35.重ねた日々は明日へ
「はぁ……相変わらず奇特な思考ですね」
遺跡地帯を越え、本格的に作業を始め一日と半分。
わかってはいたが案の定暇で、僕はこの仕事で上司の立場であるエターナーに一つの提案をした。
「で、建築作業を手伝ってもいいですか?」
彼らの護衛をしていても、他の冒険者がしっかりしているのか何も起きない。
そんな中、彼らの僕達に対する疑惑の目が自動で晴れるなんて当然なく、ただただ定期的に索敵魔法を行使しながら皆の作業を見守っているだけだった。
同じ釜の飯を食う中、とは言うが会って数日の子供達に命を預けてる上、その力量を見て取る機会がない現状僕達はただのタダ飯食らいだ。
そこで先述のことわざを思い出し、同じ仕事をしてみれば険呑とした空気も去るのではないかとエターナーに提案したのだ。
「別にいいですけど、報酬増加はあまり期待しないでくださいね。あと本来の仕事を忘れないよう」
それだけ伝えるとエターナーは濡れタオルを額に戻し、木陰で失った体力を少しでも回復しようと休息に専念した。
言っては何だが非常にだらしない。普段案内所で読書をしている姿は、深窓の令嬢とは言わないまでもそれなりに淑女っぽさが存在していた。
ただ今はそれも重なる疲労に見せる様子は無く、木陰で無造作に体を伸ばしている様子はもはや仕事後にビールを飲んで倒れているおっさんである。幸いなことは、野営に慣れていない他の非戦闘員も似たような姿で、またそれらを気にする人物はこの場にはいないことか。
ちなみにリーン卿とやらは未だピンピンしている。定期的に自分の足で各所の作業を確認できるほどに。貴族って何だろう。
報酬に関してはもとより期待していない、あと一ヶ月以上同じ生活をする仲間だ。早いとこ穏やかじゃない雰囲気を消し去ることができるのならそうしたいだけだ。
「というわけで許可貰ってきたからコウ、手伝って」
「わかった」
迷いもなく頷く相棒に感謝する、まだ何を手伝ってほしいのかも伝えていないのに。
「私達はいいんですか?」
「うん、二人でいいよ」
これから何をするかを皆伝えると、スイが尋ねてくるが申し出を断る。
流石に兄妹二人は伐採経験などがあるとは思っておらず、一からわざわざ教える必要もなければ、五人中三人以上が見張りをせずに作業を手伝うのも問題だ。
索敵はルゥとスイが行い、何かあった際はジェイドが真っ先に足止めをし、僕とコウや他の護衛が戦闘に加わるよう段取りを決めながら、コウと二人作業に加わろうとする。
「あの、すみません」
「あ? なんだ?」
コウは盾を近くにおいて剣を腰に掲げたまま、僕はもとより短剣しか持っていなかったのでたいした準備もせず、適当に近くで働いていた人に声をかける。
……どこかで見たことがある顔だ、というかはじめに難癖つけて来た人ではないか。
意識して選んだつもりはなかったが、偶然がそうしろというのなら大人しく従ってみるのも一興だろう。
「上の人から何事もないので、二人でも作業を手伝うように言われました。
専門的なことはわからないですが、初歩的なことは経験があるので好きに使ってください」
矢継ぎ早に言葉を重ね、上手いこと事実と嘘を混ぜながら相手に考えさせる間を与えない。
別に指示があったのは嘘ではない。僕が頼んだ結果そうしていいと指示を出されたし、経験があるのも事実だ。
ありがとう今はもういないガイレフさん、あなたが教えてくれた伐採技術がもしかすると人間関係改善に役立つかもしれません。
「……そうかい、なら木材確保を頼む。切り倒して運ぶ、それだけだ、できるな?」
あとは俺達の仕事だから邪魔をするな……もとい専門的なことを任せろという頼もしい言葉を頂けた。
一声目から拒絶されなかったのはとてもよかったことだろう、そこを拒絶されていたら頭を抱えることになっていたはずだ。その最悪が避けられた以上、たとえ内心だけであっても彼に不快感を抱いてはいけない。
無条件で受け入れられることなど世界には存在しない。愛して欲しければその相手を自分も愛さなければ関係は成立しないように、信頼を得たければこちらから少しでも歩み寄らなければならない。
「わかりました、邪魔にならないようにやります。雑用とかも気軽に言ってくださいね」
相手の言葉を待たずにコウを連れ、まだ木々が残っている部分で二人作業に取り掛かる。
一応他の人達よりは一番外周に寄ってみた、邪魔にならないのもそうだが、もし外敵が襲ってきた場合僕達の居る場所を経由する位置取りをしたかったのもある。
仲間三人がそんな僕達二人と、作業している人々との間で警戒を続けるのを確認し、伐採を始めた。
冒険者の識字率や生存率も問題だが、国民全体の魔法使用率も中々問題である。
全ての人々は、ルゥと出会う前の僕達と同じように、無意識下で魔法を行使し治癒を促進させたり肉体を強化できる。
ただこれが意識的に魔法を効率よく扱える人間となると極端に減ってしまう、科学技術が発展していないからだ。
