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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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40.片腕の

 自分の足で立てることを確認し、もう何日も綺麗にはされていなかった自分の体を清潔にするために体を拭くことにする。

 二人にテントの外で待ってもらい、全身をくまなく濡れたタオルで清潔にする。

 目立つ部分はルゥが拭いていてくれたのか、より汚れている普段見えない部分を重点的に擦る。

 何度が頑張って綺麗にし、それでも満足がいかず適当なところで諦める。

 前世基準に日々を過ごすことがまだまだあるものだ、この程度で普段も十分なはずなのに。


 公衆浴場など無い世界だ、何千年も前から前の世界には存在していたことを考えるとまったく嘆かわしい。

 魔法があるから清潔にしやすい、魔法があるから免疫をつけやすい。そんな前提があるからか衛生面はあまりよろしくない、まぁ実際病気なんて流行らないんだけど。

 魔法を無効化できる術があればかなり強くなれそうだな、お風呂同様聞いたこともない技術だけど。

 一般市民の間には普及していないだけで、もしかしたら貴族の中では浴槽が存在するかもしれない。

 ……思ったよりも近いうちにリーン卿の家にお邪魔する可能性がでてきた、お風呂は正義だ、日本人の。今この体にはリルガニア人としての血しか流れてはいないが、心には確かに流れている何かがある。



- 片腕の 始まり -



「おまたせ」


 身だしなみを整え、待っていてくれた二人と合流し焚き火の元へ向かう。

 明かりや人々といった要素は心に平穏をもたらす要素だ。あとご飯、本格的に体が目を覚まし始めたのかお腹が空いてきた。

 外傷は腕が飛んだぐらいなので使ったカロリーは少ないが、失った血液は普段より多い。

 如何に魔法で傷を治せようとも、体を構成する大元が無ければ回復はできないし、それらを無から生み出すこともできはしない。

 少なくとも現状は安全を確保されているようだし、今の内に取れる栄養は取っておきたい。


「よう、片腕の!」


 背中に衝撃、そして意識が暗くなる。

 咄嗟にコウが支えてくれて、なんとか気を失わずには済んだ。


「すまん、病み上がりだったな」


「病み上がりじゃなくとも子供には力が強すぎます」


 おそらく冒険者の一人が、近づいてきた僕の背中を叩いたのだろう。

 本人にしてみれば軽い挨拶のつもりだったのだろうが、こちらとしては危うく二度寝をするところだった。

 いつかコウが言っていたことを思い出す、父親の頭を撫でる力が強いと。まったく同感だ、いつだって、どの世界だって大人の力は強すぎるし、言葉は理解できないもので一杯だ。


「お前なら大丈夫じゃないかという印象が頭から離れねえ。凄かったぜお前さんの魔法、気づけばドカーンとトカゲのやつが死んでいるんだ」


 あなたの語彙も凄いですね。


「なんだなんだ、お前が噂の片腕か?」


 片腕ってなんだろう、僕の名前はアメだ。


「おう、間違いねえ。俺達と一緒に戦っていたからな」


「そいつはすげえな! こんな小さな子供が腕もげても暴れまわっていたのか」


 三人寄れば姦しいというが、逆説的に姦しければ三人以上寄って来るということなのだろうか。

 女ではなく基本男だったが、勝手に僕を見てわいわい騒ぎ始めたかと思えば次々と近くにいた人々が集まってきて注目を浴びることになる。


 僕は話題になるよりもご飯を食べたいんだ、血が足りていない以前にほぼ二日ほど何も食べていないのは人にとって異常だ。

 大人達よりは低いが僕よりは背の高いコウを引っ張り盾にしつつ、焚き火の近くではなく少し離れた木の影に向かう。

 そのまま拒絶の意を態度で示しつつ、ルゥに食べ物を探してきてもらう。喋る暇があればその口に食べ物を入れたい。


「ありがと。で"片腕の"って何?」


 二人もご飯はまだだったのか、三人で焚き火の炎から隠れるよう木の影に身を隠しながら食事を取る。


「はじめは片腕のアメとか、片腕の電、片腕の閃光とかそんな感じで呼ばれていたんだけど、まぁ伝言ゲームの摂理だね、気づいたら片腕しか覚えていない人も多くてそれだけが定着してる感じ」


