31.開闢
「来ていたんですね、今日休みなんですか?」
朝。少し遅い時間に起きて、下に降りるとエターナーがカウンター席に座っていた。
もう既に慣れきっている様子で飲み物を頼み、本を読む背景と化している。それはあまりにも自然すぎて、僕達のように常連の客や、もしくは宿自体の関連者か何かのような錯覚すら覚える。
「はい、それにそろそろかな、と思いまして」
話題にされたのは僕が書くと宣言した魔法の本について。
ここ数日は町で過ごしつつ、空いた時間を見つけては少しでも文章を書いていた。
そんなに文字数は多いものではないし、書く事もはじめから決まっていたので作業は早く終わる……と思われたがアナログな作業は思ったよりも厳しかった。
インクで文字を書くというのは、一度ミスをしたらページの初めからということを意味する。デジタルどころか消しゴムが使えないことすら悔やまれる厳しい作業が続いた。
そのような作業も昨日の夜に終わり、寝る時間が少し遅くなってしまったものの全てのページは完成している。あとはページを綴り紙を本に昇華するだけだ。
「お邪魔してもよろしいですか?」
それを伝えると綴られる前のページを読みたいとエターナーが言った、特に否定する理由も無かったので二人で誰もいない部屋に入る。
ページの抜けがないかを確認し、全てを手渡そうとし少し固まる。
「あの、エターナーさん」
「なんでしょうか」
エターナーは僕の不自然な硬直に不審げな顔を浮かべる様子すらなく、ただただ優しげな表情で言葉の続きを待った。
「これ、差し上げるんですが、一つお願いがあります。
この人になら、そう思える相手以外には渡さないで欲しいです」
それは昨日から考えていたことだった。むしろそれだけを考えるためにランプの油を必要以上に消費したほどだ。
文字を書くにつれ思ってしまうのだ、この技術は自分のものとして独占したいと。
書けば書くほど思いは積もり、結果最後に余計な一文を書き足してしまった。
"どうか私と同様に雷で踊ることがないことを願う"
夢幻舞踏という効果的ながらも、重大な欠陥を抱えた魔法を行使する必要が出る状況に、これを読んだ人が陥らないで欲しいと思った。
あれは人数が勝っている際に不意に距離を詰められた時の魔法だ、人数でアドバンテージを得ている状態で使うことになるのはそもそもミスを犯しているからだ。
読んだ人が改良し、自身が感電し踊る必要性がない魔法に進化する事も祈った。
僕は今のところこれ以上開発する予定はないものの、どうせ他者が使うならば発展させ完成度を高めて欲しいとも願う。
けれど、一番は、何よりもこの雷の魔法が、自分だけが使えていると思える状況を崩したくなかった。
世界は広い、きっとこの国だけでも目立たないだけで、実は雷の魔法を扱える人は多いだろう。そんな現実を知りながらも、僕はそれでもせめて自分の周りだけでも雷が、僕だけの魔法でいてほしかった。
エターナーが先に言っていたのはこれだったのだろう、魔法を扱う書物が少ない理由。
単純だ、誰もが自分を特別だと思いたい、技術を独占したいのだ。
「アメはその道を行くのですね」
僕の決断に彼女は表情を崩さない。
こうなることはわかっていたのか、どちらでも受け入れる準備ができていたのか。
「はい、ごめんなさい。でも本当に必要な相手がいるようなら、渡してもらっても構わないです」
「いいのですよ。それが過ちだと誰が糾弾できるでしょうか、人は誰しも抱く感情なのに。
それに私はあなたが選んだ選択なら、構わないと思っていますよ」
優しく微笑むエターナーに本が渡る。
ふと、思った。これからも自分だけが彼女の特別であって欲しいと、彼女が誰かにこれを渡す機会がなければいいのにって。
……三つだけじゃなかったな、最後に付け足した言葉は無駄じゃなかったかもしれない。
僅かなページを、早い速度で眺めるエターナー。
読み流しているわけじゃなく、しっかり一文一文読んだ上でそれでもなお早いのだろう、伊達に職務中も本を読んでいるわけじゃない。
「どう、でしたか」
読み終えた様子を確認し尋ねる。
話の内容は魔法の基礎と、応用として雷を扱っているだけだ。
ルゥから習ったものを更に自分なりにわかりやすく、また前世の自然現象をもとに正確に行使できるよう意識してみた。
そんなものに感想を求めるのは酷だが、僕が初めて書いた本になるページが彼女の手にはあるのだ。どうしても気になるものは気になる。
心拍数が高鳴りよく聞こえなくなってくる僕の耳に、彼女のほっと溜息をつくような優しい声が漏れ出す。
声に乗るのは諦めの感情ではなく、感動だ。
