45.命の危機で僕達は笑う
結局どれだけの時間落下し衝突したのかはわらかないが、衝突してから座れるようになるまで数分かかったことだけはわかる。
「何食べたい? 潰れたパンに、バラバラの乾燥野菜、干し肉は……おぉ凄い、無事だ。ちょっとランプの油みたいな臭いがするけどきっと気のせい」
「何でもいいからくれ、腹が減って仕方ない」
リュックの中身も滅茶苦茶だったが、僕とジェイドの体も滅茶苦茶だ。
それを治すためには魔法を使えばいいわけだが、体を再生するには相応のエネルギーが必要となる。
座るようにはなったが体はまだボロボロで、今も新陳代謝を活性化させ必死に傷を治している最中だ。
適当に食べ物を投げ渡しつつ、自分でも目に付いたものから口に運ぶ。
ジェイドの右手は酷い有様だ。皮膚は剥がれ肉は削げ、骨が見えている上その骨が折れている辺り、僕が減速に使った短剣の代わりにジェイドは抜きづらいバスタードソードよりも右腕を犠牲にすること決めたのだろう。一刻を争うあの事態でその判断をできたのは凄い。
「光源はどうなっているかわかるか?」
ジェイドが寄りかかっているのは遺跡の外壁だ、彼の上に窓があるので僕からしか見えない位置取り。
ナイフを突き立てて減速を図った際、途中で弾かれたのはおそらくこの遺跡が出てきたからだろう。
「天井にライトが見える。住人は居ないみたいだね、こんなに大きな音でノックしても顔すら見せないから」
「ノックの方法が野蛮すぎて出てきたとしても怒られるだけだろう、なら居ないほうが助かる」
もし居たとしても友好的な可能性は低いだろうから、ぼろぼろな状態で未知の存在とは遭遇したくなかった。
上を見上げる、縦穴はどこからが壁でどこからが暗闇かわからない様相で、光はもちろん声すら響いて来ない。
「遺跡か、洞窟。どっちがいい?」
ようやく立ち上がれるようになり、体に付着した土をある程度叩き落としつつジェイドに尋ねる。
彼の体もある程度は治ったようだ、右腕の皮膚は現在進行形で作られているが。
「……そのどちらも地上には繋がって居なさそうなんだが、上はダメなのか?」
「魔法で上がる手段が思いつくならいいよ」
僕の返答にジェイドは黙る。
その辺にある土を固めて足場にすることを考えたが、土を固めている間は魔力を使い続けるため下から上まで繋がるほどの長い足場は作れない。一番下の足場を壊して、上に新しく足場を作り続ける、というのも考えたが精密な作業を要求されるうえ失敗したら再び地面に落ちることになる。これ以上栄養を使ってられないし、なにより痛いのは嫌だ。
壁を登る案もあるが、ロッククライミングの初体験をこんな脆い土で行う自信はない。
「遺跡を見てみるか、危険だがこの掘られた洞窟を進むよりは何かあるかもしれないしな」
「じゃあ割ろうか、窓」
「いや、開いているか確かめてもいいだろう」
そんなわけ、と思ったが試してみると窓はすんなり開いた。
どうにも酷い体験をしてしまったせいで思考が短絡的になっているようだ。
「スイの指輪、赤くないといいな」
ジェイドがそう言いながら窓枠を乗り越える。
彼の指に輝くそれは翡翠色のままだった、一応効果範囲内ではあるらしい。
- 命の危機で僕達は笑う 始まり -
リュックを背負いなおし、その辺に落ちていた自分の短剣を持ってジェイドの後に続く。
どうやらエル字型の通路の角にいるようで、前方と右側に通路が伸びてそれぞれ通路の途中に道が二箇所ずつと、突き抜けた先には開けた空間が見える。
「どっちがいい?」
「上から助けてくれるのを待つってのは無しか?」
僕の問いにジェイドが問いで返す。
既に探索された遺跡を五人で調べるのとはわけが違う、まったく情報のない前時代の遺跡に二人だけで挑むのだ。
正直かなり怖い。
「すっごく長いロープを、すっごい早さで町から調達して伸ばしてくれるのならあの縦穴で待つのもありだと思う」
