28.熊猪同舟
「新しいお二人の調子はどうですか」
「まぁまぁかな、正直わからないです、実戦してみないと。それより珍しいですね、何か用ですか?」
ジェイド兄妹と仲良くなって十日ほどか、実戦はせず訓練に集中する日々だ。
そんな中朝の訓練を終え宿に帰ると、エターナーがロビーで迎えてくる。
「はい。と言ってももう一度読みたい本があっただけなのですが」
そう告げる彼女をよく注視したら宿に置いてある本を手に持っていた。
エターナーから渡されて、読み終えたあと置き場所に困り宿に渡したものだ。
「必要なら宿の人に言って返してもらいますよ?」
「いえ、その必要はありません。中々居心地がいい場所ではありませんか、本達も粗雑に扱われていないようですし。何かあれば私がこちらに来ることにします」
本好きの方と出会えるかもしれませんし、そう彼女は微笑む。
何度か本を置いていることを風の噂で聞いた人が、昼食を取るついでに宿に立ち寄ったと聞いた。
持ち出しは禁止ではあるものの、無料で高価な本を楽しめる施設は他には滅多にない。
宿としても収入が増えるのはありがたく、本の提供元であるエターナー自身もそのようなメリットがあるのなら誰もが幸せなことではないか。
「汗拭いてきていいですか?まだであれば朝食も一緒に」
「それには及びません、もう用は済んだので」
閉じてあった本を棚に戻し、去ろうとする彼女に声をかける。
「つれないですね」
それに対しエターナーは体を横に向け答える。
「私以外にも本を必要とする人がいるのなら、自宅の空いたスペースに入る新しい本を調達する必要がより高まります。せっかくの休み、町を歩いていますよ。アメとの雑談は職務中でもできますしね」
大丈夫だろうか、こういろいろと。お金とか、立場とか。
いい加減怒られていないのか、いや怒られても気にしていなさそうで怖い。
本当に立ち去ろうと完全に背中を向けたとき、何かを思い出したように振り向き彼女は言った。
「そうそう、もしよければ害獣退治の依頼が出ていますよ。報酬もそれなりなので早く行かなければ他の人が受けるかもしれません」
「また狼?」
「いえ、熊です」
- 熊猪同舟 始まり -
熊。
太くて短い四肢と、その巨大な体から重量と力のある腕による一撃が恐ろしい。
「以上」
「以上!? ルゥ先生何でも知っているんじゃないですか!?」
思わずつっこむ、前世で得られる知識となんら変わらないそれは、今から殺しあう相手の情報としては不足しすぎている。
目的地である北部に向かう。
開発が進み、冬眠中の熊が目覚めるほどの怒りを買ってしまったらしい。
比較的大部分を対処する必要があり、開拓組の冒険者以外にも手が必要とのことで案内所に仕事が回ってきたそうだ。
「わたしだってどんな相手とでも戦ったわけじゃないよ。まぁウェストハウンドより少し大きい程度でしょう、手に負えないなら背中見せて逃げよう」
喧嘩を売ってきた人間を早々逃がすとは思えないのだが。
全力で逃げるために魔力を使っても、相手も追うために魔力を使うだけだ。部分部分を知恵と魔法で獣と拮抗することができても、そんな単純な話になるともちろん別だ。まず間違いなく負ける、前世と同じように逃げる人間は一方的に好奇心を満たすためだけに狩られるだろう。
「……前から疑問に思っていたのですけど、ウェストハウンドとはどのような獣なのですか?」
スイの質問に思わず熊ぐらいの狼、そう答えようとして止まる。
熊を見たことない反応をした直後にその例えは不自然だ。
「ハウンドを二回りぐらい大きくしたやつ」
「そんな獣とお姉さま達は昔から戦ってきたのですね」
「そりゃハウンドが相手にならないわけだ」
ジェイドの言葉に、ゲームで初めての町の外で異常な強さを持ったモンスターが蔓延る想像をする。
幼い頃、ゲームの物語が後半の町の人々はどうしていたのだろうと疑問に思っていたが今解消された、成せばなんと成るってやつだ。
才能ある父親達は狩人として働き、才能のない僕は十分に力をつけるまで訓練や他の人間に助けてもらった、適応できなければ外に出ないか出て死ぬかだ。