「とても、素晴らしいです。わかりやすく、丁寧で、おそらく誰でも実践を重ねなくとも読むだけで魔法を扱えるようになるのではないでしょうか」
胸を撫で下ろす。
褒められて嬉しい、よりも安堵の気持ちが強かった。
「でもこの最後の一文はおもしろいですね」
「……」
顔が熱い、たぶん真っ赤になっているだろう。
恐らく全て見透かせたエターナーは笑う。
「文字、というものは不思議なもので、太さや書き方で感情が読み取れるのですよ。
アメ、あなたが最後にこの一文を書いた瞬間を想像したら、それはもうたまらないです。
いろいろな意味と、言葉にできない複雑な感情を込め、最後には後に引けないよう無理やり書いた様子が見て取れます。
ほら、初めの一文字は筆圧が強いのに、最後には逃げるように薄く撥ねていますよ」
頬を紅く染め、興奮した様子で冷静に分析しそれを伝えてくるエターナー。
嫌がらせか何かだろうか。
「もうやめて」
これ以上黙って聞いていたら延々と語られることは簡単に想像できた。
「はい、これは大切に製本し、しまって置く事にします。もしかしたら誰かに渡す日が来るかもしれません、でもそれまでは傷つかないよう大切にしまい、たまには読んで楽しむことにします」
「……これっ! もう一つ頼まれていたやつ!」
押し付けるように渡すのは一枚の地図。
コウとルゥに手伝ってもらいながら完成させたそれは、余すことなくスペースを使い文字と絵で埋まっている。
町から村までの道のりと、村だった場所の周辺。
開けたスペースは休憩や戦闘に適していると思い記述し、川も動植物が集まりやすい地形なので食糧確保のために描いた。
実際に爆発の影響があった距離を三人の記憶からすり合わせ、またその爆発から予測できる被害状況も書いた。
竜が居つくようなスペース、西から北にかけて続く山脈地帯や、北東にある被害を免れたはずのでかい鳥がいた洞窟、とにかくあの竜を討伐できるために必要だろう要素をひたすら書き足していったらスペースがなくなってしまったのだ。
渡された紙を眺め、それがなんであるかを確かめるとエターナーは再び息を漏らす。
先の感情が感動ならば、今度は感嘆だ。
「これも、凄いですね……報酬、それに必要なら戦果も期待してください。これだけのものにお金や戦力が足りないとは言わせません」
エターナーもまた、僕と同様に竜への妄執を捨てきれない一人だと思う。
竜を否定することに拘る彼女、おそらく国が不確かな脅威に迅速な動きを見せたのも、エターナーがいろいろと動いてくれていたのだろう。
「さて、休日ですが私はそろそろ行きますね。家に本をしまったら、出勤しなければ」
「……急がなくていいんでしょう? 休日を捨てる必要はないと思いますが」
「気持ちの問題ですよ。理屈じゃわかっているのに、そうしたくてたまらない」
無機質、だとか機械的と彼女を評価していたのはもう完全に甘かったといわざるを得ない。
エターナーは感情表現が苦手なだけだ、その内には誰よりも熱いものを持っている。
仕事中にひたすら飽きずに読みふける本が何よりの証明ではないか。
- 開闢 始まり -
エターナーに本と地図を渡し、しばらくの月日が流れた。
夏が来て、徐々に気温が高くなっているのが目に見えなくともわかる。
ただリルガニア王国は地球でいうとかなり北に存在するか、そもそも惑星全体が涼しい。
雨が降っているかと錯覚するような虫の鳴き声もなければ、エアコンが必要なほど暑さに苦しむほどでもない。
冬はかなり厳しいが、その分夏は比較的快適に過ごせる季節であり、春から徐々に町全体が活発に動いているのがどこか心を躍らせる。
「訓練、終了」
「はいっ……!」
今日二度目のランニングを終え、溢れる汗を拭いながらそう告げる。涼しくとも体を動かせば暑いものは暑い。
答えるスイと、無言で呼吸を整えているジェイド。
この二人もかなり成長してきている。
まだ複雑な魔法は使えないものの、肉体戦術魔法、どの面でも目まぐるしい成長を見せている。
元々潜在能力はあったのか、成すこと全てが上手くいく、そんな時期なのか。
では僕達が追い抜かれる日も近いのでは、というわけではなかった。
コウは才能の塊だし、僕は前世の知識と経験を活かしつつ、歳相応以上の成長を保っていると思う。
体も順調に育っている。
身長や筋肉、それに胸も。
まだ走る時に邪魔なサイズではないが、母親のスタイルを思い出すにこれからも成長する可能性がある。
女性としてスタイルに自信があるのかと言えばまだそうとは言えず、男性として育つ胸に魅力を感じるかといわれればそうでもない。
そもそも男だった自分の性癖をよく思い出せない、好きな胸のサイズはどの程度だっただろうか。
