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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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41.ただいま

「荷台、乗せてもらってもいいですか?」


「どうした、疲れたのか?」


「はい、何度も絡まれるのに」


 僕の言葉にレイノアは無言で隣を空ける。

 馬車の中を見ても荷物は最小限しかなく、僕一人が乗っても馬に負担はかからないだろう。

 最適な物資の量を、適切な値段で満遍なく売り払う。

 帰りには建築用の資材もほとんど必要ないし、おそらく馬車が身軽なのはレイノアの商品管理能力によるものだろう。それを素直に感心する。


 褒め言葉の一つでも言おうとして、やめた。

 多分彼はきっと、またいつも通りに面倒が嫌いなだけだ、そう告げるだけだろうから。


「村を出てから調子はどうだ?」


 珍しく彼から話題をふってくる。

 そしてそれに素直に答える。


「充実していますよ、ただ物足りなかった日々だとは今は感じてもいます。その感情を満たすものが何かも、ほとんど掴めていると思います」


 僕の両眼を見つめ、レイノアは口を開く。


「そうか、それは幸せな……いや、お前にとって幸福であるといいな」


「はい」


 それから僕は街に着くまで何も言わなかった。

 レイノアもきっと喋るのが面倒で、そばを歩くシンはいつも通り無言で。

 二頭の馬の鼻息や、近くを共に歩いている人々が時折耳を通り抜けるだけで他には何も無かった。



- ただいま 始まり -



「行ってきます、次は何時会えそうですか?」


 解散する前に一度集まる必要があるらしい。

 町に着き、門の外で徐々に集まりつつある人々の流れに乗る前にレイノアに尋ねる。


「何時でも会えるさ、俺たちも休みは欲しいし何より商品を仕入れるために町に滞在しなきゃ何もできねえ」


「では、また近いうちに」


「あぁ」


 別に無愛想なわけじゃない。

 レイノアも僕も、これ以上言葉を必要としない仲なだけだ、きっと。


 そんな憂いをフンと馬が大きく息を吐いたせいか散らす。

 馬なりの挨拶でもしていたのだろうか、それとも僕達のやり取りを笑っていたのだろうか。

 ……馬刺し、食べたいな。この世界では多分まだ一度も食べていない。


 この世界ではほとんどの生き物は家畜化に成功していない。

 魔法があり、また品種改良されていないため一匹一匹が危険すぎてまとめて管理することは難しいからだ。

 市場に出回る肉のほとんどは家畜化されている鶏の肉か、町の外にいる猪、バッファローのような牛、もしくはハウンド共の犬肉だ。

 そんな中比較的大人しく、また荷物を運ばせることのできる馬は極めて貴重、潰して肉にするなどもったいない。

 所謂タブーになっている節すらある、日本で犬や猫の肉があまり出回っていない感覚と似ている。

 この世界でもあまり犬は食べないけどね、不味すぎて。まぁ僕達は飢えて死にそうになってから何でも食べられるようになった、嬉々として食べたくはないがルゥは相変わらず美味しそうに食べて、いつも懐に干し肉を蓄えている。

 比較的少食だし、人気の少ない肉を好むのは彼女の懐にきっと優しいのだろう。気づいたら増えているよくわからない私物で、その節約も全て無駄になっていると思うが。


「やっぱり犬肉は好き?」


 仲間四人と合流し、そのままルゥに尋ねる。


「うん、でもウェストハウンドが特に美味しい。ハウンドは微妙だね」


 ウェストハウンドの肉など早々出回っているものではない、懐事情は特に楽でも無さそうだ。

 ただ今回の仕事で比較的多くのウェストハウンドが人々によって狩られている、毛皮などは希少だが肉は国も欲しがらないのでルゥはエターナーに頼み一部を譲って貰っている様子を僕は見ている。

 暇があれば彼女は干し肉を作り、古いのを頬張りながら新しいのを袋に入れていた。多分しばらくは困らないのだろう。


 二ヶ月、町を離れてほとんど二ヶ月が経った。

 聳え立つ外壁を見て、少しだけ懐かしい感覚を抱く。

 住めば都、というのは失礼だろうか。この世界に来て村にも、そして町にも気づいたら慣れていた。

 あと二箇所、商業都市ローレンと王都リルガニアも機会があれば見てみたい。もしかするとここレイニスよりも居心地が良いかもしれないし、単に観光目当てでも楽しいものだろう。


