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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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4.光が燃え尽きる前に

 燃えていた。

 笑っていた人々が、笑い声を上げたまま、まるで燃えていることが愉しいように。

 それを見て、とっさに僕は隣にいる彼の手を掴もうとして……熱くてすぐに手を離した。

 彼も燃えていた、守ろうとした、もしくは守ってもらおうとした彼が既に燃えているのを見て、僕は、逃げ出した。

 彼は泣いていていた。

 熱くて泣いていたのか、僕に見捨てられたのが悲しかったのかはもうわからない。


 走って走って、村の出入り口について、一度だけ振り返って思う、しょうがないと。

 僕に助けられる命はなかった、僕に村と共に果てる覚悟はなかった。

 しょうがない。村から出ることは、どうしようもなくしかたのないことなのだ。



 目が覚める。

 息の荒い自分の体を抱き、少しでも早く落ち着くようにと抱きしめる。

 大丈夫、夢だ。

 何度も見た夢だ。

 はじめ、燃えるのは前世の家族や友人だった。

 それが次第に村の人々になり、それから悪夢を見る頻度は減っていった。


 少しずつ、少しずつ震えが収まってくる。

 体が満足に動くのを確認し、ベッドから出てそこでようやく気づく。

 ベッドにもたれるように寝ているコウ。

 最近は同じベッドの中で寝ることが減ってきた、少しずつ羞恥を覚え始める頃なのだろう。

 同じ部屋で寝なくなるのは何時かな。

 成長が嬉しいような寂しいような、そんな感情を抱きつつ、すこしずれ落ちているタオルをかけ直してあげた。


 もう一度燃え尽きて死んでしまえ。

 彼を見捨てるような自分は、家族を守れないような自分は。



- 光が燃え尽きる前に 始まり -



 一階に下りると地獄だった。

 食べ散らかされた料理は放置され、洗い場には使用された食器が積み重ねられていた。

 火元だけ確認し、外に出る。


 ……ここも大概だな。

 他所の家から集められたテーブルやイスはそのままで、ある程度片付けられているものの十分汚い。

 というかまだ数名地面で寝てる。


 どうしたものかと途方にくれていると、こちらに向かって歩いてくる青年を見つける。


「おはようございます、ケンさん」


「おはよう、こりゃ酷いね」


 酷いという言葉じゃすまないぐらい酷い。


「片付け手伝うよ」


「いえ、なんとかしますので……」


 大丈夫です、という言葉を飲み込む。

 子供らしく甘えよう、一人じゃどう考えても無理だ。


「お願いします」


 任せて、そう一言だけ残し彼が地面に寝ている人達を家に送ってくれている間に、家具を綺麗にしておく。

 全員家に送り終えたケンと共に、今度は家具を各家に戻していく。


「あれ……?ここでしたっけ?」


 持ってきたテーブルの形が、どうも家の内装に合わなくて首をかしげる。

 こんな見た目だっただろうか?

