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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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42.18+11のパラドックス

 町に帰って早々騒ぎ続けた翌日。

 久しぶりのベッド、柔らかい寝床に喜んで横になったら気づけば昼だった。

 決して上質ではない、しかも前世の基準で考えるとかなり粗末なベッドだったがそんな昔の感触なんて覚えていない、今僕が覚えていたのは昨日まで寝ていた固い地面だけだ。


 十二分に昼まで寝てから各々適当に失った武具や、生活用品、あと非常食を買い足す。

 最後は大切だ、実際飢えて死に掛けた僕ら三人は兄妹よりも多くの非常食をいつも確保している。

 ルゥはまた槍を買っていた、しっかり活躍する機会は今後あるのだろうか。



「お金、どうしようか」


 日が暮れる前に宿に帰り、貴重な紙を使って書き出したそれを一回のロビーにて皆で囲む。

 スイとジェイドの金額だけでも結構な額だ、それこそ二ヶ月程度なら遊んで暮らせるほどに。

 次にルゥが一回り大きい額で、更にルゥより一回り大きいコウの金額が並ぶ。

 最後に僕。

 働きは正当かどうかは知らないが確かに評価されたようで、兄妹の二倍近い金額が存在している。


「みんなの集めたら何か凄いもの買えそうだね」


「それ、いい。みんなさえよければだけど」


 コウの言葉に賛同し、三人を見るが特に難色を示している様子はない。

 皆の意見が一致していることを確認してからスイが発言する。


「お家とかいいんじゃないでしょうか、これだけあれば五人で不自由なく暮らせると思いますけどどうでしょう」


 確かにそれだけの買い物をできる余裕はある。

 日々の宿代を節約できることや、自分達だけの拠点を確保できることは有益かもしれない。


 カウンター席で他の客と雑談しているユズを見る。

 すると彼女は一度だけこちらを見てにこりと笑い、再び目の前の相手に集中しはじめた。

 テーブルに座っている角度的に、コウとジェイドだけは僕と共にそのユズの様子を確認できて、ジェイドは呟く。


「……それはやめよう。ここにも随分慣れたから、少し離れるとなると寂しさを覚えるかもしれない」


 ユズが女性として魅力的、というのが原因ではなく、ただこの宿やそこに集まる人々に愛着がある。

 きっと彼女の様子が見えていないルゥとスイも同様の抱いていると思い、もう少し理屈的な否定材料も並べるために僕は口を開く。


「まぁそれがいいかもね、家を買っても維持するのに何かとお金がかかるし、そもそも僕達は町にいないことも多いからいつ元を取れるかわからない」


「あーそれもありましたか。それに私ここ最近しっかりとした料理をした記憶がありませんし」


 ここ最近、つまり二ヶ月は少なくとも焼いたり煮たりするだけの料理か保存食しか口にした記憶がない。

 それ以前もほとんど宿や、別のお店で食事を済ませるので大差はないのだが。


 家を持つとそれを守る人間が必要になる。

 施錠技術がしっかりとしてない世界なので物理的な意味でもあるし、また全員で仕事を行い帰って来てから分担して家事をするというのも中々大変だろう。

 できれば一人は家に居るようにしたいが、そうなると四人で行動したり一人で家で待つのは少し寂しい。


「じゃあその家である宿に投資するのはどう? 部屋増やしたり、家具を新調してもらって俺達が快適に過ごせるように」


 コウの提案にも賛同しかけ、すこし考える。

 部屋を増やすのは厳しいだろう、隣接する建物は全て使われているし、別の場所に宿を移動させ建物を大きくした場合従業員も追加で新しく雇う必要があるはずだ。

 そうなると僕達が渡す金額だけでは厳しい現実に当たる場面も多々あるだろう。


 視線が思わず、一人会話に参加せず干し肉をちまちまと齧り続けているルゥに向く。


「ん?わたし? わたしは何でもいいよ、皆の意見が決まったのならそれにあわせる」


「いや、何か意見がほしいなぁと」


 ルゥは主観的意見を述べなくとも、自分の意見は人である以上どうしても抱くはずだ。

 身に余るお金のやり場に困っている僕達には、ルゥの一声でも会話の答えを求める杖になるはずだ。


 四人の視線を浴び、ルゥはようやく口に入れていた干し肉を飲み物で流し込み、ようやく喋るために口を開いた。


「冬越してから考えたら?」


 その一声に僕は無言で紙をくしゃっと丸めた。



- 18+11のパラドックス 始まり -



 既に秋の足音が聞こえている段階だ。

 というのも寒い地方なこともあり、春や夏は短く、秋は比較的早く訪れるうえ冬は長いのがこの国。


 当然だが冬になると寒い。

 寒いと獣達の動きは鈍くなり、冒険者である僕達は敵を失い仕事も減る。

 また街中でできる雑用も少なくなるというのがルゥや兄妹の言。

 先達の言葉には従うべきだろう、お金の使い道は冬を越えてから考えてからでも十分間に合うはずだ。使わずに放置しておくのは勿体ない気がするが別に無くなるものでもないし気にしないほうがいい。



