52.一念を貫く
「騎士団の施設を見学したい?」
「はい」
冬も終わり、春になって町が賑わい始めたころ僕達はエターナーにそう告げた。
現在大規模な部隊で竜を討伐していることはエターナーからの報告で聞かされている。
今頃その部隊は消し炭か、逃げ帰っているかのどちらかだろう。
「……一応理由を伺ってもいいでしょうか」
「僕達の故郷を奪った竜をころ……倒そうとしてくれている騎士団の方々がどういった様子なのかを直接目にしてみたくて」
春になり正式に騎士団の支部がここレイニスに置かれているのは誰もが知っている、そして街中でも騎士団の人々が歩いているのもわかる。
その姿は威厳こそあるものの威圧感は存在せず、文字通り頼もしい人々だ。
ただそれはあくまで生活の中だけ。実際に竜を討伐するための装備や仕事をするための意気込みは現場、もしくは騎士団の施設内部でしか味わえないと思っている。
それらを肌で味わってどうにかなるものではないが、今提供できる情報は全て提供しあとは騎士団の働きを待つだけというのはそれはそれでもどかしくどうにかなりそうだ。
「まぁいいでしょう」
「っ!本当ですか? もし見学できる日程が決まれば教えてくださいね」
直接乗り込んで入れてもらえる可能性はゼロに近いと思っていた。
だからエターナーに取り合ってもらい入れる可能性を十分の一にでも近づけようと思った。
ただその彼女に子供たちが社会見学するようなことを許す権限や、所謂気乗りしないだろうことは予想に難くなかった。
故に、彼女そのその一言は予想外でしかなかった。
「いえ、すぐにでも向かって構いませんよ」
「え……? どういうことですか?」
政府関連施設、それも一般の人間は立ち入りすら許されていない場所だ。
文字通り門前払いされるのが予想される、案内所よりも高位な役所に、教会のような神聖さを兼ね備えた場所だ。
僕達がいきなり見に行きたいです、と言ってその日の内に入れるような場所ではない。
「……元よりとある方があなた方に興味を示していたのです。私は思うところがありそれをあなた方までに届かぬよう処理し、接触することを避けるようお願いしていました」
それは、それはどういうことだろう。
何故騎士団の人間が僕達に興味を示す?何故エターナーがそれを独断で拒否していた?
騎士団が悪いことを考えていて、エターナーはそれを阻んでいたのか、それともエターナーが勝手な想いで、騎士団の善意を拒んでいたのか。
わからない、何を考えていいのかわからない。判断材料がないのだ、今の今まで、この件に関しては何も情報が存在していない。
「行っても、いいんですか?」
僕は尋ねる。
案内所の職員エターナーではなく、ただ本を好きと言った時、言葉に形容することすらおこがましい素敵な感情を抱いてくれた友人に尋ねる。
「はい、双方が望むのであれば私が拒否する理由もないです。
騎士団の方にこう言ってください"ジーンさんに招集され、片腕のアメが来た"と。
おそらくこれでよほど都合が悪くなければ取り合ってくれると思います」
「……はい、ありがとうございます」
「ご武運を」
その言葉を背中で聞き、僕達は案内所の外に出た。
- 一念を貫く 始まり -
「本当に行ってもいいと思う?」
コウとスイ、ジェイドに視線を向け尋ねる。
僕には気づいていないだけで、他の誰かならこうなった裏事情に気づいている人がいるかもしれない。
「いや、わからない」
コウがそう首をかしげ、他二人も同様に何もわからなかったことを示すと僕はルゥを見る。
あまり彼女には頼りたくはないが今回は異常だ、取り返しのつかないことになるかもしれないし尋ねてみよう。
「……多分、だけど思いつくことはある。まぁエターナーが気を使い過ぎているだけじゃないかな」
そうか、それならいいや。
相変わらず詳細は教えてくれないが、是か否かがわかるのならば今回はそれでいい。
