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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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33.翡翠の心

 開拓は特定のポイントまで向かい、そこに到着すると非戦闘員が整地と簡易的な建造を行う。

 その間護衛役である僕達のような冒険者は近くで見張りをし、彼らが脅威にさらされないよう注意する。

 他の前線にいた冒険者達は、それぞれ地図を作成しつつ襲ってくる獣を討伐し食料も調達する流れだ。


 もとより仕事の少ない僕達は暇なのだが、移動中はなおさら暇だ。

 はじめのポイントに到達するまでも二日以上かけなければ開拓の効果が薄く、適度に全体で休みつつ歩き始めて数時間で僕達はもう欠伸をしながら歩くことになった。

 理由としては他の冒険者たちが護衛対象に到達する前に獣達を倒しきるのもそうだが、何より大人数で歩いていることが一番の理由だろう。

 冒険者だけで百名、全体で二百名以上集まって行動していると、獣達は当然怯えて近寄ってくることすら稀なのだ。

 たまに力に自信があるのか、もしくはこちらの人数を把握できないような個体が襲ってくる程度で、僕達だけではなく遠目に見える前線の冒険者達も暇そうに見える。


「ジェイドは戦えなくて暇?」


 少し皆から離れて歩いていたジェイドに一人近づき話しかけた。

 コウは戦えない事を退屈そうにとぼとぼと歩いている、ルゥとスイは仲良く談笑をしていたので一人で難癖をつけられたことに落ち込んでいるかもしれないと思っての行動だ。


「いや、俺には戦うことはリスクが大きすぎる。できることなら戦わずのんびり暮らしたい」


 ははは、と笑う彼の表情には卑屈な感情は見えない。

 兄妹二人ともこの世界では珍しく謙遜という意識が強いが、ジェイドは更にその傾向が強い気がする。


「じゃあなんで冒険者になろうとしたの?」


 純粋な疑問だった。

 僕の目からはジェイドは十分に前衛としての役割を果たせている。

 コウに迫るような安定感こそないが、守りに専念するときは自身の安全を確保しつつ敵を釘付けにできる。また攻勢に転ずる判断や手段はコウよりも秀でているのは純粋に評価できるものだろう。

 その戦う姿は僕の価値観からしてみれば、戦闘で生計を立てるには十分な能力を持っているはずだ。


「何故って、特に仕事を選ぶ理由なんて必要ないだろう……いや、違うな」


 感情で返答したかと思えば、一瞬冷静になり自分を分析し始めるジェイド。

 少し熱い空気を肺一杯に吸い込み、それが体内を循環しきったのを見計らったようなタイミングで分析結果を口にする。


「都合が良かったんだ、スイと二人でできる仕事で、条件や時間も選ばず働けるそれは俺達にとって都合が。

たとえそれが、どんな危険性を持っていたとしても、安易な選択を俺達は選んだ」


 その物言いは後悔している様子ではなく、どこか達観した雰囲気すら漂わせている。

 危険性という言葉には少し疑問を覚える。

 何故ならはじめ兄妹は、街中で細々とした仕事をこなしていたはずだ。エターナーの言葉を思い出す、人の嫌がるような仕事を行っていた、確かそう言っていた気がする。その言葉から察するに清掃関連や、力仕事を手伝っていたのではないか。

 危険性を取ったのは彼ら自身だ。文字通り剣を取り、荒事を行う冒険者として活動を始めようとしたのは本人達の意思があってこそ。


 ……その思考は、時間を選ばないという言葉の解釈が変わる。

 初め聞いたときには自分達が望む時間に仕事を行えるものだと思った、けれどそれは間違いではないのか。

 それ以外に時間の都合が良かった理由、おそらくお金がすぐに欲しかったのではないだろうか。働く必要が出てすぐに、金という現実的なものが二人を襲う。

 だから二人は戦うことにした。僕が声をかけた日、初めてハウンドと戦おうとした時点でも、まだまとまった金額が欲しかったのか、手持ちが少ないことが苦しいという強迫観念が武具を揃えられる時点でも未だに抜けきらず。


