32.夢ある未知を
「諸君、よくぞ集まってくれた!!」
北の郊外、町の外で畑の隣。
一人の男性が即興で作っただろう簡易的な台の上で声を張り上げる。
纏う外套こそ煌びやかなものの、中にきている服は動きやすそうな実用的なものだ。
そんな男性の前には百名ほどの冒険者達、誰もが開拓を行うために求められる実力を持っている精鋭で、僕達も一応その中にいた。
周りを見渡しても同年代の子供は片手に収まる程度しかおらず、その少数に入れた事実を考えると少し気分がいい。
でもその感覚を理性で押しとどめる、驕りは死に繋がる。これから行う仕事はどんな危険が潜んでいるかわからない、最悪竜から逃げるようなこともあるだろう。
「この開拓は国にとって大きな意味を持つ、諸君らの両手には想像もできないような責任と、それを成功させれば大きな誇りを得られるだろう」
細かな調整を行い、いざ出発の日、と思ったらいきなり集まりしばしそのままで待つように言われた。
演説をしている男性はどこかの偉い人なのだろうか、当然ながら見たことがない。自慢じゃないがこの国の王すら僕は未だに見たことがないのだ。
周りを見渡しても退屈そうに話を聞く冒険者達で溢れており、どことなく学校で校長の話を聞いているような錯覚を覚える。
本人は至って真面目に士気を上げようとしているのだろうが、空回りしてしまうのはどこの世界でも一緒なのか。
「あの方誰ですか?」
一応知っておいたほうが良いと思い、近くにいたエターナーに尋ねる。
普段とは違い実用的な洋服を着ているのは珍しく、あぁ普段とは違うのだなぁと何か感慨深いものを感じる。
「リーン卿です、ガロン=リーン。リーン家三代目当主で、時には過激ながらも常に一貫した信念を持ち成果を出している方です。
発展都市レイニスの実質的なトップといってもいいでしょう。私達国家の人間とは厳密に違うものの資金や今までの働きで、内政に強い発言力を持ち活躍されているお方です」
……この世界、セカンドネームってあったんだ。
驚くところはそこだった、ぶっちゃけ貴族とか言われてもどれだけ凄い人間なのかは想像できず具体的な感想など出てこない。
対してセカンドネームは町に来ても名乗っている人間を見たことがなかったので、元よりこの世界には存在しないものだと思っていた。
推測するに貴族やそれ相応の人間が名乗ることを許される、もしくは名乗る風習でもあるのだろう。
「……と、大層に言っても責任など理解できないだろうし、名誉よりも金が欲しいだろう。
ならば思い出せ! ここに来る過程で面倒な手続きを行い、その中で見た報酬の額を!
町や国のためではなく、自身が得る金のために働け!我々は相応の報酬を約束しよう!!」
なんか凄いこと言ってる。
校長とかいったが、あれが校長ならPTAが怒り狂うだろう。
「……あれ、いいんですか?」
「いつものことです」
そうか、いつものことか。ならいいのかもしれない。
法律や常識の基準である貴族や、国の関係者が言うのならそれが正しいのだろう。
「さぁ仕事の時間だ、諸君派手に行こうではないか!」
「「おおおおぉぉぉー!!」」
金の話を事前にされたからか、冒険者達は拳を突き上げ吠える。
一応僕も空気を読み手はあげていたものの、声は出していない。
仲間を見るとコウとルゥは皆のように声を上げ、スイとジェイドはその空気が楽しいのか笑いあいながら騒いでいた。
……なんだこの疎外感。
- 夢ある未知を 始まり -
盛り上がりが収まると、冒険者達は四箇所に別れた。これはもとから話し合っていたことだ。
前後左右、そして中央の五部隊に分散し活動するのを基本とするという話だった。
接敵したときに一番戦力が必要だろう前面を冒険者四十名、左翼と右翼、そして後方を二十名ずつ。
その内側に守るよう冒険者と同等の人数を誇る作業員や、政府関連者などの非戦闘員を配置する。
中央に非戦闘員は全てまとめて配置するのかと思っていたがどうやら違ったようだ。
先ほど演説をしていた貴族……リーン卿が護衛や政府関連者と共に居座っている。
頭、大丈夫だろうか。
中央は一番安全な位置ではある、ただ開拓に参加するとは思っていなかった。
竜などの空を飛ぶ存在や、もしくは地中から攻撃する獣がいるなら中央の安全性も疑わしい。
かなりの重鎮らしいが何が起こるかわらかない開拓に参加するとは正気とは思えない。
「おいおい、こんな子供達に俺達は守られるのか? 冗談きついぜ」