「装備、そのままだけど一旦宿に寄ったほうがいいかな?」
今日中にお邪魔できるとは思っていなかったので、話だけつけて仕事に行くつもりだった。
最小限の装備は持っており、その中には刀剣も含まれる。危ないものを持っていって怒られたりはしないだろうか。
「それも気にしすぎ、ダメならダメで一時的に没収されるだけでしょう。ほら、さっさと行こうよ」
ルゥは気楽過ぎるのだと思うけれど。
まぁそれぐらいが楽に生きるのに丁度いいのかもしれない。
そう思い僕達は騎士団の支部へと向かうのだった。
「すみません」
威厳が漂い、近寄りがたかった施設内部へと入り受付の女性に声をかける。
辺りを見渡すと威厳や神聖さはあまり無く、どちらかというと案内所のような一応政府の建物だけど……といった雑さが見て取れる。
無論タバコや酒、料理に職務中読書に耽る人間などはいないが、レイニスに拠点を作りまだ日が経っておらず、片付けきれていない荷物がその辺においてあったり、連絡用の張り紙が雑な字で斜めを向いて留められて、その足元には脱ぎ散らかしただろう騎士団の軽鎧とブーツが置いてあった。
「はい、なんでしょうか」
「ジーンさんの召集に答え、片腕のアメが参りました」
「確認を取ります、少々お待ちください」
そう言って受付の女性は奥のほうへ姿を消す。
事務的過ぎる、というか子供相手にやけに丁寧だとそれはそれでどう反応したらいいのか困る。
そもそも僕はそのジーンとやらがどんな人か全く知らないが、その事実は無礼どころかいろいろ支障をきたすのではないか。
……失敗するとエターナーに泥を塗ったりするのかな、嫌な汗が出てきた。
「確認しました。アメさんとそのお連れの方もこちらへどうぞ」
「……はい」
どうしよう、見学したいと言い出したのは僕なのに、緊張で体は震え頭は真っ白だ。
コウとルゥだけがいつもと変わらない様子で辺りを見渡しているので、あとで気づいたことを教えてもらおう。
ただ今はどちらかというと僕は最後尾で同様に震えている兄妹と並びたい、がアメ名義でジーンという人に会う話なので後ろに逃げるわけにも行かない、やばい。
女性はある部屋で立ち止まり、扉をノックして声をかける。
「副団長、アメさん達をお連れしました」
ふっくだんちょうっ!?!?
聞いてない聞いてない、エターナーそんなこと一言も言ってない。
副団長っていったら騎士団の上から二番目でしょ?この町に来ている騎士団の中では一番偉い人でしょ?
なんでそんな人と僕が会うことになってるの?僕が見学したいって言ったからだよちくしょう!
「入ってください」
部屋の中から聞こえたのは優しそうな声で、丁寧な口調。
それに応え職員の女性は扉を開け、中に入るよう促してくる。
正直、逃げたい。
でも今更やっぱなしで!って言う事が何より恥を塗り、エターナーには泥をかける行為だ。無理でも何でもいいから今は前に進むしかない。
「ど、どうも。突然すみません、アメです」
「いえ、こちらからも会いたいと願っていたので何も問題はありませんよ。どうかお座りください」
中にいたのは第一声で印象づけられたものと同じ生真面目そうな男性だった。
特徴こそないものの、短く切り揃えられた黒い髪に虫でも殺せなさそうなおっとりとした顔だ。
ただ威圧感というか、気迫というか、そういったものが今まで会ってきた誰とも比較できないほど強い。
体は鍛えられているもののクエイクほど逞しいわけではなく、リーン卿のように圧倒的なカリスマを掲げているわけでもないのに何か従いたくなるような気分すら湧いてくる。
今まで会った誰にも無かった、あぁこんな形での力が存在するんだな、そういったものを認識させるような人物。それが直接会ってみて感じた印象だ。
その見た目と実際に相対した時のギャップ。
そして立場を持ちながらも、丁寧に対応してくれるギャップ。
受付の人もそうだったが、子供相手に丁寧な対応をして、調子に乗ったところを食べてしまおうという罠でも張っているのだろうか。
