29.電気床で踊るのを諦めるのはいつか
雷。
大気中の細かい氷が風で舞い、互いに摩擦することで静電気をためそれが解放された時に発生する自然現象。
電気。
なんらかの運動エネルギーでコイルに対して磁石を回転させ発電する。
そうして作られた電気は、前世では人々の生活に密着し、多くの助けとなっていた。
これを魔法でどう再現するか。
雷の原理を利用するのは難しい気がする、風と水分を電気が発生するまで使うのなら、そのリソースを直接扱うほうが効果的だろう。
ならば発電を再現するほうがいい。
しかしコイルや磁石の仕組みをよく覚えていない、最後に机に座り何かを学んだのは十年以上前になる。
その間この世界の常識や言葉、魔法と戦い方を頭に詰め込んだせいで最低限の概要しか覚えていないのだ。
ここからどうしたらいいのかまるで検討もつかない。
「というわけで教えてルゥ」
「無理、わたし使えないもん」
朝起きて、朝食の場ルゥに助けを求めるが一蹴される。
「使わないじゃなくて?」
「うん、本当にできないし、やり方も想像がつかない」
表情や声音は嘘を言っている様子は無く、意地悪やイレギュラーな知識を与えないようにしているわけでもなさそうだ。
演技している可能性も捨てきれないが、演技しているのなら尚更教えてくれはしないだろう。
ルゥの身長は低くなってきた。
別に縮んでいるわけではないのだが、コウと僕が成長期に入りぐんぐんと背を伸ばしているのに対し、彼女の成長は緩やかだ。
気づけば既にコウには背を抜かれ、僕にも抜かれるのは時間の問題だろう。
……知らない、できない。彼女の実力は等身大なのかもしれない。身長体格と同様の能力に、それが確かだと言う意味。
財布の中身を思い出す。
害獣……熊二頭と、おまけの猪を倒したことでの報酬は入っている。
猪の分はルゥが強引に要求していた、同区画に存在する脅威となる存在を討伐したのだから報酬を増やせと。
理不尽さに対するやり場の無い怒りか、命の危機に瀕したからからかはしらないが、珍しく感情を表に強く出し案内所の職員から報酬の上乗せの言葉を引き出していた。
三頭分の資源自体もそれなりの値段で既に売り払い、財布には余裕ができていた。
「二日休もう。訓練続きでいきなりの実戦は大変だっただろうし」
「自主的に訓練する必要もないんですか?」
スイの疑問に答える。
「別にしたければしてもいいけど、明後日からはいつも通り動くよ」
「はい、わかりました」
素直に頷き、ジェイドと何をして過ごすか既に話し始めているスイを見て僕は思う。
この二日で何か雷魔法の手がかりでも見つけられれば、と。
- 電気床で踊るのを諦めるのはいつか 始まり -
「おはようございます、エターナーさん」
人に聞くのがダメなら資料に聞く。
とはいかないのがこの世界、魔法なんて曖昧に人から人へ伝聞される技術でしかないし、本は高いときている。
エターナーに会いにきたのはそのような文献を持っているか尋ねるのもあったが、何より別の目的があった。
「おはようございます。今日は何のようでしょうか、以前お渡しした本をもう読み終えたので?」
はじめは無理やりに本を取り上げなければ話を聞いてくれなかった彼女も、気づけば自分からこちらに反応してくれるようになった。
……ただ普段の様子、他の人への反応は芳しくないことを見るに、僕だけ妙な気に入り方をしているから反応しているだけな気がする。
まぁ多少なりとも基本となる対応が改善されているとは思うので、悪いことではないはずだ。
「すみません、まだ渡された本は読み終えていません。けれど雷の魔法について少し勉強しようかと思いまして、それに近いものが書かれている本があれば何でも読みたいな、と」
エターナーは所持している本を脳内で確認したのか、少しだけ黙り答えた。
「いえ、残念ながら雷については流石に役に立てるような本はないですね」
しょうがないか。
魔法の基礎である本ですらただの娯楽品である本より値段は張る、その上複雑な雷となれば扱っている本は更に貴重だろう。
エターナーが高いから手にしていない、ではなくそもそもこの世界で一度も作られていない可能性すらある。
ならもう一つのほう、本命を尋ねよう。
「王都では電気技術が発明されているようですね、そちらについて何か知っている事はありませんか?」
ルゥが蒸気と電気技術は王都で開発されている、と数年前言っていたことを思い出す。