 塗装などもちろんされておらず、曖昧な規格で作られている家具に厳密な区別などできない。


「ま、いいでしょ。気になるならあとで交換するだろうし」


 まぁそんなものだろう。

 この村の中で良い家具も悪い家具も目立つ差は存在しない。

 そもそも村の中に存在するものは大体村全員の物みたいな感覚すらある、だからきっと大丈夫。



「ありがとうございます、助かりました」


「いいっていいって。じゃまたねー、畑見てこなくちゃ」


 今日も仕事する気なのか彼は。

 僕の記憶が正しければ、一番最後まで騒いでいた連中に彼も混じっていたはずだ。

 人は見かけによらないな。



 家に入ると家族も起き始めていた。


「おはよう、あら外片付けてくれたのね、ありがとう助かるわ」


「ケンさんも手伝ってくれました」


「そう、あとでお礼言わなきゃね」


 階段が軋む音を聞き、そちらを向くとコウも起きて下りてきていた。

 足取りはしっかりしており、癖の付いた髪を梳かしながら欠伸をしていた。


「おはよう、後は任せて」


「うん」


 あとの片付けは二人に任せよう。

 父親はまだ酒が抜けていないようで寝室から出てこない、コウの両親は息子を置いて自宅に帰っていた。

 もう一眠りしよう、まだ少し眠い。



 もう一眠りしたら昇りかけていた太陽は既に真上に来ていた。


「寝すぎた……」


 仮眠のつもりが五時間前後寝ていたとは、これが前世だったらなんと恐ろしいことか。

 まぁ今日はもとより休むつもりだったし構わないか。


「お父さんは?」


「起きてるけど、まだベッドからは出れないみたい」


 コウと談笑していた母親がそう笑う。そこが可愛いところなのよね、と。


「お昼は?」


「いらない」


「だよね」


 まるで家の主のように尋ねてくるコウの頭を小突きつつ隣に座り、すぐに立ち上がる。


「どうしたの?」


「大切な物思い出した」





「なに、これ?」


 コウと二人自室に戻りソレと対峙する。

 いろいろあって忘れていたが、これは僕にとって転機となるだろう。


「絵本」


 手に入れた経緯や理由を尋ねられたのか、そもそも本という概念自体を知らなかったのかはわからないが、一言で黙ってくれたので無視しよう。

 ページをめくり、まずは全体像を把握する。


1ページ目 繁栄した都市

2ページ目 武器を持って戦う人間達

3ページ目 翼のある人

4ページ目 翼のある人と無い人間が戦う

5ページ目 空を飛ぶ竜

6ページ目 戦う三種の陣営

7ページ目 ボロボロになった町で竜以外の種が倒れている

8ページ目 5ページ目と同じ絵

9ページ目 片翼の無い人

10ページ目 再建する町と人々、それを見ている翼のある人と竜


 以上が本の内容だ。


「おはなし?」


「うん。これが絵で、これが文字」


 絵と文字、それぞれの概念を少しでもわかりやすいように説明する。

 ふぅん、と一言、理解したのかそうでないのかわからない一言を放ち、じっと本に集中し始めるコウ。

 それを確認し、自分も思考に集中する。


 重要なのは話の内容と、文字の体系だ。

 この二つを正しく理解することで、文字を知ることができるはず。

 ペンが欲しい……だがそんなものこの村にはない。

 台所で幾つか冷えた炭を取り、念のため母親に文字を知っている人間が村に居ないかを問う。


 答えは否だった。

 百近く居て識字率ゼロ……予想はしていたが目眩がする。

 唯一文字を知っているだろうレイノアは既に村を発っている、次来るのは何ヵ月後だろう。

 さっきまで忘れていたのだからしょうがない、そう割り切りながら自室に戻る。


 そして、床に使われている文字を全て書き出した。

 本当は日本語で注訳も付けたかったが、なるべく不審に思われる行動は慎みたいので避けた。

 絵本の全文は2843文字、その内使用されている文字は27のみ。

 27/2843とは言えあまりにも文字の種類が少ない。頭から僅かに残っていた漢字に代わる存在を排除する、口語からも推測するにアルファベットを基本と考えてよいだろう。

 そして各文字には規則性が見える、左と右に分けられ左に使われる文字は四種、右は八種のみだ。漢字の部首とつくりのように、点字や韓国語のように。


 ここまできたら大丈夫。

 一度雑巾で床の文字を全て消し、4×8のマス目を作る。

 ひらがなと同じだ、左側の文字が段を表し、右が行を表す。

 絵本を随時確認しながら27マス埋め、残り1マスを法則から推測できる文字で埋め――完成だ。

 全28文字。普段使用する口語を確認すると、スラングによる増減さえなければこれで間違いない。

 あとは口語と文字を擦り合わせ、単語を覚えていくだけで文字は覚えられる。

 充足感が胸に溢れる。文字を学ぶ礎を自ら築いたと。

 安心感が体を満たす。未知は恐怖だ、これで焚き火が作る影に怯えることはないと。


「……すごい! すごいよアメ!! え? じゃあアメって文字で書くとこうなの?」


 ずっと黙っていたコウが炭で"アメ"と書く。

 不器用に、でも確かにそれとわかるように。


「うん、多分そう。コウって字はこれ。そしてここに書かれている言葉はこれが"あるところに"で、これが"町"」


「"むかしむかし、ある所に文明が発達した人々の町がありました"」


「そうだ……、……え?」


 ようやく、きづく。

 きづいて、しこうが、とまる。

 おかしいだろ、なぜそんなりゅうちょうにぶんをやくせる?