ほとんど陣形を展開し終わり、出発する前に一呼吸入れるというタイミングで数名の大人達が僕達に対峙する。
外周部を冒険者達が、その内側に護衛や遊撃のための僕達と数名の人間、あとそれに並ぶようにエターナー。
話しかけてきた大人達が内側から来た辺り左翼側の作業員だろうか。
「すみません。僕達は他の方と比べたら確かに力不足ですが、何かあったときは体を盾にしてでも守る覚悟で開拓に参加したので、どうか安心してもらえないでしょうか」
僕達と同様に並ぶ護衛達も難癖をつけてきた彼らのように、こちらを疑惑の目で見ている。
エターナーはあくまで口を開かない、ここで介入してしまったらコネだけで開拓に参加している人間だと誤解させてしまう。
コウは僕が怒ってないのでなんとも思っていないらしく、ルゥは僕達がどう対応するのかを楽しそうに眺めている……傍観しようとしているがお前も渦中にいるからな。
そんな余裕を見せる二人に対し、スイとジェイドは力不足なのを自覚しているので肩を萎縮させ申し訳無さそうに立っている。
僕達三人はなんと言われようが大丈夫だが、この二人は守ってあげたい、なんとか矛を収めてもらえないだろうか。
「安心? その万が一が起きないように動くのが冒険者様じゃないのか?」
期待も虚しく僕の言葉尻を捉え非難を続ける男性。
不測の事態は戦闘でいくらでも起きるとはいえ、彼らの言い分はもっともだ。
そして冒険者そのものにあまり良い感情を抱いていないのもわかる、僕も冒険者はならず者の集団だと認識しているからだ。
子供に命を任せるのが不安なのもわかる、僕だって知らない子供に命は預けたくない。
どうしよう。僕自身彼らを納得させるつもりなど毛頭無いことに気づいてしまった。
このまま大人しく罵声を浴びていれば気が済んでくれるだろうか。
それとも賛同してみようか、その気持ち僕も凄くわかりますって……火に油を注ぐだけか。
「おい、あんたも黙ってないで何とか言ったらどうだ?」
「そうだな。貧乏くじ引かされた仲だ、その胸に溜まっているものがあるだろう」
あろうことか大人達はエターナーにも絡み始めた。スイとジェイドだけでなく、彼女が標的にされるのは少し困る。あえて生意気なことを言って自分に怒りを向けたほうがいいのかな。
あ、でもエターナー全然気にせずどこか別の場所を見ているや、このまま六人罵声を浴び続けようか。
「……遅いですよ」
そんな彼女が初めて口を開いた。
別の場所、陣形の内側からやってきた人物に声をかけるために。
「悪い悪い、挨拶しようと思ってはいたんだがな、少し小腹が空いて我慢できなかったんだ」
「そうですか、礼儀を知らない胃袋は体から取り出してあげましょうか」
エターナーが軽口を叩く相手はレイノアだった。
町に向かう途中死にかけていた僕達を助けてくれた商人の彼は、いつものように巨漢であるシンを連れて一方的に罵声を浴びせられている輪に入ってくる。
「おはようございます、レイノアさん。あなたも参加するとは知りませんでした」
知っていたらエターナーに、レイノアから借りていたお金を預ける必要は無かった。できれば礼と共に直接手渡したかったものだ。
「あぁ、それは無理もない。ローレンから帰ってきたら開拓まであと数日ってわけだ、話を聞いて慌てて参加することにしたんだ」
「荷物持ちですか?」
馬車を持っているというのはそれだけで仕事が舞い込んでくるものだ。
国も十分に数を持っているはずだが、それに乗り死地で活動する人材を別で見つけたり、追加で物好きな政府関連者を探すのは手間だ。
ならば初めから馬も人も外から雇うのが道理、町で露店を開いているような商人は命のほうが大切だろうが、行商で命をお金に変えているような商人は我先にと今回の話に乗るだろう。
「半分はそれだな、もう半分は嗜好品を売りさばくためだ」
大変な仕事の途中、前金と報酬で羽振りが良くなった冒険者達にはそれはもう高く売れるだろう。それこそ定価の二倍や三倍の値段で。
「借りていたお金は確かに届きましたか?」
あくどいような話題になる前に話を逸らす、こちらは比較的善い部分が表に出るものだと思う。
エターナーの名前は出さず、念のため尋ねてみる。
「全額、確かにな。ただこれはまだ借りておけ」
そう言い彼は金貨を一枚弾く。
少し僕から逸れたそれを手を伸ばして受け取りつつ尋ねる。
「これは何ですか?」
「願掛けってやつだ、まだお前達に死なれては困る。借りていた借りも返しきれていないからな、だから俺がそれを返すまでお前達はそれを借りておけ」
