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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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48.気づけば皆がいる壁の内側

 初め窓から入ったとき正面に見えていた十字路にたどり着く。

 小さなホールになっているようで、それぞれ別の場所に行けるようだ。

 プレートで何か文字が書かれているのはわかるが、今来た場所が水族館だということ以外どこがどこに繋がっているかはわからない。


 少なくとも水族館区画は水槽の上の扉以外探索を終えた。

 後ろはほぼ安全なのであそこを拠点にするか、いざというときに退避するのに使おう。


「他の場所は、水族館じゃないみたいですね」


 スイが掲げられているプレート達を見ながら呟く。

 確かに今出てきた場所に書かれていたものとは全て違う文字が書かれている。

 売店や飲食店があるのか、それとも完全に別の娯楽施設にでも繋がっているのだろうか。動物園とか。


 動物園なら大丈夫そうだな。魚が死んでいたから動物も死んでるだろう。

 町並みに規模が大きく、独自の生態系を築いて今の今まで生き物が生きているようだったら逃げよう。

 百年以上前の生き物なんて想像がつかない、まぁ行く場所がなくなったり食べ物が減ってきたらそこに喜んでいくのだけれど。


「左でいいよね」


 水族館を出てから左側の通路を進むことにする。

 迷ったときは左だ、そういう心理を付いて罠を仕掛けるのは効果的だろうが一応娯楽施設みたいなので罠だとしても財布が緩くなる程度だろう。施設が機能していないうえ当時扱われていた金銭は持ってないので影響はない。


 僕の言葉にもはや隊列など気にせず皆で適当に並んで進む。

 歩く通路は水族館用の通路と特に差は見当たらず、今から行く場所がどんなところかなんとなくですら掴めない。

 もう少し娯楽的な意味でも変化が欲しい。前時代では機械や特殊な能力があれば、今もパネルに表示しなくとも様々な演出が見れたのだろうか。案内や宣伝の映像とか。


「こうも長い通路だとさ」


 退屈だったのか珍しくルゥが話のきっかけを作る。


「気づいたら後ろから顔の無い人間が走って追いかけてきたりしそうだよね」


 顔のないってのっぺらぼうなのか、頭そのものが無いのだろうか。

 というか今後ろからそんなものが追いかけてきたら逃げ道は正面しかない、同じような化け物がいたらむしろそいつを倒してから進んだほうが安全だろう。


「何言うんですかルゥさん! 私後ろ確認できなくなっちゃったじゃないですか!」


 僕が見当違いな心配をしている間に、感受性豊かなスイは生々しく、そして恐ろしい存在を想像してしまったのだろう。

 隣を歩くルゥを後ろに差し出すよう、少し早歩きになりながらそう悲痛な声を上げる。

 怯える女の子は少し可愛いかもしれない、たまには僕もルゥの意地悪を手伝ってみよう……こうして騒げば先ほど抱いた負の感情も気づいたら消えてくれるだろう。


「……スイ」


 振り向きながら名前を呼ぶ。


「何ですか!?まさか本当に後ろから何か来ているわけじゃないですよね!?」


「うん、大丈夫だよ」


 僕は前から振り向いているので当然後ろには何もないことがわかる。

 背後と、そしてスイの表情を確認しながら僕は告げる。


「でも、後ろに何かいるんじゃないかと気にしている時、そいつはいつも上からニヤニヤ見ているんだよ」


「ひっ」


 短く悲鳴をあげ、ジェイドの裾を蜘蛛の糸かと言わんばかりに握るスイ。


「今のは少しヒヤリとしたな……」


 頼られているジェイドがそう言っちゃいけないでしょ。

 スイの表情凄いことなってるぞ。


「うん、わたしも今のはきた……」


 お前もか、ルゥ。

 ホラーなジョークを言い出したのは誰だよ。



- 気づけば皆がいる壁の内側 始まり -



 適度に肩の力を抜きながら、通路を歩き終える。

 見たところ水族館と造りは変わっていないようで、通路と部屋がそれぞれあるようだ。中央にホールがあると思われるが、ここからは中を確認できず少なくとも通路から顔を出す必要があるだろう。


