51.幸福は忘却と共に
遺跡から帰ってきて冬になった。冬になると案の定仕事は急激に減り、貯めていたお金で暖かい宿に篭り少しでも早く春が訪れるのを待つだけだ。
遺跡からの収穫はほとんどなく、あそこで見た情報を地図や文章としてまとめエターナーに渡し、若干の情報量を貰えただけだ。
少なくはないのだがかけた時間や資材、それに実際はたいしたことなかったにしても危険度を考えても平然と赤字だ。これなら町でちまちま仕事を手伝っていたほうが懐は温かくなっていただろう。
まぁ良い経験を積めたし、思い返してみればそう悪いものではなかった……二度とあの高さからは落ちたくはないが。
「ベルガさ~ん、終わりましだよー」
表の雪かきに、三角屋根に溜まった雪も落とし溶かす必要がある。
足場の悪い場所での魔法の必要な作業、それに力も必要ということで宿の人間であるベルガやユズにやらせるよりも、宿を利用している僕達冒険者が動いたほうがいいというのが皆の意見だった。
「ありがとうね! はい、これ温かいココア。ゆっくり飲んで温まるんだよ!」
「どうも」
この一杯はサービス、というか雪を処分した仕事に対しての報酬みたいなものだ。
本当はお金としてお礼を払おうとされたのだが、普段からサービスの多い宿に対しこちらからサービスできる機会はそうそうない。冬の間ぐらいは貢献しようというのがこちら側の心情だった。
「よう片腕の! 今日の当番はアメだったのかい、お疲れ様。ベルガ、私にも朝食を頼むよ」
「はいよー!」
裏から出てこずにそのまま注文を受けるベルガ。
無礼というか、慣れた間柄だともはやそんなやり取りは不要なのだろう。
「外寒いですよーあと片腕はやめてください、腕ついてますから……えっとアレサ、さんでしたっけ?」
自然にカウンター席の隣に座ったのは女性の冒険者。
この宿の常連で、本を目当てに懇意にして、また本を提供されるきっかけの一因に僕が関わっているのを知りいろいろと良くしてくれた人だ。
足りないベッドを移動させてくれたり、他の人と相部屋になって部屋を空けてくれたり。
「あぁ合ってるよ、ようやく覚えてくれたか」
最近気づいたが、僕はどうやら興味のない人間の名前はあまり覚えられない性質らしい。彼女の名前も最近覚えられた始末。何度もお世話になっているのに酷い仕打ちだ。
本当に申し訳ないと思う、そして冒険者の死亡率が高いのも問題だと思う、覚えてもすぐに使わなくなる名前なら覚える必要はない。
リーン卿のファーストネームなんてもう思い出せない。
というかお風呂に対する興味がないのであればセカンドネームも既に忘れていた気がする。
「他のお二方とはどうですか?」
アレサが部屋を空けてくれた時、相部屋になったカップルとその後も度々つるんでいるのが記憶にある。
カップルの名前は当然覚えていない。
「あいつらとも良くさせてもらってるよ、部屋もなんだかんだ一緒だしな……ただ時々部屋を離れないといろいろ溜まるのが目に見えてわかるから気をつけないといけないけどさ」
子供にする話ではない。ただこの世界では十分僕も大人なのだろうか。
「はいよ、お待ち。アメは朝食どうするんだい?」
都合良く……もしくはわざとか会話を遮るようにベルガが朝食を運んでくる。
宿の主という対人関係を磨かれた立場にいる彼女の、コミュニケーションスキルの底は見えず、わざとか偶然かすら察知するのは長い間お世話になっている僕にもわからないことが多い。
「僕は、みんなが降りてきてからで」
四人の姿は未だ見えない。
一人だけ少し早起きして作業をしていたので、もう少ししたら起きてくるのだと思うのだが。
利用者で満たされたロビーを見る。
暖炉には薪がくべられ、その熱気や人の集まり、そして厨房から込み上げてくる熱気に外とは違い外套を脱ぎ体温調節をする余裕すらある。
「どうした?」
目覚めで空腹だった胃袋が一旦満足したのか、食べるペースを落としたアレサが辺りを見渡す僕に声をかける。
「いえ、温かいなぁと」
故郷や家族は無くなってしまったけど、ここもそれなりに悪くはない。