往復だけで五日以上。
リュックにある程度まとめているとはいえ、手持ちにある食料はそれだけの時間もつかといえば怪しいし、助けが来る保証もない。
仲間達の助けを期待しつつ飢えに堪えるか、危険を冒してでも自分達の手で脱出を図るかといえば僕は後者を選ぶ。どうせ死ぬのなら自分が選んだ行動が理由で死にたい。
「……前からにしようか」
「わかった、僕が先に行くよ」
指輪の効果が意味をなさない以上、少しでも技術や知識で勝る僕が先導したほうがいいだろう。
五人もいれば誰かがミスをカバーしてくれるだろうが、二人では互いを助け合える自信がない。
後ろを任せるジェイドにリュックを渡しながら頭上を見上げる。
光源は恐らく電球だろうか。カバーを外して確認してもいいが外した直後未知のエネルギーを直接浴びて大変なことになるのは嫌だ。
ただ上の劇場とは違いエネルギーが生きているのはありがたい、施設が稼動しているのであれば何らかの助けになる可能性があるし、光源を必要としないのはランタンを持っていない僕達にとっては吉報だ。もちろん施設が稼動しているせいで罠や防衛装置が作動する可能性もあるのだが。
一つ目の部屋にたどり着き、恐る恐る顔を出して覗き込む。
鏡か鏡になるようなものがあれば直視する危険性がなくてよかったのだが流石にそこまでは用意していない。
「あ」
「どうした、何があった!?」
小声で、けれど緊張を孕んだ様子でジェイドが尋ねてくる。
その問いに対し僕は、無防備に部屋の前に立った。
「トイレだ、ここ」
「……」
ジェイドが喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないといった様子で隣に並ぶ。
僕達の前には見慣れた赤と青のマーク、それぞれ人型でスカート、ズボンを穿いているのがわかるイラストが描かれていた。
万国、というかどの世界でもこのマークは共通なのか。
町のトイレはほとんど共用だったが、たまに男女別で分かれている場合はこれに近いマークが描かれていた。もちろん細部こそ違うけれど、わかりやすさを追求するとどこもこの特徴に落ち着くようだ。
「……これで用を足す場所に困らなくなったな」
まぁ確かにそれはある。
野営するときのように縦穴の土を適当に掘って済ませても良かったのだが、こうして文明的な生活をできるというのは精神衛生上よろしい。
「あとこれだけでも情報になるね」
「なんのだ?」
「この施設を利用していた存在が人型前提」
前時代の人間の体躯が大きかったり、小さかったりするという危惧や、尻尾や羽根が生えているのが少なくとも標準でなかったことはこのイラストと通路の大きさでわかる。
「男子トイレから行こうか」
無言で頷くジェイドを確認しつつ探索を始める。
普段から共用なこともあり異性がトイレに入ることにも抵抗はない。
トイレに何かいるというのはオカルト的発想だが、現文明に相応しくない状況も十分オカルトだ。警戒しつつ覗き込む。
目にした光景は酷く見慣れた、そしてとても懐かしいものだった。
「なんだ、これは?」
ただジェイドにとっては意外、というか初めて見るものだったのだろう。
怯えながら一つの機械に近づく。
「あぁ、それ? 多分手についた水を払ってくれるものだと思う、ハンカチがいらないの……音がなるだろうけど驚かないでね」
先に忠告しながら僕はその機械にそっと手を入れる。
案の定風が音を立てながら吹き出し、そして手を覆う。記憶にあるそれよりも粘着質のある風で、なんというか綺麗に水が払えそうだ。
他の設備も似たようなものだった。
自動で清潔な水を出してくれる洗面台だったり、自動で水を流す便器だったり。