「それよりも僕からも質問があるんだけど」
スイの目を見て尋ねる。
「はい、なんでしょうか?」
「何歳?」
「十です」
「誕生日は?」
「春ですね、そろそろ十一になります」
「……僕とコウ、夏が誕生日だから」
ただでさえ冷たい空気が更に冷える。
スイのほうが数ヶ月年齢が上なのだ、お姉さまと言う呼称は適切ではない。
「あわわわ……じゃあなんと呼びましょう!? 妹様!?」
目に見えて慌て始め、血迷ったことを言い始めるスイ。
僕はすかさず言葉を送る。
「これを機会にその呼び方やめたらいいんじゃないかな?」
この流れは丁度いい、そこを想定しておき元々用意しておいた言葉を吐く。
けれど想定外の場所から、ルゥからスイへの言葉が届く。
「もともと血の繋がっていない精神的なものなんだから、少し年齢が違うだけだしお姉さまのままでいいんじゃない」
余計なことを言うなとルゥを睨むが時既に遅し。
「もっともです、そうしましょう」
スイはさっきまで慌てていた様子は演技だったのかというほど早く平静を取り戻しそう言った。
今から十歳前後の子供達が熊と殺し合うというのに、この遠足のような空気は世界に慣れた今でも未だに不思議だ。
でもこの程度でいい、変に気負いすぎるぐらいは。
軽く昼食を取り、目的地に着く。
この辺りは誰もいない、熊が出るのもそうだがそれを対処する冒険者達は他の場所も対応しているのだろう。
道のりは片道数時間程度だが、すぐに見つからないことを考慮して一応野営できる準備はしてきた。
まぁわざわざ依頼が出るぐらいだ、簡単に出会えるだろう。
隊列は前衛がコウとジェイドの二人。
しんがり兼遊撃としてルゥ、慣れていない二人を補助するため不測の事態に備える。
僕とスイが後衛だ、魔法で妨害と補助、火力を担当する。
「まぁ臨機応変に、一番は命を大事に。大丈夫、普段頑張ってるからね、それを活かせれたら死にはしないよ」
「あぁ」
「はい!」
僕の言葉にそれぞれ反応を返してくる二人。
十日前後と付け焼刃もいい所だがまぁ安全を重視して動けるなら死にはしないだろう。
「二時方向、大きい二つです!」
ルゥとスイ、それに僕と三人で交代ずつ索敵しながら進んでいるとスイが叫ぶ。
自分でも確かめるが、ウェストハウンドよりも多い魔力量はおそらく熊だろう。魔力の量は個体によって変わるが、魔力の大きさそのものは体に比例する、四肢の隅々まで魔力が行き渡るからだ。
「予定通りの組み合わせで対処、行くよ」
コウとスイ、ジェイドと僕。
いつでも仲のいい二人が連携を取れるわけでもない、それはこうして自分から戦闘を仕掛ける場合もだ。
なら余裕のある段階から慣れない組み合わせで頑張るほうがいい。
相手が二匹なのも予定通りだった。
いくつかの数が報告されていたし、複数匹熊がいることも想定どおり。三匹以上なら逃げる予定だった。
林の中、三メートルほどの石がむき出しになった崖の上に標的が顔を出す。
確かに熊だ、知識にあるヒグマや北極熊より少し大きいだろうか。
威嚇、というよりは戦闘前に威圧して精神的に有利を取るために熊は立ち上がり、吠える。
それに答えるようにもう一匹が後ろから顔を見せ、四肢を地に付けたままこちらを睨む。
「ひえぇ……」
威圧は確かに効果的だっただろう、隣に立つスイが余裕こそあるもののその大きさに思わず声を漏らす。
スイが漏らしてなかったら僕が何かを言っていた、それぐらい圧力を感じる。
三メートルほどの崖、その上に直立する熊は同様に三メートルほどの体躯を所持しているように見える。
崖が二倍の高さになったようなものだ、威圧感が凄い。
そしてその二頭は悠然と崖から飛び降り、難なく着地して間合いを図りながらこちらに詰めてくる。
「行ける?」
「あぁ、大丈夫だ」
コウの言葉にジェイドが答える。
何も相手に都合のいいタイミングで戦闘を始める必要はない、こちらからしかけるまでだ。
それにしても男二人は頼もしいものだ。
僕は正直あのような登場をした化け物と肉薄する勇気はない。