「どうしよっか、内側からか一応外側から探索するべきか……スイの足下に居る人に聞いてみようか」


「その話題はもういいです」


 すっかり平静を取り戻したようで、くだらないギャグを一蹴するかのごとくスパリと言い切るスイ。

 少しつまらないがここからは未知の領域だ、しっかり気持ちを切り替えるとしよう。


「中からがいい人」


 そう言いながら自分で手を挙げる。

 コウと兄妹が手を挙げるのを見て、僕は手を下げ口を開く。


「賛成四、どちらでもいい一で中から調べます」


 この構造上中も外もあまり変わらない。

 むしろ中心部にいる場合、逃げる場所が出入り口の四箇所に加え各部屋も含まれるから安全な節すらある。

 外周にあるだろう休憩室で襲われた場合は最悪だ、唯一の逃げ道はそのありえるかも知れない脅威に抑えられ、なんとか部屋から出ても左右の二箇所しか選べないのだから。


 出入り口に近づき、念のため体を出す前に頭だけ覗き込む。


 そこには植物達が広がっていた。

 花は一つ一つ隔離し育てられ、木々は高く生い茂る。

 少々、というかかなり育ち過ぎているが、人がいないのであれば仕方のないことだろう。


「ここは植物園だね、果物とかあればいいけど」


 頭上を見上げると薄暗かった水族館の照明とは違い、太陽のような明るく、そして温かい光源が辺りを照らしている。

 スプリンクラーのようなものもあり、栄養さえあれば育ち続ける環境が整っているのだろう。

 土壌の栄養はどこからか運ばれてくるのか。枯れた親の体が土に返り、子供はその栄養を元に育つサイクルでもできていたのか。


 植物園といってもそう広くはなく、水族館同様いくつか娯楽施設を詰めこんだ一角の一つといったところ。

 無造作に生い茂った木々により視界が若干遮られるものの、何かあればすぐに駆けつけられる程度だ。

 皆で散開しホールに何か無いかを探す。



「あっちも何も無かったよ」


 見たことのない木々に若干心奪われていたのか、コウが最後に集まり報告する。


「ここまで何もないとかなり長い目で見ないと状況が変わらなさそうですね」


「まぁまだ数日は大丈夫なんだ、気楽にいこう」


 兄妹の会話を聞きつつ現実を見る。

 現状あまりにも何も無さ過ぎる、それこそ何万何十万で国が買い取るほど異常な遺物は現状存在していない。

 頭上にある光源や、ジュースサーバーなどはそれなりの値段をするだろうがとてもじゃないが持ち運べるものではない。

 少し遺物に対しての認識が間違っていたのかもしれない、それこそゲームに出てくるような特別なアイテムが多いと思っていたが今のところそれに匹敵するものは影すら見当たらない。

 明るい擬似太陽が作り出す自身の影を見る……本当はあるのかもしれないが、気づいていないだけなのか?

 前世の知識があるが故その脅威を脅威と理解していない、いや、それはないか。少なくとも絵本に載っているような御伽噺や、国が把握している遺物は詳細こそ隠されているものの尋常じゃない事実は隠れきれない。


 なら可能性は、全て誰かに取られた後か、はじめから存在しなかったか。

 戦争は約二百年前だっけ、それも御伽噺や伝聞で語り継がれる程度で、戦争が始まったのが二百年前か終わったのが二百年前かも語る存在によって違ってしまう。

 僕達が今暮らす時代と、前時代と呼ばれる時代に間にもう一つ別の何かがあった可能性……二百年の間に世界は二度滅んだ?