ただガラスを割ろうとしても遺跡特有の不思議な感触で破壊できなかったり、便器にレバーやボタンは一切なく、試しにそのまま座ってみると勝手に水を流した挙句、自動でズボンから付いた土を綺麗にしていた。
「凄いものなんだな、前時代の技術ってのは」
念のため女子トイレも二人で確認し、危険がないのと設備が生きているのを確かめた後ジェイドが呟く。
「そうだね」
曖昧な答えしか僕は返せない。
具体的に感想を言ってしまったら僕が持っていない知識を持っているというボロが出てしまう可能性があり、僕としてはそれを避けたかった。
ただトイレだけを確認してもわかるのは、前世の現代技術よりも何歩か進んだ技術を前時代は有していたということだ。
どうやらファンタジーな世界で、僕はサイエンスファンタジーを想定して生き延びなければいけないらしい。
「指輪の、色が」
ジェイドの声に慌てて反応する、確かに指輪は緑から赤に変色していた。
「もどかしいね、上にはいけないし」
「……あぁ、祈るしかないな」
何かトラブルがあってスイに危険が迫っているのだろうが、コウもルゥもいるあちらとは違いこちらのほうが随分と危険だ。
なにより地上に帰る手段を今探しているのだから、どうにか無色にならず早く緑色に戻ってくれと願うほかないのだ。
その時ズドンと、何かの音がしてその方向に振り向く。
僕達が落ちてきた縦穴の方向だ、脆い壁でも落ちてきたのだろうか。
「あ」
指輪を見ると赤かった色が緑に戻っていた。
そして今発生した音、頭の中で一本の線が繋がる。
「……確かめてみるか」
僕達の推測が正しければ、おそらくそういうことなのだろう。
「二人とも、大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫」
「しにそう……」
スイの言葉に正反対の感想を漏らすコウとルゥ。
「スイ!」
「お兄ちゃん!無事でよかった!」
窓際に駆け寄りジェイドが声をかけると、スイが駆け寄ってきて抱きつく。
ただすぐに羞恥が込み上げてきたのか無事がわかるとすぐに離れたが。
「三人とも軽症みたいだけど、縦穴を往復できる方法見つけられたの?」
僕達が下に落ちて二十分も経っていない。
何か行動できるには早すぎる時間だとは思うが。
「いえ、二人が下に落ちてから指輪がずっと赤いままで、心配になって私達も飛び込んできたんです」
二人がつけている指輪は今は元の色、つまり緑で安全を示している。
その色は二人では死んでもおかしくない空間だが、五人だと大丈夫だということなのだろうか。
「三人の上着を合わせて凧にしながら、壁に武器を突き立てて減速しつつ下から風を巻き上げさせて降りてきたんだけど、わたしが担当していた場所が貧乏くじだったみたいでね……」
そういうルゥの足は変な方向に曲がっている。
おそらく僕達と同じように遺跡側に武器で減速していたのだろう、そして自分だけ体勢を崩し大怪我といったところか。
他の二人は立てる程度の怪我で済んでいるようだし、これで五人が集まれたのはよかったと言えるのではないか。
「立ち話しているけどその中は安全なの?」
「うん、今のところは。ルゥをそっちから移動してあげて、中のほうが過ごしやすいと思うから」
僕の答えにコウはルゥを抱えてこちらに押し付けてくる。
なるべく傷に響かないようにしながら壁に寄りかからせ、コウとスイもこちら側に移動する。
「情報ちょうだい……あとカルシウム取れるようなもの」
「情報はあるけどもう一つはないよ」
曲がった足を伸ばしながら干し肉を頬張るルゥ。
五人全員が一休憩するためにも情報を共有しておく。
「……まぁこんな感じでトイレしか調べられていない、僕もジェイドも辛うじて生きていたようなものだから許して」
「許すも何も俺がアメの手を掴めていたら」
僕の許すという言葉にコウが反応する。