そのまま接近戦に持ち込むのかと思い、スイが土を練り上げているのを見て水球をいくつか用意し、如何なる状況にでも対応できるよう構えようとした。
構えようとして対応できないような現実が襲ってきた。
はじめは前に進むために熊が強く踏み込んだのかと思った。
けれど誤解だった、盛り上がった大地が、土塊として、剥がれたコンクリートを投げつけてくるようなふざけた行動をしてみせる。
「跳んで! スイ!」
「……はいっ!」
コウとジェイドは既に回避行動している。
あれは盾を持ってすら防げない、いや防げるだろうが防ぐべきではない攻撃だ。
僕の指示に対し、土を練ることに集中していたスイも遅れて反応しつつも右側に飛ぶ。
僕は左に飛ぶが、二つあった水球の一つは制御が間に合わず飛んで来た地面に潰され消えた。
念のためルゥも確認するが、スイも避けれたそれを彼女は難なく回避し、木々の中に身を隠しているのが見えた。
当然の判断だ。あのような攻撃ができるのなら、まとまって動くのは論外、直線状に並ぶのもアウト。
スイと互いの距離を開け、独自に魔法で援護を開始する。
彼女は土魔法を途中で中断したし、僕も一つの水球を失くしてしまった。
前衛二人は水球一つで、もう一度あのような攻撃をさせないよう自分よりも遥かに巨大な獣に肉薄している。
ジェイドが相手をしている熊の顔に粘着質のある水球を放ち、少しでも時間を稼ぎながら次の水を集めながら土を練り上げる。
空間に存在する水は限られている、魔力は僕とスイそれぞれ固有のリソースとして保持しているが、水分はどうしても共通のものになってしまう。
使い勝手がいいからと自分だけ使いすぎるのは問題だ、相手に向かって飛ばした水分をこちらに寄せるのにはそれなりの魔力と時間が必要になる。
対して土はいくらでも存在する、雪が降っておらず乾いた空気のなか炎を使うのは厳禁、風は直線的な動きしかできないうえ視認が難しい、前衛を巻き込む可能性がある以上使えない。
雷、はやはり効果的なのかもしれない。
イメージとしては頭上から落雷を落とすものだ、もしくは起点になる部分から電気を発生させる。
位置関係を選ばず、神経系を狂わせるほどのそれは威力も妨害性能も十分だろう、帰ったら検討してみよう。
無事に帰るため、戦況を見るが未だに拮抗している。
前衛だけならば完全に押されていただろう。体当たりや腕を振るだけでそれは十分凶器になるにもかかわらず、更に牙や爪に注意する必要がある。
けれど僕達後衛が水や土で援護することで熊は動きずらくなり、また決定的な一撃を与える余裕を作らないようリスクを孕んだ行動は取れなくなる。
きっかけがなければこのまま魔力や体力のリソースを削りあう勝負になる、相手に秘策が、きっかけがあるのならそれは不味い流れになるはずだ。
コウの炎竜撃は使えない。
爆発というものは制御が難しい、範囲が広いので隣にいるジェイドを巻き込む可能性もあるし、燃え広がったら自分達も焼け死ぬ。
他に彼が手段を開発していたら別だが、公言していないあるかわからないそれを想定して動くのは論外。
だから今均衡を崩すのはただ一人。
「……せいっ!」
僕達ですらどこにいるかわからなかったルゥが木々の間から飛び出し、ジェイドが釘付けにしている熊の背中に飛び乗る。
すかさず二本の短剣を突き刺すのだが、流石にその攻撃には対処できたのか深くは刺さっていない。
もとより背中は固い部位だ、致命傷を与えることは期待できない。けれど対峙していたジェイドなら別だ。
ルゥに気を取られ、正面の相手を疎かにする。その瞬間を彼は見逃さない、力強く踏み込んで最上段から大きく斬り下ろす。
左腕に浅くはない傷が入る。肉が見え、確かに出血した。
これは優位だ、出血は魔法で止められるものの、止めるには相応のリソースが必要。
ジェイドと僕のペア、そして相手との魔力に差が生まれる。
熊はそれに対し半歩ほど後ろに跳ぶ。
体勢を立て直すために必要なバックステップにしては高さがある。
その動作で、二本の短剣しか貼り付ける要素のないルゥが背中から一瞬浮いてしまった。