「そういえば話していなかったな、その様子じゃスイも言っていないんだろう」


「……なにが」


 長考で黙っていた僕を見てジェイドはそう言う。

 何となく何を言おうとしているかはわかるが、あえてとぼける。

 今まで知らなかったのだ、ここであえて一押ししないと話す機会がないのならそれはきっと話さなくてもいいことだと思ったから。


「俺達の身の上、両親の話だ」


 あえて一押しし彼は告げた、その表情に迷いはなかったので僕は頷いた。


「そういえば聞いたことなかったね、親はどうしてるの?」


「父親は商人だった」


 その言葉をきっかけにジェイドは話し始める。

 ある時父親が消えたと。

 誠実な人で、消えた後に借金の請求などが家に来なかったことから、逃げたのではなくおそらくどこかで死んだのだろう。

 レイノアのように自分で町と町を行き来していたそうだ、ならその死が家族に伝わらなかったのも無理はないだろう。ハウンドに襲われたか、盗賊かそれとも単純に事故なのか。


「その時俺はまだ未熟だった。今でも未熟だが、自身の未熟さを認められないほど幼かったんだ」


 父親は商人で、母親は工場で物作り。

 そんな中俺は親の金で生きているのが当たり前だと思っていた、父親が消えても。ジェイドは今度こそ後悔した様子でそう呟く。

 僕はそんな彼に何も言えなかった。

 慰めることはできない。この世界の厳しさを知っていたから。

 この世界の成人は十五だ、それは成人を目処に働きましょうねという証ではない。成人する頃までにちゃんと自立して生活できるようなら一人前だね、という証拠だ。

 ジェイドは今十四か、そろそろ十五か。物言いからそう遠い昔のことを語っているわけではないことがわかる、長くて二年か。

 十二で親の金で生きていける、そう認識するのは甘かったとしか言えない。


 じゃあ罵倒するのか、お前は未熟だったんだなと。

 それも、できるわけがない。

 前の世界、日本では二十を超えても勉学に専念できる環境が整っていた、そして十八で働くことを決意した僕にも、卒業を控えこれから具体的に働くという実感が宿っているわけではなかった。

 この世界に来てからは、幼い時からずっと村の仕事を手伝っていた。

 それは糧を得るために行っていたものではない、手元に回ってくるリソースや、村全体のリソースを生み出したのはあくまで過程だ。この世界でアイデンティティを確立するための副産物に過ぎない。

 もし僕がこの世界で彼のように商人という稼ぎのいい父親と、その夫を持っても自身も働く母親がいるのなら僕はどうしたか。

 アイデンティティの確立……は前世の記憶があったからだ。それがなかったら僕という人間ははたしてどうしていたのか。


 そう考えたら未熟だった彼に何かを言うことはできなかった。

 無言で先を促すほかないのだ。


「父親が消えて、それに気づいた母親は仕事を増やし、スイも家事をほとんど行いながら簡単な仕事をしていた」


 俺は、気づかなかった。

 ジェイドはそう言った、父親はいつか帰ってくるものだと信じていたし、二人にどれだけ負担が行っているのかもわからなかったと。


「次の転機は母親が病に伏した時だよ。その時やっと気づいたんだ、父親は帰ってこないし、このままじゃ母親を失ってしまうと。

でも幼かった俺はそれを理解しても、理解したからこそ何をどうしたらいいかわからなかった」


 つらい現実を受け止める術も、受け止めた上で生活するにはどうしたらいいのかを。


「毎日ぼんやりと過ごしていた。考えないことは楽だからな、何もかも忘れて意識しないってのは。

母親の介護だけは事務的にやっていたよ、それが俺に存在していた少ない善意からか、母という支えを失いたくなかったからか、母親が再び働けるようになったら自分が楽できると思ったのかはもうわからない」