借りというのは村で稼いでいたことなのだろうか。
僕的にはそもそも貸し借りがあるようなことではなく、更に無利子無期限でお金を貸してくれた彼に借りがあるのだが。
なんにせよ好意は受け取っておくことにし、胸ポケットがなかったので外套のポケットに適当に入れていた。
胸ポケットはないが銃弾も主流では存在しない世界だ、きっとこの選択が命に関わることはないだろう……という独白が非常に死亡フラグ臭い。どこかもう少しマシな部分にしまっておこうかな。
「なんにせよお前達が護衛なら俺は安心して商売できる、今回も頼むぞ……おら、お前も何か言っておけ」
そう言いレイノアは背中を見せ、代わりにシンが迫ってくる。
相変わらずでかいが、頻繁に自分のパンを小鳥にあげていた様子が頭から離れないので恐怖は感じなかった。
「またおまえたちとたたかえるの、たのしみだ」
「はい、僕達も楽しみです。よろしくおねがいしますね」
僕の言葉に満足そうに頷いて立ち尽くすシンにレイノアが叫ぶ。
「お前はこっちだ! 俺の護衛で参加してるだろ!」
シン的にはすっかり僕達と同じ位置で仕事をするつもりだったのだろう。
つるつるな頭で、どこか後ろ髪を引かれた様子を見せながらシンは名残惜しそうに去っていった。
「騒がしくて何事かと思えばお前さん達か」
レイノアの反対側から来たのはクエイクだった。
左翼の前線に配置されているのだろう、仲間と思われる男を一人連れて僕達に声をかける。
「どうも、クエイクさん。あの時はお世話になりました」
初めて教会に行った時、悩みを聞いてもらっていろいろスッキリした記憶がある。
あれから度々教会でぼんやりと考え事をしているが、改めて礼を言った記憶はなかった。
「どうだか、私から言わせてみればお前は誰の助けも要らずに前に進めたさ。
それにむしろ私が礼を言いたいぐらいだ、お前との接するたび私は新鮮な刺激を与えられる」
「そんなに凄い子供なのか?」
クエイクと共にいた男性が彼に尋ねる。
「あぁ、お前雷の魔法は見たことあるか?」
「いや、ないが」
その言葉にクエイクは良い悪戯を思いついた子供のように口の端を歪ませて言った。
「こいつはそれを使える。機会があれば見て盗むんだな、私も今から実物を見られるのか楽しみだ」
盗まれたら困る、あれは僕達だけの魔法だと信じたい。
なんだかんだ今まで一緒に仕事をする機会が訪れなかったのは僕にとって幸いだったのかもしれない。
「何かあったらお前達が助けてくれるんだろ? 頼もしいな、一緒に戦えることを楽しみにしているぞ」
そう言ってクエイクは元居た場所に去っていった。
周りを見渡すと既に難癖をつけてきた作業員はおらず、共に護衛をする冒険者達の視線も少し和らいでいる気がする。
「……偶然ですか?」
「何がですか?」
口元にうっすらと笑みを浮かべながら僕の問いにとぼけるエターナー。
何が、じゃない。何もかも、だ。
レイノアが急に仕事を受けられた事も、そして別の場所ではなく左翼に配置されたことも。
単純に考えこの時点で四分の一だ、更にそこから知り合いであるクエイクが来るとなると十六分の一。
現実的ではない、確率も、難癖をつけられたタイミングで声をかけてくることも。
「友人の言葉ですが、口にしてしまえば奇跡は陳腐に成り下がるそうです。私はその言葉を聞いて他の言葉を思いつきました」
「なんですか」
「知らなければ偶然ですよ」
知っていれば何になるというのか。
「今友人が思いつきそうな言葉を考えました」
僕はエターナーのそんな言葉に対し返す言葉を告げる。
「なんでしょうか」
「知っても温かさをもらえる、と。事実を話していただければ、二度美味しい思いをできると思うのですがどうでしょうか」
エターナーはその言葉に沈黙を守り……きれずに口元を押さえてくすくすと笑い声を漏らす。
僕もその様子に思わず釣られて笑う。
「ねぇ、コウ」
「ん?」
ルゥがコウに尋ねる。
「二人の言う友人ってとても素晴らしい人間な気がするけど、コウはどう思う?」
コウはその言葉に少し唸りながら考え、口を開いた。
「俺はそうは思わないかな。どっちかというと普段生意気なこと言って、曲がった性格が直らないか叩かれているような人間だと思う」
コウの返答にスイとジェイドも堪えきれなかったのか、萎縮していた様子も忘れたように笑い始めた。
- 夢ある未知を 終わり -




