3.アマイ決意
「おーい! 倒れるぞー!!」
木こり、ガイレフの叫び声を聞き、目視で木がこちらに向かって倒れるのを確認して、コウと二人引っ張っていたロープを離し横に避ける。
十秒にも満たない時間で僕達が居た場所に木は倒れ、木の葉と共に土ぼこりを舞わせた。
何か一つでも手順が間違っていたら……そう考えると熱く火照った体に一筋の冷たさすら覚える。
「これで最後だ、大丈夫か?」
「はい……!」
木を切り倒して終わりでは無い。これを家まで運ばなければならない。
引きずるとはいえ本来重機等を使い行う作業だ、これを大人一人と子供二人でやるというのだからやはりここは異世界なのだろう。
無意識に魔法を行使し肉体を強化している……のだろうけど、理論がわからないそれはもはや気合となんら変わらない。
怪我をした際の傷の治りが前世の何倍も早い辺り、気の持ちようの一言では片付けられないことは確かだろうが。
「よーし、よくやった! 終わりだお前ら、ありがとうな」
「うん、加工は手伝わなくていいの?」
そう言ったのはコウだ。大粒の汗こそかいているもののその顔にはまだ余力を見せている。
是非その気遣いは隣の少女にかけてやってほしい、僕はもう汗だくで膝が震えて立つのも精一杯だ。
「いや、加工は後日だ。急いで使う予定もないしな、俺一人で十分だろう」
愛嬌のある顔で髭を弄りながらそう告げる、一度ちらっとこちらを見た辺りどこかに建前が入っているのだろう。
後日、なのか、一人で十分、なのか。まぁどちらでもいい、今はその気遣いに甘えさっさと休みたい。
コウもそれを察したのか挨拶もほどほどに帰宅することにした。本当に助力が必要なら他の誰かにでも頼むだろう。
「あ……」
思わず声が零れてしまう。水筒が空になってしまった、まだまだ飲み足りないのに。
それを見たコウが無言で自分の水筒を差し出してくれる。
ありがとう、短く礼をいい彼の分の水も飲み干す。
何度も交わしたやり取り、本当に必要な分の水は自己管理しているとわかっているので躊躇わず頂く。
「アメ、見て」
袖をひき空を指差すコウ。その指の先を見上げる。
「飛んでるね、今日も」
「どれぐらいの大きさなのかな」
「わからない」
翼に尻尾。辛うじてそれだとわかる位置に飛んでいる竜。
どれほどの大きさなのか、どれほどの速度で移動しているのか、間近で見た事がないから想像もつかない。
初めて見たときは驚いたものだ。非日常の象徴、竜。
今ではもう見慣れてしまった、村の上空が通り道になっているのか割とよく見るからだ。
「背負おうか?」
簡素な返答によほど消耗していると感じたのかそう進言してくれるコウ。
一瞬迷ったが、手刀で頭を叩く。
「うぅ、ひどい……」
行為を無下にされたショックからか目の端に涙を浮かべる。
少し男らしい言葉の後にこれだから、なかなか一人前の男には程遠い。
そこまで頼ってなるものか、十八歳年下の子供に。
精神年齢二十五歳、現在の年齢七歳。
未だに、探しているものは見つからない。
でも、力仕事はいいかな……そう、思った。
- アマイ決意 始まり -
仮眠を取り目が覚めると、いい匂いが漂ってきた。
それがきっかけで体にスイッチが入り、胃袋も空腹を訴え始める。
きっと今日のご飯は美味しい、いつも以上に働いたのだから。
「もう少し待っててね、アメ」
一階に下り、母親とコロネ、そしてコウが料理している間から今日のメニューを確認しようとすると彼にそう制止される。
ろくに休息もせず料理を手伝っていたのか、コウの原動力はどこにあるのだろう。
「アメはいいのか?」
自分の席に着くと既に居たウォルフにそうきかれる。
父親も居る、二人とも特に土や血の臭いがしていない辺り今日は見回り程度に済ませたか、休息日に当てたのだろう。
「はい。料理はちょっと……」
家事は、というか料理は苦手だった。
火に気を取られてしまうせいで調理に集中できないどころか、必要以上に疲れる。
「お前にもできないものがあると少し安心するよ」
人を何だと思っているのか。
「まぁそれぐらいが丁度いい。それに料理ならコウがああして学んでいるからな」
うむ、と頷くうちの父親。
