39.見つけたもの、見ようとしないもの
「邪魔するぞ」
そう言いながらテントに入ってきたのは見たことのない男。
エターナーを付き添わせ、姿を見せた瞬間にコウとルゥを立ち上がらせたその人はなんだか偉そうだ。
……二人の反応を見て思い出す。
確か開拓開始当日、演説をしていた人物。
何て言ったっけ、名前。いや、とにかく立ち上がらなければ。
この世界の作法は知らないが、貴族を、偉い人を座ったまま迎えるのは無礼にあたるだろう。
「いや、そのままで構わない」
一人遅れて立ち上がろうとした僕を制止させ、座っていたイスをそっと差し出すルゥも手で制する。
ルゥはその対応に図々しくも再びイスに座ろうとしたが、僕とエターナーが睨みつけると黙って両脚で立つことを選んだ。
「リーン……卿、でしたか。なんの御用でしょうか」
「まずは礼を。貴殿ら三名の活躍において、貴重な人材を守ることができた。その功績を讃え褒賞を贈りたい」
相変わらず威圧感は凄く、言葉も上からかけるものでしかない。
けれどその言葉の先に存在する何かや、立ち振る舞いは何故か同じ人間一人と対峙していると錯覚、いやそう正しく認識させる。
「どうも、ありがとうございます」
「元よりある報酬に加え、特別に追加で金額を出したい。そして必要ならば金銭だけではなく、名誉も」
それが本題か。
胸の中をドロリとしたものが踊る、そしてようやくそれがなんであるかを理解しようとする。
「二つ、質問をしていいですか?」
「もちろん」
だから問いかける。
自身の中にある何かを確かめるために、他者に問いかける。
「それは貴族の末席を与える、もしくは顔を聞けるようになる、という認識で間違っていないでしょうか」
「あぁ、望むものは得られないかもしれないが、それなりのものを与えられるつもりだ」
「では二つ目」
与えられた言葉を認識する時間すら必要とせず、僕はリーン卿ではなくその場にいる全員に問いかける。
聞いた答えは問う前から知っていた言葉だ、そしてこれから行う問いも、恐らく確認程度の働きしかしないだろう。
「誰か僕に、僕、もしくは僕達がこのテントの外でどういった扱いをされているか教えてくれますか?」
まだ目覚めて一刻も経っていない。
外にはもちろん一歩も踏み出してはおらず、人々の声こそわずかに聞こえるものの何を喋っているかまでは聞き取れない。
エターナーを見る。
僕の問いに彼女は目を伏せ、何も答えられないと体で表す。
リーン卿を見る。
彼は僕を測るように、そして自分の口から発してしまっては意味はないだろうと沈黙を守った。
コウは見ない。
なんとなく答えは知っている。彼も知らないのだろう、僕の看病に付きっ切りで。あと何故かそんな空気を感じ取れる、長年の付き合いというやつか、いつも通り大体のやり取りは言葉は必要としない。
ルゥを見た。
誰も口を開かないのを見て、彼女は自分が導火線に火をつけていい建前を得て嬉々とし口を開く。
「是非わたしの口からではなく直接目にして欲しいぐらい。
"片腕の少女が電と共に敵を倒していった"そうみんなが噂してるよ、ほとんどの人は名前も知らないのに、そういった存在だけが一人歩きして皆の話題になってる」
「そう、ありがと」
嘘偽りもいいところだ。
僕は一人じゃ満足に歩けもしなかったし、守ってくれる誰かがいなければとっくに死んでいた。
コウとルゥだけじゃない、最前線にいた名も知らぬ冒険者達が、僕達を守るために危険を承知で戦ってくれただろう。
だから確信する。
ずっと自分の中にあったドロリとしたもの、その正体を。
「ある種英雄視された僕達を一番活用できる立ち位置を町に着く前に得たい、もしくはその存在が脅威にならないよう抑え込みたい。用件はこれであっていますよね?」
「あぁ、そうだ」
本来後ろめたいだろうその思考を彼は肯定する。
自分のものだと胸を張り、そして負い目を感じず口を開く。
「何も飼い殺したり、御輿にして得たいものがあるわけではない。
冒険者一人の活躍など、多くの死の中に埋もれ、気づけば忘れ去られているものだ」
手を出さなければ、ね。
忘れ去れるものに手を差し伸べ、そこから何かを生み出し続ける。
「だが私はお前の、お前達の働きを個人的に評価しているつもりだ。人々の間で残り続けて欲しい存在だと」
リーン卿の言葉が嘘を言っているようには見えない。
都合のいいところまでこき使って、不要になれば捨てる。
そんな可能性を僕は見出せなかった、それは彼のカリスマが成せる技か、話術により巧妙に隠された結果かは僕にはわからない。