胸以外のスタイルも非常に良好ではないだろうか。
こうして定期的に体を作る上、仕事自体もその多くが肉体労働だ。
無駄な肉は削げ落ち、出るところは出ている理想的な体型だろう。
ただ問題があるとすれば周りの人々も似たような生活をしているせいで、自分だけが特筆して目立つわけがないことか。
あと腹筋が割れそうで怖い。特に気にする必要はないと思うが、鏡に映る少女の腹筋が割れているのはなんとなく嫌だ。
幸い他の部位と違い使用頻度が少ない箇所なので、日頃から鍛えるのではなく必要な際魔力で補助し腹筋の力を出すことにする。
「終わり?……あ、使う?」
木陰で涼んでいたルゥに近づくと、彼女はそう尋ねてきた。
ただ涼んでいたのではない、手には宿から持ち出した本を持っており、足は桶に冷水を溜め込み、素足を入れ完全にリラックスモードだ。
いいご身分だ、しかもこれは今日だけのことではない。しばらく前からルゥは僕達が訓練している間こうして過ごしている。
「いらない」
「あらそう」
僕の返答に抜こうとしていた足を再び桶に入れるルゥ。
「あ、では私が」
僕が使わないと見て、スイはそう名乗り出た。
「お礼に一発殴ってあげたらいいよ」
「そんなことしませんよ~あっ!気持ちいいー」
足を冷水に浸からせるスイ、汗をかいた後に体を冷やすのはさぞかし気持ちがいいだろう。その様子に少し断ったことを後悔する。
別に訓練は強制ではないのだが、自分が汗をかいて体を作っている間はルゥは優雅に過ごしているのだ。
どうしても腹がたつ部分がある、スイはそんな感情を表に出さないが。コウとジェイドを見ても特に苛立っている様子はない、僕が怒りっぽいのか皆が寛容なのか。
思わず視線がルゥにとどまっていたのだろう。
ソックスを穿き並んで立ち、僕の内にある感情を見抜いて彼女は畳み掛けるよう言葉を吐き出す。
「なにさその目は、どうしてもって言うなら拳で語り合おうか? わたしは五秒で負けるよ?」
隣に立つルゥの身長は、初めて出会ったときよりも小さく感じた。
今は僕が少し小さいか、同じぐらいだろう。彼女も一応成長期のはずだが僕達よりもその成長は劣っていて、相対的に身長が縮んでいるように見える。
背だけでなく筋肉もないどころか、脂肪も未だに蓄えれていない。比較的少食ではあるが、しっかり食事を取っているあたりもうどうしようもないのだろう。
「もういいよ」
そんなルゥを認識したら、怒りはどこかへ消えてしまった。
「あの、お姉さま」
訓練後の休憩を終え、宿に戻っている途中スイが小声で話しかけてくる。
何か他の人には聞かれたくないことなのだろうか。
「ん、なに?」
「もしよければ、なのですが。今後も一緒に活動していくのなら、部屋割り変えませんか?」
何を伝えたいのかは言わなくても理解できた。
今部屋は二つ借りていて、僕とコウ、そしてルゥのトリオと、スイとジェイド兄妹に分かれている。
もともと仲のいい人間で集まっていたものだが、数ヶ月も兄妹と共に過ごしてくると今度は性別が混ざっていることにいろいろな不備が出てくる。
特に不快な思いをした記憶はないが、わざわざ着替えのたびに互いが気を使ったりするのは面倒だ。
断る理由はどこにもなかった。
「うん、わかった。朝食の時、僕から言ってみるね」
「……ありがとうございますっ! これからもよろしくお願いしますね!」
嬉しそうにはしゃぐスイ。
そんな様子を見て気づく、彼女からしてみればこの相談は多少勇気がいるものだったかもしれない。
どれだけの絆を築けたか、そしてどれだけこれから仲良くなる気が相手にはあるのか、僕の答えはその証明に違いなかっただろう。
「部屋割りを変えようと思います」
テーブルに座り、全員分の朝食が用意された時に僕はそう切り出した。
「え、なんで?」
そう尋ねたのはコウ。
なんでお前がそんな反応を見せるのか、そんなに僕から離れたくないのか。
理由を考えていなかった。
スイの方は見れない、彼女は思春期の兄妹が同じ部屋で暮らす気まずさをもとに、隠れて僕に進言してきたのだ。
その理由を告げるわけにもいかないし、男女が混ざることで発生する問題を指摘するわけにもいかない。その言葉は間接的にスイの内心を気づかせてしまう、もう一段階離れる必要があるだろう。
悩みに悩んだ末、一つ言葉が浮かんだ。
「……最近コウ、視線がやらしい」
「ぶっ」
思いもよらない言葉だったのか隣にいたルゥがふき出す。
咄嗟の判断でテーブルに顔を向けたのか、口に含んでいた飲み物を人にかけることはなかったがテーブルと、そして自分の顔を汚してしまう。
「もーなにやってるのー!」
