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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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46.霧中幸福

 ルゥの一声で一旦トイレ休憩ということになった。

 ただ肝心のルゥは用を済ませる様子はなく、女子トイレ内の設備をキョロキョロと眺めている。

 僕も特に催してはいないのでルゥの様子が気になり喋りかけることにした。


「どうしたの? 名分だったにしても済ませてたほうがいいんじゃない?」


「いや、ちょっとどの程度か気になってさ」


 何がどの程度なのだろうか。


「アメはガラス、とか設備壊そうとした?」


「……ガラスを壊そうとしたけど、衝撃に強いみたいで壊れなかった」


「そっか、運が良かったね」


 何その発言、こわい。

 表情に出ていたのか僕の顔を見て、スイが個室に入っているのを確認し少し声の音量を下げてルゥは尋ねた。


「警備機能が生きているとか考えなかったの?」


「……」


 考えてもいなかった。

 もし破壊や盗みを働いたら人がいなくとも、エネルギーがまだ生きているのだ、そういった存在が活動している可能性は十分に考えられたはずだ。

 どこからかサイレンを鳴らしながらロボットが近寄ってきて拘束されたり、その辺の壁から銃が出てきて撃たれたりしたかもしれない。


「まぁ監視するようなものがどこにもないから大丈夫だとは思うけど」


 絶句する僕にルゥが続ける。

 確かにトイレの入り口や、僕達が入ってきた窓辺りは監視カメラを置くポイントだと思うがそれらしきものは見当たらなかった。

 頭上の光源を一々確認したのでそれは覚えている、無意識でそれを考慮し施設を破壊しても大丈夫だと判断した、そう言い訳したい。いや、そうに違いない。そうだろう、うん。


「多分アメが想像している技術より何歩か先だと思うよ、ここ。悪いことをしない、できない、そういった文化が前提での技術達」


「そっか」


 それが僕にはどの程度なのか想像できない。

 魔法があって、機械よりも優れているような施設で、一体人々はどんな生活をしていたのか。


「おまたせしました……わぁ凄いですね、全部自動なんて」


 手を洗い乾かす、その動作一つ一つに感動してみせるスイ。

 そんなスイを見て、ルゥは。


「あ、わたしもトイレ。置いていかないでね、待っててね!?」


「……行くなら先に行っておきなよ」


 僕は苦笑いするしかなかった。



- 霧中幸福 始まり -



「方針は決まった?」


 トイレから出てきてルゥの第一声、図太いにもほどがある。


「まだだよ……一応みんなで話し合ったほうがいいと思ってね」


 わたしは皆に合わせるのに、そう言おうとして口を開いただろうルゥを遮る。


「穴から上がるのは現実的ではないですね。壁が脆いのもそうですけど少し高さがありすぎます、五人の魔力でも厳しいですし、五人がそんな複雑な作業を一度も失敗なく行えるというのは楽観的過ぎます」


 スイの言葉に僕とジェイド以外も同じことを考えていたことを確認する。

 冷静に落ちる準備をして降りてきたスイ達と、僕達二人の意見だ。遺跡が一歩目から命の危険があるようならそんなリスクを取るのもありだと思うが、現状トイレとそこまでの廊下は安全だし、五人いることによって指輪は緑色に戻っている。

 落ちてきた距離を把握している上に、五人全員が繊細な作業を失敗なく長時間息を合わせ遂行しきるのは到底無理だと認識するのは僕にはできないことだ。


「なら第一目標は地上への帰還じゃなくて、安全の確保だね」


 僕の言葉にコウが答える。


「まぁそうなるよね。探索して脅威がないとわかった場所を増やしつつ、期待できないけど食糧確保もできれば。

あとは時間の経過や怪我の頻度を確認しながら、体内にあるエネルギーと食料を比べてその時が来たら徐々に遺跡内や縦穴を登るといったリスクを取る感じかな」


 妥当だ。五人や所持している食料などの総エネルギー数が僕達の寿命だと思っても問題はないだろう。

 餓死するだけではなく、栄養が足りなければ魔法で傷を治すことすらできなくなる。

 結果危険を承知で動くこともできず、動けなければその分選択肢や可能性が減り、地上に帰ることは叶わないだろう。


「そうと決まったら早く動き始めるか。隊列はさっきと同じでいいと思うがどうする?」


 ジェイドの問いに少し考える。

 さっき彼は先頭を歩いていたせいで死に掛けた、リスクの分散や同じ失敗を繰り返さないためにも指輪の所有者を変えて隊列を変えるか?