できれば表裏、二重人格のように明確な明暗が存在してくれるほうがむしろ助かる。
「ほら、座ろうよ」
しばらく促されたにも関わらず、僕は硬直してしまった。
ルゥに背中を押され、彼女に続くようソファーに座る。
多分ジーンの頭の中ではマイナス1ポイントとか浮かんでいるに違いない、やばい。
校長室のような空間のソファーに、さすがに五人並んでは座れず二つのソファーに別れ座り、そしてジーンは空いているもう一つの席に座り口を開く。
「あなたが"片腕の閃電"アメさんですね?」
「はい、腕はありますが多分その人です……」
言ってしまって思わずしまったと思った。
緊張しすぎてふざけたことを言ってしまった、初対面の人に。多分2ポイント目引かれた気がする。
「ははっ、おもしろい方だ。私はジーン、まだまだ未熟でありながら騎士団副団長を勤めております」
そう言って表情を崩しながら自己紹介をするジーン。
その後こちら側へ手を差し出してきた……なんだろう、握手すればいいのかな。
「わたしはルゥ、アメの幼馴染」
僕の右手に座っていたルゥがその手を押さえ、椅子に引きずり込みながら自己紹介を済ませる。
あぁ、その手はそういうことか。皆は既に座っている、危うくとんでもないことをしようとしていたかもしれない。
ただルゥが押さえているのは見えただろうからまたマイナス1ポイントか、まぁ実際に握手していたら五ポイントぐらい消し飛んでいただろう。
「俺はコウ、アメとルゥの幼馴染。西にあった村で育ったんだ」
頼むから、頼むからもう少し丁寧な言葉とかないのお二人さん!
僕だけでもやばいのに何だこいつらとかもう絶対思われてるって!
「私はスイです、丁度一年前ぐらいにアメさんに助けてもらい、それから仲良くさせていただいています」
スイは上出来だ。
僕をお姉さまと呼ばなかったし、口調も目上の人に対して問題ないだろう。
「俺はジェイド、です。スイの兄で、同じくアメに良くしてもらっている、んです」
ジェイドはスイにつつかれそう挨拶することができた。
語尾がどう見ても取ってつけたものだが、誠意が伝わればいいと思う。少なくとも僕の後に続いた二人よりは。
「皆さんありがとうございます……そしてこちらの目的から話しましょうか」
僕は驚かない。
言葉の続きが実はお前達を消すためなんだよぉ!と豹変した様子でジーンが叫んでも驚かない。
「アメさん、そしてそのお仲間である皆さんと直接会話をしてみたかったのです」
「それは、何故でしょうか」
僕の疑問にジーンは迷わず応える。
「結論から言ってしまえば個人的に興味があるのです。
"片腕の"その異名で一躍有名になった少女、そしてその仲間達はまだ幼いながらも武勇に優れ、魔法や文学への知識も深い。人格面でも口にする人々が皆賞賛するほどです」
絶対誇張表現や、噂が一人歩きしているパターンです、それ。
「個人的にどのような経歴を踏めばそんな子供たちが育ったのか気になったのと、あとはあまり期待していませんが直接対話し私自身があなた達の能力を認め、皆さんが望めば騎士団に加入することも検討していただきたかった、この二点が私があなた達とこうして会話をしている目的です」
語ることは全て真実なのだろう、もしくは偽りでも真実と認めさせるほど、黒を白に塗り替えられるほどの力を感じる。
期待はしていない、その意味も僕達にその能力が本当にあるのか期待していないではなく、僕達にそのつもりが毛頭無いことを把握した上での発言だとどこか確信を抱かせる。
「えぇっと……」
何から話せばいいのだろうか。
主目的は僕達の力を見定めたい、でいいと思うのだが、僕達の力を示すのにはどうしたらいいのだろう。
履歴書にある自己アピール文を求められているものだ、正直何を喋ればいいのか困る。
「そうですね、ではわかりやすく時系列にそって話してもらってもいいですか?