「ごめんごめん」
ユズが余計な仕事を増やさせるなと言わんばかりに怒りながら布巾を持って近づいてくる。
手早くテーブルを拭き取り、その布巾でそのままルゥの顔を拭こうとする。
「待って!わたしが悪かったから、せめて逆で! 汚れてない部分でお願いします!」
「ほれほれ、ユズちゃんが最近欲しがっていた物はなーんだ? 早く思い出さないと手遅れになっちゃうぞー?」
バカ二人に、それを苦笑いで眺めているスイ。
コウは僕の言葉に放心していて、ジェイドはコウに同情、もしくは憐憫に似た視線を向けていた。
別にコウが露骨にやらしい視線を向けてきた記憶はない。
この場を凌ぐためのあくまで建前だ、ルゥは一緒の部屋で暮らしていて真実を知っているし、スイは何故僕がそんな発言をしなければならなかったか理解しているだろう。
コウも時間が経てば何故このような発言をしたかを理解するだろうし、ジェイドの誤解も解けるだろう。
「というわけで、男女に部屋を分けます」
「あ、じゃあわたし一人でベッド使うね。最近暑くなってきてどうしようか悩んでいたんだ」
ユズとじゃれあいながらそう告げるルゥ。冬は人から体温奪っておいて、夏になったらぽいか。尻でも叩いてやろうか。
代わりにタイミングを見計らい、ユズが顔に布巾を近づけ、抵抗しようとするルゥの腕を邪魔した。
布巾が顔に触れる……テーブルを拭き汚れた部分で。
ルゥとユズの時間が止まる、じゃれあいが一線を超えてしまった特有の気まずさ。
そんな中ユズは何を思ったのかそのまま汚れた部分で顔を拭き始めた。汚い。
「ということはアメはスイと寝るのか?」
確か部屋にはベッドが二つしかなかったはず、そう付け足しながら当然の疑問を浮かべるジェイド。
スイの方を見る、満面の笑みを浮かべていた。
あの笑顔はマズイ、ナニが起きるかわからない。
「……ユズさん、ベッド増やしてもらうことってできますか?」
「もちろんできるよ、むしろ今まで何故増やさなかったのか私は疑問だね」
無言で裏へ行くルゥを見る、多分顔を洗っているのだろう。
疑問、か。
二年以上も故郷で同じベッドだったのだ、おかしいとは思うものの今更気にはならない。
「じゃあベルガさんに相談してくるね。ベッド運ぶの手伝ってもらうか、部屋変えてもらう必要あるけど大丈夫?」
「はい、お願いします」
ユズの背中を見送ろうとすると、隣のテーブルから声をかけられる。
「ベッドが無くて困ってるのかい? 私一人で部屋借りているから、一つ持っていく?」
声の主は顔馴染みの冒険者だった、その女性とは本を読んでいる時に何度か話したことがある。
「いいんですか?」
「いいよいいよ、どうせ使ってないし。何なら運ぶのも手伝うよ、あんたのおかげでここには本があるんだろ?」
そういえば彼女を見かけるようになったのは、エターナーから貰う本を宿に置き始めてからだ。
「助かります、でもベッドは僕達で運ぶので大丈夫です」
「そうかい。また何か困ったことがあれば気軽にいいなよ」
彼女はそう言って食事に戻った。
僕からしてみれば本をくれるエターナーが一番、その次に宿に置くスペースを作ってくれたベルガが感謝の対象だが、他から見れば僕もその中に入っているのかもしれない。
必要のない善意に戸惑いつつも、大人しくそれに甘えようと思った。
部屋と荷物を整理し、案内所へ向かう。
結局ベッドは男二人がなんとかしてくれた、積極的に名乗り出た辺りもしかすると部屋割りを変える理由に、勝手に負い目を感じているのかもしれない。
今のところそんな気を見せた記憶はないのだが、少しでも負い目を感じているのだとしたら何か邪な感情を抱いた経験があるのだろう。僕はしっかり態度を見直すべきか、女としての自覚を強める時期なのかもしれない。
相変わらず朝からタバコ臭い建物を開け、掲示板で仕事を探す三人を横目にエターナーのもとへ向かう。
雑談ついでに直接僕達に向いている仕事はないか聞いたほうがいい。
そう思い、いつものカウンター席へ向かったのだが姿が見当たらない。今日は休みではないはずだけれど、どこへ行ったのだろう。
少し席を外しているだけだろうか、職員に確認したほうがいいのかもしれない。
「おはようございます」
「あら、おはようアメちゃん」
いつも二人で喋っている職員に話しかける、もう一人の職員は初め見たとき冒険者と怒鳴りあっていたので何となく苦手意識がついている。
何度か接するうちにそこまで過激な人ではないことはわかっているものの、先入観とは簡単には拭えないものだ。
「エターナーさんは……」
「いま奥で仕事中、ちょっと偉い人たちが来ていてね。でももうそろそろ帰ってくると思うわ」