 憶測に憶測を重ねるのはやめようか。

 現状地上へ戻れるかも怪しい段階では、そんな脅威となる遺物は存在しないほうがありがたいのだ。

 今僕達がいる施設はただの娯楽施設。文明の基準差で危険になることはあっても、もとから危険を有するように設計された施設ではない、と信じたい。


「部屋、見ていこうか」


 思考に耽る僕の代わりにコウが提案する。

 植物園の内側も、水族館同様六つの扉が存在している。

 多くは資料を展示しているスペースだろうが、水槽の上に繋がっているようなイレギュラーがどこかに存在しているだろう。気を引き締めていこう。


 一つ目の扉を開ける、一面に唯一ある場所からだ。

 開けた途端熱気が体を襲う、火傷こそしないものの常に浴びていれば汗をかき水分不足になるだろう。

 この地域の夏より少し暑いそれは、秋である今と比べればかなり温度差がある。幸い水分はトイレから清潔な水が補給できるのであまり気にはならないのだが。


 その肌でわかるほどの異常さは部屋を一望してみればすぐに理由がわかった。

 展示されている植物の質が違うのだ。どうみてもこの地域に生えるようなものではなく、乾いた大地に適するようなそんな植物達が栽培され見物できるよう並べられていた。

 異常である理由が正当であれば怯える道理はどこにもない、居心地の悪い空間を早々と調べ終え、当然のように無成果で退出する。


「反対側は寒そうだね」


 ルゥの言葉に誰もが頷く。

 そして当たり前のように凍えるほどの寒さを有していた部屋を迅速に探索し、反対側と同様に部屋を出た。

 ……この地域は随分寒いと思うのだが、それよりも更に寒いということは南極にでも植物を生やしているのだろうか、この世界は。

 前世では極端に寒い地域だとコケ程度しか育たないはず、にもかかわらずそれなりに成長している木や草が存在していたということは、植物も魔力を有していることから独自の生態でも築いているのだろうか。

 まぁどれぐらいの地域を想定して、具体的な気温を設定しているのかを確かめる術はないので何ともいえない。それに御伽噺という名の神話を信じるのであれば平気でコロコロと常識を覆せた世界だ、雪国にジャングルを作る程度造作も無いのだろう。そんなレベルだと気にしても仕方ない、あと食べられそうなもの無かったし。


「では残りは従業員用の部屋と、資料室、それに別の場所へ繋がるところぐらいですかね……それバーン!」


 わざわざ口に出し勢い良く扉を開ける。無用心にもほどがある。


「なんで勢い良く開けるの?」


 そう思い僕が注意する前にコウが指摘する。


「いえ、勢いよく開けたら行き先が変わるかなぁと」


 その言葉にジェイドが呟く。


「一理あるな」


 ねぇよ兄バカ。


「ふーん」


 ルゥがそう興味心をそそられる様にスイをまじまじと見て、勢いよく開けられた扉を一旦閉めてから再び今度はゆっくり開ける。

 変わらず同じ景色を映している内装を確認し、彼女はスイに対して声をかける。


「いい発想だけど、今回はハズレだね。次また別のこと思いついたら試したらいいよ」


「はい!」


 褒められたスイは嬉しそうに返事する。

 ジェイドは元より、コウもその発想に感心している様子で自分でもいろいろ考えているみたいだ。いや、もしかすると注意しようとして声をかけたのではないのかもしれない、どうしてそんな発想に至ったのか知りたかっただけなのだ。

 ……僕、もしかして頭固い?