どのような家庭で育ち、この町で暮らすに至ったかを特徴のある部分、そして話したい場所だけでいいので」
上手く口火を切れない僕に手を差し伸べるよう、わかりやすく道を示してくれるジーン。
それならわかりやすい、開拓の時に冒険者達に伝えたような話でいいのだ。
「どれぐらいの長さにしましょうか」
「そちらが望むままで構いませんよ。嬉しいことに部下が優秀でして、私一人が仕事をしなくとも組織は動けるのです」
それなら、と僕は口を開く。
どんな村で生まれ、育ったのか。
幼い頃から村の仕事を手伝い、コウと共に頑張ったのか。
足りない場所はコウが補足し、スイやジェイドにも伝えていなかった細かい記憶もジーンに伝えると、彼もまたそこが自身の故郷かの如く懐かしそうに目を細める。
絵本で文字を学び、ルゥが来て魔法を学び、それから狩りをしながら日々の訓練や仕事の生活も欠かさず。
そうして村の意識が村の外へ向かい始めた頃、竜が突如襲ってきたこと。
僕達の初めて狩ったウェストハウンドの話を聞けば彼は自身の子供の成長を喜ぶかのように驚き、故郷がなくなった話をしたら彼もまた悲しみを表した。
おそらくその感情の揺れは紛い物ではないだろう。
本当にジーンは喜んだり、悲しんでくれている。僕はそれを信じた、そうしたら今まで感じていた威圧感もいつの間にか消えていて、六人で談笑をするかのように会話を続ける。
真冬に町へ向かって進んで死にかけたこと。
町での生活になれたときにスイ達と出会ったこと。
いろいろな仕事をこなし、訓練を続けながら魔法を開発し、開拓という大きい仕事に参加できその中でも様々な経験を積んだこと。
それから遺跡に行き死にかけ、なんとか帰ってきてのんびり冬を越したこと。
そして現在に至る。
「なるほど……ふぅ」
それだけを言い、溜息を吐き出すジーン。
その溜息は呆れではない、ただの感嘆だ。言葉にできない様々な感情を飲み込むことはできず、思わず漏らしてしまった、ただそれだけ。
「とても、とても素晴らしい話を聞かせていただきました。
いくつか詳しく聞きたい箇所もありますが、そうしていると今日明日では収まりきらないでしょう。
今日はこれだけで満足します、こちらの用件は終わりました。今度はそちらの番です、お待たせしました」
「あーなんだっけ?」
僕達の経歴を語りやりきった感がある。
別の目的があってここに来たはずなのだが、すぐには思い出せず口に出して尋ねる。
「アメが言っていたんでしょ、この騎士団は根性あるのかー!?ってさ」
コウが笑いながら告げる。
少し前までならこんな冗談を言える空気ではなかったのだが、既に空気はほどよく緩み、また話している相手もそれを許してくれる相手だと知っている。
「はい、そうでした。
えっと、僕達は、いえ僕は少なからず西に未だ留まっている炎竜に思うところがあるんです。
なので騎士団はどれほどの能力を持った人々が集まっていて、装備などの資源、そして意欲を持って対処しているのか、そう気になってしまったんです」
「……なるほど」
ジーンはその一言で空気を少し引き締める。
そして僕の思うところも十分に先の話で理解していたのだろう。
「もちろんその望むところに不足があったことで苦情などの何かをするつもりはなく、ただ知っておきたい、自分達の敵討ちを遂げてくれるだろう人々のことを知りたい、それだけなんです」
ただの感情だ、それもかなり原始的な。
知っても何もできることはない、それでも知るだけはしたい、それだけ。
子供の駄々?それ以前の問題だ、知ること、それだけを望んだ、ただの。
「兵ですが、熟練の冒険者も交え皆さんが提供してくれた情報を元に今交戦しようとしている最中だと思います。
数は五十名強、そして一人一人の技量も失礼ですが皆さんよりは上回っていると自負しています」
当然だろう。
話だけ聞いた子供と、実際に能力を見たり、その域まで成長させてきた大人達。比べられるのもおこがましい。
「ただ、その五十名でも竜を討伐することは叶わなく、そして今回の遠征では数名でも生還すればいいというのが私の目論見です」
……。
……え?なんて言った?