 翌日。

 しばらくは仕事はせず休暇に当てる予定だ、二ヶ月近く毎日働いていたようなものなのだから二週間ほど休んでもいいだろうと決めた。

 ただそれが日々の訓練を欠乏する理由には成らないというのも、皆が共通して抱く認識であった。開拓中僅かに戦った戦闘でも、多くの時間を歩いた行進でもそれは確かに効果があったことを実感していたから。

 訓練が実戦に勝ることはないだろう。命のやり取りを、相手の命を奪うために行動する過程と、それに自分の命も掛け金として乗せながら行う時間に訓練ごときが勝てる道理はない。

 けれど身を危険に晒す必要なく、そして戦いの最中、戦うまでに至る道中の体力作りを考えたら、毎朝二刻に満たない時間を己を磨く時間に割くことは必要なものだろう、その程度で寿命を延ばせるのなら時間の消費など安いものだ。


 皆でトレーニングを終え、朝食を食べてから一人街を歩く。

 コウとルゥは一人でやりたいことがあるらしいし、兄妹は二人で遊びに行くと言っていた。

 なので僕は一人街を歩いているのだが、別に一人ということは珍しいことではない。街中にいる間エターナーに会ったり、本を読んだり、教会でぼんやりする時間に仲間は必要ない。


 ということで早速エターナーに会い、久しぶりに本でも借りようとしたのだが案内所のいつもの席に姿は見当たらなかった。

 他の職員が言うにはあと数日は休むそうだ。彼女に開拓はやはり厳しい日々だったのかもしれない、それこそ椅子に座ることすら満足にできないほどに。

 町に帰ってきて三日目、なのであと二日程度は居ないと考えても良さそうだ。自宅の場所は聞いていないし、特に急いで会いたい理由もないのでのんびり再会を待とう。


 予定を壊され暇ができ、教会に行くことにした。

 クエイクはもう既に元気になっているだろうか、それに少し考えたいこともある。


 教会の扉に手をかける。初めて来た時とは違い歌声は聞こえない、案内所に寄った分少し時間が遅いし、人が集まっていたとしてももう既に集まる前とは違い集団として目的を持ってどこかへ散ってしまったあとなのだろう。

 それを特に嬉しくも悲しくも思いはしない。考え事をしている時他の人から滅多に話しかけてくるようなことはまずないし、近くで人の声がしていたとしてもそれが思考の邪魔をする理由にもならない。大抵問題を一人で解決できずに悩んでいる際救いを与えられることは外部からだ、それは直接相談に乗ってもらい言葉を得る必要は決してなく、雑踏の中から聞こえる誰かの一声でも十分なことが多いのだ。


 ただ扉を開けると全く予想のしていない光景が広がっていた。

 男が一人、長椅子に座り何かを請うようにただただ一人祭壇を眺めていた。

 その衣装は礼服ではなく、その位置は教えを与える者の場所ではなく。

 一人の教徒、そして人間として足りない何かを求めているだけだった。


「どうか、されたんですか?」


 僕はそのクエイクに話しかける。

 わざと足音を立てながら側面に回りこみ顔を覗き込んでも、背中から予想できたようにその表情は思案に、いやただ空虚に彩られているだけだった。


「あぁ、アメか」


 ワンテンポ遅れて口を開く。


「丁度お前さんのこと、いやそれに関連することで悩んでいた」


「僕が聞いて、力になれることでしょうか」


「さぁな。でも多くの人々が求めるのは聞き手ではない、自分が話しかけられる相手だ」


 それは、理解し共感し、他者の悩みを自分のことのように話に乗ってくれる人を求めるという意味ではない。

 それこそ相手が話を聞いてくれると誤認するのであれば、人の形をした石像でも構わないといった一つの真理だ。

 話し相手が欲しい人間は寂しいだけで淡白な反応を返しても満足することが多いし、悩みがある人間でも口に出して整理する段階で一人結論に至ることも多々ある。

 両者がそう認識しているのであれば大丈夫、僕程度でも彼の悩みに対して力になれるだろう。本来考えようとしていたことを一度横に退けて、僕はクエイクの斜め前の席にスカートを押さえながら座る。