礼を告げ、掲示板の前に戻り三人と共に張り紙を眺めていると、あまり時間が経たず声をかけられる。
「おまたせしてすみません、アメ」
「謝らなくてもいいですよ、別に約束していたわけでもないですし。今日は仕事を探しに来ました、カウンターに戻りましょうか」
「いえ、テーブルに移動しましょう。皆さんに伝えたいことがあります」
どこか神妙に告げるエターナーに疑問を覚えつつ、空いていた隅にあるテーブルに六人で座る。
エターナーが一人で全員分の飲み物を注文し、それが届いたのを確認してから彼女は改めて口を開いた。
「まずは三人に関係があることです」
僕とコウ、そしてルゥを見る。
その口ぶりから何件か用事があったのだろう。
「竜を調査するために騎士団の方が数名王都から到着しました」
竜。その言葉に心臓が跳ねる。何度聞いても慣れる事はない。
人々にはそれが恐怖の対象なのだろう。けれど僕には違う、家族を、故郷を奪った竜は怒りと憎悪を向ける相手でしかない。
「先ほど偉い方が来ていると聞きました」
「はい。副団長および幹部一名、それから部下三名が今この町に竜対策としていらしています」
町に駐屯する警備隊は人々や町を守るために存在している。
けれど騎士団は国、しいては王そのものを守るために存在する。
その騎士団の重役二人が派遣された意味、国は確かに辺境の村が滅ぼされたことを、国の危機になる可能性と認識したのだ。
「近いうちに騎士団数名と、冒険者数名で威力偵察を行う予定です。
まず竜が近隣に滞在しているのか、滞在しているのであれば討伐が可能なのか、それらを確かめるために」
そしてあわよくば威力偵察で狩りきれるように。
確信にも似た何かが込み上げてくる、まだ奴は近くに存在していると。
もしくは願いなのか、手が届く場所にまだ留まっていてほしいと。
もし後者ならば、なんて歪な感情か。
竜が存在することを願うのは、竜が殺されることを望んでいるから。
竜が存在することを願うのは、近くにある町が危機に曝されていても構わないということだ。
フィクションに感動を求めるようなものだ、カタルシスを得たい、だからどうか登場人物たちに悲劇が訪れますように、と。
「それって口外していいものなの?」
ルゥが尋ねる。
確かにそうだ、国が恐怖の対象である竜を脅威であると認めてしまったら、人々に多少なりとも不安を抱かせることに繋がるだろう。
国としては脅威であったとしても、人知れず討伐し民衆は平穏が続いていると錯覚しているほうがマシではないのだろうか。
「はい、皆さんには伝えてもいいと納得させました。
竜と対峙して生き残った三名で、脅威の存在と周囲の地図を伝えた功労者には相応の対価が支払われるべきだと私は考えます」
物言いから強い感情でかなり無茶なやり取りをしたのだと想像できる。
エターナーの立場が揺らがないか心配だ、普段から職務中に本を読んでいるし。
「それにもし脅威であれば隠し通せるものではないですからね、必要であればいずれ皆の耳に入ることにはなるでしょう」
もっともだ。対峙した僕達の情報と、僅かに、多くの前時代の情報が散っていてもなお僅かに残るほど強烈な竜の情報たち。
それらは竜の恐ろしさを正確に伝えたはずだ。
何人の命を犠牲にすれば、その甲殻に傷をつけられるだろう。
何十の命を犠牲にしたら、その肉を断てるのだろう。
何百の命を犠牲にしても、その骨と命を潰すことは叶うのだろうか。
もし竜を討伐するとなれば、それほどの騎士団を町に滞在させたり、冒険者を募る必要がある。
そこまでの規模になれば民衆に隠し通せるわけがない、この都市レイニスには六万前後の人々しか住んでいないのだ。
六万の中に百でも竜を討伐するための人間が混ざったとしよう。それだけの比率の人間が明確な意思を持って活動をしたのなら残りの人々は否応にでも注意を向けるし、一人でも何をしているか知ってしまえば六万の人々に噂話として伝染しきるのは大した時間を必要としないだろう。
「これが一つ目です。アメ達には悪いですがまだ具体的な結果を出せる段階ではありません」
「いえ、エターナーさんはよくやっています。それで二つ目は?」
王都まで情報が往復するまでの時間がまず異常だった、そして二度目の情報を送る前に騎士団が到着した。
この現実はきっと偶然なんかじゃない、でもそれを本気で申し訳なさそうにしているエターナーに伝えても今は意味がないだろう。
なら次の話題に移り、彼女に自責の念を抱かせる間を与えないのが正解だ。
「二つ目、といってもこれが最後なのですが」
そこでエターナーは一度コップに触れる。
