37.失ったモノ
「なるほど。つらい時期にアメに助けてもらって、それからずっと慕っているのか」
「はい! だからお姉さまは私にとってお姉さまなんです!」
意味はわからないが、どこか納得できてしまうスイの言葉に場がどっと湧く。
初めて戦闘をしてから更に二箇所の建築を終え、次のポイントに向かっている夜だ。
この仕事の終わりも見えてきた、日数的に丁度折り返し地点だろう。
そのような時期だと朝から夜まで共に過ごしている冒険者や作業員とも気心知れた仲になり、仕事もなく娯楽もない夜は皆が話題を持ち寄り雑談に花を開かせている。
そんな日々を繰り返して、ついに僕達子供組にも話題を求められるようになる。そしてスイは自分と兄に辛いことがあったことだけを簡潔に告げ、僕が如何に素晴らしい人物かを語って見せた。
「で、そんな凄いアメ様はどんな理由があって冒険者なんてなったんだ?」
クエイクが冗談半分で場を仕切りながら尋ねる。
僕は少し悩み、コウとルゥに視線で確認して少しずつ話すことにした。
「レイニスの西に少し前まで小さな村があったんです、僕とコウ、そしてルゥはそこの出身でした」
見張りを残しつつ、焚き火を大勢で囲みながら僕はその中で一人語る。
二十名ほどか、その中にはクエイクの他レイノアやエターナーといった顔馴染みも並んでいる。
一つの焚き火を囲める人数にも限界があり、皆が一歩離れて少しでも多く集まれるようしているなか僕は前に出た。
「八歳の時ルゥが村に来て、今まで魔法がなかった村に魔法が伝わり、そして僕達三人は狩りに参加することになりました」
「レイニスの西って言ったら……」
「はい、村を出たらそこら中ウェストハウンドです」
周りがどよめく。
こんな幼い子供たちが更に幼い頃からウェストハウンドと渡り合ってきた事実に。
そして納得した様子。だから今俺達と肩を並べて仕事をしているのだと。
「それからは何度か死にそうになりながらも、のんびりと暮らしていました。あの日……エターナーさん」
何度も死に触れ合うのがこの世界での日常だった。
どこかおかしいとは思うが、僕達にとってそれは日常なのだ。
「構いませんよ、私達が町に帰る頃には周知の事実でしょうから」
エターナーに念のため許可を貰う、竜のことは未だに秘匿しているかと思ったからだ。
「あの日、いつも空を飛んでいた竜が初めて降りてきて、村を滅ぼしました。生存者は僕達三名だけです」
誰も、言葉は出せない。
竜が人間を攻撃したことか、子供三人だけ生き残った奇跡と残酷さにかはわからないが。
「それからはつらかったです。故郷を失ったこともですが、獣達が竜に怯えたうえ真冬でしたので食料が見つからなくて本当に餓死するかと思いました」
「その辺り詳しく頼む」
変に省略しようとしたように見えたのか、それとも省略するような事柄すら話の種としてはおもしろいと思ったのか、クエイクはよければ、といった表情で詳細を求めた。
僕としては話せるのならいくらでも話したかった。
悲劇に酔いたいわけではないと思う、ただ認めて欲しいだけなのだ。人知れず存在した村があったことを、それを失いそれでも生きた子供たちがいたことを。
「……長くなりますよ?」
僕の言葉にクエイクは笑う。
「夜も長いさ」
その言葉に僕はあのつらかった町までの道のりを口にすることにした。
僕の精神が不安定で皆に迷惑をかけたこと、ルゥが体調を崩しコウが一人皆を庇って頑張ったこと、もうダメだと思ったときにレイノアが助けてくれたこと。
「お前、大変な目にあってきたんだな」
呟くのは難癖をつけて来た作業員の一人。
言葉や視線にはどこか父親を思い出させる、良くも悪くも情緒的な人間なのだろう。気に食わないことは気に食わないし、気に入ったことはより気に入るように。
悪い気はしなかった。都合のいい人間という評価も出るが、彼は僕に似ている気もしたから。
「……今夜は飲もう! 生き残った子供達に!」
僕の話にどんよりとした空気が漂っていたが、それを吹き飛ばすようにクエイクが叫ぶ。
「おい、レイノア。飲み物食べ物ありったけ出せ。もちろん安くな」
クエイクの物言いにレイノアは一蹴する。
「ふざけるな、お前ら毎日毎日理由つけて盛りやがって。
もちろん適正価格で提供してやるよ、なんたって在庫がもう少ないからな、町に帰るまではたんまり儲けさせてもらう」
「アメの話からは想像できないほどがめついなお前さん」
「あ? なんだ、やるのか?」
喧嘩を売ったのはレイノアだ。
