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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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49.夢中幸福

 食事を済ませ、体を拭いてから皆で寝る準備を終える。

 その間あの水晶は起動させなかった、気味が悪いとかではなくこのまま点けているとリラックスしすぎて疲労の溜まった体では意識が飛びそうだったからだ。


「どうする? 一応内側から鍵かけれるけどベッド一つ足りないし誰か見張りに起きる?」


 ルゥの提案に誰も乗ろうとはしない。

 現状危険がない上に鍵までかけられるのだ、誰が好んでそのような疲れる真似をする必要があるのか。

 たとえ交代で二時間だろうが孤独にはなりたくないし、睡眠を削りたくもない。


「そう、じゃあ誰か一緒に寝ないとね」


 珍しくルゥが提案をしたかと思えばそのことがあったか。気づけばそんな問題は些細なことで、僕の中では問題として認知されていないことを自覚する。


「いいよ、長い目で見ればいつものことだし一緒に寝よう」


 満面の笑みでこちらを振り向いたスイから目を逸らし、逸らした先にいるルゥにそう告げる。

 部屋の中は熱くも寒くもないので、くっつくと多分若干熱い気がするが、空調は効いてる、もしくは人によって体感温度が変わる可能性があるのであまり気にしないでいいだろう。


 水晶を起動させ、光と香りが部屋を包むのを確認し僕は部屋の電気を消すスイッチへと向かう。

 各々がベッドに入り都合のいい体勢を探しているのを確認し電気を消す。

 暗くなった部屋の中、存在を強調するのは自分にとって心地の良い光と香りを放つ水晶だけ。

 ルゥの隣に座り、皆に声をかける。


「ライト、どうする?……点けとくね」


 横に寝ているルゥもそうだが、他の三名からも返事や反応はない。

 おそらく溜まった疲労に柔らかいベッド、そしてこの水晶のおかげで既に意識は無いのだろう。

 なら明るさを気にする必要もないか。僕自身寝る際に点いていても気にならないほどこの光は心地良い。


 水晶は起動したまま寝よう。

 ベッドも案の定どんな体勢でも体が痛くなることは無く、ただ横になっているだけで胸に充足感が溢れる。


 珍しく良い夢が見れそうだ。



- 夢中幸福 始まり -



 仮眠を取り目が覚めると、いい匂いが漂ってきた。

 それがきっかけで体にスイッチが入り、胃袋も空腹を訴え始める。

 きっと今日のご飯は美味しい、いつも以上に働いたのだから。


――懐かしい記憶。昔の夢を見るなんてあまりないのだけれど。


「もう少し待っててね、アメ」


 一階に下り、母親とコロネ、そしてコウが料理している間から今日のメニューを確認しようとすると彼にそう制止される。

 ろくに休息もせず料理を手伝っていたのか、コウの原動力はどこにあるのだろう。


――まだ幼いコウが、僕に喋りかけてくる。視線を自由に動かすことは叶わないが、恐らく彼と同じ年齢なのだろう。


「アメはいいのか?」


 自分の席に着くと既に居たウォルフにそう聞かれる。

 父親も居る、二人とも特に土や血の臭いがしていない辺り今日は見回り程度に済ませたか、休息日に当てたのだろう。


――もう居なくなってしまった四人。酷く懐かしく、愛おしく、胸が苦しくなる。


「はい。料理はちょっと……」


 家事は、というか料理は苦手だった。

 火に気を取られてしまうせいで調理に集中できないどころか、必要以上に疲れる。


――僕の口が勝手に動く。まだこの頃は火が苦手だったっけ。当時はこんなこと思ってるけど、火に慣れた今でもコウやスイが料理を担当してくれるので僕は結局ほとんど料理なんてしないのだけれど。


「お前にもできないものがあると少し安心するよ」


 人を何だと思っているのか。


――まったくだ。僕はあなたを、ウォルフを守ることすらできなかったのだ……できなかった? 今ここにこうして彼はここいるのに?


「まぁそれぐらいが丁度いい。それに料理ならコウがああして学んでいるからな」


 うむ、と頷くうちの父親。

 どこか含むところがあるやり取りに目を逸らしつつ、熱心に、そして何より楽しそうに調理をしているコウの背中を眺める。

 きっとあいつの妻になる人は幸せだろうな……とふと思ってしまい、何のために目を逸らしたのかと自分を責めたくなる。

 今その枠に一番当てはまりやすい人間は僕そのものだ。


――夢を見ているのだっけ、夢を見ていたのだっけ。村から出て精一杯生きる、そんな夢を。


「おまたせ」


 そう言いながら料理を並べていく二人。

 二年前とは違いテーブルは大きいものに変えた、イスも六個以上ある。

 まるで六人家族のようだ、というか六人家族なのだろう。

 血縁などもはや関係ない、そして六人集まりわいわいやっていれば他の人も釣られてきてここで食事をする、そこまでくると尚更家族という枠が曖昧になる。村そのものが一つの家族のようなものだ。

 以前、大人達が言っていた村と共に死ぬ選択肢、それが存在する理由も今なら理解できる。


――誰か一人いない気がするが、大切な人はここにみんな揃っている。だから、僕は夢を見ているのだろう。さっきまで仮眠していた記憶がある、その中で見てしまったのだ、嫌な、夢を。