政府関連者であるエターナーなら何か知っているかもしれない。
「……それも特には何も知っていません、お役に立てなくてすみません」
残念だがこれもしょうがない。
最先端技術が科学者以外の手に渡るとは考えられない、それがたとえ僅かな知識であっても。
諦めて自力でなんとかするしかないか、幸い前世の知識で基本的なことは知っているのだ、もしかすると魔法で応用し行使できるようになるかもしれない。
礼を告げ、また今度会うときは本の感想を言いに来る、そう挨拶し去ろうとする時エターナーが言葉を発した。
「一つ、情報になるかもしれないものがあります」
「なんですか……?」
「魔法を基礎として電気技術は発展しているようです」
それは情報になるのか、思わず尋ねようとして止まる。
情報がないことが時として最大の情報になることもあることを僕は知っている。
「それは、遺物や科学的な技術が重要な役割を担っていないということですか?」
「恐らくは。遺物を扱っているのなら市民の反発を恐れ情報を表に出していないかもしれませんが、そこまで臆病ならばそもそも使用していない可能性が高いです。
目立った科学的な技術発展もないはずです。書類にこそ書かれていませんが、特定の分野を特化して開発するための資源の動きもまた確認していません。
あるとしても日常生活で使われるような技術の一歩先、その程度でしょう」
一歩先、たった一歩先でいい可能性。
それならば簡単だ、前世の何十歩も進んだ知識で、魔法という新しい技術と競合できる何かを見つけるだけで済むのだから。
「ありがとうございます、エターナーさん。とても貴重な意見でした」
「役に立てるようなら何よりです、それではごぶ……いえ、良い休暇を」
いつもの決まり文句を口にしようとして彼女はやめた、今の僕は短いスカートに武器も持っていない。
エターナーは僕と対話することそのものが何よりの実入りだと言ってくれるが、本を無償で渡してくれる上、こうやって仕事と本以外の話にも乗ってくれる。
次会う時は何か差し入れを用意するか、本、はダメだろう。僕の手でも手に入るようなものは既に持っている可能性が高い。
たまに宿で時間を過ごしている時、菓子を頼んでいたはずだ。それをベルガかユズから聞き、持って来よう。
でも今は雷の魔法だ。
二日という時間は長いようで短い、少しでもきっかけを見つけられたら後々楽だろうし少しでも頑張ろう。
宿には戻らず、西の郊外に出る。
魔法の実験をしようとするのだ、何かが暴発して火災や衝撃を建物や人に与えてはならない。
迷惑だし、借金のこともある。一応三人分の収入から徐々にレイノアに返せるよう資金を集めているが、ここで宿の修理や、慰謝料に払うお金が必要になると一気に懐が厳しくなる。
西に出て、農場やそれを管理する小屋から更に離れ、植物すら少ない比較的更地を選び訓練を開始する。
念のため実用に耐えないかと水分を凍らせ、風でそれを舞い摩擦を起こさせる。
案の定その動作を行うにあたって必要な魔力や集中力、時間が多すぎて使い物にならない。挙句静電気より少し強い程度の電撃を発生させることしかできなかった。
国が前時代の技術、オーパーツな遺物を使用している可能性は切る。
エターナーが推測した理由もそうだが、遺物を複製できる技術が今の世界にあるとは思えない。ならば量産できない電気技術を発展させても、国には大きなメリットを与えることはないからだ。
それに僅かな可能性である遺物が使用されていることを想像し動くことは、時間の無駄でしかない。どうせ僕には手に入らない代物だ、思考するだけ無駄だろう。
魔法を主に利用して発電しているだろうと彼女は言った、その意味は、本質は何だろう。
魔法は何に使われている? 多くの人が集まり、魔法で風や熱を起こしそれで電気を生み出すのだろうか。
それはないだろう、満足に使える量の電気を生み出すのには多くの魔力、そして人材が必要というのは想像に難くない。何よりそんな手段をとるならば風力や水力発電に気づくだろう、そこまで国が愚かだとは思いたくない。
一旦町に戻り、磁石と壊れた武器を買う。前者はそれなりの値段がしたが、後者は捨て値だった。
時間をかけて武器……鉄塊を針金にし、それをくるくると枝に巻き簡単なコイルを作り上げる。
思ったより時間がかかった、鍛冶屋が職業として成り立っているわけだ。繊細な作業で、確かな作品を作るのに魔法という技術は向いていない。