空中にいるというのはそれだけでアドバンテージになる要素だ。
けれどそれは宙を自由に移動できる存在に限る、人にはそれが、ない。
感触から位置関係を予測したのか、姿を目視せずに傷ついた左腕で躊躇わず裏拳。
ルゥは体を丸め、衝撃に備えるが吹き飛ばないわけにはいかない、物理法則がそれを許さない。
「やっぱりかー」
どこか気の抜けたようなセリフを呟きながら、凄い速度で飛んでいくルゥ。まるでバレーボールみたいだ。
姿は見えなくなったものの、重症は負っていないだろう。
傷を回復し、距離を詰めたら再び戦闘に参加できるはずだ……流石にあのセリフが最期というのはないはず。あまりにも間抜けすぎる。
一人どこかへ飛んでいったが構わず戦闘を再開する。
傷が塞ぎきる前に片方を少しでも追い詰めたほうが後々楽だろう、コウを見るとジェイドと違い一人でも余裕そうだ。
「スイ! 傷がある間手を貸して!」
「わかっています!」
わかっているという言葉は誇張でもなんでもなかった。
僕が指示を出す前に既にスイはジェイドの熊に魔法を準備し、それを放って見せた。
僕の水球が視界を邪魔し、スイの土槍が後ろ足を大きく抉る。
……決定的だ、この時点でその傷は。
ジェイドもまた機会は逃さなかった、大きく踏み込みバスタードソードを突き出す。
熊は腕で防ごうとしたのだろう、魔力を込めた腕を盾のように扱い、最低限のリソースで致命的な攻撃を防ごうと。
危機的な状況でリスクを取るのは間違いではない、今までの戦術が通用しなかったのだから新しい手段や、賭けに出るのは自然な思考だ。
けれどジェイドの突きも間違いではなかった、爪と爪の間を通し、腕を強化していたせいで無防備だった喉元に突き刺さる。
そのまま傷跡を広げるように腕を払いつつ上に斬り上げ、刃を脳天に叩き落した。
流石に頭蓋骨は持っていけなかったが、衝撃と出血で意識を失い熊は倒れる。
あと一頭。
「お待たせ!……あれ!? もう一頭死んでる!?」
服をボロボロにしながら戦闘に復帰したルゥは戸惑いの声を上げる。
「うん、だからあと……」
僕の言葉は続かなかった。
それほど予想外のことが起きたからだ。
僕は止まってしまった。
スイも止まっていた。
ジェイドも止まっていた。
コウも止まっていた。
残った熊も止まっていた。
ルゥと、それだけが動いていた。
「あんまりだー!!」
ルゥの悲鳴が聞こえる。
戻ってきたばかりの彼女に、どこから来たのか猪が突撃していた。
咄嗟に彼女は体を浮かし、今度はあえて吹き飛ぶ。
衝撃を少しでも減らし、ダメージを減らすためだったが彼女は来た道を二度も飛んでいくことになった。
猪はそれでも止まらず、自分が飛ばしたルゥに追いつくよう後を追っていった。
「ジェイド、スイ、助けに行って!!」
「了解!」
「はい!」
牙が見えていたので直撃していたらルゥ一人だとかなりマズイ。
ハウンド程度の大きさだったが、体当たりと刺突を共に食らって不利な状況から彼女が生還することは難しいだろう。
僕の指示で再び戦況は動き始める。
この場にいるのはもう僕とコウ、そして熊だけだ。
「コウ、爆発させてもいいよ」
「うん」
コウが競り合っているなか、僕は水分を十分集めた。
もし燃え広がってもなんとかなる量を。
《炎竜撃》
熊と援護も少ないなか対等に渡り合い、コウの刃が肉に沈んだ時そう聞こえた。
詠唱に答え、魔力が魔法陣を展開し、それが刃に乗るように沈んで消える。
熊の肩が内部から爆ぜる、そんなことあるわけないのに。
既に致命傷ながらも、万が一を防ぐために彼は再び剣を振る。僕の甘い認識を吹き飛ばす。
《炎竜撃》
肩を大きく抉られ、体勢を崩している熊の首元に刃が沈んだ時、彼は再びそう詠唱した。
首元が爆ぜ、辛うじて皮一枚で頭部が繋がっている状態で熊が息絶える。
僕はただその現実に、展開していた水球を解放するしかなかった。
鎮火なんていらない、爆発は体内で完結していたのだから。
ありえないのだ。
体内で爆発が発生するなど。
魔力と魔力は反発しあう、これは肉薄したら魔法の効果が薄れることを意味するだけじゃない。