もちろん両者共々本気で怒ってはいないものの、やり取りを楽しみ何らかの決着を求めるだろう。
ただ喧嘩を売った相手が悪い。
クエイクもレイノアもブラウンの髪に肌色も濃いほうで見た目が似ているのだが、一つだけ決定的に違う部分がある。
筋肉の量だ。レイノアも貧弱なほうではなく、むしろ商人にしてはしっかりと筋肉がついているのだが、クエイクは冒険者には必要ないほどの筋肉美を持っている。
喧嘩の内容が暴力といった直接的なものならば冒険者が勝つ未来しか存在しない気がする。
「いいぞ、ただもちろん頭を使うような姑息な勝負で勝敗を決めるつもりはないだろうな?」
それを理解してかクエイクが挑発する。
先に喧嘩を売ってきて、その手段を選ぶような真似はできないだろう。ただ彼の望むままに勝負を受けたら、レイノアに勝てる見込みなどどこにもない。
「あぁいいぜ、お前の筋肉を活かせるような勝負の内容で構わない」
あ、乗るんだその挑発。どうするんだろう。
「ただコイツが相手だがな……シン仕事だ、依頼主の危機だから思う存分働け」
名指しされたのは昔からの付き合いであるシン。
レイノア専属の護衛である彼は僕達以上に仕事がなく、戦うことを喜ぶ彼には今回の件は都合が良かったのだろう。
自分から喧嘩を売っておいて、その代理人として勝負するなんて仕事内容もクソもないようだが当の本人は嬉々として前に出た……ように見える。相変わらず表情に変化はないし、何も喋らないので真偽はわからない。
「おいおい、それはないだろう! 卑怯だとは思わないのか? 自分で売った喧嘩だ、自分で勝負したらどうだ!?」
クエイクの体格は非常に良い。ただシンの体格はそれ以上に良い。
僕の熊のような父親と並べるほどなのでそれはもう並ぶととんでもない。具体的に比較するとクエイクがハウンドで、シンがウェストハウンドか。
「冗談、誰がそんな面倒なことを好んでやるか」
レイノアは既にリラックスした体勢を整え、もはや喧嘩を眺める第三者になっている。
ただクエイクは退けない。大勢の前で威勢よく喧嘩を買ってしまい、このまま退いてしまっては都合のいい相手だけに勝負を売る、ただの神父が趣味のならずものに成り下がる。
「……俺が勝ったらしっかり値引けよ?」
「それは保障してやる。ただそいつになんらかの勝負で勝てたのならな、お前さん自慢の筋肉でよ」
そこからはただのお祭り騒ぎだった。
赤子の手をひねるようにクエイクをいなした姿に、他の冒険者達も闘争本能を駆られたのか嬉々として挑み始め、もはやなんのために勝負をしているのかわからない様だ。
レイノアは興奮した冒険者達に嗜好品を適正価格で売り払い、僕達子供とエターナーは馬鹿な大人達を冷ややかに、けれどもおもしろいものを巻き込まれない位置から傍観していた。
どこの人間も変わらない。町の人間も、村の人間も。
故郷が滅ばず、父親達がこの場に居たらどんなに楽しかったことか。
きっとそんな未来もあったはずだ。緩やかに滅び行く村から皆で町に移住し、慣れないながらも自分達の長所を活かし町に順応し、そして僕達狩人はその戦闘能力を活かし冒険者になる。
父親は活気のある町に慣れず戦うことに集中し、ウォルフはルゥと肩を並べ率先して人と交流しながらも力を振るう。
母親やコロネも待ち望んだ町に馴染み、僕達が冒険者の仕事から帰る家を用意してくれたはず。
今この場には皆がいる。
宿を支えているベルガやユズこそいないものの、他に顔を知っているレイノアにシン、クエイク、そしてエターナーすらもこの場にはいる。
僕に、コウ、ルゥ、スイとジェイドもきっと村のみんなと町に来てもこうして仲良くなれたはずだ。
だから、一同揃っているはずなのに、どうしても足りないと感じてしまう。そしてその感覚は錯覚ではない、この場にはありえない人々のことを想う、きっとありえただろう未来と共に。
竜。あいつさえいなければ。
炎竜と呼ばれている種類なのも忌々しい。
炎が一度目の僕を殺さなければ、二度目の生を授かることもなく、こんな嬉しさも寂しさも感じる必要がなかったはずだ。
- 失ったモノ 始まり -
「何かおかしいですね」
エターナーが呟き、僕もそれに無言で頷き同意する。
そろそろ次のポイントに着くといったところで、前面に展開されている冒険者達の動きが止まり他の箇所も合わせて止まる。
かろうじて冒険者達が抜刀し、臨戦態勢を保っているものの交戦している様子がないのは目視できるが、何を相手に牽制しあい対峙しているのかまでは見えない。
こうして何かと接敵し、度々動きが止まることはあった。