やっと作り終えた頃には既に昼を迎えており、簡易的な昼食を取りつつ実験に入る。
実験といってもただコイルに磁石を近づけるだけだ、コイルの長さが圧倒的に足りないため時間をかけて放置してみるが、触ってみてもピリッとする程度の静電気しか感じなかった。
再びコイルと磁石を放置し、思案を始める。
魔法だけでもダメ、科学だけでも厳しい、少なくとも戦闘に使えるほどのもではない。
王都では両者を組み合わせて日常に使えるほどの電力を生み出しているのだろうが、その方法はなんなのか。
磁石が金属に近づくと電気が発生し、それがコイルという最適な形で一番発電する、のは間違いないはずだ。
なら磁石か金属の動きを早くすればより多くの電気が……あぁそうだ、確か水力発電だと水の流れる力で磁石を回すんだっけ、今思い出せた。
魔力で物質を動かすことはできる、魔法を飛ばすのには確かに何らかのエネルギーが必要で、魔力以外のリソースを使わずそれはできているのだから。
ならば魔力で磁石を高速回転させ、電気を……いや、ダメだ。
たとえその手段で十分な威力を発揮できる電力を確保できたとしても、戦闘中に道具を取り出して発電している余裕などない。
十中八九王都ではこの方法を元に電気技術を開発しているのだろう、もちろん人の手で磁石を回していたら魔力を供給する人間が幾ら居ても足りないのでまだまだ発展途中だろう。
……違う、この推測には穴がある。
エターナーは独特な資源の動きはないと言っていた、それは僅かに取れる磁石を国が集めている事実がない事を意味する。
僕が推測した魔力で磁石を回す行為の効率の悪さは開発する途中で気づくはずだ、他に代替できる、熱でも風でも水でも何でもいい、そういった自然現象を使うこと可能性に。
そうだとしたらエターナーの発言がそもそも怪しくなってくる、魔法を主に使った発電は本当に正しい情報なのか。
発電に使う大元の魔力を供給する存在が想像できない、人ではないのなら動物?まさか。人が意思を持って磁石を回すのだから、動物にそれをさせるぐらいなら動物を走らせて発生するエネルギーを利用したほうがマシなレベルだ。
他に魔力を発する鉱石や植物が存在するのだろうか? わからない、もしそうだとしても戦闘には活用できない。
こうして休日に当てた二日の初日は、基礎を確認する程度に収まった。
魔法で発電する技術が想像できず、またそれがわかったとしても戦闘に活用できるものではない、そんな現実だけを残して。
「アメ、どうしたの?」
「雷の魔法使えるようになりたいんだけど、方法がわからないんだってさ」
二日目の朝食。
皆で集まっているときにコウがルゥに尋ねていた。
昨日帰ってからも僕は何かないかと探し考え続け、今まで他人から見れば心此処に在らずといった様子なのだろう。
「雷って、あの雨降っているときにゴロゴロってなるやつですか?」
「うん、そうだよ。あれを使いたいみたい」
「……魔法で使えるものなんですかね」
スイの疑問はもっともだ。
そもそも人が扱える技術なのか、あれは。
前世のゲームを思い出す、雷の魔法はいくらでも存在した。けれどそれは原理を詳しく説明していなかったり、もしくは限りなく科学に近い僕達の魔法とは違い完全に無から有を生み出すような奇跡を行使して扱えるものだ。
僕が今考えている戦闘に使えるような雷魔法の答えは、この世界に存在しないかもしれない。
「一人で考えてわからないなら、誰かと考えればいいんじゃないか?」
俺達はいつもそうしている、そう妹と微笑みあうジェイド。
みんなの幸せを一人で考えても答えが見つかるわけがない、学んだばかりじゃないか僕は。一体何をしていたんだか。
食後、兄妹仲よく町に繰り出すジェイドとスイを見送りつつ、コウとルゥに声をかけ一緒に考えて欲しいと頼んだ。
二人は快く二つ返事で答えてくれた。
三人で町の西側に出る。
僕はコイルと磁石を、ルゥは裁縫セットを持っている、服を作りながら参加するらしい。
昨日と同じ場所まで辿り着き、お手製の粗末なコイルで実際に発電する様子を見せながら雷や発電の原理、電気の基礎を教えつつ、昨日考えた全てを二人に伝える。何一つ漏れないよう、少しでも発想のきっかけになるために。
「魔力って形としてあるものなの?」
全てを伝えた後にコウが口にした言葉はそれだった。
魔力という分子が存在するかという質問か、確かにそれはどうなんだろう。