 悲しかった、哀れんだといってもいい。

 未熟だった自分を理解してしまったジェイドを、そしてこの話の続きがこれからどうなったのかを想像したら。

 見つめる彼の姿に彩度が消えていくようだった、まるでモノクロになるように、灰色に。思い出を語る彼の姿はセピア色に、そのまま今という時から消えてなくなりそうだった。


「でも、俺にはスイがいた、それが全てだった」


 彼の瞳に炎が見えた。

 そしてジェイドの姿に彩度が戻る、もともとそう認識していたものよりも遥かに濃く。


「何があったの?」


「ある日言ってしまったんだ、"手遅れだ"って。

母親の容態は日ごとに悪くなるし、父親は見つかる気配がない。スイが必死に働くけど貯えは徐々になくなる。

そんな中、ぼんやりと毎日過ごしていて、ふと現実を正しく認識してしまった時にスイにそう言ってしまった」


「それでスイは」


 視線が交わる、ジェイドはニヒルに笑った。


「信じられるか?スイが俺の頬を叩いたんだ」


 驚いた。

 スイがそんな暴力的なことをするのに、じゃない。そんな直接的な手段を取ったことにだ。

 もっと上手くやると思ってた、遠まわしに、未熟な兄を傷つけず上手く利用できるように。


「そしてスイは言ったよ"手遅れになったのはお兄ちゃんが何もしていないからじゃないか"って」


 父親がいなくなったことは手遅れではなかった。

 父親がいなくなって、母親かスイに限界が来るまでジェイドが何もしなかったことが手遅れだった。


「……その後抱きしめてくれたよ、歳を追うごとに触れ合うことが少なくなっていた妹がな。"私がいるからまだ間に合うよ"って」


 ……。

 ……まだ一つ、まだ一つ間に合わないことがあるはずだ。

 初めて会ったとき、二人は母親が病に倒れたとは言った。そしてその後、一緒に行動するようになってその母親に会いに行っている二人を僕は見たことがない。


「それからは俺も少しずつ働き始めた、スイに聞いて、周りの人に何でも聞いて、少しずつできることを増やしていった。

次の転機は母親が死んだ時だったと思う、でも俺にはそれが転機だとは思えなかった、スイが居たから。

そして借りていた家を去り、母親の薬を買おうとしていた金で剣を取った。後はアメも知っていることだな、分不相応な仕事で死ぬところを、お前に助けてもらったんだ」


 そう、兄妹の生い立ちを聞いて僕は知っている。彼が知らないことを知っている。

 仕事の内容と、自分達の能力が釣り合っていないのが死にかけた原因じゃない。それはスイが気づいていたはずだ、幼くも兄を殴り、その手で慰められたスイなら。

 死にかけた一番の理由は、僕が知っている理由は、二人が死に急いだからだ、間違いない。

 母親という最後の支えも失い、スイという小さな支えにもならない少女に縋り。

 気づかぬうちに折れていたのだろう、ジェイドの中にあった大切な何かが母親の死で。転機とは自覚できないといった、それは間違いだ、自覚してしまったらどうにかなってしまうから、自覚していないフリをするしかなかったのだ。

 気づかぬうちにもう一つ折れていたものがある、スイだ。幼いながらも長い間頑張り続けて、必死に兄の支えであろうとして。

 だから彼女は止められなかった、その無謀な仕事を選択することを。

 故に彼女は止めようとしなかった、もう疲れきってしまったから。


 エターナーが言っていた二人が死ぬかもしれないという予想は、何も新品の武具から察するものだけではなかった。死に場所を求める人間特有の雰囲気を見抜いたのだろう。

 二人が恩と謝罪のために僕に尽くすといっているのも、打算的な魂胆がメインじゃない、逆だ、新しい支えを求めた純粋な心があったからだ。

 スイが僕をお姉さまと血縁のように慕うのも、二人が地道な訓練に嫌な顔せず付き合うのも、全て僕の姿に自分達を導いてくれる母親を重ねているのかもしれない。


「とてもしっかりしていて、優しいんだね。スイって。大切にしてよ」


「あぁ、言われなくとも……あ、現状だと足りていないように見えるか?」


「さぁ、どうだろう。僕はスイじゃないから」


 曖昧な僕の言葉にジェイドは自身の行いを振り返るように悩み始めた。

 それを見て大丈夫だなと思う、たとえ新しい母が、僕が死んでしまっても。

 未熟さを知ったジェイド、そして互いを支えあう力を得た二人、きっと何があっても大丈夫だ。

 ……流石に五人中四人が死んで、ジェイドかスイが生き残ったのなら、生き残った一人がどうなるかはわからない。

 そんな状況になってしまったら僕も堪え切れる自信がないし、コウも恐らく僕を失ったらそれなりのダメージを負うはずだ、彼が言うにはコウの才能は僕ありきのものらしいし、能力面はともかく精神面は僕に依存しているものが多い気がする。

 五人の中で一人だけ生き残っても、ルゥならなんとかなりそうだな。彼女はきっと仲間の死も受け入れる、そう思う。


 どうしてこんなネガティブな思考をしているのだろう、開拓という仕事に何かを感じているのか、不安で気分が下がっているのか。

 でもそうだな、スイとも話してみたい。

 今の話はあくまでジェイド視点だ、当時と今、何を考えて過ごしているのかを詳しく知りたい。

 万が一でも取り返しのつかないことになる現状、もしもを考えて退屈を紛らわすためにそうするのは間違いではないはずだ。



- 翡翠の心 終わり -

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