けれどこれほどの時間、しかも何事もなく硬直するというのは何かが変だ。
「すみません、何が起きているのかを確認……」
エターナーが近くに居た作業員を呼び寄せ、何が起きているのかを確認してほしいと頼もうとした時、状況が変わった。
前方の前線が、押され始めた。
「左翼の前線に伝達を! 最大限に警戒し、何が起きても対応できるようにと!早く!」
エターナーの叫び声が聞こえ、それを聞いた作業員が伝令役として走り出す。
僕達護衛は既に抜刀し警戒を強めているが、前線に居る人々は何が起きているかまだ把握できていないだろう。
事態は異常だった。
前方が押され始め、中央の部隊はそれに合わせ後ろに下がる。
左翼と右翼は対応が遅れ、前方の部隊と肩を並べるような距離まで近づいてしまう。
ここまで押されるという自体がそもそもありえない、一体どんな相手ならば前衛を任されている精鋭達がここまで押されるような事態に陥るのか。
そしてありえない現実派もう一つあった、そこまで前方の部隊が下がってしまったからついに相手が目視できる、相手は――
「竜だ!小型の竜が出た! 数が多い、長い尾に気をつけろ!」
前のほうに居た作業員だろうか。
何度もそれだけを叫び、必死に情報を伝達させようとそのまま人々の間を走り抜けていく。
言われなくとも僕達の位置からは既に十分目視できる距離だ。
緑の体色を持つ生き物が十何匹も集まり、それらに対応しきれず前線の冒険者達は徐々に下がり続ける。
「おかしい……」
ルゥが呟く。
確かにおかしい。
竜があんなに群れて狩りをするとは聞いたことがない、何故ならこの世界において竜は圧倒的強者だからだ。万が一がありえないのなら、群れで行動をする理由がないのだ。
そしてそんな竜にこれほど時間持ちこたえている事実もおかしい、圧倒的強者が脆弱である人間の群れを滅ぼすのに必要な時間は僕達の故郷を思い出せばすぐにわかる。
だから、あれは。
「みなさん、あとは任せましたよ。スイとジェイドはこちらへ」
「はいっ」
「あぁ」
エターナーが、最低限の護衛としてスイとジェイドを連れ、作業員と共に後方へ退避する。
その判断がありがたい、兄妹二人はまだまだ未熟だ。相手の戦力が不明瞭な今、まだ安全だろう後ろへ連れて行ってくれるほうが助かる。
入れ替わるように前方で押さえきれなかった生き物が、左翼にも三匹流れてきた。
同時に左翼の前衛の半分も、陣形の内側に集まってこれた。
そしてその敵の姿を見てクエイクが呟く。
「なんだ、あれは……」
あれは、竜なんかじゃない。
体格も二周り以上小さければ、甲殻もないし、翼も無い。
ただ体色が緑色で、尻尾の長い、トカゲだ。
けれど僕達以外はどうしても身が竦む。
間近で竜を直接目にした事のない人々は、それが本物の竜だと錯覚してしまう。
このままじゃマズイ、世界を竜に奪われた恐怖は人々の本能に未だ根付いている。
士気が最低のまま敵と交戦を始めてしまったら……
「臆するな!」
コウが前に出て叫んだ。
剣を掲げ、近くにいる味方に聞こえるよう高らかに声を上げる。
その大きな声は戦場に響き渡り、脳に直接震え伝わるほどだ。
まるで澄み渡った水面に落ちた石の波紋が、言葉として聞き取れるほど澄んだ。
「あれは竜に似て竜にあらず、翼無きその姿がその証明。
本物と相見え生き延びた人間の言葉を、己の脳に焼きついているその恐怖を信じろ」
ルゥと共にコウに並ぶ。
あれは僕達の知っている竜なんかじゃない、あれは人々に伝わっている恐怖の象徴でもない。
もっと矮小な存在で、偽者の竜でしかない。ただの偽竜だ。
竜じゃなければ、偽竜ならば人間はそれに勝てる。
怖くないし、憎しみの対象でもない。
普段狩る獣と何も変わらない、狩られるのは偽竜のほうだ。
「お前ら子供達に遅れを取るなよ! 大人の意地って物を見せろ!」
クエイクも叫び、僕達と並ぶ。
そして今すぐに接敵しようとしている偽竜に向かって走り出す、僕達は少し後ろからそれについていく。
後方を見るとまだ半数は現実を正しく認識できず身動きが取れていないが、もう半分は既にこちらに近づいてきている。
なら、大丈夫だ。
すぐに全員動けるようになる、狩られる側から狩る側に戻れる。
前を見る。
偽竜の三匹のうち、一匹が突出し、クエイク目がけその以上に長い尾を大振りに振る。
胴体の二倍近く長い尻尾、その一撃をクエイクは自慢の肉体で受け止めようとした。
ふいに、違和感を覚える。
駆け抜けて情報を伝えていった男が伝えた情報に、何故尻尾に注意しろという言葉が入っていたのか。最低限だけを伝える状況で、その情報が入っていた理由。