 いや、結局最前列と後列が一人なのは問題がある。何が起きるかわからない現状だし、指輪を確認しつつ脅威の察知と対応をその二人に強いるのは無理があるだろう。


「コウさん、お兄ちゃんに並んでもらっていいですか?」


 スイの言葉にコウはジェイドと並ぶ。

 その判断がベストだろう。一人では駄目なら二人、別に並んで歩けない広さではないのだ、一列に拘る必要はない。


「じゃあルゥはスイに並んであげて、荷物はまた僕が持つから」


 ジェイドからリュックを、スイからランタンを受け取る。

 ランタンはよく割れていなかったものだ。油こそ零れて半分程度になっているが、光源として使えるものがあるのは大きい。

 今のところエネルギーが生きていて光源は確保されているが、どこか暗い場所があるかもしれない。リュックにもランタン用の油が少し残っているし、現状の食料が尽きるまでの時間は光源として機能してくれるだろう。


「次の部屋を目標でいいよね」


「うん」


 コウの言葉に頷く。

 直進し開けた場所に出て一気に情報を得るのもいいが、今は安全な場所を増やしたい気持ちが強い。特に弧を描いてもし一区画の安全を確かめることができたのなら、その一帯はひとまず安全ということになる。

 そこを軸に探索することが可能になるし、背後を警戒する必要性を減らせるのは精神衛生上もいい。エネルギーは何も物理的なものだけではないのだ、気力も残さなければ体力の消耗は激しくなるし生存は難しくなる。