傷が治る原理、筋肉の作り、火の発生に水の循環。それらを知る術はこの世界にはほとんどないし、また教えてもすぐに理解できる人はそう多くはない。
そして魔法を扱えるごく一部の人々は、僕のようにその技術を秘匿したり、その長所を活かせる仕事につく。
結果的に今建築をしている人々に意識的に魔法を扱える術はほぼ無いと言っても過言ではなく、作業に効果のある魔法を扱える人もまずいない。
現に僕達の左翼側には木々を切り倒し加工するのに適した魔法を使える人はいない、定期的に摂取する水分も、魔法が使える誰かが貯めた桶にある水を、自分の水筒に移して飲んでいる様子がその事実を証明している。
「アメ、行くよー!」
「うん、いつでもいいよ」
対して僕達は魔法が使える上、過去に魔法が使えない状態で伐採していた記憶も残っている。
僕は切り倒す木を駆け上がり、重心が偏っている場所に自身も登り、倒れるだろう方向に誰もいないことを確認しコウに声をかける。
確認を終えたコウは抜刀し、木の倒れる反対側から鞘の中で貯めた魔力を効率良く使い、風の刃で木を一度切りつけるだけで済む。
加減され、一度では両断されなかった木は偏っている重心に徐々に傾き、地面に接する直前に僕はその衝撃に備える。
少なくはない振動、けれど決して多くはない。最低でも動物達がこちらの命を刈り取ろうとする攻撃よりは軽い。
二本ほどその要領で切り倒し、邪魔な枝をさっさと取って一人一本ずつ他の人がいる場所まで引きずってきた。
「あーなんだ、手伝ってくれていたんだっけか。早いな、魔力は大丈夫なものなのか?」
見慣れぬ作業員が木を引き取ってくれる。先ほど会話した男性は一応話は通してくれていたのだろう。
「はい、全然使っていないですけどもう少し取ってきますか?それとも加工を手伝ったほうがいいですか?」
全然というか僕は木を引っ張る力ぐらいしか使った記憶が無い。コウも一撃で切り倒せているし似たようなものだろう。
この程度なら体力的にも魔力的にもまだまだ余裕がある、それこそ十本近く同じ作業をしても戦闘に支障はない。
「いや、もしよければその調子で木を持ってきてほしい」
「わかりました」
その言葉が信頼か拒絶かはわからないが、とにかく自分達にできることをしよう。
そう思い頭を真っ白にしながら作業をしていたらすぐに十分な数が集まったようで、今度は加工を頼まれる。
加工と言ってもようは鉋をかけるだけでいい。
そして僕達には鉋は必要ではなく、土を掘削し槍にするように、ただ表面を使えるよう平らに抉るだけだ。
根っこが繋がっていなければ僅かな魔力も木には流れていないらしく、直接的で繊細な動作を必要とされる魔法も上手く使える。
はじめは凹凸が酷く使い物にならない木材にしてしまったが、コウの提案でロープを使うことにした。
二人でロープの端を持ちながら、木を挟み歩きつつロープに木だけを掘削する魔力を込めるだけでいい。
魔力の多いコウだけが魔法を使えば、僕は持って歩いているだけで魔力同士の反発も気にする必要はなく、またその歩幅も身長の高いコウが勝手に合わせてくれるので難しいものではなかった。
「できました」
昼過ぎから始めた作業も、日が沈む前には終わってしまい、僕達は報告に向かう。
「……早い、早すぎる」
「建造も手伝いましょうか? 難しいことはできなくとも支えたりはできると思うのですが」
「勘弁してくれ、これ以上手伝わせたら俺達の報酬が減らされちまう」
そんなことはないとは思うが。
「でも助かったよ、また何かあったら頼むわ」
その言葉に軽く頭を下げながらルゥ達と合流しようとすると、後ろから声をかけられ振り向く。
作業をしている人々が思い思いに身振りをしたり、声をかけて感謝をしてくれていた。
……少しは打ち解けられた、ということでいいのだろうか。
その日の夜、エターナーが左翼側の成果をまとめたり、他所の情報を聞いていると彼女はぽつりと呟いた。
「少し、早いですね。このままだと数日他の場所が作業を終えるのを待たないといけないかもしれません」
「なぁ、それって大丈夫なのか?」
作業員の一人が尋ねる。
エターナーはその言葉を正面から受け止め、答えた。
「まぁ二日程度なら大丈夫でしょう、ただ少し作業を遅めでお願いします。
報酬は大丈夫です、仕事の効率がよくて上乗せされる可能性はあっても逆はないですから。
けれどペースを落とさなければ他の場所を手伝うように言われるかもしれません、それを避けるためにも作業は周りに合わせて行いましょう」
完全にお役所仕事だ。
あとエターナー個人の事情も見える、仕事が増えるのはまだしも、全体の作業スピードが増えるのは問題と言いたげだ。
全体の仕事が早く終われば、上の人間は休息する時間が減る。エターナーとしてはこの場に留まり少しでも休息できる時間を稼ぎたいだろう、読書が趣味の彼女はなおさら厳しいものがあるはずだ。
それから数日、僕らは求められた時だけに作業を手伝い、それ以外は警戒することに専念していた。
- 重ねた日々は明日へ 終わり -