前線が押されていた理由。十以上の数が居たとしても、四十居る冒険者達が何故苦戦するのか。多数対多数でもっとも有利に働く要素は何か。
そして、純粋な疑問。化け物の一撃を、人間が耐えることができるのか。前世の知識と経験が決定的になる、魔法という要素を欠いて判断に繋がる。
「うぉっ!」
すぐ前を走るクエイクを引きずり戻し、かばう。
僕を狙う尻尾を右手の短剣で受け止めようとするが、ゴムのように尻尾がしなり伸びる。
慌てて身を引くが、間に合わなかった。
腕が、飛んだ。
短剣を持った右腕が綺麗に切り飛ばされ、巻き取られるように僕達と偽竜の間に落ちる。
「いっづっ!!!!」
後ろに跳びながら呻く。
流石に何度体が燃えようとも、痛みに完全な耐性を得られるわけがない。
ある程度神経系に魔法で鎮痛効果を発揮させつつ、出血をほとんど止める。ただ傷は埋めない、腕が戻ってきたとき傷口が無ければくっつけるのは手間がかかる。
「コウ! 援護して!」
「うん!」
僕の右腕を回収するためだろう。ルゥが無茶な突出をし、それをコウが庇う。
偽竜もそのチャンスを逃すわけも無く、三匹が巧みにその尾を使い二人を追い詰める。
僕より近接戦闘慣れているはずの二人でも二対三、そしてはじめて見る相手に遅れを取っている。
それだけではない、偽竜の動きそのものが俊敏かつ強靭なのだ。
安定して攻撃を受けるためには盾か両手で武器を持って防がなければ押し切られるほどに、そして攻勢に出るチャンスを見出せないほど次の尾撃を繰り出す速度が速い、見た目が竜に近いだけあって能力もそこらの獣とは比べ物にならない。
コウとルゥはなんとか槍や盾の金属部分で防いでいるものの、万が一逸れたら今度は二人の命が危ない。
「お前ら! 体で防ぐなよ、必ず武具で尾の攻撃を防ぐんだ!」
痛みで満足に動けない僕を抱えながら、クエイクが叫ぶ。
その横を冒険者達が声を受け止めながら駆けて行く。
「すまん、助かったな。今後ろに移動させてやる、腕もお前の仲間たちが回収したら繋げられるからそれまで我慢しろよ」
勤めは、果たしたのかな。
クエイクが両断されそうになったところを、僕の腕だけで済ませたし、それを見て武具であればあの鋭利な尾を防げることをコウ達が証明した。
きっと報酬分は働いたはずだ、今はもう休んでも……。
けれどその時クエイクに抱えられ、偽竜から逃げるように下がる途中で見てしまう。
ルゥの槍が折れてしまったのを。
何度も同じ箇所で受け止めたのか、それとも直撃してしまえば細身の槍は簡単に折れてしまうのか。
ルゥは先端が吹き飛び、もう武器として機能していないそれで偽竜の攻撃を防ぎつつ、僕の腕に少しでも近づこうと前進する。
コウもまた盾と剣で攻撃を防ぎながら、そのルゥを庇いつつ、五名程度すぐに動けた冒険者達も加勢するがまだ僕の腕には届かない。
それどころか、これは、皆の命が危ないのではないか。
僕の腕どころじゃない、七名では、三体の偽竜には優勢を保てていないのだ。
心臓が跳ねる。
痛みや、右腕の存在しない異常に対する動揺ではない。
僕の大切な人達が、再び失われるかもしれない現実に怯えた。
怯えて……怒りが湧いてきた。
偽者の、紛い物の竜の癖に、また僕から大切なモノを奪おうとするのか。
今ここで二人が死んでしまったら、僕はどうなる。たとえスイとジェイドが残っていても、長年共に居る二人が死んだのなら僕の心は持つのか。
故郷は、どうなる。僕と、たまにしかこれないレイノアとシンしか覚えていられず、そこに村があったことも世界では霞んでしまう。
「クエイク、さん。お願いがあります」
声が震えた。
多分それは恐怖ではなく、怒りのせいだったと思う。
思わず内心で呼んでいるように敬称を付けるのを忘れかけ、かろうじて付け足した名前で僕を抱える男の名前を呼ぶ。
「なんだ、今じゃなければダメなのか?」
ルゥの槍が更に折れる。
三分割されたそれはもはや棒としてすら機能しないと判断したのか、その辺に投げて短剣を二本抜く。
それでもまだ、僕の腕には届かない。
二人はまだ、引こうとしていない。
「はい、射線が通る場所に僕を抱えて移動してほしいです。尻尾が届かないぎりぎりまで近く」
後ろを見る。
助けにきた冒険者達は、ようやくそれがただの尾を刃物のように扱うトカゲで、竜ではないと認識したのか前に出始める。
他に増援はない、七名で戦っている仲間たちは徐々に押されている。