 ルゥから集めてもらった食料を受け取りつつ、情報も得る。

 なんというか、酷い。

 頑張って開発した雷より、腕がもげて暴れている姿のほうが印象に残ったのだろう。

 虚しさが込み上げてくるが、なんとか焦点の当たっているポイントから、雷の魔法が盗まれる確率が低いという側面を意識の前面に出し現実逃避をする。


「よう、少しだけいいか」


 まぁ例外も存在する。

 もともとその魔法に興味を持っていた彼だ、間近でそれを目撃しさらに好奇心を刺激されてしまったのだろう。


「教えませんよ?」


 そんな例外であるクエイクに尋ねられる前に拒絶する。


「なんの話だ?」


「いえ違うのならいいです、食べながらでよければどうぞ」


 別の用件だったのだろう、誤解した用件を藪蛇しないためにも話題を相手に都合のいいほうに摩り替える。

 というか別に隅にいるのは誰とも話したくないわけではない、我先にと名前も知らぬ人々が群がってくるのが嫌なだけだ。


「すぐに済む用件だ、ただもう一度礼を言いたかった。お前のおかげで私は救われた、本当に感謝する」


 なんというか反応に困る。

 礼を言われる筋合いはないという感情が先行していて、護衛対象を守るために戦っていた段階で仲間の命を救った事実が頭から油断すると忘れそうになる。

 そもそも、だ。

 庇うように前に出て進んでくれたクエイクにまだ僕はお礼を言っていないし、庇った上で無傷であれば格好良かったのではないか。

 そう考えると感謝をされることが、煽られているようにすら錯覚する。なんて返事をすればいいのだろう。


「……病み上がりで済まんな、それじゃ」


 そう言って背中を向けるクエイク。

 何かを言わなくてはいけない。多分無言で言葉を探している僕に気を害したとか、そんないらない誤解を受けている気がする。


「今度はそちらが助けてくださいね」


「あぁ、もちろんさ」


 やっと出てきてくれた無難な言葉に男は顔を緩ませ、今度こそこの場から離れる。

 なんだか起きてから思考回路がおかしい気がする、いやそれよりも前なのか。

 もしそうだとしたらきっかけは。


「お姉さま!」


 懐かしい声、そして右腕に衝撃。

 ただそれは不快に思い必要すらない程度、加減を知っているのか、それともまだ力が足りないのか。


「久しぶりスイ、二人とも無事だった?」


 腕にしがみつくスイに、その後ろからやり取りを微笑ましそうに眺めているジェイド。


「はい、私達は戦う必要がなかったので」


 聞けばエターナー達を後方に下がらせて、警戒をしていたらいつの間にか偽竜は全滅していたらしい。

 それから来た道を戻るまで外敵と出会うことは無く、完全に最初から最後まで安全な場所に居たことになる。

 左翼の被害がゼロだったこと、コウとルゥが何も言わなかったことから無事であるとはわかっていたが、二人が元気な姿を直接目で確認してどこか胸を撫で下ろしてしまう。


「アメは凄かったらしいな、傷とか、活躍とか」


 ジェイドが喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない様子で喋りかけてくる。

 まぁ確かにそうだ、腕が飛んだのは悲しい、痛みを堪えて戦ったのは辛かった、けれど一杯殺せたのは嬉しいだし、腕が元に戻ったことはよかった、だ。


「そう、らしいね」


 だから僕も曖昧な感情しか抱けない。

 一元化できない感情は人を何時だって悩ませる、夢にだって現われるのだ、本当に死しか終わりはない。


 けれどそうして死んでも僕はここにいる。

 もう一度死んでも同じように生き返るのか、別の世界で。

 ……それは、嫌だな。腕が飛んで、それでも戦い続ける選択を選んだときは、それこそ死など気にならないほどだった。

 そんなある種の覚悟を抱いて、その結果死んで、後悔に浸る間もなく次の生を与えられるのか。

 それは嫌だ、だから考えないことにしよう。

 僕の生はこれで最期だ。死んでもまだ後があるかもしれない、そんな甘えは自分達を死に近づけ、結果的に首を絞めるだけだ。