魔法、魔力という存在はとても超常的なものだ。
奇跡を起こしてみせる、ゼロじゃない可能性を現実的な段階まで引き上げる。
けれどあくまで科学的な範疇に収まっているとも言える、目には見えなくとも血潮のように流れるそれを感じることができるのだから。
着火の起点になるし、水分を集める運動エネルギーにもなる、風を増大させ、岩を分解し掘削する。
だから答えは。
「あるでしょ」
僕の代わりにルゥが告げた。
縫った箇所に満足がいったようで日に掲げ、スカートを眺めて次の作業に入る。
「なら魔力同士を摩擦させて、電気を起こすことはできないの?」
コウが光を差し込ませる。
その発想は僕だけではできなかった、あくまで魔法を利用し、何かを動かし発電することに思考が囚われていた。
興奮が冷める間もなく実践に取り掛かる。
水分を集めるために動かしていた魔力達を、何も目的を持たず、いやそれら自身を摩擦すること目的に動かす。
普段魔法を行使する程度の時間で貯まった電力を開放し、指向性を持たせて岩にぶつける。
「ダメ、か」
直撃した岩の表面を見ても僅かに焦げているだけで、それ以上の損傷は見られない。
コウも同様に魔法を行使し、木にぶつけているがあまり変わらない。
実力差か、木を相手だったからかはわからないが僕より少し損傷は大きかったものの、木が直接燃えるようなことにはならなかった。
時間と魔力をかけ、そして詠唱を重ねたらそれこそ必殺技に相応しい威力を持つのかもしれない。
けれどそれは他の魔法でも同じだ、必殺級の魔法は雷以外でも十分できる。雷を扱うなら、その特長を活かした何かが必要だ。
「生き物に撃てば変わるんじゃない? 岩と木の通電率は悪いし、生き物ならダメージが大きくなるはず。それに神経系に異常が出れば妨害としては十分だと思うけど」
ルゥが裁縫の手を止めそう提案する。
確かにそれがいいのかもしれない、威力ならコウの爆発があるし、補助的な役割を求めたほうが便利だろう。
「明日、害獣退治でも探してみるか……」
「その必要はないよ」
ルゥは服達を簡単にまとめ、立ち上がる。
「わたしに撃てばいい」
「は?」
「感想聞けたほうが効果がわかりやすいでしょ。あ、ただ手のひらに向かって撃ってね、服とか焦げると嫌だし」
大丈夫だろうか。体じゃなくて、頭とか。
「危険でしょ」
「撃つ方が必要以上に魔力込めなければいいし、わたしは腕に短剣を添えてそこから放電できるようにする。魔法で体を保護して心肺機能を強化したら死にはしないでしょ」
「それでも……」
「いいからいいから」
右手を前に突き出し、左手で短剣の腹を袖を捲くった右腕に添える。
魔力で既に体制を整えているのがわかる、まぁせっかくそこまで言ってくれるならやってみるかな。
通常の魔法を行使するより短い準備で放電し、ルゥが突き出す右手に放った。
「……っ」
一瞬刺激に反応し体が震えるがそれだけだ。特に彼女に異常はない。
「どう?」
「準備していたから少し痺れただけ、次はもうちょっと強めに撃ってみて」
大丈夫だろうか、まぁある程度なら助けられるしもう少し試してみてもいいのかもしれない。
普段魔法を行使する程度の強さで、再びルゥに向かって雷を放つ。
「……」
一瞬ふらつき、何とか倒れず立ち続けるルゥ。
「……結構効いた、今の強さでも準備していない相手なら膝をつくか、満足に動けないダメージは与えられるんじゃないかな」
短剣をしまいつつ、手のひらを見せるルゥの手には軽く赤い痕が残っていた。
何も対策をしていなかったら焦げていたかもしれない。
「凄い、凄いよアメ! 雷の魔法があれば戦い方はもっと広がる!」
「うん」
炎や水が飛ぶ速度は遅い。
次に速いのは土を直接地面から突き出す方法だ、何せいきなり飛び出してくるのだから。
ただこれは相応の魔力と離れた距離で魔法を行使する繊細な工程、そして準備時間が必要だ。おまけに目に見えはしなくとも、魔力の動きははっきりわかるので避けれる相手は避けれる。
一番速度があるのは風だ。視認が難しいかまいたちを、かろうじて魔法を使わず反応できる速度で飛ばす。
このデメリットは武器を振るなどのきっかけがなければ十分な効力を発揮できないのと、直線的な動きしか実現できないので使いづらさが残る。
その点雷は優秀だ。
爆発や風のように仲間を巻き込む可能性は低く、魔法で肉体を強化しても反応できない速度で相手に届く。