 硬直している僕を見て、ルゥが部屋を見た感想を代弁する。


「頭固いアメは置いておいて、ここにも何も無さそうだね」


「心の中読まないで」


 部屋の中は他の箇所のように育てられている感じではなく、ケースに入れられたり模型で展示されているようだ。水族館で輪切りの魚類が居た場所の植物バージョンか。


「読んでないよ、固まった表情と動きを見たら誰でもわかる」


 嘘、と周りを見渡すが、ジェイドは自然に視線を逸らし、スイは苦笑いを浮かべるだけ。

 コウに至ってはいつも通りといった様子だ……多分彼にはいつも僕が何を考えているかわかってでもいるのだろう。


「次、行きましょうよっ」


 スイが僕を気遣ってか無理やりもう一つの扉を開ける。

 中はスタッフルームみたいで、清掃道具のほかに追加でシャベルやジョウロ等が置かれている。

 本当にどういった生活をしていたのだろうか、前時代の人々は。こんな、言ってしまえば原始的な方法で植物を整える必要はないと思うのだが。

 一部技術が極端に発達しているだけで、多くの分野、もしくはそれにあやかれない人々はこういった道具を使う必要があったのだろうか。


 残り二つの片方を開ける。

 そこも予想できていたように対面の部屋と同様資料室となっていた。


「内側は次が最後だね、水族館と同じならここも何か特徴があると思うけど」


 コウの言葉に僕がドアへ手をかける。


「また上、か別のところだろうね……はぇ?」


 扉を開けた先、そこには完全に予想外の光景が広がっていて間抜けな声を出してしまう。


「ヘビでもで、た?」


 一応何かあるはずだと思い、後ろに下がっていた皆も僕の反応を見て部屋を覗き込む。

 皆は無言だったが、ルゥだけは口を開きながら部屋を見て、そして途中で中を見たのだろう、口を閉めるのを忘れただただ現状を把握しようと努めていた。


 部屋にはベッドが存在していた。それも四つも

 ホールから差し込む明かりで暗い内装を確認でき、ホテルの一室といったところで入り口のほうにはスイッチが見える。おそらく部屋の照明用だろうか。


「これは、ちょっとわかりませんね」


 スイの言葉に無言で同意する。

 何故植物園の中に寝泊りできるスペースを作る必要があるのだ。


「空間が捻じ曲がっていて別の場所に繋がってしまっているとか」


 コウの意見は一番ありそうだ。

 そして一番考えるに値しない、偶然そうなってしまっているのなら、そこに根拠はなく危険性を推測することすら叶わないからだ。


「植物を楽しんだ後、睡眠を取るのが流行っていたとか」


 これはルゥの言葉。

 至って真剣に推測する彼女の表情含めギャグか何かだろうか。


「開けた人が望む場所に繋がるとか」


 ジェイドの言葉にスイが反応する。


「あぁ、それ便利そうだね」


「いや、できるなら睡眠より地上に帰るのを優先したいんだけど」


 思わず指摘してしまう。

 どこにでも行けるのなら上の劇場にでも飛ばして欲しい、無理なら少しでも近づける何かが欲しかった。


 僕達のやり取りにコウは無言でスタッフルームへ行き、シャベルを室内に置いてからドアを一旦閉め再び開ける。


「何してるの?」


「扉の先が宿なら、開けた人によって行き先が変わらないのかなぁと」


 すぐ傍に置かれたシャベルは寸分違わぬ場所に置かれたままだ。

 僕が開けた部屋をコウが開けなおし、そして僕達は五人できている。

 ベッドが四つしかない事を考えるにそんな便利な機能は存在していないようだ。


「これで固い場所で寝なくて済むね」


 嘘でしょコウさん。

 何故確かめるのかと思ったら実用できるかどうか考えるためだったのか。こんな気味が悪い部屋で寝たくないんだけど。


「……一度外周を確かめてからでも遅くはないのではないか?」


 ジェイドの提案に、まずはそうしてみることにした。





 そしてすぐに戻ってきた。

 予想通り休憩所二つにトイレ二つ、何か特殊なものに出会うこともなく、また時間経過で部屋が変わっていることもなく。


「結構いい時間だと思うけどどうする?」


 ルゥの言葉に悩む。

 体感ではそろそろ夜も良い時間だろう、長い間、それも野営を続けた後に遺跡という未知の空間に取り込まれ肉体精神共々相応に疲弊している。

 ここから出られる目処はつかない、そして出られたとしても何日かかるのか。

 そう考えるとここで想像もつかない部屋を寝泊りする場所と決めるのはリスクに相応しい気がする、何らかの危険性があったとしてもゆったりとくつろげるスペースは代えがたい物だろうから。


「……一応様子見ようか、家具とかダメになってるかもしれないし。大丈夫そうならここを拠点にする方向で」


 僕の決定に誰も反対はせず、皆で部屋の内部を詳しく確かめる。

 出入り口にあるスイッチを押すと案の定部屋のライトが点き、そして部屋に一見異常がないこともはっきりとわかる。

 家具が腐っていたりしたのなら部屋を開けた段階で臭いに気づくはずだ……それどころか埃っぽさすら感じないのはむしろ異常だが、この遺跡に入ってからそんな異常なことにも慣れてきた。


