は町の近くとはいえ、十分森に入り人間ではなく獣の住処だ。

 武器も魔法も、戦える手段を持たない子供が何故こんな場所へ来たのだろうか。


「あのいくつか質問していいですか?……あ、飲み物とかもどうぞ」


 どう見ても食料を持っている様子はないし、魔法を使えないのだから水源のないこの状況下で水分を取ることすら叶わないだろう。

 押し付けるようにまだ使っていなかった僕のコップに魔法で水をいれ、食料と共に渡しながら質問する。


「すまない、本当に感謝する」


「まぁ困った時はお互い様ということで……それで何故町の南に来たんですか?」


 戦えない人間が一人で町を離れる、という前提はとりあえず置いておいて、何故南なのか、だ。

 発展都市レイニスは東側から町を出ると商業都市ローレンに繋がる整備された街道が存在する。

 何か目的を持って町を離れるにしても、わざわざ整備されていない東側以外を選ぶ理由がないのだ。

 現に一旦気持ちを整理する時間が欲しかった僕達以外は、たとえ竜の襲撃に混乱し逃げたいという一心で町を離れたとしてもここまで来ている人間は一人も見かけていない。


「あぁ、実は命を狙われていて、どうにかして王都までたどり着かなければならないのだ。街道を歩けばすぐに見つかると思ったので、こちら側に逃げてきた」


「はぁ命を……え? 命?」


 命を狙われているということは、人間が相手なのだろう。

 では何故命を狙われているのか、即処刑されるような極悪人? この戦う術も持たないような子供が?

 意味がわからない、おそらく僕が答えを想像するのに必要な情報が決定的に存在していない。


「詳しく聞かせて」


 少女の声が聞こえる。

 爛々と声に瑞々しい好奇心を乗せ、まるで僕やコウと初めて会った時のような目を向けている少女が。

 そのルゥの様子に、僕は何故か少し寒気を感じた。


「わかった、夜を共に越す相手の素性がわからないのは恐ろしいだろうしな」


 少女の言葉に少年は答える。


「けれど先に自己紹介をしてもらってもいいか、私はまだ皆の名前を知らない」


「あぁそうですね、僕は……」


 先に名乗ろうとした僕を手で制止する少年。


「こうして助けてもらっている身分で先に名乗らせるのは忍びない、私から名乗らせて欲しい。

私の名前はユリアン、ユリアン=リーンだ」


 突如暗闇の中から来訪した少年が名乗った名前は、僕が唯一知るセカンドネームだった。



- 出会う驚き 終わり -

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