 頼もしい男二人の背中を追いつつ、次の部屋へたどり着く。


「なんだろう、これ」


 曲がり角を覗き込んだコウが呟く、初めの曲がり角がトイレだったので次も部屋だろうと思っていたがどうやら通路になっているらしい。

 ジェイドも安全を確認し同様に中を見るが反応は似たもの、こちらからは扉がなくて通路になっていることしかわからない。


「みんなも見てみて、ちょっと何かわからない。代わりに二人で周りを警戒しておくから」


 コウの言葉に女三人で曲がり角を覗き込む。

 そこは部屋と形容するのは相応しくなかった、広大な空間が正しいだろう。

 水を満たした液体がそこらかしこに存在し、また若干暗めに意図した照明がそれらを浮かび上がらせる。


「不気味、ですね」


 スイの言葉に僕とルゥは答えない。

 確かに何も知らない人間からしてみればその光景は不気味だろう、でもそれは僕にとっては恐怖を抱く対象ではなかった。


「……ここは大丈夫だと思う、一応警戒しながら着いて来て」


 未知に対し不安を抱く人間が先頭よりも、既知に対し懐かしさすら覚えている僕が先導したほうがいいだろう。

 有無を言わせず歩き出した僕に、皆が慌てて付いてくるのがわかる。

 念のため警戒しながら進む、推測が正しいのであれば危険はないだろうが、前時代の人間にとって危険ではないものが僕達にとっては危険である可能性があるからだ。


「お姉さま、ここはマズイですって!」


 スイの言葉が聞こえる。

 確かに水底に沈むそれ、骨を見れば暗い照明も相まって危機感を抱くだろう。


 でも僕は止まらない。

 止まらず、空間を見渡せる中央まで移動し、それを確認したので皆に伝える。



「水族館だよ、ここ」


「すいぞくかん?」


 コウの反芻。

 聞いた事のない言葉で、理解の及ばない現状。


「水槽があるよね。それを大きくして、泳ぐ水生生物たちを見て楽しむ施設、それが水族館」


 だから僕は丁寧に教える。

 みんなが理解しやすいように、十一の子供が同年代の子供に。


「あぁ、だから骨、なのか」


 入ってきた入り口とは反対側の壁に設置されている大きな水槽。そこには泳ぐ魚達はおらず、おそらくサメなどの大きさだった魚の骨達が無数に砂の上で並んでいるだけだ。

 周りにある小さな水槽も似たようなもの、動くものは存在せず、ただ座して佇むのは骨ばかり。


「自動で餌をあげたり、運ぶ機能はあったんだと思う。でもその食べ物を育て、加工し、補充する機能まではなかったんだろうね」


 もしくは全て整っていたが、どこかがいつか壊れてしまったか。

 人がいなくなり、整備されることのなくなった施設は直ることもないのか、その自動で直す機能も壊れていたか定期的に承認する人間が存在する必要があったのか。


 真実は今はもうわからない。

 想像できるのはエサのなくなった魚達が堪えきれず共食いをはじめ、最後に一つ残ったそれもいずれ餓死して死んでしまっただろうことだけ。


「そう考えるとこの不気味な光景も……」


「……あぁ、寂しいが何か悪いものじゃないものを感じるな」


 なんとなく兄妹の言っていることはわかる。

 退廃的な、たとえば廃墟に魅力を感じるようなその感覚。それはおそらく誰しも感じるものだろう。


 実際僕も骨と水だけしかないこの光景に何かを感じている。

 水は清潔だ。水の浄化装置は今も生きているようで、大きな水槽の端を見渡せるほど綺麗に澄んでいる。

 施設は水を守ることはできても、その中で生きる魚たちを守ることまではできなかった。

 そして朽ちた死骸は今も、浄化するための施設に排除されることなくただそこに存在する。

 それは機械的な施設にとって骨はゴミだと判断されなかったのか、そもそもそうなることを想定していなかったのか。


「こんな大きな骨って、生きていたらどんな魚だったんだろう」


 哀愁にも似たような感情に溺れている僕達とは変わり、コウは生前に動いていた骨を見て想像を膨らまし楽しんでいる。

 同じものを見ても感じるものは人によって違うということか。


「ルゥはこういうの嫌い?」


 そんな僕達とは違い、淡々とあたりを調べ続けるルゥに尋ねる。

 珍しいものが好きな彼女だ、反応を示さないというのは好みではなかったのか。


「いや、好きだよ」


「じゃあなんで?」


 どうしてそんな反応なの、そう付け足す必要もない。コウほどではないがある程度ならルゥとも言葉を削って会話できる。

 僕の質問にルゥは少し考えた様子を見せ、丁度いい言葉を思いついたのだろう、口を開いた。


「シチューのおかわりをしたら、カレーがでてきた感じ。両方好きで美味しいんだけど、そういう気分じゃないっていうか」


 料理の例えは誰にでも物を伝えるのに丁度いいと、レビューサイトでよく見ていた記憶があるがそれにも例外があるようだ。

 言葉や共通認識が少ないと、正直彼女が何を言っているのかわからない。


 僕の言葉にルゥはもとより納得してもらうつもりがなかったのか、それだけを告げると辺りを見渡す。


「入ってきた場所と同じような出入り口があと三箇所、この区画は四角くなっているみたいだね。

どこかは違って別の場所につながっていると思うけど、小部屋に繋がるだろうドアが何箇所かあるのはいまでもわかる」


 一時の間ただ観賞するだけに勤めている三人と違い、僕とルゥは現状を確認し少しでも情報を増やしていく。

 出入り口は四箇所、そしてそれ以外のドアは六箇所。一箇所は僕達が入ってきた出入り口の場所にある、位置的に恐らくトイレと、入ってきた通路の間に部屋が存在しているのだろう。