「国が独自に保持している竜の資料、皆さんが提供してくれた情報、それに能力ある多数の兵、最新鋭の装備、それら全てを持っても今回の戦闘では勝つことが不可能でしょう」
この町にいる騎士団の中ではトップの人間が、五十名の人間を死ぬために送り、そして討伐すると考えていない。
寒気がした。
やはり先ほどまで一緒に談笑していた人間は、何か仮面を被っていたのではないかと。
「ですが」
けれどその偽りの仮面は存在しない。
「いずれ人々は竜に打ち勝つと、私は信じています」
そこには一人の男が存在した。
何十何百の命を犠牲にして、何千の命を守ると。
一人一人の命の重さを知りながら、それでも正気を保ち指揮を取り続ける意志。
それが初めてジーンと出会ったときに感じた威圧感の正体か。
力でもカリスマでもない、ただ純粋に、圧倒的な強さを持った心。
それが人を威圧させる、それは誰もを息子のように受け入れる父親の強さだけだというのに。
「数名でも帰ってこられれば、そこから得た情報を元に更に王都から増援を求められます。
脅威度が増せば増すほど、情報や資源人員は増え、そしていつか人間はあの竜を退けられるでしょう」
大丈夫だ、そう思った。
この人になら、この人が存在している騎士団になら、任せても大丈夫だと。
存在するかもわからない遺物を求め危険を冒し、未熟な自分であの竜を殺す必要なんてどこにもない。
「他に何か必要な情報はありますか?」
「いえ、特には」
本当はもっといろいろ考えていたはずだった。
でも今はもういい、この男性にならもう何も求めない。
「そうですか、では以後何か動きがあり次第エターナーさんを通じて情報を回しますね。
何か必要な時にも直接私に声をかけて頂いて大丈夫です」
恐らくそんな権限など本来は僕達にはないのだろう。
情報を得ることも、また騎士団副団長に声をかけることも。そして僕達は彼の言葉が今この場だけの物ではないことも理解している。
「……あぁそうだ、今は考えていないのですが、騎士団の入団条件など聞かせてもらってもいいですか?」
ただの興味本位で尋ねる。
「そうですね、所属するのに必要なのはまずは力です。騎士団は国の、そして王のための剣と盾。
人を律し、外敵を排除するためには武力や知略が必要です」
「所属するのには、とは不思議な言い方ですね」
僕の言葉にジーンは喜んだように笑みを浮かべる。
「ええ、良い所に気づきました。
実は所属することは困難でも、加入するだけならば意外と簡単なんですよ」
どういうことだ。
「加入するだけならば何か一つでも長所があれば許可されます。
武力、もしくはそう例えば人より優れた知識だったり、人格、資産、名誉に信条……極論人並みはずれたやる気さえあれば加入することは難しくないです。
ただ加入したあとは数年訓練に費やします。主に戦う術を学ぶのですが、それ以外本当に様々な技術や知識を吸収する期間が設けられます。
そしてその訓練が終わった時期、もしくは十分だと判断された時初めて仮所属から正式に騎士団を名乗ることを許されます。
目安としては二つ以上ですね、二つ以上優れた技術を得られたのであれば、騎士団としてその方に適切な役職を与えられます」
二つ、ということは一つではダメなのか。
武力を認められ加入したがそれ以外の技術を一つすら吸収できなかった人間、やる気だけはあったがやる気以外期間中に得られなかった人間、そういった人々は見放され解雇されるのだろう。
ただ今の言い方だと、訓練期間、もしくは加入した時点で十分な能力を持っていると判断されたらすぐに本採用なのか。
「少し話は変わりますが」
それぞれが黙り込み考え事をしているなかジーンが口を開く。
「今の王はとても怠け者と王都では有名なんですよ」
……。
ギャグ、だろうか。
役職や、物理的な首をかけた。
「怠け者過ぎて、どうしたら一番楽をして国を繁栄させられるか常に考えておられる御方です。
必要であれば重要な役職も躊躇わず切り捨て人材を入れ替え、常に集団が効率よく動けるよう調整しています」
「それは切り捨てられた人から不満が上がるのでは?」
たとえば名誉も金もやりたい放題できる役職にいるあくどい人間が、切り捨てられた後は何らかの報復、もしくは怠慢を働くだろう。