ベルガやユズ、アレサに名前の知らない冒険者達、このみんなも第二の家族といっていいのだろうか。
「そうさね、これだけ人が居れば暖かいさ」
その一部であるはずの彼女にはおそらくそんな自覚はないのだろうけれど。
- 幸福は忘却と共に 始まり -
「今日はどうしましょうか」
皆が起きて来て、朝食を食べ終えたあとにスイが口を開く。
「ここでのんびりする」
どうするもこうするもない。
冬というのは秋で貯めたお金と脂肪を消化する季節だ。わざわざこの暖かい空間から出て行く必要はない。
正直自室に帰るのも億劫だ、布団に入っても暖炉や人の存在しない自室はここより寒い可能性すらある。
「ダメですよ、そんなんじゃ。すぐに丸くなって大変なことになりますよ!」
ならないならない。むしろ日々体重は減っている気がする。
筋トレこそしているものの雪が降っている日はトレーニングも休みだ、脂肪に加え筋肉も日々減少の一途だ。
「またデートしましょう、今日は雪降っていないですし」
はじめからそこに持っていくのが目的だったのか、いつにも増して饒舌なスイ。
「外、凄く寒いよ」
「くっつけば温かいですよ」
露骨に嫌な顔をしていたのか、コウが微笑ましそうにこちらを見てくるのが腹立つ。
ルゥを見ると寒い中外出するのは嫌なのか、外套をしっかりと着込みコウとは打って変わり珍しく不機嫌そうな顔をしていた。
「あらあら、でかけるの? じゃあ買出しお願いしていい?」
都合良く……というか、外出する誰かを捕まえて買出しに行かせるつもりだっただろうユズも寄って来る。
ホール全体に聞き耳を立てていたのは丸わかりだったし、スイが計画通りと口角を上げたのを僕は見逃さなかった。
「俺達は走ってくるから」
コウがジェイドと目で合図をしそう宣言する。
逃げるな、荷物持ち。
「じゃあわたしも宿でのんびり……」
「ルゥはだめ、ついて来て」
スイと二人きりでデート、何が起きるかわからない。
それに加え宿の買出しまで頼まれるとかやっていられない。
「ざぶい……」
「……」
ルゥに至ってはもはや愚痴すら出てこない。
今は降っていないが夜は降っていただろう雪は町を白く彩り、地表からも冷気を感じる。
肉という服が一枚足りないルゥにとってはもはや地獄だろう、たとえ暑いことより寒いほうが好きと自称する彼女であっても。
必死に除雪する人々がいるがあまり効果は出ないと思っていいだろう。
雪、すんごい深く積もっていたもん。
「ほら、温かいでしょう?」
普段は避けるスイからのスキンシップも今回は文句を言わず受け入れる。
繋いだ手からは確かに体温が伝わってきて、少しでも体を温めていることがわかるからだ。
無言でルゥを引き寄せ手を繋ぐ。三人で固まると歩きづらいが寒いよりはいい。
「つめたっ!」
「……わたしが一番わかってる」
繋いだルゥの手が一瞬手袋をずれ生身同士で当たる。その時感じた冷たさはまるで雪のようだった。
赤らんだ頬は悴んだせいだけではなく、必死に魔法で体温を上げている結果なのだろう……ただでさえ少ないカロリーを消費して。
「お昼は二人分食べようと思うんだ」
「それがいいよ」
さっき朝食を食べたばかりだが、既に意識は昼食に向けつつ町を歩く。
町の中心まで行けば人はそれなりに歩いており、雪が止んだ今の内に少しでも品々を回そうと必死なのだろう。
「で、何か目的はあるの?」
今までなんとなく歩いていたがスイに聞いてみる。
ちなみに両手に花状態だが、僕自身も一応花なので喜んでいいのかはわからない。というか寒さでどうでもいい。
「えぇと……」
あれだけ元気に僕達を引っ張り出したのにも関わらず、何も考えていなかったということはないのだろう。
どちらかというと口にするのが恥ずかしい、そういった様子だ。
「贈り物を、しようと思うんです」
その物言いに、赤らんだ頬が僕に衝撃を与える。
……いつか来るとは思っていたが、ついに来てしまったのか。
年頃の男と女だ、長い間一緒に暮らし、また命の危機にも立ち向かった。