 対称的に作られているのか、対角線上に当たる場所もドアが一箇所。そしてドアが二箇所ずつある場所も斜め同士で存在している。

 ……何か、違和感を覚える。おそらく情報の足りていない憶測で、なんらかの推測を脳がしているのだと思うが今はその違和感の正体が掴めそうにない。


「ほら、みんな探索するよ。近い場所からドアを調べよう」


 そんなあやふやな勘に引きずられる余裕はない、声をかけ三人を現実に連れ戻す。

 感傷に浸っている余裕はあまりない、気づけば現実の自分は死んでいてもおかしくない状況だ。見学するにはまだはやい。

 眼前にあるそれらを鑑賞物ではなく墓前と受け取れるのなら、僕達にはまだ生きるために動くことはできるだろうから。



「ここは、小さな水槽が並んでいるだけかな」


 コウの言葉に安全を確認し、全員で一番近いドアに入り中を調べる。

 外と同じで中で生きていただろう生き物の解説でも残っていたのか、文字の読めないパネルだけを残して他に特徴的なものはなかった。


 中央の空間に戻り、入ってきた場所から右手側にある二つのドアの手前を開ける。

 ドアに書かれていた文字はスタッフオンリーとでも書かれていたのだろうか、簡易的なテーブルと椅子、そして掃除用具と思われるものがいくつかあるだけだった。


「おかしいな」


 かけられていた棒を手に取りジェイドが呟く。

 ほうきや水切りのようなものは見当たるが、モップや雑巾が見当たらない。

 ジェイドが持っているそれがモップだったのだろうか、百年以上の月日で布部分が腐るとしても何らかの痕跡が残っていてもおかしくはないと思うのだが。


「ゴミも自動で掃除されるのかも。水槽みたいに」


 なるほど。スイの言葉に納得する。

 衝撃を吸収しやすい素材で遺跡自体が構成されているのではなく、不要なものは分解したりできる機能も備えている可能性は十分にある。


 そうなると、いやそれ以前に不可解なことが生まれてしまうのだが。

 そもそもこういった技術を有する文明が、ほうき等を必要とするのか。全部自動とはいかず、人の手が必要だったのかは正直想像もつかない。


 特に何もなかったので外に出て隣にあるドアを開ける。

 剥製や模型の輪切りといった、水族館らしい資料が並ぶ部屋だった。

 残念ながら残っているパネルは文字が読めないし、役に立つようなものは何もなかったので用はなかった。余裕があればあとで雰囲気を楽しみ、気を晴らすため見学に戻ってもいいかもしれないが。


 部屋を出るとき、改めて内装を眺めるが特に異常はなかった。

 僕達が出入りする際に何かが起こるわけでもなく、ただ僕の胸を先ほど感じた違和感が少し内側から撫でただけで。


「ここも、初めと同じかな」


 コウの安全確認を終えた報告に隣の場所、入ってきた場所とは反対にある一箇所しかないドアを開け中を覗きこむ。

 小さな水槽が並んでいるだけで目ぼしいものは何もなかった、入る手間すら必要ない。


 次。

 この空間最後のドア二つ、その片方を開ける。


「なんだろう、ここ」


「安全?」


「見るだけは」


 コウの言葉に覗き込む。

 抱いた感想はなんだろうだった、というか判断する材料がない。

 開けたドアは通路に繋がっていて、すぐ左側へと曲がっているせいで何も見えない。


「入ってみる? 俺達二人だけで様子見て」


 少し、考える。

 現状危険なものは何もなかった、そして先の見えない部屋……もとい通路に出くわす。

 危険がある可能性は少ない、けれど先が見えないのは怖い、今までとは違う内装もそれを加速させる。


「二人で様子見てもらっていい? 曲がり角まで行って何があるか伝えて欲しい」


「わかった」


 ジェイドの返答に僕は続ける。


「ルゥはあたりを警戒、スイは指輪を確認しつつ僕と一緒に二人を見る」


「はい」


「うん」


 それぞれの返事を聞き、コウとジェイドが慎重に曲がり角まで行く。

 何かあったときに余裕をもって二人を守れるのは他の人間だ。

 既に安全を確認している中央ホールはルゥに任せ、スイと共に二人を見守る。

 ジェイドが顔を出し、危険がないと判断したのかコウと共に全身を出して曲がり角の先を見る。


 二人からは、何も反応がない。

 言葉が出ないというか、何を出せばいいか困っている様子だ。


「……アメだけ、来てみて。何か間違っている気がするけど、何がおかしいかがわからない」


 その不安を煽るようなコウの言葉を聞き、僕は通路へ一歩一歩踏み出す。

 そして見た、一見自然な、不自然な光景を。


 水が張り巡らされたプールのような場所。

 その広大な空間は前世の知識から一つの回答を導き出す、恐らく大きな水槽を上から見たらこのような景色ではないかと。

 全身を悪寒が走る。得体の知れないそれ、多分コウやジェイドが感じたそれと同じもの、先ほどから僕が感じ続けている小さな、もう無視できないほど肥大化した違和感。

 あと少しで届きそうだった、それがなんであるかを。



「情報交換しよう。二人は何を感じた?」


「いや、気味が悪いだけだな。不釣合い、この光景は何か相応しくない、そんな感情だ」


 ジェイドの言葉にコウは無言で頷く。

 彼もきっと同じような感想だろう。


「僕は、少し具体的に言える……あの大きな水槽あったでしょ、中央ホールの」


「あぁ」


「あれを上から見るとこの景色になると僕は思う……ただ、下にこんな水槽あるかな?」


 今のところ階を移動できるような階段は見ていない。

 そしてそんな大きな水槽を縦に二つ並べる理由も見当たらない、大量の水の管理は横のほうが都合がいいのではないか。前世で行ったことのある水族館でも、あまり縦に水槽を並べていることはなかった気がする。