僕達も気持ちを切り替えるためにも飲み物を味わう。
薄い葡萄水か。ここってお酒以外も取り扱っていたのだなと考え、ふと思い出す。一応ここは役所みたいなものだからその先入観と、今も充満しているタバコの煙が間違っているのだ。
「仕事の依頼ですね、新しく北を開拓することになりました。
町の北側は十キロ以上に渡って整地され、更に何十キロ進むと遺跡が二箇所あることは知っていますか?」
「はい、でももっと北に行くと山脈に当たり、西に行くと深い森と奥には山脈があるので開拓が遅れているんですよね?」
スイが答え、そして当然の疑問を投げる。
発展都市レイニスの東は商業都市ローレンだ。
南東には王都リルガニアがあり、南には草原地帯。
レイニス基準で考えれば西から北にかけては山脈地帯が続いており、南西と北東に若干山と海の間に隙間があるのだが、山に覆われる形で国が存在しているため、その隙間を潜っても土地を期待できない。
もし開拓するのであれば、南の地域を整え新しく町を作るか、諦めて長距離移動できる技術を生み出し大人しく海に出たほうがいい。
思ったことをそのまま伝えるとエターナーが答える。
「はい。国として、は確かにそれが最善でしょうが町としてはそうも言ってられないのです。
海はローレンが率先して開拓しようとし、南側はリルガニアの手が届く範囲です。
発展都市という名前は国の発展を望まれてのもの、西にはウェストハウンド、北には遺跡地帯と山脈という終点があるからと指をくわえることは許されません」
役員としての義務感からか、町民としての誇りのためかは僕にはわからない。
なにせ初めて町に来て、国に所属していると認識できてからまだ半年も経っていない。
王都を見たことすらないので実感など湧くはずもなく。
「そして今回北側を開拓することにしました。
遺跡地帯付近まではある程度整地されているのですが、それ以降は僅かな地図が残っているだけで他には何もありません。
なのでその部分の地図を役員が指示し、冒険者達が作り、その間に仮拠点や以降の開拓に役立てるよう簡易的な建物を作業員が現地で作り上げる予定です。
最長でも二ヶ月、何かきっかけがあればそれ以前で帰還する予定で今話が進んでいるところです」
「……これも本来口外しちゃいけない話?」
コウが尋ねる。
話が進んでいる段階で声をかける、というのはそういうことなのか。
「半分は、ですね」
それに対しエターナーは曖昧な答えをする。
「この仕事は重大かつ危険性を孕んでいるものです。関わる人々には実力があり、また責任能力が問われるもの。
私から見てあなた達はその双方を満たしていると思います。確実な仕事の遂行、円滑なやりとり、納品する物品処理の丁寧さ。
……あとは個人的なものになりますが皆さんの人間性は把握しているつもりですし、朝に継続して訓練を行っているのも知っています。
十代になったばかりの子供達に任せる仕事ではないと周りの人は言うかもしれません、けれど私はそうは思わないので仕事をお願いしたいのです」
まだ公には募集しないものの、資格があると案内所が判断した相手にはこうして個々で予め声をかけている。
その際に集まれる人数が予定に達しない場合、掲示板に貼り出したりして人員を募集するとエターナーは付け足した。
「……僕達に求められる役割と、具体的な報酬を教えてください」
長い期間ではない短い期間だけで確かに誰かに認められている。
そんな実感で胸が一杯になり、目頭に熱いものが込み上げてくる気配で現実的な話に移す。このままじゃどうにかなってしまいそうだったから。
「状況によって役割は変わりますが、基本的には護衛ですね。目に見えて危険な地図の作成を、流石に国として大々的に頼むわけにはいかないですし」
護衛ならば戦うにしても危険は最小限だろう、もちろん危機が迫れば護衛対象をその身を盾に守る必要が出てくるのであくまで名目上の話だ。
「そして報酬ですが、目安としては二ヶ月一杯活動するとして二万ですね。
早めに切り上げたもしくは望まれた役割を十分に果たせなかった際はその分引かれますし、逆に予想以上の働きや事態が発生した場合は足されることになってます」
二万と聞いて、思わず驚きの声を上げそうになり慌てて堪える。周りでくつろいでいる人々には話が行っていない可能性があるからだ。
一人当たり二万となるとウェストハウンドを一人で十体以上狩る必要があるが、今回の仕事は何事もなければ二ヶ月外に出て集団生活をするだけで危険性もなくそれを得られる。
無論想像もしない危険に出会う可能性もあるだろう、でもその場合は報酬を足すと宣言している。
「……どうする?」