おまけに威力と妨害性能も十分となれば、かなり効果的な魔法ではないか。
もちろん雷にも欠点はある、どうしても魔法を扱うには難易度が高く、複数を同時に扱ったり、咄嗟に放てる汎用性がないのだ。
あと魔法で指向性を持たせて着弾させるとはいえ、同様に魔法で補われた避雷針でも置かれたらそこに吸われる可能性が高い。
まぁこれは今まで聞いた事もないマイナーな魔法なので、対応できる相手が存在するとは思えないのだが。
確かに戦い方に種類は増えた。
欠点も状況に合わせて別の魔法を行使すればいいだけだ。
けれど、何かが足りない。足りていない気がする。
パズルのピースは残っているのに、はめる場所はないが使い道があるような妙な感覚。
なんだ、何が原因だ。
「アメ、練習ついでにお互い対策できるよう雷を撃ち合ってみない?」
「わかった、コウからでいいよ」
ルゥがやったように準備をしつつ、雷を受ける体制を整える。
そうしつつも、どこかで考える、思い出そうとする。
何かがあるはずだ、あと一歩、先に進めるために必要な要素がどこかに。
「……っ!」
手に着弾する雷は、腕を駆け巡り予め魔法で流れる先を導いていた短剣から体外に出る。
確かにこれは効果的だ、肉体強化してなおこの威力。それが反応できない速度で、何も準備していない相手の全身を駆け巡れば身体機能に大きなダメージを与え、そのまま瀕死、もしくは十分に動けないほど麻痺するはずだ。
今度は僕の番。
コウに向かって雷を放ち、そしてそれを耐えるコウ。
それからしばらくは交代ずつ役割をこなし、少しでも効果的に魔法を扱えるように、少しでも効果的に抵抗できるように訓練する。
そうしながらも、考える。
そうしているから、むしろ疑問が大きくなる。
何かもう一つあるはずだと。
雨と光、その二人が雷を撃つ。
交互に。
痺れる、痺れさせる。
軽い火傷に、それを治すための治癒魔法。
燃え尽きて死んでしまえ。
自身以外を起点に雷は撃てない。
ただでさえ複雑な魔法だ、それに距離による魔力減衰もある。
減衰、そして、反発。
あぁ、そうか。
「コウ、少し試してみたいことがある」
「なに?なんでもするよ?」
少年の声は高い。
ただでさえ今がおもしろいのに、まだ何かがあるのかと。
「全力で防御して、死なないように」
「……わかった」
これは、相手がいないとできない。
これは、本当に威力があるものだ、瀕死どころじゃない、時間さえ経てば確実に死するものだ。
これは、雷でなければできない。魔力による反発がないと実現しない。
これは、僕自身も痛みを伴う。
「「…………っ!!」」
コウと両手を繋ぎ、魔法を行使する。
はじめは本当に僅かだった。静電気よりも僅かな違和感、それから徐々に痛みへと移り変わり、気づけばそれは死に至るほどの威力へと乗算されていった。
二人ともその衝撃に声を上げることすら叶わない、身体機能が止まらないよう魔力を全てそちらに回すため声を出すことすらできないからだ。
「へぇ……」
ルゥの感嘆の声の中魔法をやめ、二人で尻餅をついて息を整える。
いや、止まっていた呼吸を再開し、少しでも脳に酸素が行き渡るよう必死に喘ぐ。
思わず下半身を確認するが、なんとか漏れてはいないようだ。
「なに、いまの……?」
やっと言葉を発する余裕が出たのか、コウが尋ねてくる。
「……他者との魔力が反発しあう性質を活かした、雷の魔法」
発生元が違う魔力は反発しあう。
その反発した魔力に意図的に擦らせつつ、魔力を送り続ける。
結果、徐々に威力が増す雷を実現できた。
ただこれは重大な欠点が二つある。
一つは至近距離を維持すること、それこそ触れ合わなければ実現できない。
二つ目は、自身も同様のダメージを受けること。至近距離で威力が増し続ける雷魔法を行使したら、自分も巻き込まれるのは当然だ。
自爆技だ、どちらが先に倒れるか。もしくは途中で中断し、共にダメージを負うか。
「凄いね、アメ」
「自分でも驚いてる、でもみんながいたから思いつけたものだよ」
「違うよ、そうじゃない。わたしが驚いているのは、思いついてもやろうとしたことだよ」
ルゥが嗤う。歪んだオモチャを満足そうに眺めるように、それを大切に保存し慈しむように。
……確かに異常かもしれない。
ようは自分と相手をともに刃で貫くようなものだ、決して特攻するための魔法ではないものの本質は似たようなものだ。
自身のダメージを前提とした攻撃の手段がどこにある?