 生き物を出し入れしたり、水の移動は、水槽を縦にした場合どのような不都合がでるのか。手間?耐衝撃性? 詳しくはわからない、わからないから、そこに届かないのか、違和感の正体に手が届かないのだろうか。

 気味の悪い不安。何かがわからない、わからないままだと命の危険があるかもしれない。

 気づけない、初めに違和感を抱いた段階でそう推測するのには十分な材料が足りていたはずだ。そこから更に二度、違和感を覚え今ここにいるのに僕は。


「ルゥ!スイ! 異常はある!?」


 言葉の少なかったコウがはっと何かに気づいたように声を上げる。


「こちらは何もないです!」


 スイが何もないと首を振るルゥを見て、自身の付ける指輪の色を見せながら答える。


「今から戻るから、扉、絶対に閉めないでね!」


「何に気づいたの?」


 僕達を連れ、部屋の外へ出ようとするコウを呼び止める。

 ジェイドも何が起きているのかわからない様子で言葉を待つ。


「後で話すよ。ただ今はここから出よう、正直何が起きるかわらかない」


 神妙な顔を浮かべるコウに僕達は無言で従い、そのまま外に出て二人と合流する。

 コウは一度ドアを閉め、少しだけ開けてからまた閉めた。


「えっと、大量の水が張られた場所の上みたいな所だったんだよ、アメが言ったとおり大きな水槽を上から見たらああなっていると思う」


 拙いながらも必死に伝えようとするコウに、頷くスイとルゥ。一応伝わっているみたいだ。


「ただ、広すぎたんだ、その空間は」


 ……あぁ、あぁそういうことなのか。

 僕達の感じた疑問は、そこだったか。


「今までの小部屋だったら収まりきらないほどに」


 悪寒が全身を走る。

 そんな得体の知れない場所に僕達は居て、その光景を目撃してしまったのだ。


「少なくとも奥行きは、普通に伸びていたらここに繋がっている四箇所の出入り口に当たるより広かった」


 この水族館のようなエリアに入るためには、それぞれ十字路のようになっている場所から入らなければいけない。

 そして内側には扉が二箇所ずつある場所が二つあり、そこはその出入り口を挟んで小部屋が存在している、はずだった。

 それが正しいのであれば、その常識が通用するのであれば、この扉の向こうにあれだけの空間が存在するはずがないのだ。


 今ならわかる。初めになぜ違和感を抱けたのか。


「……一旦外側確認してみていい? 推測が正しいのであれば、この部屋がおかしいことの証明になると思う」


 僕の提案に意見を言う人間は誰もいなかった。

 無言で近くの出入り口から水族館の外側に戻る、丁度遺跡に入ってきた窓とは反対側か。


 廊下の角、あちらとは違い土で埋まっている窓の元へ歩き、その景色を見る。

 同じだった、後ろにある窓が埋まっていること以外は同じ。左側に通路が二つ、右手側には出てきた通路と、もう一つ。


「なる、ほど。そもそもここからがおかしいんですね」


 スイがようやく現実を飲み込めたように呟く。


「この水族館区画が四角形だと仮説して、それぞれの面に二つ通路がある。

そしてその内側、通路の片方から水族館に入ると同じように四角い空間でてきている水族館に入る。

その中にある部屋数、それが全て同じ大きさの部屋だったとしたら、二つ部屋がある場所はそもそも間違っているんですね」


 スイの思考にコウが答える。


「うん。わかりやすく言うと出入り口を挟むように部屋が存在していてはいけない。

外側の通路は全部部屋へと続くものと、水族館に続くものの二箇所だけ。

内側の扉は一箇所と二箇所ある場所が二つずつ、でもそれだとスペースがないんだよ、出入り口を挟み込むように二つの部屋が存在するスペースは、外側に一つ部屋がある以上どこにも」


 どうしても被ってしまうのだ。

 外側にトイレ等の部屋があれば、内側の二箇所あるうち片方は空間が足りない。

 最初にスタッフ用の部屋と資料室に入った時点で気づくべきだった、この大きさでは外側から入る部屋の場所がないことに。

 無意識の内に把握し、判断していたのかもしれない。

 外側の部屋はトイレしか確認してないから、他の通路は本当にスペースを取らない程度のものでしかないと。


 その違和感を抱えたまま、残り二つのドアを開けてしまう。

 致命的なまでに、広い空間を有していたドアを。

 そこでようやく僕達は気づいたんだ、この空間は捻じ曲がっていると。



- 霧中幸福 終わり -

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