「へぇ、凄い上等ですね」


 部屋の中を散会し適当に見て回るとそう呟くスイの言葉が聞こえる。

 確かに凄い上等だろう、というか前世の僕の部屋より質は良い、そしてその辺のホテルよりも質が良い。椅子は長時間座っても体が痛くならないような作りのうえ、見た目もどこかお洒落だ。ベッドは恐らく枕と一緒に形を体に合わせて変えるタイプだろう、少し寝るときが楽しみだ。


 ただ二つだけ違和感があった。

 窓がないことと、バスルームが無いこと。

 今は地中に存在しているとはいえ本来この施設は地上に建設されていただろう、この部屋以外は入ってきた場所のように窓が少しずつでもあるのでこの部屋がおかしいのだ。

 だからそういった用途の寝室なのかと思った、でもそれだとバスルームが無いのがおかしいし、ベッドは一つだけでいいのだから。


「これ、なんだろうね」


 部屋内部の探索もほとんど終わり、コウがベッドの隣にある大きな水晶玉みたいなオブジェに触る。

 すると突如薄っすらと明かりを放ち、室内を優しく照らす。

 オレンジ色のその光は安心感を感じ、そして柑橘系特有な安らぎを与える香りをどこからか運んできた。

 その明るさの強度、そして質から寝るときにも点けたままで良さそうだ。邪魔になるどころか安眠を与えてくれるだろう。


「多分、寝る前に使うようなライトだと思う……香りも出すような」


 触るだけで光るとは何とも便利なものだ。

 寝る直前物ぐさな時にも、その大きな本体を適当に触れば消えてくれるのだろう。起きる時も何となく手を伸ばせば明るさをくれるはずだ。

 

「ほんとだ」


「楽しそうですね、私にもやらせてください」


 実際に点けたり消したりするコウにスイが近づく。

 もう三つあるのだから別にその一つに拘る必要はないと思うのだが。



「わぁすごいすごい。光っている時に香る匂いもいいですね……桃のように素敵な」



 スイの発言に場が一瞬冷え切った錯覚を得る。

 今、なんと言ったのだろうか。


「……?どうしたんですか皆さん?」


 どうやらその寒さは錯覚ではないようだ。

 そして、聞き間違いでもないと。


「変なこと確認していいかな」


 僕の言葉に、スイは聡明にも何か不穏なことが起きていると悟り頷く。


「……はい」


「桃の香りがしたんだよね」


「そうですね。あの優しくて甘い、ゼリーや直接切って食べるほうが私は好きな果物です」


 少しでも認識の齟齬をなくそうと詳しく説明してくれるスイ。


「色は、光の色は何色に見える?」


「薄い桃色です、丁度私やお兄ちゃんの髪の毛みたいな」


 どういうことだろう。

 どうしてそこはズレていないのに、本来ズレないはずの部分がズレる?


「俺には薄い水色の光に、好きな花の香りがする。アメの様子から多分みんな別のものを見て、嗅いでいるのだと思う」


 思考に耽り、スイとの認識の共通が遅れた僕に代わりコウが答える。

 彼女はその言葉を聞くと怯え、一度明かりを放つ水晶に触れ消そうとしてから、やはりそんな未知の存在に触れるのは怖かったのか手を引っ込める。


「わたしバニラの香り、光は白だよ」


「……俺は深い青に、香水の香りがするな」


 ルゥの告白にジェイドが続く。

 いや、別にどんな色とかはどうでもいい。


「みんな落ち着く色と、香りを感じるってことでいい?」


 僕の言葉に皆が頷く。

 そうか、なら……


「安眠グッズ、以上。寝る準備をしよう、柔らかいベッドに素敵なオブジェクト、今から楽しみだ」


 僕はそう言い放った。

 だんだん楽に生きるコツがわかってきた気がする。



-気づけば皆がいる壁の内側 終わり -

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