どこか含むところがあるやり取りに目を逸らしつつ、熱心に、そして何より楽しそうに調理をしているコウの背中を眺める。
きっとあいつの妻になる人は幸せだろうな……とふと思ってしまい、何のために目を逸らしたのかと自分を責めたくなる。
今その枠に一番当てはまりやすい人間は僕そのものだ。
「おまたせ」
そう言いながら料理を並べていく二人。
二年前とは違いテーブルは大きいものに変えた、イスも六個以上ある。
まるで六人家族のようだ、というか六人家族なのだろう。
血縁などもはや関係ない、そして六人集まりわいわいやっていれば他の人も釣られてきてここで食事をする、そこまでくると尚更家族という枠が曖昧になる。村そのものが一つの家族のようなものだ。
以前、大人達が言っていた村と共に死ぬ選択肢、それが存在する理由も今なら理解できる。
「ん……?」
料理を口に運び違和感を覚える。
「どうかした?」
コロネが何かを期待して口を開く。
その隣に座る母親も笑みを殺しきれずに反応を待っている。
「いえ、美味しいな、と。というか……」
好みだ。
普段より味が強く、香りより味覚を意識した味付け。
そしてどこか懐かしい。
「悪くない」
そう言ったのは父親。
「でも少し味が濃いな」
これはウォルフ。
特に反論が無い辺り、父親も同意見なのだろう。
あぁ、なるほど。
あちこちに散らばっていた意識が唐突に収縮し、一本の線になり脳に突き刺さる感覚。
違和感は普段食べない味だったからだ。
懐かしさは前世で頻繁に口にしていた味付けだったからだ。
そして二人の反応、きっとこの世界では主流ではない味付け。
「今日の料理はほとんどコウが作ったのよ」
母親の、一言。
隣に座る少年を見る。
少し頬が赤く、目を合わせないよう意図的に自分の料理を注視している。
きっと、僕の反応がよかった料理が何かを普段から分析していたのだろう。
きっと、いつも以上に僕が疲れた今日に、それを試してみたのだろう。
何をしているのか悟られないように、仮眠をしている間。少しでも疲れが取れるようにと。
脳に刺さった太い線が、心を打ち貫く。
「コウ」
名前を呼ぶ、彼が振り向く。
きっと彼以上に僕の頬は今紅いだろう。
でも、それでも手を伸ばす。
「……ありがと」
そのまっすぐな好意に、今は答える時だろうから。
「うんっ……!!」
頭を撫でていた手をそっと目元に移す。
ほら、また泣いちゃって。
「わっはっは!! コウ、ここで泣いたら台無しじゃないか!」
ウォルフが席を立ち、息子を抱き上げる。
コロネがハンカチを取り出し、鼻水を拭く。
僕の両親は、二人でそっと視線を交わし、互いにしかわからないやり取りをした後に僕を生暖かい目で見てきた。
堪えきれず、俯き料理に集中する。
僕も、まだまだだな。
午後はコウとアネモネ、コロネの三人で庭弄りをするらしい。
我が家の庭にも幾つか野菜が育ててあり、四区画、四季毎に取れるものを分けている。
一緒に誘われたが今日は遠慮しておいた。
他にやりたいことがあったし、何より今日は午前中力仕事だったせいで疲れた。
ちなみに男二人は今日の晩に飲む酒の種類を今から考えていた。
どうやらとことん休んで遊ぶつもりらしい。
僕は珍しく一人、村の北東に向かう。ディーアという女性に会いに行く為だ。
彼女は唯一この村で魔法を使える人間だ。
といっても傷を癒すだけ、しかも感覚的に偶然使えるだけで他者にそれを伝えることは難しいだろう。
けれどこうして僕は度々足運び、世間話ついでに何かきっかけでも学べないものかと思索している。
せっかく魔法が存在しているんだ、使ってみたいものだ。
「あらアメ、いつもの?」
「はい。お願いしてもいいですか?」
「まぁいいんだけどね、特に変わったことは言えないよ」
そう前置きし、もう何度も話してくれた内容を伝えてくれる。
会話を請うたびに表現や内容が微妙に異なる、おそらくは魔法の行使が感覚的過ぎるあまり、その時々の感性や気分によって伝え方が変わるのだろう。
そのいくつもある無数の言葉から、どうにか一つの望む答えを見出そうとするのだが未だにそれは成就していない。
彼女が思う治癒の魔法の概要はこうだ。
まず傷口に直接触れ、これを癒したいと願う。