それは結果として国に不利益をもたらすのではないか、長期的に見ればもちろんそれが良いことだとはわかっているが。
「いえ、切り捨てられた人は何も職を失うわけではないです。また別の箇所で空いてしまった適切な役職に収まるだけです」
それは現実的に可能、なのだろうか。
理想論に過ぎない気がする、たとえ王以外にも多数同じ考えを持った力ある忠臣たちが働いたとしてもそれは叶わないのではないか。
「もちろん最良を選ぶことは無理でしょう、ですが元より最善を目指したのであればその目標は現実的に達成できます」
今いる人々で最良を選ぶことは無理。
けれど最善ならば、最低限国として機能することを考えれば十分に成り立っているのだろう。
発展都市レイニスの中心人物であるというリーン卿、エターナーを含めたやる気のあるかわからないがしっかり仕事はこなす案内所の職員達。
開拓も偽竜というイレギュラーに当たったら迷わず撤退したし、後手ながらも迅速に炎竜対策をする騎士団。なるほど、素晴らしいわけではないが、悪くはない。
「これは所謂見習い騎士団も含めます。各々才能を持って入ろうとして、二つ目の何かを見つけることなく叶わなかった人々。
そんな方の素晴らしい一つの特徴に、それには及ばないが悪くはないいくつかの特徴にあわせた仕事を、騎士団で受け入れることはできなくとも紹介することができています」
そこで、話が繋がるのか。
え、だから気軽に入って欲しい、そう言いたいのだろうか?
「僕達が入るとしたらどうでしょうか?」
「そうですね。こうして話をしただけで、あとは案内所にある記録を見ただけですがアメさんやコウさんは少しの間、騎士団の規律などを学べる時間があればすぐに本採用でしょう。
雷の魔法に爆発の魔法、武勇だけではなくとても十一とは思えない能力を持っています」
それは実質採用通知と変わらないのではないか。
職に困った時は考えてみよう。
「ジェイドさんとスイさんはしばらく期間が必要ですね、まぁ一年ほどでしょうか。
磨けばすぐに光る原石でしょう、アメさん達から教わった技術もあることですし同年代の方よりは遥かに優れています」
自己評価の低い二人は嬉しそうに笑う。
その謙遜こそが能力の向上に繋がっているのではないかと僕は最近少し考えている。
まだ足りない、まだ足りない、どれだけ成長してもそう思い続ける、それは精神的負担になるかもしれない、いつまでも自信を持てず満たされないからだ。
けれど兄妹には支えあえるつがいがいる。自分自身を認めることはできなくとも、兄や妹を認めることでそのまま欠点をなくし利点だけで前に進める。
「……ルゥさんは少し難しいですね、いえ、能力がないと言いたいわけではないのですが」
今まで饒舌に僕達を評価していたジーンがルゥに対しては少し戸惑う様子を見せる。
「人より優れた知識や武勇があるのかもしれない。けれどそれらより優れた信条が、自分の持っている才能を全て人並みに落としてしまう。
何でもできる、けれど何かはできない、そう言ったところでしょうか。それだけならばその万能性から国としても受け入れたいのですが、自由気ままな性格が、国としては制御できないあなたの扱いに困ってしまう」
「まぁ無理に評価しなくていいよ。わたし自身それらを自覚しているつもりだし、何より騎士団に興味はないしね」
だからこれ以上喋るな、わたしの中身を晒すな、そう言いたげにルゥは言葉で割り込む。
「わかりました……なんにせよもし希望があれば騎士団のことを検討していただけるとありがたいです」
そう言って話しを締めるとジーンは立ち上がる。
気づけば窓からは夕日が差し込んでいた、これ以上時間を取らせたら悪い……という段階はとうに過ぎて、むしろお腹が減るから帰りたい時間だ。
「いろいろとありがとうございました」
僕の言葉にジーンは、大の大人でそれなりの地位を得られている男は。
「いえ、こちらこそ素晴らしいお話を聞かせていただいたことに感謝します。
情報を流す、と言いましたが、機会があれば私自らまたこうして会いに行かせていただきますね」
拒否する理由はどこにもなかった。
非常に優れた人間であるのはわかっていたし、会えば会うたびに僕達は何らかの益を得られるだろう。
それが例え喋っていて心地よい、それだけだったとしても。
- 一念を貫く 終わり -