「あ、腕……ごめんなさい、痛みましたか?」


 ジェイドとのやり取りに、しがみついていた右腕から慌てて離れるスイ。


「大丈夫、だけど今は食べるの優先していい?」


 しがみつかれていたら上手くご飯も食べられない。

 慕われるのは心地が良いが、優先順位と言うものがこの世にはある。

 前世でマズローさんが言っていた、他者に認められたい気持ちは生理的欲求を満たしたあとだと。


「すみません、では食べるのを手伝わさせていただいてもよろしいでしょうか」


 畏まった、そしてお茶目な様子で提案するスイ。

 もう無視してしまおう、口を開いたらその分食べるペースは減るのだから。


「あ、そういえばこれからの予定はどうなってるの?」


 そう思ったが、現状の方針が気になりすぐに沈黙を破る。

 視界の隅で放置される快感に目覚めそうになっている少女がいるがこれも無視しよう。


「真っ直ぐ帰還ですよ」


 丁度戻ってきたところなのかエターナーが答えながら輪に入ってくる。


「偽竜の巣を突いてしまったと判断し、被害も多く期間も丁度よかったのであとは帰るだけです」


 何事もなければ、そう不穏な言葉を足しながら地面に躊躇い無く座る彼女。

 エターナーも野外での生活に慣れたものだ、精神面だけではなく肉体的にも随分町を出発した時と変わってしまったのではないだろうか。

 元より無駄な肉こそ無かったが、必要な筋肉も無かった人間だ。これをきっかけに少し体つきがよくなるといいのだけれど。


「偽竜って結局何なんですか?」


「さぁ? 記録として何かが残っていた記憶はありませんし、私も死体を見てみましたが爬虫類なのかそれより高次元の竜なのか区別もつきません。

あぁ、ただ特徴的な尾は魔力を込めて初めてあの鋭利さの二周りほど下を再現できる程度なので、現状資産的価値は薄いですね」


 幼い竜なのか、大きなトカゲなのか、それともどちらでもない今進化しつつある生命なのか。

 現状ではそれを細分化することも叶わない、というか竜自体の生態がよくわかってない辺りそこからが難しい。

 まぁ個人的には竜に似た存在が確認できただけでも手柄だ。

 それなりの脅威を持っていて、竜に似た何かが存在する。きっとこの情報は役に立つだろうから。


「それにしてもアメの言動には驚かされます」


「……?」


 食事を終え、口元を気にせず食べていたので汚れた顔をタオルで拭っているとエターナーがそう呟く。


「右腕が飛んだのに前線に向かって、起きたら今度は貴族に挑発的な発言」


「何を言ったんですか」


 スイが尋ねてくるが再び無言。

 今度は無視ではなく、単純に言葉が出なかっただけだ。

 確かに結果的には喧嘩を売るような言葉になってしまった気がするが、何も問題は無かった気がする。


「名前を告げたときに教えたはずですが、良くも悪くも過激な方だと」


「それってどれぐらいなの?」


 冷や汗が流れ硬直する僕に代わりコウが尋ねる。


「……倫理に反することを必要とあらば躊躇わず行えるほどに」


 一体何をしているんだあの人は。怖い。

 僕の言動を気にしている様子は無かったが、もしかして上辺だけだったのか。それともあの時点で「あぁコイツあとでもう始末しよう」みたいな感じだったのか。


「……今から謝りに行って間に合うでしょうか」


 この世界、国とは別に貴族が同格として並んでいるらしい。

 それはつまり、合法的に人を殺せるということだ。


「無理、だろうね。あの人もう迷いが無かったから」


 ルゥが隣にいないにもかかわらず、脳に囁くような声で語りかける。


 死、なんてものは生ぬるいかもしれない。

 夜道で刺客に襲われ背中からブスリ、ならまだマシだ。激痛こそ伴うもののそこで苦痛は終わるのだろうから。

 問題は拷問という手法が存在することだ。

 攫われ、監禁され、想像したくもないような行為で痛めつけられ、助けてくれから、もう殺してくれに懇願が変わり、それでも一瞬の時間が永遠にも感じられるほど引き延ばされ。