四名の仲間に視線を向け、この仕事をどうするか尋ねる。
僕の中では答えが出ているものの、皆の選択ではそれを押し殺したり、もしくはその期間だけでも別行動する必要があるかもしれない。
「……正直俺は、自分自身にそれほどの仕事を任せられるような能力がある自信がない」
「わ、私もです……」
謙遜でなく、実際に少し血の気が引いている様子でジェイドとスイは呟く。
「それは、私があなた達に向ける信頼を間違っている、そう言いたいわけですね?」
「「っ!?」」
そんな二人に、エターナーは不敵に笑い告げた。
この兄妹のことを知っているのなら、僕でもそう煽る。
感情に訴えかけ、発破を掛ければスイとジェイドは必ず動く。
「私は知っています。アメと出会う前に誰もが嫌がるような仕事を継続して行えていたこと、仕事や人に対する誠実さを。
アメと出会ってからよりあなた方の良い部分を伸ばし明るくなり、実力も訓練や実戦を通して伸ばしている事を。
無論未成年の二人が最大限大人達のように働けるとは思っていません、しかし成人の最低限、そして歳としては遥かに優れた成果を出すと信じています」
兄妹が視線を交わす。
視線を交わしただけだ、言葉を発したわけでも、頷きすらもしなかった。それでも二人には十分すぎるやりとり。
「やります」
ジェイドは仕事を受けると宣言した、その言葉にもう迷いは無く。
「やらせてください」
スイは懇願した、その信頼に答えさせてくれと。
「はい」
エターナーはその短い言葉だけで確かに想いを受け取る。
彼女と交流しているのは僕だけではない、僕と共にエターナーと会話する皆もいたし、僕がいないところで交流している皆もいるのだろう。
あくまで僕から見たらその光景が少ないだけで、実際は昔から関わっている事実が存在している。
二人が案内所で仕事を受けていた時のように、ルゥが互いに名前を知っていたときのように。
「三人はどうしますか?」
「念のために聞いておきますけど、エターナーさんはどうするんですか?」
念のために聞いてきたエターナーに、念のため聞いておく。
彼女の返答で僕達の答えが変わるとは思っていないが。
「アメ達が参加するのなら参加しようと思っています。
皆さんになら命を任せられますし、守りきれなくて死んでも悔いはありません」
「……前から気になっていたんですが、エターナーはそれなりに偉い人なのですか?」
職務中本ばかり読んでいるくせに竜関係には強い発言力を持ち、今もこうして半分私情を挟み仕事の話をしている。
「人が面倒くさがるものを率先して行い、その時に生んだ恩を活かし自由に動いているだけですよ」
十か百かという質問に、Aと答えるような発言。
有耶無耶にされた気がするが、納得しておこう。
「そうですか。僕は、参加します」
コウを見る。
「アメが行くのなら行きたい」
まぁそう言うと思った。
ルゥを見る、最後の一人だ。
否応にも視線が集まる。
十の瞳を受け、彼女は目を伏せてそれを見ず、口元に笑みを浮かべて言った。
「皆が望むのなら」
知ってた。
それから細かなやり取りをし、解散しようとするところでエターナーが呼び止める。
「少し待っていてください、渡したいものがあります」
彼女はそう言って奥のスペースに行き、五つの皮袋を持って戻ってきた。
「前金です。これで装備を整えたり、日々を過ごしてください。
……少し早くて、少しだけ多いので、他の人には内緒ですよ?」
片目を瞑り人差し指で口元を塞ぎ、少し首を傾げる彼女。
その悪戯を共有する子供のような様子に僕達は苦笑するしかなかった。
「はわーお金どうしましょうかー」
ひとまず宿に戻り、飲み物を注文してテーブルに座ると、スイが心ここにあらずといった様子で声を漏らす。
放心するのも無理はない、中身は八千リル入っていた。前金にしては多すぎる、本当に少しだけ多いのだろうか。
「とりあえずわたし達はお金返そうか」
ルゥの提案に頷き賛同する。
レイノアに借りていたお金を全部返してしまおう、これだけ貰えたら無理せず返せるし、これだけ貰えるような仕事で帰ってこられる保証はない。
三人一緒に仲良死することはないと思うが、万が一ということもある。死ぬ直前にお金のことは思い出したくない。
「……私達のお金も使いますか?」
「いや、いいよ。元々返すためにも貯蓄していたから大丈夫」
僕達の身の上は二人に伝えてある。
そして僕達三人が借りたお金に兄妹のお金を足そうと言っているのは、ただの善意か、もしくは初めて手にした大金に戸惑い、都合のいい答えを求めたのだろう。
「ねぇ、とりあえず武具新調しようか」
珍しくコウが口を開く。