「重症を負ったお前がまだ戦う必要はない、お前を後方に移動したら私は近くに居る冒険者と共に皆に加勢する。そうすれば戦況は……」
「はやく」
手遅れになる前に。
偽竜を手遅れにしなきゃ、殺さなきゃ。
「……わかった」
走りやすく、なおかつ自分と僕の視界が同様になるように胸に僕を抱え走り出すクエイク。
肘から先のない右腕はクエイクの肩に乗せバランスを取る、完全には止血できず衣服が汚れていくのがわかるが文句は言わせない。
移動している間、左腕を突き出し指先に電気を貯める。
「ここでいい……」
《閃電》
移動している間、十二分に貯めた電気を一匹の偽竜に放つ。
大きな音と、激しい閃光。それに簡易詠唱で発生した魔法陣が、僅かな青白い光を持って電の後を追うように軌跡を描く。
それらが触れた偽竜は倒れ、ない。少し硬直したところに、一人の冒険者が傷を負わせるが、もう二匹の偽竜がそれを庇う様に動き決定打にはならない。けれど少しルゥとコウが僕の右腕に近づけた。
「凄いな……これが、雷か」
……足りない。
足りない、足りない、足りないっ!
殺しきるはずだった! 何十秒もかけて! ウェストハウンドを数匹殺せるほどの威力を込めたそれは、間違いなく偽竜を殺せたはずなのに!
何が悪い。
距離による減衰か? 緑色の鱗は耐電性能が高いのか? それともクエイクがそばにいるから魔力の反発で思ったより電気を貯められなかった?
閃きが脳を走る、自身の危機に、仲間の危機が合わさり平時以上の発想を持って回答を得る。
反発で減衰したとして、反発を増強に使えるのならば。
「もう一度撃ちます。少し痺れるかもしれないけど、堪えて」
クエイクの魔力を勝手に借り、自身の魔力を摩擦させ電気を貯めながら、クエイクの魔力反発を利用し同時に電気を貯める。
夢幻舞踏の応用だ。本来双方にダメージを与えるはずの電力を、貯まる道筋を先んじて作りそこに閃電用の電力として貯蓄する。
「くっ……!」
クエイクが呻く、確かに少し体が痺れる。
どうしても電気の流れを制御しきれず、指先に集まるだけではなく僕達の体にも電気が走る。
でも、夢幻舞踏ほどではない。僕の右腕が発している痛みほどでもない、そして、これから偽竜を襲う現実ほどでもない。
「射線、取って」
体が動かない、抱えているはずのクエイクに反応がないからだ。
右足の踵で蹴りを入れる。
「……あぁすまない、ぼんやりとしていた」
言葉は聞こえていたのだろう。
すぐに偽竜の側面へと動きながらクエイクはそう言う。
《閃電》
射線が取れたその一瞬、見逃さずにすぐさま放つ。
腕を中心に魔法陣が浮かび上がり、詠唱を唱えたと同時に魔法陣が腕に吸い込まれるよう消失、そして代わりといったように雷が放出される。
指先に集まっていた分と、二人の体に帯電していた全ての電気を集め偽竜に放つ。
横に、雷が落ちた。
轟音が走る、光と共に。
耳鳴りと、眩しさと、全身を電気が走る痛みに堪えたら、ようやく現状を認識できる。
一匹の偽竜が、死んでいた。
……イライラする。
原型を留めないはずだったのに、どうして黒焦げになっていないんだ。やはりあの鱗のせいか。
「アメ……! 待たせてごめん!」
ルゥが僕の右腕を持ち、コウと共に近寄ってくる。
コウの言葉が悲痛だ、昔ならきっと僕のために泣いていたんだろうな。
――竜が故郷を滅ぼさなければ。
「結局アメに助けられちゃったしね。はい、腕。傷はちゃんと治しきってないね。すぐに繋がるだろうけどわたし達は後ろにさがろう」
何を、ルゥは何を言っているんだ。
「……いらない」
「え?……無理しなくていいよ、わたしも疲れたし、これ以上は武器も持たないから」
そうじゃない、休息がいらないのではない。
「あぁ、お前達は十分仕事をした。ここからは俺たちの出番だ」
クエイクがルゥに同調するようそう優しく声をかけてくる。
そんな、哀れんだ視線もいらない。
埒があかない、十名程度で偽竜二匹を追い詰めている冒険者達を見て焦りすら覚える。
――このままじゃ間に合わない。
「コウ、僕を支えて」
「……アメ、本当に?」
「はやく!!」
叫ぶとコウが諦めたように僕の右腕を中心に体を支える。
「な、何をするつもりだ……?」
「なにって、決まっているでしょ。殺すの」
僕の言葉にクエイクが戸惑う。
何もおかしなことは言っていないのに。
「だらかそれは大丈夫だと」
「だからだよ! 早くしないと取られちゃう! 目の前には二匹も偽竜がいる、前線にはきっともっと一杯いるのに!!」
殺さなきゃ、殺すべきだ。
殺したい、殺したい、殺したい!