すると体内から何か、おそらく魔力と呼ばれるだろうそれが吸い出される感覚と共に、それ以外の前触れなく傷口が再生し始める。
再生し始めて浅い傷なら数秒ほどで完治し、消耗した魔力はどれだけ使おうと一日も経てば回復しきるらしい。
また治せる傷にも限度があるようだ。
以前致命傷を負った村人の治癒を試みたものの、再生が途中で中断しその人は亡くなってしまったそうだ。
この"限度"からまず問題だ。
一度の治癒の行使で治せる傷の範囲が決まっているのか、再生する肉体に余力が必要なのか。
それとも自身の魔力が切れて治せなかった可能性もある、当時あまりの緊張から魔力の残量など細かいことは覚えていないらしい、人が一人亡くなったのだからしょうがないだろう。
「ありがとうございました」
「いえいえ、また遊びにきなよ」
魔法の話の何倍もの世間話を終えて自宅へ向かう。
空はもう紅く染まり始めていた。
今日もこれといった手応えはなかったが、きっとこういった小さな積み重ねが何時か魔法という奇跡を扱うことに繋がるだろう。
「ただいま戻りました……今日も一杯ですね」
家から溢れんばかりの、否、実際溢れている人だかりを見てそう零してしまう。
人が集まるところには人が集まる、六人で行動することが多い僕達家族に村の人も反応し、月に一度はこうやって自然に集まった人々で宴会をすることになってしまっている。
「おかえりアメ、後でディーナも呼んで来て。まぁあの人なら呼ばなくても来るだろうけどさ」
忙しそうに皆から持ち寄られた食材で料理を作り続ける母親にそう言われる。
まぁあの人ならそうだろうなと、さっきまで会話していたおばちゃんの顔を思い出しながら僕も思った。
人の機微に敏感な人だ、今頃既にこちらに向かっているのかもしれない……間違いなくそうだ。
「そうだ、倉庫に今回の荷物がまとめてあるから、レイノアの所で交換してもらっておいで」
「はい、わかりました」
レイノアとは行商の人だ。
辺境の村であるここに定期的に商品を持ってきて、ここらで取れるものと交換して帰っていく。
一番近い町までもかなり距離があるらしく、必然と他の商人が来ないほど時間対効率の悪い儲けだろうに、長い間この村と付き合ってくれて本当に助かっている。
一度その事を告げたら笑われた。本人曰く自分は怠け者らしい、他の商人と競り合い少しでも稼ぐよりも、のんびり馬を歩かせここまで来て流通を独占できるほうが楽だそうだ。
それにしても村全体に余裕が見れると思ったらレイノアが来ていたのか。
村全体のリソースがレイノアと交換しても尚余ったのだろう、それら、特に食物が傷む前にどこかで消費する機会を求めたのだ。
今夜の宴は必然だった、僕も楽しもう。三食しっかり食べられるというのは気分がいい。特に十八年それに慣れてしまっていたのだから。
気分を弾ませながら小屋のドアを開けるとそれも萎んだ。
例の血生ぐさい臭いもそうだが、問題は荷物だ。
毛皮やら干し肉やらが強引に木箱につめられ、それが落ちないように適当にロープで縛られている。
その大きさが酷い、どう見ても七歳の少女と同等かそれ以上の重さがあるだろう。
試しに持ってみよう、無理そうなら料理を手伝っていたコウを少し借りよう……そう思い力を入れると持てた。
かなりきついがやってやれないことはない。
おそらく魔法を無意識に使っているのだろう、この不可能を可能にする奇跡を能動的に使えれば、より効率よく様々なことに応用できるはずだ。
すぐ隣で息衝く可能性の塊に手が届かないもどかしさ、それと荷物の重さに耐えながら数分間頑張って動いた。
これが終わったら食べ放題だ。
子供の特権を生かして好きな物だけ好きなだけ食い散らかそう。
「よぅ、アメよくきたな。今回は来ないかと思ったぜ」
「……遅れて、すみません。ふぅ……」
肩で息をしながらなんとか呼吸を整える。
そういえば午前中でかなり限界に近いんだった。
「まぁいいさ、来なけりゃ俺が行く羽目になってたし。それにコイツはちょっと俺には荷が重かっただろう」
そう言いながら楽々と掲げ馬車に詰め込むレイノア。
あなたに荷が重いものを少女が必死に持ってきたのにその言い草は無いんじゃないでしょうか?