体内に直接魔法を作用させる手段が存在しない事を意味する、例えば標的を直接燃やすとか、精神や肉体を操ったり破壊するとか。
それを、直接魔法を行使できる手段が存在するなら、陣形など無意味だ、目視できれば、いや目視しなくとも場所さえ把握できれば対象を殺せる。
距離による魔力の減衰も確かにあるが、壁一枚で背中合わせになっている状況だとしたら確実に殺せる。
細かなリソースの削りあいも無意味だ、一瞬の油断でリソースではなく命を散らせることができるのだから。
戦術なんて意味がない、やったもん勝ちだ。先に攻撃したほうが絶対に勝つ、勝ってしまう。
今まで積み上げてきたものが崩壊していくようだった、価値観や戦術、それに基づき重ねてきた努力。その全てが。
「アメ、ルゥの場所に行かないと」
「……あ、あぁそうだった。うん、行こう」
戦闘はまだ終わっていない。
前触れも脈絡もなく突然乱入してきた猪に、彼女は劣勢を強いられているかもしれないのだ。
「その必要はないよ……」
木々の間からできてきたのはルゥ。
スカートは穴が空き、おそらく牙が刺さったのだろう。
傷こそはもう埋まっているが血は付着し、穴が空いたスカートは使い物にならない。
ボロボロだった服は更にボロボロで、おまけに頭から血が流れていたのか顔の半分は乾ききっていない血で赤く染まっている。
「また服作らなきゃ」
彼女の服は基本お手製だ。
代用できるものや、近いものがあればそれを改造して理想のものに近づけるが、無ければ一から作っている。
「よかったね、ギャグみたいな死に方しなくて」
「ギャグ要因はギャグ補正で生き残るのさ。にしても何でいきなり報告にも無かった獣が突っ込んで来るのか、誰かが仕留めそこなった奴が逃げてきたのなら給料奪ってやる」
そういってルゥは長いほうの短剣を放り投げた。
よく見ると刀身は半分に折れている、一体どんな激戦を繰り広げていたのか。
「ありがとうジェイド、スイ。助かったよ」
本当に九死に一生だったかもしれない。
ルゥは心の底から二人に礼を言う。
「うん、二人とも熊相手でも動きが凄かった」
僕も褒めておく。
実際に二人の判断は凄かった、細かな技量はまだまだ追いつかないものの、これなら十分戦闘できる。
スイは判断力もよかったし、後衛にしては反応速度も十分。
ジェイドは武器の理想的な運用を、理想論かと思われていた現実を見せてみせた。
「隣にもう一人いると心強いや」
コウも呟く。
彼からしてみればルゥも守る対象だったのかもしれない。
もしかすると一人で頑張る前衛はそれなりにプレッシャーを感じていたのだろう。
「スイ」
「お兄ちゃん」
二人の兄妹が体を寄せ微笑みあう。
「「よかった」」
この日の仕事は無事に終わった。
一番の被害を受けたルゥはしばらく自分の時間を裁縫に使うことになったものの、後遺症が残るような酷い傷も無く健康に問題はない。
スイとジェイドは実戦を得たことで更に自分達の力を伸ばしていた。
僕とコウは、初めて出会う敵との交戦で経験を増し、またコウに初めて扱って見せた魔法を問い詰めることになる。
何故生きている熊の体内で爆発を実現できたのか、それを尋ねると彼はこう言った。
「別に肉薄する時と何も変わらないよ」
剣に魔力を乗せればいい。
自身や、相手の体で魔法を使おうとするのではなく、剣を自身の体の延長線上として扱い魔法を行使するのだと。
そうすれば距離による減衰も、相手の魔力との反発による減衰も少なく魔法を行使できる。
なるほど、と思った。またまた目から鱗だ。 体内で爆発しているように見えて、ただの刀身で爆発させているだけ。それなら何かが大きく変わるわけではない。
空いた腕を武器か防具で埋めることしか考えられない自分。反発する現象にだけ目が行き、それを無視できる魔法の扱い方を考えなかった自分。
何かが閃きそうだった、雷、格闘、直接的な魔法。
その材料で、自分にしかできない何かを。
でも、根本的に足りない何かのせいで、この時の僕には想像もつかなかった。
- 熊猪同舟 終わり -