例え紛い物だとしても、僕は竜を殺したいと思うんだ!故郷を奪った竜に僕はずっと何かをしてやりたいと思っていたんだ!
「アメ、腕を繋げてからでも遅くはないと思うよ」
「ねぇ、今それ必要?」
提案してきたルゥに尋ねる。
「それって殺すことよりもたいせつ?」
それを聞いてルゥはクエイクに僕の腕を放り投げる。
止血されていない腕は、残された血液を撒き散らしながらクエイクの手に収まる。
「十分でいいから腕の鮮度を持たせてて、それ以上は必要ない……コウ、剣借りるよ」
ルゥは短剣をしまい、コウの剣を受け取る。
「お前ら、正気かよ」
「アメが望むなら」
ルゥの言葉を借りコウが答える。
「二人が望むのなら」
ルゥも答え、僕は何も言わずに三人で前線へ向かった。
「アメは閃電、コウはアメの移動と最低限の防御、わたしは一歩前で敵を近づけさせない、それでいい?」
「なんでもいいからはやくいこうよ」
僕の言葉にルゥは前進を始める、目標はまだ残ってくれている二匹の偽竜だ。
コウは最低限右腕に盾を持ち、右腕と共に回収した短剣を腰にさしている僕を支えて射線を取るように動く。
クエイクのように全体重を抱え動くことは難しいので動きは遅いが、僕一人で痛みに堪えながら動くよりはマシだ。
二匹の偽竜を徐々に追い詰めている左翼の冒険者達とは違い、横から距離を詰める。
後ろから行くより雷の邪魔をする障害物が少ない。
ルゥは障害物にならないよう少し斜め前を位置取りながら、ロングソードを両手で持ち不測の事態に備える。
周りには偽竜も冒険者もいないので今はまだ安全だ、ただ閃電が十分な効果を示す距離となると偽竜にとっては二歩踏み込み尾を振れば僕達に届くのだろう。
右腕がないことにエラーを吐き出し続ける脳を酷使し、先ほど使った閃電の量、殺しきるのに適切だろうと思われる威力、位置取れる妥協点といった要素である程度の目安をつけ充電を始める。
「っ……!」
突然の感電に一瞬コウの動きが止まるが、すぐに僕が何をしているのかを理解しコウ自身からも僕に向かう魔力を意図的に摩擦させ充電を早める。
ありがたい、これなら予想よりも早く必要なだけの電力が貯まるし、その分たくさん殺せる。
「アメここならど」
《死ね》
十分な位置だと判断したのだろう。
ルゥが立ち止まり、声をかけてきたところで彼女の横を閃電が走る。
近くを通った電気で髪がはねたのか、元々癖の付いてはねている髪をルゥは無言で弄る。
放った電は十分な威力だったのか二匹のうち一匹を仕留める。
残った一匹はこちらを認識するが、多勢に無勢だと感じたのか慌てて背中を見せて駆け出した、かなり速い。
それを慌てて戦っていた冒険者達が追いかける。
《全部よこせ》
だがどれだけ速かろうと電よりは遅い。
目視できる速度なら放った位置に即着弾するゆえ外す要因はないし、コウが手伝ってくれているのもあって距離を離され威力を確保できないという事態にもならない。
これで三匹。
前線にはまだ大量にいたはずだ。
まだ満たされない、空虚なそれは偽者三匹では満たされない。
「次へ」
言うよりも早く移動を始める二人。
横目に先ほど戦っていた冒険者達が笑顔で近寄ってこようとしているのを見ながら背中を向ける。
最前線に移動しながら考える。
偽竜一匹を仕留める魔力はそれなりに使う、頑張ってあと五匹ほどだろうか。
それに右腕。
痛みは無視できるものではないし、繋げることを考えると完全に出血を止めるわけにもいかないのでどうしても体が消耗していく。
どうか最期までもちますように。
最前線は地獄だった。
偽竜の死骸と、人の死体が横たわりつつ、未だにそれを増やそうと両者が争い続けている。
僕のように腕が飛び仲間に庇われながら後方へ下がる人間もいれば、両脚をまとめて両断されたのか木に寄りかかりながら味方を魔法で援護している冒険者もいる。
なぜ四倍近くいた冒険者達が苦戦しているかと思えば、偽竜は木々を飛び回りながら上手く体を隠し、不意に視界の外から重く鋭利な尾の攻撃を繰り出しまた隠れる、と脳みそを使った戦い方をしているようだ。