「ん……?」


 料理を口に運び違和感を覚える。


「どうかした?」


 コロネが何かを期待して口を開く。

 その隣に座る母親も笑みを殺しきれずに反応を待っている。


――既視感。前にもこんなこと無かったっけ?出来事?味付け? そうだ、前の世界で食べたような味付けを今口に運んだ料理が備えていたのだ。


「いえ、美味しいな、と。というか……」


 好みだ。

 普段より味が強く、香りより味覚を意識した味付け。

 そしてどこか懐かしい。


「悪くない」


 そう言ったのは父親。


――相変わらず言葉が少ないんだから。でもそんなところが魅力的で。


「でも少し味が濃いな」


 これはウォルフ。

 特に反論が無い辺り、父親も同意見なのだろう。


――ウォルフが補足したり、誰かが成りたくない役割を務めるのもいつものこと。


 あぁ、なるほど。

 あちこちに散らばっていた意識が唐突に収縮し、一本の線になり脳に突き刺さる感覚。

 違和感は普段食べない味だったからだ。

 懐かしさは前世で頻繁に口にしていた味付けだったからだ。

 そして二人の反応、きっとこの世界では主流ではない味付け。


――いつもの。そう、いつものことだ。この心地よい空間は、世界はいつも通りの日常だ。


「今日の料理はほとんどコウが作ったのよ」


 母親の、一言。

 隣に座る少年を見る。

 少し頬が赤く、目を合わせないよう意図的に自分の料理を注視している。


 きっと、僕の反応がよかった料理が何かを普段から分析していたのだろう。

 きっと、いつも以上に僕が疲れた今日に、それを試してみたのだろう。

 何をしているのか悟られないように、仮眠をしている間。少しでも疲れが取れるようにと。


 脳に刺さった太い線が、心を打ち貫く。


――じゃあ今ここにいる僕は何だ? さっきから脳が二つになったみたいに、思考を並列して行っている。


「コウ」


 名前を呼ぶ、彼が振り向く。

 きっと彼以上に僕の頬は今紅いだろう。

 でも、それでも手を伸ばす。


――消えよう。脳は二つもいらないし、この幸せな世界に僕は不純物だ。


「……ありがと」


 そのまっすぐな好意に、今は答える時だろうから。


「うんっ……!!」


 頭を撫でていた手をそっと目元に移す。

 ほら、また泣いちゃって。





 僕は、涙を拭いていた手でコウの首をへし折った。


「……アメ?」


 息子に声をかけようとしていたウォルフが声を上げる。

 空気が凍り付いている、今何が起きたのか理解できない、理解したくない、そんな感情が空間を凍らせる。


「コウが泣けなくなったのは、僕のせいだ!!」


 手に持つのは合金製の短剣。

 何年後かに持つ、この時間ではまだ持っていない命を奪うための剣。


 テーブルの上、食器を割りながらウォルフに近づく体も、十一歳の体まで成長している。

 動揺し、現状についていけず対応しきれないウォルフの胸に刃を突き立てる。


 驚愕に彩られたその表情が意味するのは、裏切り。

 家族だと思ってた少女に、自分の命が奪われるそんなふざけた事象に。


「……やめろ、アメ!」


「裏切ったのは僕だっ!」


 ようやく娘が何をしているのか理解できたのか、メイルが身を乗り出し僕を拘束しようとする。

 体格差を活かせる下方向にはテーブルに乗っている現状移動できない、ならば上だ。

 伸ばされた手の手首を握り、父親の後方へ移動するよう跳躍する。

 振りほどこうと力を込めた動きを阻害しはせず、そのまま掴んでいた手を離し首を腕で絞める。

 流石にへし折れない……どころか呼吸を阻害することすらできていないのではないか。

 僕の父親はこんなにも化け物だったのか、だった(・・・)のか。


 力で敵わなくとも刃ならば。

 むき出しの首に短剣を刺そうとするが空いた手で刃を掴まれ阻止される。

 薄く肉を裂き血が出るのがわかるが、これじゃとてもじゃないが致命傷には至らない。

 どころかこの体格差、一旦攻勢を止めたのなら僕に勝ち目はないだろう。


《僕はあなた達を守れなかったのだ!!》


 夢幻舞踏。

 父親の知らない魔法、そもそもルゥがいないのだから魔法を能動的に扱えるわけがなく、対抗する術も思いつかないままメイルは沈黙する。

 僕はそんな彼の首をかき切り、残っている二人に視線を移す。


「……」


 現状を把握しようとしている母親に閃電を撃つ。

 屋内での轟音、鼓膜が振るえ、そして体が震えることすらできなくなるアネモネ。


「アメ、どうして……」


 残ったコロネが悲痛な顔で尋ねる。

 一瞬で大切な人々を失ってしまった、それも娘だと思っていた人間一人によって。


 僕も、故郷を失ったとき、こんな顔をしていたのだろうか。


「夢、だからです」


 問いにそれだけ答えると、僕はもう一度腕を突き出し電を放つ。

 最後の一人を殺め、意識がゆっくりと浮上していく。


 まるで起きているようだった。

 コウの首をへし折る感覚も、ウォルフの胸に短剣を突き立てる感触も、メイルの首から噴出す血液の温もりも。


 だから、覚めなくてはいけない。

 こんな夢は見てはいけないのだ、故郷を守れなかった僕にその資格はない。

 命を奪う感覚は鮮明で……そして味わった幸福も鮮明で。気づけば溺れそうになる、幸せな夢に溺れ二度と辛い現実に帰れなくなりそうだった。



 一人エターナーから騎士団の状況を聞いたり、竜について調べたりしたのは何故だ?


 竜を殺したかったからだ。

 偽竜を殺した快感が忘れることができず、村を滅ぼした本物ならばこれ以上の悦びを僕に与えてくれると信じていたから。


 遺跡に来たのは何故だ?


 自分の手で竜を殺したかったからだ。

 殺すための遺物や技術、それらを手にしたら自分にでも何かできるのではないかと思ったから。


 帰ろう、現実へ。

 この夢を打ち壊し、目的よりも脱出を優先しなければならない現状へ。


 僕がいるべき場所はそこなのだから。



- 夢中幸福 終わり -

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