「私は昔、神を信じていた」


 今も信じていろよ、神職者。


「冒険者として成長してきた頃に、何度目かわからない危険な目に合った。

それこそ今までとは比較にならないほど危険な状況で、二者択一を誤れば失うのは自分の命だったのは今思っても明白だった」


「成功したんですね、その選択に」


「いや、失敗したんだ」


 今こうして生きているのにそれはどういうことだろう。

 無言で次の言葉を待つ。


「選択を誤りいざ実行した時、自分の命が失う寸前脳内を多くの情報が駆け巡った。

多くの可能性、そして一以外全ての敗北。成功を見出すまでに脳内では多くの私が死に、現実の私が死ぬまでにその唯一の答えに至る事ができた」


「その能力を、力を大いなる何かだと思ったんですか」


 窮地に一生を救われる。

 珍しい話ではない、けれどそうそうあるものでもない。

 緊張が身を包めば人は限界以上の力を引き出す。本来そこまで出してしまえば体が壊れてしまう処理を脳が行い、強引に増やした選択肢を模索し、見つけた回答を体へ伝う負担を考えず行使する。

 枷の外れた脳みそが、枷を外した体で行える手段を見出し、可能性を増やして強引に見つけた答えを実行する。それがたとえ自分の体に多大な負荷を与えるものだとしても、死という最悪の状態に至らないため身を案じて縛っていた鎖を引き千切り。

 末永く生きるためにその瞬間寿命を削るようなものだ、理性と本能、その両方でそれが必要だと感じれば意図して起こせるものだと僕は考える。クエイクが言うほどの力を感じた記憶はないが、普段よりも増した力で窮地を脱した経験も僕は少なくはない。


「そうだ、その力を私は神だと感じた。町に戻ってからいろいろな宗教の門戸を叩き、そして教えを請うた。

実際多くの言葉は胸に響き、様々な知識を吸収しながらここイオセム教の神父にも話を聞いてもらい、そして教えを与えられることができた」


 はぁ、とクエイクはここで大きく息を吐く。

 それが後悔によるものか、ただ感嘆により漏れ出したものかは僕にはわからなかった。


「その神父との出会いが今の私に大きな影響を与えた。

彼は私の感じた神を肯定してくれたよ、肯定しながら全ての話を聞いた上で、自身は神を信じないし、自分が所属する宗教の神はそれすらも受け入れると告げた。

意味が、わからなかった。神職者が神を信じず、それなのに神が残しただろう教えを信じた上で神父をやっているのだ。

戸惑う私に彼は告げた、今答えを出す必要はないと、日々を過ごす中で自分の中に存在する神をどう扱っても問題ないのではないかと」


 人はそれを問題の先延ばしに過ぎないというかもしれない。

 けれど僕は違う、以前コウとルゥ三人の幸せについて悩んだ時にもクエイクと同じ立場に立たされたことがある。

 あの時抱いた疑問も、日々を生きる中で何時しか消えてしまった。問題なのは疑問そのものではなかったのだ、疑問を抱いたそのタイミングこそが一番の問題だった。

 パラドックスと言ってもいいかもしれない、砂の山を崩して砂にしている最中に、これはどこまでの塊が砂の山だと考えてしまう。疑問を抱いてしまうといつしか手が止まるだろう、自分はいつまでこの作業を行えばいいのか、砂山が最後の一粒になってもこれは砂山ではないのか。

 そうして、手が止まる。もう崩せないのに、もう崩し終わっているはずなのに、自分の中ではその作業を完遂できない。全ては作業の途中で、考えてはいけないタイミングで思考を行ってしまったからだ、そのせいで本来行うはずだった作業を終えることができなくなった。


「それからいろいろな人々と話をして、何度も冒険者として活動し危機を乗り切って、私はそこで始めて己の中の神を直感や偶然、もしくは無意識下で行った思考の産物だと認識することができた。

世界が広がって見えたよ、今まで得てきた知識が一つの側面だけではなく、状況に応じて別の意味を持つことも知った。知識一つ一つは正しく一つの情報でしかないのだろう、でもそれが他の状況……情報に関与することで別のものに変化するのだと」