おかげで冒険者達は防戦に徹しつつ、僅かな機会を伺うという戦い方しかできていないようだ。
この事態は僕にとって好都合。
見たところ人の死体と偽竜の死骸では人のほうが現状多い、つまりまだまだ殺すチャンスがあるってことだ。
「あ? 何だお前ら!?」
「何って、援護?」
後方に退こうとしていただろう冒険者に尋ねられ、ルゥが不安げな様子で答える。
見たところ傷が多く、更には武具も見当たらないためこれ以上戦えないと判断したのだろう。
後方で補給、もしくは魔力の回復を待ち再び前線に向かうのだろうか。
「いらねえよんなもん、だんだんとコツはわかってきたんだ。
お前らみたいな子供、しかも一人は重傷じゃねえか。大人しく後ろで待っときな」
親切心だろうか。
言葉こそ荒いものの内容は僕達を心配しているような気がする。
「邪魔」
そんな気がしたけど、考えるのも面倒だったし、何より行く手を阻む存在だったので僕はそう言った。
「あぁそうかよ!なら勝手に前に出て死ねばいいさ、囮になっている間他の連中が片付けてくれるだろうよ。そんな必要もないけどな!」
言葉を吐き捨てながら自身は後方に下がる冒険者を一瞥し、今も変わり続けている戦況を見る。
確かにあの男の言うことは正しいようだ。
数人の死人と、数人の重傷者。それらは無駄な犠牲だったわけではなく、敵に対する対策を立てるには十分な犠牲だったようで、今もなお戦い続けられている二十を超える冒険者達は殺されない戦い方を編み出したようだ。
それが一方的に殺すための戦術に変わるのはあまりよろしくない、僕の分が減ってしまう。
《あと四》
閃電を放つ。
鳴り響く轟音、そして偽竜一匹を一撃で殺しきる威力。
戦場が一瞬沈黙し、全ての生きるものから注目を集めるのがわかる。
それは偽竜も例外ではない。
さっそく脅威と判断されたのか、間近にいた一匹が僕を殺すために尾を振るう。
「はっ!」
それに対しルゥが慣れない様子でロングソードを振るい攻撃を防ぐと、反撃する間もなく木々の中に隠れてしまった。
体格に差があるといってもコウが片手で振るものだ、一撃の重さを殺すために仕方無く両手で持ち、仕方無く防ぐ手段のために双剣でも槍でもない武器を扱うのだ。そこに熟練した技を求めるのは酷だろう。
一度攻撃を防いだかと思ったら二撃目。
おそらく別の個体だろうか、よほど注意を引いてしまったのかこちらに偽竜全体の意識が向いているのがわかる。
一匹目は間に合わなかったが今度は充電が終わっている、ルゥが攻撃を防いだあとの隙を見てそこに閃電を撃つ。
《閃でっ……》
視界が揺らぐ。
予想以上に血を失っていたのか気を失いかけた、本来偽竜を殺す魔力は霧散し無造作に散ってしまった。
それをチャンスだと思ったのか、三撃、四撃目の攻撃。
ルゥは一度に二つは防げない、仕方無くコウが盾で片方を防ぐが、防いだ衝撃が彼の体から伝わりそれでまた傷が痛み意識が薄れる。
「ルゥ、少しさがろう」
コウの提案に無言で反応し後ずさり始めるルゥ。
待って、まだ終わっていない。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、さがらないで、まだころせるよ……?」
「違うよアメ。注目を集めすぎている、少し内側にさがって効率よく敵を殺すんだ、わかる?」
なるほど。
逃げるために退くのではなく、殺すために退くのか。
現状円を描いて陣形を構築しているとしたら、僕達がその中から突出している状態だ。これが正しい円の形に戻ればそれはきっと効率よく敵を殺せるのだろう。
無言で僕が頷いたのを確認し、コウは後方へ僕を支えたまま下がり始める。
ルゥもそれを気配で感じ動きをあわせつつ、他の冒険者達も僕達を庇うように攻撃を防ぐ。
雷を危険だと認識しただろう偽竜一匹が無茶をして突出したが、すぐに人々に囲まれて倒された。もったいない。
