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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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36.退屈な明日は消えてしまった

 体が上下する。

 懐かしい感覚だ、まるでシーソーにでも乗っているかのように。

 既視感を覚えるのは前に座るスイも、たまにタイミングがずれ交互に動くからか。


 ほぼ毎日訓練や仕事をし、何もない時は各々の時間を楽しんでいた僕ら。

 そんな五名が町の外で退屈な護衛を何日も続けていると、流石に持て余すものが出てくる。

 特に男性であるコウとジェイドはその傾向が強く、ある日ついに我慢できずに日課を再開することにした。


 筋トレだ。

 流石に作業をしている人々の周りをランニングするわけにもいかず、今は丁度腕立て伏せを男二人がやっていて、その上に僕とスイが乗っている。

 魔力の消費を練習しつつ、体力をつけるにはこれが丁度よかった。

 周りが必死に汗を流している中、のんきになに馬鹿なことやっているのかと言われたら僕はこう言いたい。馬鹿なのは現状だと。

 大勢の人間に獣達が怯えているのか、地図を作ったり食料を確保している冒険者達が働きすぎているのかは知らないが、護衛である僕達は何もなさ過ぎてあまりにも暇すぎる。

 しかも護衛するためにその場からほとんど動けない、ならばいっそ護衛するための力を今つけておこうというのが僕の持論だった。


 エターナーや他の人達が僕らの様子を見ても何も言わなかった辺り、皆も心の底では同じように考えているのだろう。

 もしくは頭おかしいやつには関わらないでおこう、だ。

 本当にこのままだとどうにかなってしまう、もしくはどうにかなってしまった結果がこれなのか。


 作業員の人々は精力的に働き続け……いや、エターナーの指示で適度に手を抜きつつ他の場所と同様のスピードで建造を進めている。

 今は体調が悪かったり、身分が高い人が優先的に休める小屋や、あると便利なテーブルなどの最低限度な家具を、最低限な材料と道具、そして最低限の力しか使わずどんどん作っている。

 それらは今こうして作業をするのに役立ったり、今後活動する時に人々の役に立つだろう。もしかするとここを中心に新しく町ができることもあるかもしれない、そうしたら僕達がやっている行為は結構凄いことなのではないか。

 ……という自負は湧いて来ない。開拓という仕事をしているなどという認識はもはや忘れ、何かをする合間の退屈を殺すため筋トレしているイメージしか今頭に残っている記憶はないのだ。

 いつか来るべき未来を想像するよりも、いま訪れている退屈な現状をどうにかする手段を少しでも増やしたい。


「あ、私の右前方。大きい獣の反応が近寄ってきますね」


 丁度スイが索敵するタイミングで反応があったのだろう。

 男二人はその言葉に反応し飛び起き、空中に放り出された僕とスイは難なく着地する。


「ついに! ついにこれを振り回せる時が!」


 木陰で舟を漕いでいたルゥも飛び起き、新調したばかりの槍を振り回す。

 開拓に来てから僕達が戦闘をしたことは今までないので文字通り槍は新品同様だ。少し土で汚れているけど。

 というか危ないので振り回さないでほしい。


「数は四、そろそろ目視できる距離です」


「わたし前衛!前衛ね!」


 ルゥはそう言いながら真っ先に走り出す。

 一番槍とはよく言ったものだ、功を焦って大変な目に会わないといいのだけれど。


「じゃあ私作業員の皆さんに気をつけるよう伝えてきますね」


 他数名僕達と同様に護衛の仕事をしている冒険者も既に武器を手にしている。

 一人ぐらい念のため獣が近づいていることを伝え、ついでに近くで守り続けてもいいだろう。


 流石に一人でつっこむのは無謀だと気づいていたか、開けた場所で待機していたルゥに僕達もすぐ追いつく。


「……でかいな」


 ジェイドの呟きが聞こえる。

 目視できたそれは確かにハウンドなのだが、どう見ても大きい。

 ウェストハウンドならぬノースハウンドか、いやでも大きく違う箇所が見て取れないから北に生息していてもウェストハウンドか。ややこしい。


「大丈夫。ハウンドよりは強いけど、熊よりは弱いよ」


「そうか、なら大丈夫だろう」


 ルゥがジェイドに言葉を送っているのを聞いて思い出す。

 西があまり開拓されていないのはウェストハウンドの生息する地域が近いからだったか。

 遺跡や竜よりも身近なものが強力になったほうが脅威に感じる、それを危惧し安心させるような言葉をかけたのだろう。

 まぁ熊は強かった。本当にウェストハウンドと比べ多少程度だが、あれから時も過ぎて僕達も成長しているし問題はない。


「いくよ」


 コウがそう告げ、先陣を切ろうとするがそれよりも早くルゥが前に出る。

 周りを見渡すが他二名の護衛も既に近づき始め、二人がかりで一匹を抑えられるだろう。

 僕達の担当は三匹、ルゥが前衛になっているので僕は後衛のまま一匹ずつ抑えられる、すぐにスイも戻ってくるだろうし前衛を抜けて作業員へ向かうことはまずないだろう。


「そりゃー!」


 相変わらず気の抜けるような掛け声はルゥ、多分意識して行っているのだろう。

 槍を大振りで突き出したかと思えば、狙った一匹には難なく避けられている。

 挙句距離を詰められ、槍の射程を殺され一気に不利な状態に持ち込まれている。あの状況からどうするのだろう、助けはいらなそうだし、少し様子を見てみるか。


 突き出した一撃は初めから牽制のつもりだったのか、素早く手元に槍を引き戻しながら柄で近寄る狼の顎叩き上げる。

 あぁ、槍って一応そんな使い方できるのか、でも全然相手に勢い殺せてないんだけど。あまりにも体格に差があり過ぎて牽制が本当に牽制にしかなっていない、人相手だったら確かに効果的だったかもしれないが。