「……それで結局何が悩みなんですか」


 別に話に飽きてきたわけではない。

 ここまで語ったのにもかかわらず、当の悩みとやらが見えない。一因を担っているらしい僕の名前すら出てきていない。

 ただそれが疑問だった。


「そこだよ、アメ」


「……」


「私の中で神は一度死んでいたのだ」


 この世界のニーチェだろうか。


「それが最近もう一度死んだのだ」


 違うな、ニーチェですら死んでいる神を殺すことはできない。


「お前が殺したんだ、アメ」


 僕が二人目のニーチェだったらしい。


「偽竜と相対した時、お前に庇われ救われたとき、私は自分にとって最善の手段で身を守ろうとした。

結果それは誤りだった、そして本来死ぬはずだった私を救ってくれた人間が居た、それがお前だ。

お前は、神だったんだ」


 頭大丈夫かな。

 叩けば直るかな、でも普段叩いているルゥは日々順調に悪化している気がする。


「自分の中で神は死んでいるものだと思った。

にもかかわらず私はお前に救われたとき神に感謝してしまった、そして私の命を救ってくれた神は今も目の前にいる」


 なんとなく悩んでいる内容がわかってきた。

 ようは自分の中にある神という観念をどう扱っていいかわからないのだろう、正しく認識していたはずのそれが、正しく認識できなくなって。今こうして礼服を着ずただ一人の人間として教会に存在しているのがその証拠だ、聖職者として存在することが叶わず、誰かに何かを説く存在にも成れず。

 解決の糸口は見えている。これも僕の問題と同じものだ、ただ整理する時間を与えれば自然と解消できる問題のはずだ。


「それなら、時間を……」


「ふぅ……」


 僕の提案を溜息が遮る。

 まだ何か大切なことがあるのだろうかと口を閉じ言葉を待つ。




「嫁が欲しい」


「はぁ!?ええええ!? 今までのは何!?真剣に聞いていたのに何故その言葉が出てくるの!? 僕が想像できていないだけで何か関係あるの!?」


 思わず叫んだ、それこそ丁寧な言葉を忘れ友人達に語るような言葉で。動揺する中、教会に他の人がいなかった現実に感謝した。


「いや、ないな」


「……帰ります」


 教会に人がいないことを呪った。

 こんなぶっ飛んだ考え事をしている人間と二人同じ空間に居たくない、急いで立ち上がる。


「まぁ待て」


「ひぃっ!」


 クエイクが立ち上がり、思わず悲鳴を上げる。


「丁度いい時間だ、一緒に飯でも食いに行かないか」


「嫌ですよ!あんな言葉聞いておいて誰が行くと思っているんですか!?」


「……? あぁ心配するな、娘のような年齢の子供を私は嫁に欲しいとは思わない」


 信じられない。この世界で十一という年齢はそろそろ結婚を意識していてもいい年齢だ。

 付き合うときには将来のこともしっかりと見据え、成人である十五になる頃には地に足をつけることが理想的。

 三十代と見て取れる男が、十代の子供をそういう相手と認識するのも間違いではないのだ。


 二歩程度離れたままの僕にクエイクは無言で扉を開け、入り口の外で僕を待つことにしたようだ。

 この教会に出入り口は他にはないはず、退路を断たれてしまった。

 大人しく外に出て、無言で後ろの扉を閉じながら歩き出す。着いて来ないのであればそのまま宿にでも帰ろうとしたが、しっかり着いて来ている辺りどうやら彼の中で昼食を一緒に取る事は決定事項のようだ。