「でもこれ、効果的だよ」
まだ地に腰をつけている僕とは違い、コウは立ち上がりながら言った。
「後衛が肉薄された時、わざわざ近接戦闘で対抗する必要はない。助けが来るまでにこの魔法で耐えればいいんだからね、十分にダメージを与えたら中断、自分も満足には動けないけど敵も動けないんだ、どちらかが動けるようになるまでには誰かが助けられる」
「まぁ一つ問題があるとしたら一対複数に追い込まれたとき、全員を巻き込めなかったらどうしようもないんだけどね」
あらゆる状況の最終手段、そうはいかない。
でも確かにこれは他の魔法や、通常の雷魔法と違い唯一性を持った手段だ。
ずっと抱えていた違和感がなくなる、これがひっかかっていたそれだったのだろう
「名前、つけたら? 多分アメがはじめて開発した魔法だよ」
ルゥが提案する。
誰も使わない雷という分野で、致命的な欠陥を抱えた、しかし効果的な魔法。
「夢幻舞踏、とか」
雷は夢だ、誰も使えないようなジャンルで。
手段は幻だ、誰も使いたくないような原理。
使い手がやめるまで終わらない、無限。
そして、一人じゃ踊れない。二人が手を繋ぐような距離でなければ。
「いい名前だと思う。ねぇ、わたしもやってみていいかな。対策も一応知りたいし」
その日は日が暮れるまでみんなでビリビリしていた。
劇的な対策は見つからなかったものの、いくつか使われた際の、いや使う際の注意点が見つけられた。
夢幻舞踏を受ける側は自分から離れられる手段はないようだ。
威力の小さい初めこそ間に合うものの、肉薄を続けてしまったら上がった威力に対抗するために魔力を割くせいで満足に動けないからだ、そもそも体が痺れて動きづらく、また無理にでも離れるなら体を守る魔力が薄くなり死に至る可能性が高い。
ただ痛みを恐れず仕掛けられるなら相手を必殺できる、というわけでもない。
魔法を行使する側は魔法を維持するために魔力を消費するので、自身の身を守る魔力が疎かになる。
そのため相手と生命力が同等ならば先に力尽きるのは攻撃を仕掛けた側だ、しかも大型の獣を仮想的にするなら尚更その点は注意しなければならない、基礎的な生命力が根本的に違うからだ。
しかしこのデメリットはあまり気にしないでもよさそうだ。
雷を扱う存在を見たことがなく、一般的でないそれを咄嗟の判断で対処できる存在は少ないはずだ。
夢幻舞踏は開始時の威力は大したことはなく、徐々に威力が増すタイプだが、体の動きを奪う威力に達する時間も数秒で済む。
一度優位に立てばこっちのもの、満足に動かない体と思考で未知の攻撃に対処を見つける頃には相手の意識か命を奪っているだろう。
この日、僕達は、いや僕は強力な諸刃の刃を手に入れた。
ルゥは痛みを嫌がり使わず、コウはそもそもこんな奥の手を使うほど追い込まれることが少ない。
焼け死に痛みに慣れ、後衛で更に才能がないことを自覚している僕だけの、刃。
- 電気床で踊るのを諦めるのはいつか 終わり -