いつきてもおかしくはなかったはずだ、それが今来ただけだ。
僕の胸に湧いたこの感情は、きっと息子を送り出す気持ちのようなものだろう。
ついに巣立ってしまう、そんな寂しさ。
「……そっか、何がいいかな。大切なことだよね」
「はい、そうですね。私だけでは何も思いつかなくて」
男だったときの気持ちを思い出せ。異性からプレゼントを貰う場合何が嬉しいか。
貰うとしたら実用的なものがいいな、必要じゃなくなった時にすぐに古くなったからと捨てられる程度な。あまり精神的に重いものは苦しい。
でも特別なプレゼントなら一度ぐらいは踏み込んでも良いかも知れない。
「アクセサリーとかはどうかな、お揃いのとかいいんじゃない?」
ルゥがいつか買ってきたような懐中時計。
おそろいで持っても中々良さそうだ。
「いえ、アクセサリーは既にお揃いなので」
「え!?」
「え?」
何時の間にそこまで進んでいたのだろうか。
思わず驚愕の声を上げたら疑問の声で返される。何かがおかしい。
「いえ、その、もうお兄ちゃんには指輪を買ってしまったので、他に何かいいものはないかなぁとお二人に相談したくて」
「……」
急激に体温が上がってくるのがわかる。
今すぐにでも両手で顔を隠したいのだがスイが握る手はともかく、もう片方の手は強く握られそれは叶わない。
「ねぇ、アメ」
次にルゥが続ける言葉が容易く思いつく。
できれば耳を防ぎたいが意図的に強く握られている腕はそれすらも許さない。
「はじめプレゼントするってスイが言った時、びくってしたよね」
言い逃れできない。
しっかり手は繋いでいたし、僕自身驚いたことは未だ忘れていない。
「何と勘違いしたのかなー?」
ねっちょりと絡んでくる。
すぐに核心には触れない、いたぶれる場合は時間をかけてゆっくりと楽しむ、それがルゥという人間だった。
「スイが贈り物をするっていったら、一番は大切なお兄ちゃんで、次は大切なお姉さまのはずなのに、ここにいるお姉さまはいったい誰にプレゼントすると勘違いしたのかなー?」
声が全身を撫でるようにまとわりつき、それが酷く不快感を煽る。
黙って様子を見ているスイの顔には、申し訳なさそうな表情が浮かんでおり、それも自分自身を情けないと思う感情を加速させる。
「ねぇ、アメってその人にスイが贈り物をするって聞いて、どうして驚いてしまっいづっ!!」
手が塞がっていても足がある。
この距離ならば膝が適切だ、一応手で防ぐのは間に合ったようだがかなり良い当たり方をした感触がまだ残っている。
「……まだその口は開きそう?」
「いえ、もう余計なことは出ないと思います」
蹴られた箇所を摩りながらそう宣言するルゥに僕は怒りを静めることにした。
「ということでスイがジェイドに対して、日頃の感謝としてのプレゼントを三人で探しにきたのだ」
「……うん」
「はい、そうですよ?」
それ以外は特に何も無かった。うん。
「マフラーとかいいんじゃない? 二つあっても元々あったやつは町の外でつけてもらえばいいし」
大切なほうは安全な街中で。
使い古びたマフラーは万が一が起きても仕方ないで済ませられるように郊外で。
「あ、それいいですね。どんなものが好きでしょうかね」
スイ以上にジェイドの好みを知っている人間など居ないと思うのだが、これ以上アイディアを求められても困る。
マフラーを細分化すると素材、長さ、色ぐらいか……色。
「遺跡で水晶が光った時さ、ジェイド深い青に見えたって言ってたからそんな色のマフラー渡せば喜んでくれるんじゃない?」
「おぉ、なるほど! それはいいアイディアです、うん、凄く」
スイもこの案は気に入ってくれたようで、三人で衣料品店を見て周りどんな色が彼の言う深い青かを模索しつつショッピングを楽しむ。
皆でワイワイしながら探していたせいか、それとも太陽が昇り始めて暖かくなってきたのかはわからないが、気づけば寒さなど忘れて僕達は町を練り歩くのだった。
お昼頃までに買い物を済ませ、昼食を宿で取るために帰ってくる僕達。
カウンター席には宿の客ではない、けれど見慣れた姿あった。