「諸君!!」


 声が聞こえる。

 町を出たときと同様にリーン卿が簡易的な台に乗り声を張り上げている。

 冒険者でもないのに遠征の終わりによくもまぁあそこまで声を出す元気があるものだ、隣に立つエターナーなんか早くベッドで寝たいと表情に出ているのに。


「開拓は無事終了した、皆の働きによるものだ」


 皆と言っても周りは一割ほど人が減っている、まぁ冒険者が百名居て二ヶ月外で過ごしこの被害なら十分だろう。

 腕や足を切られていた人も居たはずだが、部位欠損している者は見当たらないため僕と同じように無事回収できたのだろう。


「報酬は契約時に話したように受け取ってくれ。以上、解散だ!」


 演説の終わりは行きも早いと思ったが、帰りはもっと話が早かった。

 リーン卿の言葉を聞き、人々は互いに挨拶をしている中僕は町に入ろうとしているエターナーを呼び止める。


「エターナーさん、少しお金を受けとってもいいでしょうか」


 額が額だ、報酬を一度に全て手渡されるのではなく案内所で受け取る、もしくは商会に移動しそこで受け取る話になっていた。

 そして開拓をするのにお金はあるだけ邪魔だ、現状手元に持っている金額は最低限しかなく少し心もとない。

 武具の消耗もあるし、しばらくはのんびり休みたいのでエターナーから受け取ろうと思い声をかけた。


「……それは、私が二ヶ月ぶりにベッドに入ることとどちらが大切ですか?」


「おやすみなさい」


 金だ、とは言えなかった。

 すっかり二ヶ月前より無駄な肉を落とされ、フラフラと門を潜るエターナーを僕は黙って見送り皆と合流する。


「ある程度お金受け取ったあとどうしようか」


「え、宿に行くんじゃないんですか?」


 一応尋ねるが、お前は何を言っているんだという様子でスイが尋ね返してくる。

 美味しいものでも食べるか、装備を整えてから宿に行ってもいいと思ったがどうやらそうではないらしい。


 エターナーだけではなくスイとジェイド、そしてルゥも疲労を隠しきれていない。

 僕とコウはまだまだ大丈夫なので勝手に選択肢を増やしていたが、五人の中で取れる行動は一つだったようだ。



 開拓組が帰ってきたからか、それとも町の外で過ごしていたからかはわからないが、いつもより一回りほど賑やかに感じる街中を、案内所である程度の報酬を受け取り、覚えている裏道を駆使しながら宿「雛鳥の巣」へと着く。


「こんにちはー」


 日はそろそろ真上に来ようとしている頃だろうか、挨拶をしながらドアを開けるとベルガが賑やかに迎えてくれた。


「やー、おかえりあんた達!」


「た、ただいまです」


 ただいまでいいのだろうか、少し戸惑いながらその言葉を口にする。

 何か、間違ってはいないだろうか。


「聞いたよアメ、あんた特に凄かったんだってね。まぁまぁ座りなよ、昼飯食べるでしょ? 安くしとくからさ」


 電子技術が普及していないこの世界、人よりも先に情報が回っている現実に驚く。

 明らかに客としてではなく、会話を楽しむために半ば無理やり席に座らせるベルガに従う。


「ユズ!」


「はいはーい、聞こえてますよ!」


 カウンターの裏へ向かってベルガが声を張り上げ、ユズがそれに答えて五つのコップを器用に持ちながら駆け寄ってくる。


「はい、これサービスね」


 出されたのはいつもの白い液体。


「またですか」


「また、だよ。楽しい事があったときも、嬉しいことがあったときもティールの甘さをってね」


 その甘さは嬉しさを記憶させる、口にする度に思い出す、あぁ前にこんなことがあったって。

 その甘さは悲しみを慰める、つらいこともあったけれど、こうして飲み物をくれる人が居るんだって思い出せる。


 初めてティールを飲んだのは故郷の宴会の場だった、レイノアがコウにあげたものを僕が初めて口にしたのだ。

 あの時は幸せだった、レイノアはおまけで実をくれたし、周りには大人達が居た。

 今は、どうだろう。ただいまって言える場所があって、それを言いに帰ってこれて……それはきっと幸せだ。


「あー、でもベルガさん今ちょっと部屋が……」


「やっぱり空いてない?」


 ユズの言葉にルゥが尋ねる。

 まぁ予想できていたことだ、長期間町を離れて、馴染みの宿に偶然空席があることは半分諦めていた。


「それはあんたもちろん……」


「はい!夕方までにはなんとかします!」


 ベルガのわかっているだろう?という言葉に、ユズはわかっていましたよと言わんばかりに答える。

 まぁまずは料理と、そして話題から、とベルガが口を開いたところでドアが開閉する。


「おーあんた達、久しぶりだね!」


 入ってきたのはいつかベッドを移動させてくれた冒険者の女性。


「どうも、お久しぶりです」


「丁度よかった、あんた聞いておくれよ」


 僕の挨拶もほどほどに、ベルガはその女性に事情を説明し始める。

 感情が先走りし、単語ばかりで文章として怪しいそれを女性は受け止め理解、そして隅で食事を取っていたカップルに声をかける。


「なぁあんた達、話は聞いていたんだろう? しばらく私がお邪魔してもいいかい? まぁ夜しかほとんど部屋は使わないから、そう邪魔にはならないと思うけどさ」


 僕達が関与しない場所で、僕達の部屋のための話が勝手に進んでいく。

 カップルの男性のほうが俺は構わないけど、と相方に肩をすくめると女性のほうが答える。


「こちらは構いませんよ。ただ何やら面白い話があるようですね、礼代わりと言っては何ですが私達にもそれを聞かせてもらえますか」


 その程度で部屋を借りることができるのなら容易い。

 皆で頷くと、カップル二人がイスと食事を持ってテーブルの近くに寄ってきて、また部屋を空けるための提案をしてくれた女性も近くに座る。

 ユズがまずは、と簡易的な料理を持ってきて厨房に戻るのを見ながら何から話そうかと口を開くと、再びそれを遮るようにドアが開き新しい冒険者達が宿に帰ってくる。


 そこからはいつものお祭り騒ぎだ。

 集まって何をしているのかと気になった人々が一箇所に集い、話題の中心である僕達を真ん中に据えながら食事が始まる。

 気づけば人が集まりすぎていて、ベルガとユズの二人では手が足りないと思ったのか近くの酒場から応援を呼ぶと、手伝いのついでに客も騒ぎに釣られて集まってくる。

 人々の熱気に当てられ僕達は、二ヶ月近く外に出ていた疲れも忘れて日が暮れるまで退屈ながらも刺激があった冒険譚を語ったのだ。


 確かに帰ってきた、そんな実感を抱きながら。



- ただいま 終わり -

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