少人数でいる時は僕以外とも会話を楽しんでいるようだが、人数が多いと彼は基本的に黙っている。
そんなコウが新しい話題を始めるには相応の理由がある、まぁただ単に武具を見るのが好きなだけなのだが。
「そうしようか。衝動的に何かに使ってしまう前に、必要なものを揃えていこう」
そう宣言し、全員のコップが空になっていたのを確認し席を立つ。
……衝動的、か。
コウは大丈夫だろう、自分を律することは得意な部類なはずだ。
スイとジェイドも、未だに多すぎる前金に心此処に在らずといった所。あるべき場所に心が戻ってきたらわからないが、謙虚な二人だ、適切にお金を使うことができるだろう。
ルゥを見る。
彼女が一番問題だ、ルゥ個人のお金がどこに行っているかわからない。
日々よくわからない物品が私物に増えている辺り、適当に使っているのはわかるが、一見して価値のわからないそれらがどれだけ財布を苦しめているのかは知らない。
レイノアからお金を借りた時ずっと持っていたお金たちは無事だろうか、それなりの額があったけど既に無くなっているのかな。
そしてもう一人の問題は僕だ。
肉体年齢相応に、そして精神年齢不相応に感情的な部分があることは自覚している。
衝動的に何かを買ってしまうことがあるかもしれない、隣に並ぶ兄妹二人がその証拠だ。
さっさと僕とルゥがお金を使ってしまう前に、装備を整えるとしよう。
食料は最低限国が用意していると言っていたが長期間町を離れるのだ、何があるかわからない。
飢えに堪えながら町を目指した日々は未だ忘れられない、いつものポーチではなく買ってきたリュックになるべく保存食を詰める。
衣類の消耗も予想できないし、服が破れてしまったら直せる環境があるとは信じていない、基本的に着替えることは無いと思うものの衣類を含めた消耗品もろもろでリュックを埋めながら町を歩く。
最後は武具屋についた。
いつも護身用に持っている短剣を、合金製の物に変えながらもう一本追加で買っておく。
魔法で一時的にくっつけることはできるものの、武具は消耗品だ。
金属や布が、剣や洋服という形を取っているのは本来不自然な現象だ。人間の体のように本来こうであるべき物を治すことは容易いが、ありえないものをありえない状態に直すことはそれこそ本職以外には難しい。
「……本当にそれでいいの?」
武具屋を出て、思わずそれを背負っているルゥに尋ねてしまう。
全員元々持っていた武具をより高価で強力なものに変えた形。防具は当然無しだ、長時間移動するのには不向きな上、魔法の存在で相対的に武具の価値が減るこの世界、避けたり武器や盾でいなす選択肢がある以上わざわざ鎧を着る必要はない。
なので全員が元々持っていた武具を一段階上のものにグレードアップしたのだが、ルゥだけは異質なものを持っていた。
背中に背負うのは槍、短剣二本を持った上で更に余計なものを買っていた。
「いいのいいの、わたし本来は長柄武器のほうが得意だし。
五人で活動するのが当たり前になっているし、開拓の仕事はもっといろんな人と行動するからね」
戦国時代では槍と弓が主に活躍していた。
どちらも理由は同じ、遠距離で標的を攻撃するため恐怖心が薄いのと、多数対多であれば至近距離という弱点を克服し、リーチという長所を活かせるからだ。
ただこの世界での主流は剣。応用力が高いのもそうだが、何より魔法の存在が大きい。
魔法という便利な遠距離攻撃手段があるのならわざわざ弓を使う必要がない、そして魔法を阻止するために生き物はみな相手との距離を詰める。
それは人も獣も同様だ、前衛と後衛が必ず機能するのなら構わないが、実際そう都合良くいくことはない。
ならば最終的に自身の命運を握るのは自分の近接戦闘能力。距離を離すのは難しい、瞬時に距離を離す都合のいい手段はないし、背中を見せて走るわけにも行かない。相手は少なからず魔法を扱えるだろうから。
だからルゥの槍という選択肢は疑問しか覚えなかった。
先端が両刃になっており、突くと斬るを共にできる応用力を持っているが、至近距離が弱いのはどうしても変えられない。
……まぁ基本彼女は遊撃だ、雷で狙撃すれば大体なんとかなる。なんとかならずに接近されたときは、腰に持ったままの短剣を抜くだろう。新調した槍を投げ捨てながら。
それから数週間の間、僕達は訓練と危険性の薄い仕事をこなしてその日を待った。
人員が足りなかったのか大々的に開拓メンバーの募集を始め、ようやく町全体がそんな時期なのかと自覚した頃、ついにその日が来る。
多くの人員と資金を注ぎ込まれた、北部開拓開始の日。
未知の危険と、多くの報酬を約束された、その日が。
- 開闢 終わり -