それは酷というものだろう、僕より後に振り向き同じくスイの指輪が目に入って、何をすればいいのかを理解できただけで十分だ。
光源が消えるという咄嗟のアクシデントに対応できなかったことを責める理由にはならない。
「コウは何も悪くはないさ、俺がそもそも落ちなければ」
ジェイドも、悪くはない。
足場が脆いことは僕も気づかなかったことだ。
そして先陣としんがり、共に努めてくれたのにもかかわらず守りきれなかった僕達にこそ責任がある。
「お兄ちゃんは悪くないですよっ、私が指輪の確認を怠らなかったら……」
そう言うスイを責めることもできない。
あの時は誰もが気を抜いていた、黙っているルゥも例外ではない。
探索済みの遺跡をそれでも警戒して調べ、その結果出てきた唯一のイレギュラーである縦穴も結局は特筆すべきもののない存在だった。
全てが終わり、いざ帰るだけとなった時に今まで何も起きなかったことから気を抜いてしまうのは人の性というものだ。
「……みんなは悪くないよ、僕がそもそも遺跡を見たいなんて言わなければよかったんだから」
だから、誰かが悪いとしたのなら、それは僕だけだ。
全ての元凶、ただ一人だけの犯人。
皆には言っておらず、スイとジェイドには察することのできない目的。
それのためだけに、僅かな期待に縋り、本末転倒とも言える現状。
「正直」
ジェイドが呟く。
まるで今から語ることが忌まわしいかのように。
きっと僕に対する呪詛だ、それは甘んじて受けよう。僕が悪いので済むのなら、それが当然で、また義務なのだから。
「正直遺跡の話を唐突にされた時、俺はまだアメに信用されていなかったんだって思った」
けれど彼の口から出てきたのは意外な話だった。
「でも後からコウも初めて聞いたって聞かされて、その日の夜にあったスイ達のやり取りを後から聞いてずっとずっと後悔してた。
ただのすれ違いでしかなかったのに、俺は勝手に裏切られた気持ちになって。
だから先頭を努めると宣言したのは、きっと罪滅ぼしだったのだと思う。遺跡に来るまでの道中に謝れなかったことに対しての」
そこでジェイドは大きく息を吸って、僕の瞳を見つめる。
「嬉しかったよ、自分の身を顧みず穴に飛び込んでくれたお前を見たときは。
あんな無茶しなくとも俺一人で生き延びられていたかもしれないし、ミスをしてしまった人間を切り捨てたら二人共死にかけることもなかった。
だから例え遺跡に行くことを提案したことそのものが罪ならば、俺は何があっても構わない」
ジェイドが、大きく見えた。
彼は許すといったのだ、皆が皆己の罪だと嘆く中、彼は一巡してしまったそれを自分の罪という安易な逃げ道ではなく、たとえ相手が悪かったとしても自分はそれを受け入れた上で行動すると。
年長者ゆえの強さか、それとも未熟だった自分を未だ鮮明に覚えている彼だからこそできる行為だったのか、今の僕に知る権利はなかった。
ただ、嬉しかった。
「……ありがとう」
だから言った、謝罪の言葉ではなく感謝の言葉を。
誰もが自分の罪と思ってこれから行動してしまったのなら、この絶体絶命な状況で一人ずつ人数が欠けていっただろう。いつか僕が考えてしまった、無駄でエゴでしかない自己犠牲のために。
次に誰が、なんと口を開こうか、そんな空気が漂い始める。
どれだけ真面目な話をして、改めてもう一段打ち解けたとしても、そんな真面目な話が照れくさいことには変わりなく、また危険な状況も変わらない。
「あ、トイレ行っていい?」
そんな中ルゥが空気を読んで、そう空気の読めていない発言をする。
わかってはいた、彼女が何をわかってそう発言するかはわかっていたがみんな堪えきれず、吹き出してしまった。
笑い声が木霊す。
いつ死ぬかわからない、本当に帰れるのかわからないこの状況下で、人は、僕達は、理性を保ったまま笑うことができたのだ。
- 命の危機で僕達は笑う 終わり -