でも、どっちでもよかった。答えは変わらないのだから。
「それはありがたいですが、お断りします」
「やはり嫌悪するか?」
少し悩んで、答えた。
「まぁ、そうですね」
そして付け加える。
「ただ自分に、です」
「……自分に?」
初めてリーン卿の表情が崩れる。
今までのやりとりは想定内だったが、この言葉は想定していなかったといわんばかりに。
対して僕が見つめるのは彼ではなく自分の内側。
さきほどから残り続けるドロリとした感情。
それは「そんなつもりではない」というものだ。
殺したいから殺して、その結果守れる命があった? 関係ない、結果助かっただけだ。邪魔じゃなければ興奮状態の僕は雷で人間ごと偽竜を貫いていただろう。
感謝じゃなく、名誉と金を与えても良いと目の前の男はいう。願い下げだ、棚から降ってきた餅などいらない、それよりも欲しいものが僕にはある、それにたどり着くためには与えられるそれらは重荷にしかならないだろう。
「僕はやりたいことをやったまでで、その結果働きが評価され、何かを得られると言われても困惑するばかりか、鬱陶しくも感じてしまいます。
なので名誉も、必要以上の報酬も必要ないです。僕の意思を尊重するのであれば、どうかそれを押し付けないで下さると助かります、それが何よりの褒賞だろうから」
僕の挑発的な言葉にリーン卿は怒りを抱いた様子も無く、コウとルゥが僕の意見に難色を示していないことを確認してから口を開いた。
「成り上がれる機会を蹴ると?」
「はい」
それが例え目の前にいる町の代表の顰蹙を買う行為だとしても。
「仕事もいらないか?」
「いらないです」
繋がりなど必要ない。
周りから何かあるのではないかと邪推されたくないし、何より自由に活動していきたい。
「金は」
「それもいらないです。ただあって困りはしないので、そう多くない額だと別に受け取っても構わないですけど」
多く貰えば必ず印象に残ってしまうだろう。
使う機会が訪れるたびに考えてしまう、それが何の経緯で得た金か、得たことで目に見えない繋がりができてしまったことを。
一々悩むのも嫌だし、面倒もかかるようなら一切追加ではいらない。
「そうか、ならばこれ以上かける言葉はない。今回の働き相応の報酬は出す、それだけでいいな」
「はい、こちらの意思を尊重していただきありがとうございます。そしてすみませんでした、数々の無礼な発言を」
「構わないさ、いくつだ?」
一瞬戸惑い、それが年齢を尋ねられていることに気づく。
「十です、町に帰る頃には一つ足しているかもしれません」
「私にも一人息子がいる、お前と丁度同年齢ぐらいか。あいつも中々優秀だと思うが、お前と並ばせ比べることは到底できそうにないな。
よければ一度食事に来て欲しい。是非今までの経験を息子に語ってほしい、丁度そういった事柄に興味のある頃なんだ」
「……他意がないのであれば」
僕と、隣に並ぶコウを見てリーン卿は笑う。
「もちろんないさ、それでは失礼させてもらう」
「でしたら気が向けば」
僕の返事を彼は背中で受け、そのままエターナーと共に出て行った。
貴族と言ってもかなり話しやすい人だった、本当に気が向いたら食事程度なら構わないかもしれない。
「ごめんね二人とも、いろいろ楽になったかもしれないのに」
結果的に巻き込んでしまった二人に謝罪する。
三人で一緒に貴族街道まっしぐら……もしくは、泡銭でしばらくはのんびりとできたかもしれない。
僕はそれを自らの意思だけで蹴り飛ばしたんだ。
「いいよ、アメがそうしたいならそれがいい」
コウが囁く。
何もかも受けれてくれる彼の甘言に、心の底から溺れてしまいそうな甘い声で。
「ま、お金ぐらいはほしかったけど、ちゃんと適切な分は増やしてくれるって言ってたしね。無茶した甲斐はあったと思う、いろいろとね」
ルゥは笑う、まるではじめからそんなものに依存していないと言わんばかりに。
「それに、お金が余るってことは暇になるってことだ。それは嫌だな」
ルゥの言葉に心の底から同感する。退屈は敵だ、今回の仕事で学んだ。
そして僕達は大きなお金の使い道を今は求めていない、日々宿で暮らしてたまに娯楽や装備を整えるためにお金を使って、そうやって生きるため仕事で命を天秤に掛ける。
そんな日常が気づけば心地良いものとなっていた。
もっと。
もっと何か心地よいものがあったはずだけれど、今は意図的に忘れてしまおう。
今だけは、この瞬間だけでも、後ろではなく、前を見て。
- 見つけたもの、見ようとしないもの 終わり -