一発ぶん殴ってやろうかとも思ったが、それに使うエネルギーも惜しい。
「おお怖い、女の子がそんな目をすんなよ……うん、今日のはいつもより多いし、好きなもん選んでいいぞ」
そう言いながらも本来我が家に渡すはずだっただろう荷物に、適当に商品を足していくレイノア。
受け取った荷物をろくに確認もせず、明らかに多く渡す荷物を増やしていくのは商人としてやっていけているのかと心配になるほどだ。
レイノアとの取引は基本的に物々交換だ。
貨幣も望めばいいらしいが、村でもお金はやり取りに使われず、唯一の使い道が彼しか居ない辺り意味は無い。
持ってきた物を、売るように展示してある欲しい物と交換していく……はずだったのだが、いつからか持ってくる平均的な量に対して、各家庭が望む商品を予め用意してある、というめんどくさがりな、もとい効率的なやり取りに変わっていた。
そして今回のように持って来た量が多い時に、その差分だけ展示されている商品から選ぶ。
苦労して運んだ分何か自分用に貰っていこう、この村で取れない生活必需品や僕が一番欲しい調味料系はもう既に荷物の中にあるだろう。
この選ぶ時間が中々楽しい。
他所で売れなかった売れ残りや、生活用品の予備なんかが並んでいるのだが、七年生きてなお別の理で成りなっているこの世界の品々は非常に好奇心をそそられる。
いくつか目星をつけつつ見渡し、夕闇に紛れ見落としそうになっていた一つの物に目が止まる。
一冊の本だった。
浅黒い地味な表紙には何も書かれておらず、なんの本かもわからない。
「これは?」
「それか? ある客に頼まれて手に入れたってのによ、これの内容なら買い取れないとかいきなり言い出してよ……ったく、なら初めから細かく指定しやがれってんだ」
「いやそうじゃなくて」
唐突に始まった愚痴を止める。
知りたいのは手に入れ売れ残っている経緯ではなく、内容だ。
「ん?……あぁ、それなら中見てもいいぜ」
太っ腹なものだ。本なんて内容が全てだろうに。
許可を貰い手に取り、まず裏を見る。
特に何も書かれていないので、裏表の問題ではなくそもそも表紙に何も書かれていないのだろう。
厚さは非常に薄い、十ページ前後か。
期待を込め、中を開く。
「これで」
「他には? もうちょっといいぞ」
「いえ、特には」
本当は資源があるにこしたことは無いのだが、そう答えてしまう。
僕が求めていたものにこの本は一番適していた、その期待が叶った興奮が抜け切らない。
本は絵本だった。
竜の絵が描かれ、少ない文字数の絵本。
これでいい、これがよかった。
魔法ともう一つ、文字。それを学ぶ足がかりにこれは間違いなく適していた。
「そうか」
彼はそう言いながら幾つか追加で商品を入れた後、荷物を渡してくる。
律儀な人だ、それとも後で難癖付けられないようにしているだけなのか。
「んじゃ俺達はもう行くからな」
「今からですか?」
「おう、商人たるもの時間は惜しめ、ってね」
これほど説得力のない商人の言葉があっただろうか。
日が沈みきる前に少しでも距離を稼ごうと、荷物をまとめ出発しようとしている彼に一応伝えてみる。
「今日うちで宴会やるんですけ……」
「おい、それを先に言え」
荷物をまとめている動きがおもしろいように止まる。
「聞こえたか、シン! 今日は宴だ、たくさん飲むぞ!!」
少し離れた場所で自身に集まる鳥達に、パンを千切ってあげていた男をレイノアが呼んだ。
父親達は狩人だ。そしてシンは戦士だ。
狩人は害獣を狩り、獲物を取り、生活をする。戦士は戦うことで生活の糧を得る。ぶっちゃけ違いがわからない。
シンはレイノアの護衛として雇われ、この辺境の村に来るまでに襲ってくる脅威から守るのが仕事だ。
シンという人物は父親に似ている。
違うところといえば髭もじゃなメイルに対して、シンは頭の毛すら生えていない、つるつるだ。
無口なところも似通っている。
ただメイルは無言で語るのに対して、シンは表情も仕草も読み取りずらい。
そしてそのシンは、今ウォルフを飲み比べで打ち負かし、獣のような雄たけびを上げガッツポーズを決めた後、その動作で酔いが回ったのだろう、無言で倒れた。
戦士もアルコールには勝てないらしい。
二人の様子を見て男共は猛々しく盛り上がり、女共は介抱と料理に勤しみつつ、会話を楽しんでいた。
そんな中僕とコウはいろんな料理を食べては、家の前に並べられたテーブルを移動し荒らしまわっていた。
食の充実は心の充実だ。
子供にとって宴会の場でしか出ないような料理は好奇心を満たすのにも丁度いい。