 ちがう、違う、違う違う!!

 違う、そうじゃない。そこからじゃない。

 お前、さっきまで描かれている町が線の塊にしか見えていなかっただろ。

 お前、さっきまで文字が何かすら知らなかっただろ。

 黙っていたのは何をしているのか想像もつかないからだと思っていた。

 全然違っていた、お前が何を想像していたのかすら僕は想像していなかった。

 黙っていたのは考えていたからだ。

 文字ってそういうものなんだ、こうやって作られているんだ、じゃあここに当てはまるものはこれなのかな。

 なら"アメ"ってこう書くんだよね、ならここに書かれているものはこう読むんだね。


 ただそれだけかもしれない。

 でもそれだけじゃない。

 洞窟の中で焚き火の影に怯えていた少年が、この短時間で影がなんたるかを理解し、影絵で遊んで見せた。

 本来人類が何世代にも渡って克服する恐怖を、この七歳の少年は短時間でやってのけたのだ。

 僕もやった?

 恐怖が零れる。別の世界で築かれた礎を用いて解いた式だ。

 不安で体が震える。その処理をこの少年は最後追い抜いてみせた。

 流暢に訳したのは僕じゃない、彼だ。

 そもそも僕は、今から行う作業で文字を理解するとすら言っていないのに。


「っ……!!」


 声にならない声が零れる、それでも、それでも少しでも距離をとらなければ。

 彼が影絵で遊んでいる火で、僕の体を焼く前に。


「……?どうしたの、アメ?」


「ひっ……!!」


 いつものように不安を感じた時、もしくは相手の不安を和らげるために手を繋ぐように。

 彼が手を伸ばす、その手に僕は、炎を幻視した。

 前世で家族を焼いた炎を、"俺"を殺した炎を、今から"僕"を焼こうとしている炎を。


「どう、して……」


 己が恐怖そのものだと理解したのだろう。

 コウの両目に雫が溢れ、堪えきれず零れ出す。

 どうして俺を怖がるの?何をしてしまったの? 離れないで。

 そう言っている、そう言っているとわかっているのに……その涙を拭くことができない。

 今の僕には、涙で彼の炎が少しでも早く消えますようにと願うことしかできないのだ。


 涙を拭く他者がいない彼は、自分でそれを拭うしかない。

 そんな、独りで寂しい行為を僕は注視していた、少しでも炎から目を離してはいけないと。

 そして、涙を拭い、新しい涙が零れるまでの僅かな瞬間、視線が、交わる。


 次の瞬間、抱きしめられていた。


「やめて……! 離して……!!」


「離、さない! 大丈夫……!!」


「何が、何が大丈夫なの! 燃えちゃう、早くしないと、あぁ……!」


 抱きしめる彼の両手が、僕の体を燃やし始める。

 痛みと生きている人間が燃える臭いを思い出しながら、どうにか振りほどこうと足掻く。


「大丈夫、だから! 偶然、偶然なんだ。食べたい献立が偶然ご飯に出るように」


 少年は言う、サイコロの1が十回連続で出たようなものだと。


「偶然アメが何をしたいのかわかって、偶然勝手に考えたことが正解で」


 サイコロがどうやって転がるのかを観察し、それを意図的に再現できたのだと。


「怖かったよね、木の影が人の顔に見えたみたいで」


 少年は言う。

 泣きながらも思考を止めず、何を怯えているのかを理解し、目があった瞬間覚悟を決めた。


「大丈夫。アメの知ってるコウだよ。そばにいるから、嫌なら離れてもいいから」


 僕を拘束する力は弱まっていた。

 今なら容易く振りほどき、逃げれるほどに。


 今朝見た夢を、思い出した。

 燃えている村を、コウを見捨てる夢。

 立場が逆だ、燃えながら泣いている僕を、彼は見捨てなかった。

 痛くて怖くて堪らないのに、それでも手を伸ばすことを選んだ。


「かなわないなぁ……」


 そっと、抱きしめる。

 この炎は"光"だ。"雨"の中、雲の間から見える光のように。


「……温かい」


「うん……」


 熱くはなかった。

 いつのまには炎は消えていて、残ったのは"光"だけ。

 時間を忘れるほどに、その温もりに縋っていた。



- 光が燃え尽きる前に 終わり -

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