 柄で下から叩くと、自然に刃の部分は地面のほうを向く。

 そしてルゥは刃を意図的に地面に突き刺し体を浮かせる。ようは棒高跳びだ、槍を軸に体を空中に運び相手の視界から外れる。


 前後には激しく動いていないものの、急に上空に移動すると突進してきた狼の後方に位置取ることになる。

 その瞬間こそ彼女が望んでいたものだったのか、地面に着地する勢いを利用しながら大振りで切り払った。

 叩き切れるように作られているグレイブ、長柄特有の重量と長さを活かした一撃は、ウェストハウンドの尻に深い傷跡を負わせる。

 不意を撃ち、一気にアドバンテージを奪ったルゥは、それからも槍特有の動きを駆使して狼を追い詰めていった。



 それから僕達と、他の冒険者でウェストハウンドはすぐに仕留めきれ目立った傷も無く一仕事が終わる。

 結局僕やスイの後衛が働く必要はなかった。


「どう? 長柄武器ってのも中々捨てたもんじゃないでしょ」


「まぁそうだね」


 僕の返答にふふんと鼻の穴を膨らまし、自慢げに胸を張るルゥに現実を伝える。


「でもコウはとっくに狩り終わってジェイドに加勢していたよ」


 事実を告げる言葉に舌打ちしかねない剣幕でコウを睨みつけるルゥ。彼は何も悪くない。


「比較対象が悪い」


 まぁそれはそうだが、悪いのは本当に比較対象だけだろうか。趣味を取った武器を選び、退屈を紛らわせられる戦闘で曲芸じみた動きで戦いを楽しんでいた本人は悪くないのだろうか。

 対して悪い(・・)コウは一瞬だった。初撃で深い場所に刺さった一撃を見逃すわけがなく、彼は爆発で命を奪い取ることに成功する。ウェストハウンドの相手は僕達にとって慣れたものだ。

 次にコウはジェイドに加勢し、二人で追い詰めて二匹目を狩るのもすぐだった。

 その後に三匹目を他の冒険者二人が狩り、残った一匹はルゥが楽しそうに戦っているので皆で戦いが終わるのを眺めていたのだ。


「お前達強いんだな、そっちの男の子は飛びぬけて強いが白い譲ちゃんも十分強いじゃないか。女の子二人は戦っていなかったけど必要ないってわかってたんだろ?」


 戦闘が終わり、護衛の二人が気さくに話しかけてくる。


「まぁそうですね」


 必要ないというか、ルゥを眺めていたらコウが暴れ終わっていたというか。


「実は俺、あのおっさん達が言うように貧乏くじ引かされたと思っていたんだよな」


 冒険者の片方が片目を瞑りニヒヒと笑う。

 普段なら嫌悪感を抱くようなその様子も、彼がやるとどこか愛嬌が浮かんで見える。それとも彼ではなくこの状況が原因だろうか。


「俺も思ってたが、声に出して生意気言ってると痛い目見るぞ? この様子じゃどっちの実力が上だかわかりゃしねえ。

何にせよこれからもよろしくな、あの音の凄い魔法のことやらお前達の話とかいろいろ聞いてみたくなってきた」


 もう片方の男性もコウの爆発に興味を引きながら、また夜にでも、そう言いながら再び見張りに戻る。

 そんな二人を見送り終え、僕は二頭のウェストハウンドを引きずる。

 戦うことこそできなかったが、良い暇つぶしを手に入れた。丁寧に処理して時間を潰そう、開拓で手に入れた資源は基本的に国の懐の入るが、暇つぶしにはなるので練習がてら時間を使おう。


「ほーれ、ぶすっとな」


 出血が少ない個体を、手ごろな部位を突き刺し血を抜く。


「お姉さま、一匹貰ってもいいですか?」


「あ、俺もいいか。練習したい」


「いいよいいよ、コウとルゥは警戒よろしくね」


 何故か断りを入れてくる兄妹に返事をしつつ、コウが爆ぜさせた一匹をどうしようかと頭を悩ませる。

 効果的に相手を殺すのはいいが、傷口があまりにも酷く商品としての価値を下げてしまうのが問題だ。

 命がかかっているので炎竜撃は自重しろ、なんて言えないし後処理に頭を悩ませるしかない。


「あーお前ら、ちょっといいか……?」


 後処理を済ませていると、作業員数名がこちらに寄ってきた。


「すみません、伝え忘れていました。もう大丈夫です、あ、それともお水でしょうか?」


「違う違う」


 どこか申し訳無さそうに否定する彼ら。

 見覚えがある顔の並びなのは気のせいではないのか。


「なんだ、その、悪かったな。初日にあんなこと言ってよ」


「……」


 あんなことが何かを思い出せるから黙った。

 何が起きようとしているかも何となく察したけど、だからこそ何も言わないべきだと思ったのだ。


「お前達なら安心だ。見えないところの敵に反応して、大人顔負けの速度で倒して……これからもよろしく頼む」


「はい、こちらからもよろしくお願いします。専門的なことはできないので」


 頭こそ下げなかったものの、内心ではそうするに値するほどの申し訳なさが渦巻いていただろう。

 だから僕達は何も言わなかった、余計なことは一言も。



- 退屈な明日は消えてしまった 終わり -

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