「なに、食べますか?」


「お前が決めたらいい、何が食べたい?」


 何故僕が決めるのだろう、クエイクから誘ったので何か考えているかと思ったのだが。


 街中を歩きつつ食べ物を出している店や、見える裏道から繋がる先にある飲食店を思い出しつつ何が食べたいかを考える。

 そんな中見知った顔を見つけ叫ぶ、誤解だと頭ではわかっているが心象的には二人きりでの食事は避けたい。


「レイノアさん!」


 幸い雑踏の中でも声は届いたようだ。レイノアは辺りを見渡し視線が交わる。


「ん、アメか。それにクエイクのおっさんも」


「おっさんとは何だ、お前はいくつなんだよ」


 シンを連れ、どこかへ向かおうとしていたレイノアは僕達と反対方向へと共に並び歩く。


「二十四だ、おっさんは?」


 気だるそうな表情が年齢を老けさせて見えるのか、思っていたより若かった。


「二十八だ」


 これまた意外だ、少なくとも三十は超えていると思っていた。

 逞しい筋肉に老いは感じさせないものの、老けて見えるのは貫禄か、あるいはクエイクの苦悩に溢れた過去を聞いたばかりなせいか。


「悪かったよ。それで二人でどこへ行こうとしていたんだ? 仕事か?」


 四つしか変わらない年齢をおっさんと呼んだ事実は自分にとっても不利になると思ったのか、レイノアは迅速に話題を移す。


「食事に行くところでした、お二人もよければご一緒しませんか?」


 レイノアはシンの顔を一度見ると、声を交わすことなく答える。


「構わないぞ、俺達も何か食おうとしていたところだからな」


「どこがいいですか?」


「なんだ、決まってないのか。ならお前が決めたらいい」


 どうして全員僕に決めさせようとするのだろう。

 コウ達五人の仲間の中では結果的に僕がリーダーのような立ち位置になってしまい、何かを決めることは多いのだがこの四人の中ではそうする理由がないだろう。


「どうした?」


 一瞬思案したことが顔に出たのかレイノアが尋ねる。

 この際だ、聞いておくことにしよう。


「いえ、何故お二人とも僕に決めさせるのかな、と疑問に思って」


 レイノアは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、クエイクと目を合わせたあとに鼻で笑った。


「何故って、お前が子供だからだろう」


 子供。


 こども。



 認められているものだと思っていた。


 エターナーの頼みがあったのかもしれないが開拓のとき、僕は、僕達は確かにこの二人から認められているような言葉をもらえたのだ。

 クエイクはその時初めて同じ仕事をしたけれど、レイノアは以前から商売上の付き合いも存在していた。

 だからきっと、同じ立場だと錯覚してしまったのだろう。

 そこに大人達の気遣いや、親を失った子供に対する憐憫にも似た感情があったことも気づかずに。


「ぼ、僕は……」


 胸を押さえる。

 僕は何を言おうとしたのか、胸につっかえたそれは手を添えても出て来そうにない。


 同年代より少し大きい胸が手に当たる。

 スタイルが良いと気づけば自負していたかもしれない、でもそれは子供の中では、だ。

 大人達にはまるで叶わない。中身も、外見も。


「アメ」


 クエイクの声が聞こえる。

 人ごみの中まるで僕以外の人間が色彩を、もしくは僕だけが色彩を失った中声が聞こえる。

 それは水の中にいるようで、そしていくつもの壁を挟んだような場所から聞こえた。


「仕事と日常は違う」


 それが、どうしたというのだろう。

 現実という呪詛を、福音足らしめる要素を孕むことはあるのだろうか。

 地上で溺れる僕にその言葉は響かない。確かに空気の海の中、言葉は正常に伝わっているのだろうけれど、水に浸った耳の中から脳に言葉が届くまでには淀んだ何かが混ざり正しく言葉の意味を読み取ることを妨害する。


「仕事では確かにお前に背中を預けることができる。

ただ街中では対等でなくても構わないだろう、お前達はまだ子供なんだ、大人達には上手く甘えろ」


 甘えろ、甘える。

 コウの父親、ウォルフもそう言っていたっけ。


 いつも、いつも錯覚してしまう。

 上手くできて褒められて、対等だと誤解し一人でショックを受ける。

 仕方のないことなのかもしれない、あくまでも中身はクエイクより年上なのだ。それが例え未成年の体で過ごした日々だったとしても。


 認めよう、僕はまだ、子供なのだ。

 精神的に脆い部分があることを自覚している、感情的になる部分も把握している。

 あと四年、あとそれだけ経てばこの世界では一人前だ。

 たとえそれ以前に十八の齢を重ねても、その時まではそれを忘れ過ごしても問題はないのかもしれない。


「……甘いものが、食べたいです。良いお店を知っています、そこに行きましょう」


 場所を伝えると大人達は歩き出す、僕はその半歩後ろを着いて歩く。

 これが年齢の距離だ、そしてたったこれだけしかない。

 焦る必要などどこにもない、だから今はスイと一緒に見つけたカフェに行こう。





 食事を取っている時に居心地の悪そうな二人の顔を見て僕は少し後悔をした。

 スイと二人で来た時には気にしなかったけれど、彼らのような人には合わないタイプのお店だったかもしれない。

 その日は結局一言も発しなかったシンが、美味しそうに僕と同じタルトを食べていた頃には既にそんな罪悪感を忘れていたけれど。



- 18+11のパラドックス 終わり -

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