再び雷を撃つに適切な位置取りを探しながら移動していると、足に何かが当たり動きを阻害する。
人の頭が、脳髄をぶちまけ両断されていた。
迂回するのも、跨ぐのも面倒くさく、適当にそれを横に蹴り飛ばしながら移動を再開。
冒険者と対峙し隙を見せている絶好の標的を見つけ、閃電を放つ。
《あと二匹しか殺せない》
再び胸にある砂の器に水を注いだような感覚。今まで味わったことのない、けれどどうしようもなく不毛な感覚だとわかる。
でも無いよりはマシだ、あと二匹、まだ二匹僕が殺せる。
故郷の人々は何人いたっけ、父親に母親、ウォルフに、コウのお母さんは何て名前だっけ。
よく思い出せない、思考に靄がかかったように何かを考えることを阻害する。
わからない、失ったものの名前が。なんだっけ、何を失ったから、こんなにも僕は偽竜を殺そうとしているのだろう。
あぁ、でも一つだけわかる。まだ足りないことだけはわかる。
この程度の竜じゃ、偽者の竜じゃ何十殺そうとも失ったものに釣りあわない。
現状維持では負けると思ったのだろう。
偽竜一匹が強引に突破し、それをきっかけに他の個体もなだれ込むよう地形というアドバンテージを捨てて襲い掛かってくる。
ルゥが初撃を防ぎながら下がる、コウの剣はそれで折れてしまい刀身が着地する前に手元のそれを投げ捨てつつ自身の短剣を再び抜く。
「凄い、これだけ残っているのならどこに撃っても当たるねっ!」
一面緑、ミドリ、みどり。
冒険者達は死なないよう立ち回ったおかげで、僕達の前には鱗を持った生き物しか見えない。
下がりつつも防ぎ防ぎ防ぎ、そしてルゥの短剣が片方弾き飛ばされる。
短剣一本ではあの攻撃は防ぎきれない、僕の電力もまだ貯まりきってはいない。
「アメ、少し我慢してね……ルゥ、これ!」
僕の腰にある短剣を抜き、無造作にルゥに投げ渡すコウ。
回転する短剣の柄を掴む余裕も無かったのか、硬化させた手で僅かな血を流しながら刃の部分を掴み回転させ持ち変える。
なんとか次に来た攻撃を、双剣で受け止められたルゥ。少し体を衝撃で浮かせながらも、二本の剣は未だ折れておらず、また肌に傷を負っている様子もない。
対して僕は咄嗟に支えを失ったせいで膝をつく。
まるで地面に下側から殴られたようだ。その振動でまた傷が痛み、視界が暗くなる。
「起きて、まだいけるでしょ」
一瞬その暗闇に身を委ねようとした。何もかも忘れて、意識を手放そうかと。
そんな躊躇いも僕の相棒が、コウが無理やり体を抱き起こしたせいで捨てる。
《あと、いち》
また絶命。
左腕から雷が走るたびに一つの命が失われていく。それをきっかけに冒険者達が攻勢に出る。
あぁ、だめだ。このままじゃ取られちゃう。
でも、魔力がほとんどない。
意識を保つために使っていた魔力が計算には入っていなかった、これじゃもう一撃も閃電を撃つことができない。
……。
……何か、まだ体に残っている。
それはきっと魔力を保持していて、それはきっと魔力でできていて。
それを魔力に変えよう、その魔力で偽竜を殺そう。
視界が青白く染まる。
アドレナリンで赤いのではなく、出血で暗いのでもなく。
視界というより、眼球の外に青い粒子が散っているような光景。
綺麗だ。そう、思った。
「アメやめて!もう戦いは終わった!」
ルゥの叫び声が聞こえる。
辺りを見渡すと、青白い光景の中動いている緑色の生き物はもう残っていなかった。
「そっか」
魔力を使おうとするのをやめる、青白い粒子はどこかへ消えた。
正常な視界で再認識。
戦いは、終わったんだ。もう僕に殺せる偽竜は存在しない。
膝をつく。
もう体を支える体力も残っていない、戦う気力もない、魔力もどこにもない。
切断された右腕から出血する、止血する術を失い血液は本来あるべき状態へ、循環するために体外へと逃げていく。
意識が消える、視界が真っ暗になる。
そんな中誰かが僕を呼ぶ声がする。
誰の声かももうわからない、でもこれは、僕にとって。
光だ。
- 失ったモノ 終わり -