「こんにちは」
「こんにちは、エターナーさん……やっぱりお仕事はないですか?」
僕の言葉に彼女は少しコップに触れそうだった唇を尖らせ、軽く不機嫌な様子を見せる。
……そんな不貞腐れた態度は少女のようで可愛らしいのだが、エターナーは一体何歳なのだろうか。なんだか怖くて今まで聞けていない、多分これからも。
「あるわけないじゃないですか。ただでさえ町の動きが鈍る季節、当然冒険者に回す仕事なんてほとんどありません。
せっかく溜めていた書類も捌き終わってしまったし、定期的に最小限の人数を案内所に残しながら代わる代わる私達は給料を貰ってサボりですよ」
仕事が無くて、勝手に有給扱いで遊ぶことが黙認されていて、何が不満なのかといえばエターナーはそれらの延長線上に不満を抱いていることを僕は知っている。
「寒空の中動きの少ない市場で本を見つけたり、一人寒い家で震えながら本を読むなんて堪ったものではないです」
要約すると仕事がないのはどうでもいいけど、寒い家で過ごすのは嫌、だ。
冬になってから彼女は部屋を借りていないのにもかかわらず、この「雛鳥の巣」へ入り浸ることが多い。
文字通り人の温もりを求めて。
「ここはいいですよ。室内は暖かいし、誰も本を読むことを邪魔しないですし」
エターナーはスイが買出しを頼まれた材料をユズに渡しているのを見てそうごちる。
彼女にとってここはいい場所だろう、読書を邪魔する存在……仕事を求めてやってくる冒険者はここにはおらず、また彼女を知らない人間は声をかける必要が無く、逆に知っている人間はこの宿に本を無償で提供している存在だと知っているはずだ。
そんな彼女の機嫌を損ねる行為、たとえばつまらない理由で喋りかけるとどうなるか考えると恐ろしくて堪らない筈。
「いっそ部屋を借りればいいんじゃないですか? 一部屋開いていたと思いますけど」
「……既に言いましたよ、部屋を貸してくれって」
「……」
言ったのか。
冗談のつもりだったのに。
「ベルガに一蹴されました"ここは冒険者の宿だ、家を持っている人間に貸す部屋はない"と」
ベルガが言いそうなことだ。
運営理念に駆け出し冒険者を助けるというものがこの宿には入っている。
本が提供されるおかげでそういった人々は相対的に減っているのだが、本当に必要な時は熟練の冒険者を蹴り出してでも受け入れていることを一度だけ見たことがある。
……僕達はまだ彼女にとってひよっこなのだろうか。もし違うのだとしたら、ここ以外にも二次候補の宿を探しておいたほうがいいのかもしれない。部屋が全て埋まっていたときのためにも、いつか蹴り出されてしまうのが自分達だったときにでも。
「故に私は復讐を決意しました。
朝昼晩の食事をここで取り、仕事と睡眠時以外はコップ一杯で読書に励むと」
人はそれを懇意にしている利用者と呼ぶ。
キィという扉の音に、四つの足音。
その中に聞きなれた音が入っていることに気づき僕はエターナーに軽く会釈をしその場を離れる。
「おかえり、遅かったね」
「ちょっと、さ」
訓練というにはやたら時間がかかっていた。
コウとジェイドが持っている荷物から訓練だけではなく、町で何か買い物をしていたのも伺える。
「お兄ちゃん!」
僕の対応にスイが反応し、紙袋を持って飛んできた。
「これ、プレゼント。いつもありがとうね」
「お、おぅ……」
手渡せれた紙袋を開け、僕達の選んだ深い青のマフラーを手に取るジェイド。
紺色という言葉を以前使っていたのは覚えていたので、そう表現はせず深い青と形容された群青色のマフラーを見る彼の反応から、選んだ色は間違いなかったのだろうと確信させる。
「ありがとうな、嬉しいよ」
紙袋に優しく戻し、そうスイに伝えるジェイドの言葉にはどこか戸惑いが混ざっている。
目敏いスイがそれを逃すわけもなく。
「ごめんなさい、色これじゃなかった? それともマフラーがだめだった?」
「あぁ、いやそうじゃないんだ。これを見てくれればわかると思う」
ジェイドはそれだけを言うと、スイに持っていた紙袋を渡す。