そして何より今日は本という最大の収穫があった、大変に気分がいい、もっと食べよう。
「ねぇねぇアメ、これ美味しいよ」
「じゃあコウはこれね、変な味だよ」
互いに別のテーブルから取ってきた料理を交換し食べる。
「なぁにこれ、すっぱいよぉ……」
おそらく酒のつまみ用に作られただろう漬物を口にし顔を歪めるコウ。
「ほんとだ、これ美味しいね」
僕はコウが持ってきた炒め物を口に運びそう零す。
犬じゃない別の何かの肉だろうか、こんな場でもなければそうそう食べれないものだ。
「楽しいね……あ、メイルが今度勝負するみたいだよ」
コウの視線のほうを向くと、父親が中央のテーブルに押し出されているところだった。
最後まで抵抗していた彼も、母親に背中を押されると渋々席に着く。
対する相手はガイレフ、今朝お世話になった木こりだ。
「メイルか、今日はせいぜい頑張ってくれよ?」
もう既に出来上がっている赤い顔で挑発するガイレフ。
「……あぁ、よろしく頼む」
それに比べ父親は一見冷静だ。
いつものようにどっしりと構え、その様子は余裕があるように見える。
そして飲み比べ。
一杯。
二杯……で場に動揺が走る。
三杯目を半分ほど飲んだところで、メイルが降参と両手を上げて、慌てて口を押さえて母親に介抱された。
その様子を見て場が一気に笑い声で埋まり、更に賑やかになってきた。
レイノアは面白い物が見れたと変わった飲み物や食べ物を提供し、人々はそれに群がる。
……商品をただで配っているように見えるが、採算はなりたっているのだろうか。
「今日は頑張ったね」
「うん、がんばった」
いつもは二杯が限界だ。
勝負を渋ったのは避けに弱いのがわかっていたからだし、余裕があるように見えたのは初めから諦めていたからだ。
相変わらずうちの父親は愛嬌がある。
「これ凄く甘い」
この世界の成人は十五、平均寿命がもとの世界より圧倒的に低いからだ。
文明も発達しておらず、獣などの危険も多い。当然だろう。
じゃあお酒は十五から飲めるのか、となるとそうでもない、特に法律やルールで決まっていることは無いそうだ、少なくともこの村ではそうだ。
ただ僕はアルコールはあまり摂取しないようにしている、前世の文化、以前に体調の問題。
幼い体にアルコールは無視できない毒で、未だ理論も知らない魔法の浄化作用を信じて楽しむことはできそうにない。
「お酒?」
コウがどこからか持ってきた飲み物を、それを踏まえ酒がどうか尋ねる。
「違う。ティールっていうジュースみたい」
コウが二人分持ってきたコップを一つ受け取る。
白く濁った液体、ミルクより若干透明感があり、瑞々しいか。
一口飲んでみる。
「へぇ……」
この世界で甘味は貴重だ。取れたとしても濃度はそれほどでもない。
ただこのティールという飲み物は違った、前世の薄めて飲むタイプの飲料の原液に近いほど甘く、爽やかさもあり美味しい。
「これ、レイノアさんが?」
「うん」
「見てくる」
無言でついてくるコウを確認し、人ごみを掻き分け目的の人を見つける。
「やっぱりきやがったか、ガキども。でも悪いな、もう数がなくてあげられないんだわ」
「とても美味しかったです、ありがとうございました。どんなものか見せて頂く事はできませんか?」
「……相変わらず変に丁寧に喋るな。ほらよ、最後の一個だ、くれてやる。もう少し子供らしく甘えることを覚えるんだな」
大きなお世話だ。そう思いながら投げ渡された果実を受け取る。
リンゴのような見た目と質感に、ナシのような形をした果物だ。
「これはどこにあるんですか?」
「なんだ、そんなに気に入ったのか。この村の近くにはないな、少し離れたら所々に木が生えて運がよければ実が付いているさ。
大体は虫か鳥が食ってしまってる、甘くて美味いから。そのまま食べるのはお勧めしない、繊維質で食感が最悪だ。絞って飲むほうがいい」
「わかりました、丁寧にありがとうございます」
じゃあな、と手をひらひらと振るレイノア。
酔っていて口が軽いのだろう、もう少し説明をしてもらうのに手間がかかると思っていたので助かった。
自生しているんだな、こういういろんなものが。
僕は知らない、村の外も、森の中も、世界を。
何が美味しくて、何が不味くて、そういう単純なことさえ。
「ここじゃない気がする」
「ん……?」
思わず呟いてしまった一言、反応するコウを無視して独白を続ける。
ここではない気がする、僕の居場所は。
この村は、前世を知っている僕には狭すぎる。
村と共に滅ぶ人生、理解はする。だけど――決して共感などできない。
- アマイ決意 終わり -