 最終的には生きているのが奇跡な状態で、きっと拷問による傷が原因ではなく、人には見えないボロボロな姿で飢えにより死ぬのだ。


 そんな終わり、絶対に味わいたくない。

 どうする?やられる前にやる?いや、逃げたほうが早いのか。

 王都まで一ヶ月以上かかる、もしかすると追い詰める手間が面倒で諦めてくれるかもしれない。きっと貴族は時間が足りなくて、飽きっぽい人間だろうから。

 ……違う、一ヶ月で手が届くのか。

 ありったけの金を使い、殺すためだけに僕を国の端まで追い詰める。

 所持しているだろう資産を考えると三箇所の町、どこも安全ではないだろう。まず間違いなく息のかかった人間がどこかにはいる、そこから伝染病のように僕を殺すために人々が一心になって動くのだ。

 ならばもう森に隠れるか、まだ見つからぬあるかもわからない他の国まで彷徨うしか……



「ルゥ、そろそろ曖昧な表現はやめて、明確な答えを与えてやれ。アメのやつまた倒れるぞ」


 ジェイドの声が聞こえる、その言葉の意味するところは何だろう。

 それよりも皆が大変だ、僕だけではないのだ。僕と仲良くしている人々全員が人質として、もしくはやつあたりの標的として狙われる可能性すらある。


「大丈夫だよ」


 コウの声が聞こえる。

 彼が言うなら、何もかもが大丈夫に聞こえる。


「ルゥ」


 僅かに責めるような口調で、多くは悪戯に加担したような感情を声に乗せコウはルゥに促す。


「わかってる。アメ、あの人は本当に怒っていなかったよ」


「何を根拠に」


 何の保障があるというのだ。

 今思い出してみても言動全てが僕を始末する方向に向かっていることしか証明しない。


「空気で普通にわかるんだけど……まぁそうだね、初めてあの人が動揺したこととか」


 なんだっけ。褒賞の受け取りを拒否する理由を告げたタイミングか。

 自己嫌悪、そう告げたらあの人が驚いたんだっけ。

 そのあとは年齢を尋ねてきて、食事だけでもよかったらって話になって……あぁそうか、悪意があるのなら食事にはそもそも誘わないし、罠として誘ったとしても息子の話を出す必要はあまりないのか。


「つまり……安全!?」


 救われた!僕はまだ生きられるんだ!


「はじめからそう言ってるんだけど」


「言ってなかったよ!?」


「誤解させるような表現はしてしまったかな」


 させるような、じゃない。させるための、だ。

 いつもの三日月、厭らしい笑みが表情に浮かび隠しきれていないルゥ。

 叩けば直るかな、でも手の届かない場所に座ってるし石でも投げようかな。


「そう睨まないで。アメのせいだよ、たまにアメは悩むと面白い方向に進んで暴走するから、からかいたくなって仕方ないの」


「あぁ、それはありますね……」


 ぼそりと呟いたのはスイ、お前裏切ったのか。

 周りを見渡すがジェイドもエターナーも同様に頷いている。

 もう味方は一人しかないない。


「コウ、わかってるなら早く助けてよ」


「ごめんごめん。いろいろ考えてるアメ、表情一人でコロコロ変えて可愛いからさ」


「かわっ……」


 何気なく言われたその言葉。

 でも精神的に追い詰められた状況でとどめのようなそれは簡単に往なせるものではなく、顔が急激に熱を持つのがわかる。


「あぁごめんアメ、可愛いってその、小動物的な?」


 更に誤解してしまっていた。

 もはや内に抑えきれないそれを、コウにぶつけるために拳を握り……ルゥにいつもするようにぶつことはできなかった。

 できずに、ただただ彼の裾を強く握ることしかできなかった。



- 片腕の 終わり -

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