恐る恐ると言った様子でそれを覗くスイ、そして何か納得がいったのか破顔して兄を見上げた。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
近寄って彼女が受け取った荷物を見ると、薄い桃色のマフラーが入っていた。
「あぁ……俺だけが贈り物するつもりだったのにな」
ばつが悪そうに首に手を当てるジェイド。
きっと彼的には一方的にプレゼントする予定だったのだろう、それが双方贈り合う結果どころかスイに先手を打って渡されてしまった。
嬉しさもあるが、同時に驚きや戸惑いもあり上手く感情を表現できなかったのだろう。
「あの色、コウが勧めたの?」
二人と離れているコウに近づき、浮かんだ疑問をぶつける。
「うん、プレゼントしたら?って勧めたのもだけど」
「……でも同じマフラーで、同じ目的を持った色って」
偶然じゃない。
少なくともコウが裏で暗躍していたとしても、マフラーと決めたのは僕達女三人の時だった。
「アメがアドバイス受けたらどう答えるかって考えたら、当たっちゃったみたいだね」
怖い。
ストーカーどうのこうのじゃない、完全に思考や人格といったものが彼の中で僕がトレースされて存在している。
まぁいつものことなのだが。
「それだけじゃないでしょ」
ルゥが近寄ってきて。
「スイに頼まれてたんじゃない? ジェイドと別れて行動できる日を作って欲しいって」
そう呟いた。
コウはその言葉を肯定も否定もせず。
「アドバイスはしたけど贈り物をするって決めたり、どんな物を贈るか決めたのは全部最後はジェイドだったよ」
そう言っただけだった。
「あ、そうだ。アメ、はい」
コウが二つ持っていた袋のうち片方を差し出してくる。
嫌な、いや良い予感がする。
「……開けていい?」
「もちろん、ルゥはこっちね」
そう言いながら二つ目の袋を渡したのを確認し、一緒に中身を確認する。
僕が渡されたのは財布だった。
最小限の植物のレリーフがあるだけで、どちらかというと女性的だが中性的な印象を受ける可愛らしくも実用的な財布。
ルゥが渡されたのは袋。
いつも彼女が干し肉を入れているようなもので、普段持っているものよりも上質でお洒落だ。
「ありがとうっ、凄く嬉しい……でも僕は何もプレゼント買ってないんだ、ごめんね……」
スイとジェイドは結果的にだがプレゼントを贈りあった結果になった。
それに対し僕は何も用意していないことに少し居心地の悪さを覚える、もちろんそんなもの気にする必要がないのはわかっているけれど。
「ふっふっふっー仲間にされてもらっては困るよ」
ルゥがにやにや笑いながら外套の内側から何かを取り出そうとする。
え、まじで?
「はい、コウにプレゼント」
「おぉー!」
コウが貰ったのは手袋だった。ただ防寒用とは違い、こちらは実用的なもの。
指貫な上、滑りにくい素材でできており、剣や盾を扱ったり、繊細な魔法を行使しても邪魔にならなさそうな一品だ。
「……ちょっと走って買ってくるっ!」
「待って、アメ!」
コウの声が後ろから聞こえる、でも振り向かない。
一人だけ誰にも贈り物を買っていないなんて、示し合わせてなかったとしてもこんな情けないことはないだろう。
今ならまだ間に合う、そう思い扉を開けたが現実は残酷だった。
「雪強くなってきているし、別に気にしないからさ」
追いついたコウに慰められる。
空からはヒラヒラと雪が舞い降り始め、その強さはとてもじゃないがコートを羽織っても出歩けたものではない。
無理に出て行ったとしても開いている店のほうが少ないはずだ。コウ達が帰ってきたのは天気が悪くなる本当にギリギリのタイミングだったのだろう。
「ごめん、ごめんね。こういった気遣いできなくて本当にごめんね……?」
「いいよいいよ、ほら早くお昼食べよう? お腹空いちゃった」
五人中四人が贈り物を用意していた。
その唯一何も準備をしていなかった一人になってしまった悲しみ、僕はそれを胸に刻んで今後機会があれば率先して何かを用意しようと決意したのだ。
- 幸福は忘却と共に 終わり -




